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炎に焦がれる小さな星は⑳




「ずっと特別な存在だ。この先も、それは変わらない。俺はずっとあの人に憧れてて、あの人に救われて、騎士になった。生涯仕えるって決めてる。俺は自分よりフレア様の事が大切で、それくらい特別で…………だから、俺がステラを幸せにしてやれるとは思えない」


 つまり、私の想いに応えることはできないということ。

 はっきりそう言って貰えて、よかった。……これで、私の初恋はようやく終わる。


「ごめん……」

「いえ、ありがとうございます。そんな顔をなさらないでください」

「…………」


 わかっていたから、涙は出なかった。ほっと安心して口角を上げて、一生懸命笑顔を作った。

 カノンさんとはこれからも旅を続ける訳だし、あまり気を遣って貰いたくはない。私の告白も、いつか忘れてもらうか笑い話になればいい。


 カノンさんは暗い表情で、視線を外した。

 胸がチクリと痛む。この人に、こんな表情は似合わないのに。


「……私は、カノンさんの事も応援していますから」

「え?」

「まあ一番はシリウスちゃんですけどね。シリウスちゃんの恋が成就するのが一番ですけれど、カノンさんの恋が成就するのもそれはそれで素敵ですから、二番目に応援して差し上げます。頑張ってくださいね」

「いや、フレア様には殿下が……」

「まだ結婚まではされていませんよ? この先どうなるかはわからないじゃないですか。フレア様とカノンさんってなかなかお似合いだと思いますけど」


 照れるかと思ったのに、カノンさんの表情は晴れなかった。

 何か言いたげな表情で、じっと私を見つめている。胸がざわついて、嫌な予感がした。――――もしかして、もう一緒に旅をしたくない、とか? 告白なんてされて、気持ち悪くなった? 大嫌いになった? そうなったっておかしくはない。怒りをぶつけるような、あんな可愛くない告白をしたんだもの。

 彼は、たとえ思ったとしてもそんなことを言うとは思えなかったけれど、でも、嫌な想像は消えてくれなかった。


「カノンさん……?」

「お似合い、とか……あり得ないだろ。元々、叶うことはないってわかってたんだ」


 ゆっくり言葉を選びながら、彼は話し始めた。  


「フレア様には、ずっと殿下がいたから。叶うことはないってずっとわかってた。あの人の幸せを、近くで見守っていられたらそれでいい。そういうのに慣れてて、俺が恋人になるとか考えたこともなくて、だから殿下と結ばれた時も、嫉妬、とか、そういうのはなかった。良かったなって思った」

「そう……ですか」

「今の俺のこの気持ちが、恋とかそういうものかって言われると、それは多分違う……はずだ。大切な人だってのは変わらねえ。フレア様は、生涯仕えると決めた、大切な主君だ。でも、もしフレア様と殿下が離れることになったとしても、だからって俺が恋人になりたいとか、あの人を自分のものにしたい、とか……そういう気持ちには、ならねえと思う」


 どうやら私を追放したいとかそういう話ではないみたいで、少しほっとした。

 でも、カノンさんが何を言おうとしているのかはわからない。私には、自分の気持ちに見て見ぬ振りをしているようにしか見えないけれど。


「そんなこと言って、フレア様は誰よりも可愛いでしょう?」

「かッ…………可愛い、とは、思う…………」

「もの凄く可愛いでしょう? 綺麗でしょう? それって恋じゃないですか?」

「う……いや、さすがに、でも、そんな……」


 カノンさんは口元を押さえて葛藤している。

 何だかシリウスちゃんを見ているみたい。微笑ましい。


「ほら、フレア様を見つめるカノンさんは誰よりも幸せそうですよ。自信を持ってください」

「お、俺、そんなヤバい顔してたのか……?」

「良い意味です。素直に認めたらいいじゃないですか。大好きなんでしょう? 応援してますよ」

「だから、その、それは、好きってのは、主君としてってことで…………憧れの人、って言うか、手の届かない人って言うか、守らなきゃいけない人って言うか、好きだとか思う事自体どうかして…………ああクソ、だめだ俺。何言ってんだ! アホか!! 俺が言いたいのは、その……」


 カノンさんはぐわーっと髪を掻きむしって、それから勢いよく私に顔を向けた。


「俺は……俺は、正直、すっっっっっっげえ嬉しかったんだ!!!」

「? 何がです?」

「なッ……何がっつーとそれは、その……」

「フレア様と殿下が結ばれたことですか? そんなご無理なさらなくても。正直に憎たらしいと思ってもいいんですよ」

「違う違う!! そっちじゃなくてだ、その、ス、ステラに告白されたことだよ!!!」

「えっ……」


 ぱちくり瞬いて、固まった。

 そんな大声で“告白”という単語を使われて、頭がカーッと熱くなる。カノンさんの顔も髪色と同じくらい赤くなっている。


「俺、告白なんて初めてされたし、好きだって言って貰えたことが本当に嬉しかった。ステラには嫌われてるかもしれねえって思ってたから、だから余計、その…………ずっと俺のこと想っててくれたのかって、すげえ嬉しくて、何か舞い上がって…………」

「あ、あの、ええと……」

「あの日からステラがすげえキラキラ輝いて見えてこれはなんなんだってよくわかんなくてただステラが可愛くて仕方なくて頭から離れなく…………ああ悪い!! 気持ち悪かったら殴ってくれ!!」



 今、本当に、何が起きているの?

 カノンさんは、何を言っているの?


 頭の処理が追いつかない。

 そんな、だって、カノンさんは、まるでそれじゃ、私の、こと、を…………。



「ほんと気持ち悪いよな!? 悪い。ほんと……ほんとごめん。ただ、嬉しかった。ビックリして、それまでほんと、ステラの気持ちとか全然気づかなくて……そんな風に、考えたことなかったのに、何かいろんなことが、特別な想いを込めてくれてたのかって思ったら、すげえ嬉しくて……」


 カノンさんは視線を落とした。その先には、私が渡した真っ赤なブレスレットが、彼の手首で光っている。


「ステラを、幸せにしてやりたいって思った。でも、俺にそれができるとは思えない。俺こんなだし、ガキの頃とかルカを虐めてたし……最低だろ。ほんと俺、馬鹿なんだ。怪我ばっかするのもそうだし、今回だって、レインに怪我させたし、皆にも心配かけた」



 何か夢でも見ているみたいだった。幸せに……? 私を?


 生まれて、初めての恋。最初から、報われることはないとわかっている、恋だった。

 良い所も悪い所も、全部ひっくるめて、私はあなたという人に恋をした。



「フレア様への気持ちは恋じゃねえと思うけど、ステラが言ったみたいに、やっぱそうかもしれねえ、とも思っちまったりするし…………でも絶対、恋人とかそんな願望はねえんだ、本当に。むしろ、さっきお似合いだとか言われた時、何か、……ステラにそれ言われんのかって、すげえ苛ついた」

「え……」

「わ、悪い! 苛ついたとか言って……ごめん。その……まだ俺、俺自身の気持ちがわかってねえ。ただわかってるのは、俺がフレア様の騎士であることは変わらなくて、それじゃ絶対ステラを幸せにしてやれねえってことで、だから……ステラは、大富豪と結婚する方が、絶対、幸せだってことで……」



 今更涙が出そうになって、慌てて堪えた。必死で顎と眉間に力を入れる。

 勘弁してほしい。だって、それじゃ、この人は、私との未来まで、一度は、考えてくれたということで…………その上で、私の幸せを、彼なりに、考えてくれたのだから。



「ごめん」



 カノンさんは泣きそうな顔で私を見つめた。

 それから一つ深呼吸して、「これ……!」と勢いよく何かを差し出した。



 真っ白な、ブレスレット。赤い飾りがついている。

 手作りだってすぐにわかった。可愛いけれど、お世辞にも良い出来とは言えない。



「これは……」

「ステラにはいつも貰ってばっかだろ。だから……俺も、何か渡したかったんだ。何か、形になるもの。ほんとに嬉しかったこととか、感謝してることとか、言葉だけじゃなくて、何か……。それで作ってみたんだけど……やっぱ、酷い出来、だよな……」

「……ええ」

「やっぱなしだな!! すまん!! もっとうまくなったら渡す!!」

「いえ。……いえ、私は、これがいい、です」



 ぎりぎり輪の形になっているような、今にも解けそうな、手作りのブレスレット。

 不器用なカノンさんが、一生懸命作ってくれたもの。彼の気持ちが、優しいものが込められた贈り物。



「これでいいんです」



 微笑みかけると、彼は照れたように頬を真っ赤に染めた。



 …………本当に、もう。



「可愛いですね、カノンさんは」

「!? か、かわ……!?」

「正直過ぎますよ。適当に誤魔化すなりお試しで付き合うなりなんなりすればいいのに、自分の気持ち全部喋ってしまって」

「ご、ごめん……でも、お試しで付き合うとか、そういうのはだめだろ。ステラは、あんなに真剣に告白してくれたのに……」


 馬鹿がついちゃうほど正直な人。嘘や誤魔化しのできない人。

 私にはないものを、たくさん持っている人。


「ああでも、告白されたことがないというのは嘘ですよね? 絶対令嬢の一人や二人、いえ十人くらいから告白されたことがあるはずです」

「!? ねえよそれは!! ある訳ないだろ!?」

「だからそれが嘘臭いと言っているのです」


 喋っていると、ほっと、肩の力が抜けていく。視界が滲んで慌てて目元を拭った。泣かないって、決めていたのに。……でも、カノンさんにはバレなかったから、良しとしましょう。



 ブレスレットを手首につけた。

 綺麗で、優しい手触り。見ているだけで、心がほっと温かくなって、勇気づけられる。



 私は……どうかしている、本当に。

 カノンさんにとっては、主君であれなんであれ、フレア様が一番特別。

 あんな特別な人がいるとわかっているのに……なのに、それでもいいから、カノンさんが傍にいてくれるなら、それだけで私は幸せだって、他の誰かと結婚するより、特別幸せになれるって、確信している。



「私は、あなたの恋人になれるなら、この世界で一番の幸せ者です。たとえあなたに、誰よりも大切な主君がいたって。それでいいんです。私は、そういうあなたをずっと見てきたんですから」

「ステラ、でも……」

「凄いことですよ? 未来の大富豪より、あなたじゃないとだめだって言ってるんですから」



 私は、どんな顔をして笑っているのかしら? きっと傲慢な、欲深い顔になっている。

 もし、カノンさんがいつか誰かと結ばれるなら、それがフレア様でないのなら――――……それは私であってほしいと、口に出すのも恥ずかしい欲が、芽生えている。

 今までなら、そんなあり得ない願望、抱くこともできなかったのに。


 カノンさんに、可愛いとか綺麗とか、そんな泣きたくなるくらい嬉しいことを言われて。私の想いには絶対応えられないと、はっきり言ってもらってそれで終わりだったら、綺麗に別れを告げられた。でも……。フラれたのは確かなのに、これじゃ、あんなに遠いと、絶対に報われることはないと思っていた恋が、ほんの少し、近づいてしまったみたいで。

 …………どうしても、まだ諦めたくないと、そう思ってしまう。

 だからこれは、カノンさんに抱かされてしまった願望のようなもの。そうでしょう?



「……本当に、悪いお人」



 愛おしくて可愛くて、どうしたって気持ちを寄せずにはいられない人。



 カノンさんは目を見開き、真っ赤になって固まった。

 その時、階下から騒がしい声が聞こえた。ルーク様がレオン様から逃走を始めたらしい。微笑ましく思いながら、私は軽やかな足取りで下に向かった。

 私の名を呼び、慌てて追ってくる彼の足音を背後で聞きながら。



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