炎に焦がれる小さな星は⑲
「リリー様が白状したということですか? あの人が?」
「まあそういうことになるわね……あ、間違えた。ゴホンッ、そうなるな」
「今は二人きりなのですから、言葉遣いくらい気になさらなくても……」
「こういうのは日頃から気をつけとかないとボロが出るから。特にアクア家にはバレちゃまずいし」
「もういいと思うのですけれど……」
「ぜーーーったいだめ。知らない方が良いことも世の中にはたくさんあるんだよ」
フレア様……いえ、ルーク様はそう言いながらクッキーを囓った。
リリー様がぶちまけたお菓子と同じものだ。どうしても食べたかったらしく、あの騒動の後ルーク様はこっそり菓子缶をまとめ買いしていた。
私も一枚貰ってぽりぽり囓りながら、「……この後、あの御方はどうなるのでしょう?」と尋ねた。
「家の方はだめだろうな。取り潰しみたいなことになるんじゃないか? クリスタの件もそうだし、あの家自体真っ黒だった訳だから。そんで牢獄行きとか追放とか……まあ、そんなとこだろ」
ルーク様は複雑そうに表情を歪めた。
リリー様はカノンさんたちを捕らえるために、大勢の追っ手を向かわせていた。ただ、リリー様が王室に近づいただけでなくティーパーティーで揉め事を起こしたらしいと知ったリリー様の父親、つまりハント男爵家の当主は、翌日リリー様が出かけたタイミングで従者たちを連れ夜逃げならぬ朝逃げ。レオン様が向かった時には、屋敷はもぬけの殻だった。
娘を見放したような形だけれど、逃げようと説得したのに彼女が聞かなかったのか、元々娘を嫌っていたのか、それとも恐れていたのかは、よくわからない。レインさん曰く、昔病気に罹った彼女を必死で治そうとはしていたってことだったけれど…………それが愛情だったのか、後継者を失うことの恐れだったのか、あの娘そのものへの畏怖だったのかはわからない。彼女があの家を実質的に支配していたとも聞いたから、男爵にとっては複雑な存在だったのかもしれない。
その父親も、無事捕まったということだけど。
今頃二人仲良く裁判を受けていることでしょう。――――リリー様は年齢的に、いろいろ考慮されることにはなると思うけれど、それでも過酷な運命が待っていることには変わりない。
「……あんまり良い気分はしないもんだな。なーんで楽しいはずのティーパーティーからこんなことになるんだか」
「そうですね」
ルーク様はあの御方が十歳だと思っているから、余計複雑な心地なのかもしれない。
中身が子どもでない事を知っている上、彼女の悪意を直接たっぷり浴びた私としては、たとえ彼女が極刑に処されたとしても何とも思わない。そんなことに心を動かす程優しくもない。ルーク様と違って。
レインさんは、リリー様の前世について私とカノンさんに教えてくれた。どれだけ邪悪だったか、と言うことだけ、簡潔に。ただ、その事を決してルーク様にだけは話さないようにと釘を刺された。
『できるだけルーク様には近づけたくない。君たちもわかるでしょ、実際にあれと話したんだから』
レインさんの目には未だに仄暗い殺意が浮かんでいた。
『ルーク様がきっぱり手酷く拒絶してくれて助かったけど、まだ終わりじゃないよ、あれは』
『そうか? これ以上何もできないだろ、あの子には。男爵家も取り潰しになれば……』
カノンさんの言葉に、レインさんは首を横に振った。
『確かに前世よりは馬鹿になってるね。昔ほどの権力はもうないってのに、それをちゃんと理解できてなかった。だから失敗した。それに相手が悪かったね、アクアの坊ちゃんはお嬢ちゃんの事になると鬼じゃん。でもあの人は、この程度じゃ諦めないよ、絶対。これで終わりにはならない』
レインさんは、あの令嬢を殺してしまうつもりなのかしら?
極刑にならなければ、自分の手を汚そうとするかもしれない。そんな並々ならない覚悟を感じた。
カノンさんは、それを止めたがっていたけれど。…………私は、どうするべきかわからない。カノンさんの言っていることは正しいけれど、私にはレインさんの気持ちもよくわかる。
レインさんはルーク様を守ろうとしている。守りたい人のために、手を汚す。そんなの人の道に外れているとか、間違っているとか非難することは簡単だけれど、いざ同じ立場に立てば、私は間違いなくレインさんと同じ行動を取る。大切な人のためなら、いくらだってこの手を汚すことができる。
でも…………もし、私の大切な人が“私のために”そんなことをするなら、やめてほしいとは、思ってしまうかもしれない。だって大切な人には、幸せになってもらいたいもの。幸せになってもらいたいから、だから…………本当に、どうするべきか、私にはわからない。
「――――――ところでステラ」
突然、ルーク様は声色を変えた。口元には笑みが浮かび、目つきまで不自然な程優しくなっている。
とても嫌な予感がする。
「カノンと何か進展あった?」
「…………はい?」
「だ~って何か二人の様子がいつもと違う感じするからさぁ。もしかしてとうとう告白? 告白しちゃっ――――」
「何もありません!! ありませんから!!!」
私は咄嗟に否定して顔を逸らした。逸らしてすぐ、後悔した。
咄嗟に「ありません」と言ってしまったけれど、「告白して玉砕しました」と言えばよかった。そうすれば一気にお通夜みたいな空気になって、ルーク様も気を遣って何も言わなくなるはずなのに……どうして私は否定してしまったの……。いえ、今から言えば問題ないわね? そうよ、そう。今から訂正すればまだ間に合う。
そう思って肺に空気を溜めた時だった。
「ルーーーーーーーーク!!! いるか!!?」
「ぶふっ!? レオン!?」
突然騒がしいのが部屋に雪崩れ込んできた。銀髪がぴょんぴょん跳ねている。いつもキチッと髪を整えている彼にしては珍しく、乱れたままのご登場だった。
その背後からはルベルさんが「勝手に入るなと言っただろう!!」と顔を真っ赤にして怒鳴り、カノンさんが「敬語! 敬語忘れてるぞルベル!」と頑張って宥めている。
レオン様はルベルさんたちを無視し、勢いよくルーク様の手を掴んだ。
「さあ行くぞ!!!」
「!? 行くってどこに!? 約束なんてしてないよな!?」
「安心しろ、ジーク殿下は私の部下が引き止めている。全く、イグニス令嬢がいるのにお前を誑かすなんて、殿下も悪いお人だ。まだ殿下の事を忘れられていないようだが、大丈夫だぞルーク。お前にはクリスタがいる」
「いや意味わかんねえから!! 俺はクッキー味わいながら楽しい話に花を咲かせてんだよ邪魔すんな!!」
「ほらパンフレットだ! 見ながら行くぞ。私としては湖畔の式場が一番良いと思ってるんだがな――」
「お前のお勧めなんて聞いてねえよ!! 結婚はしねえってば!! おい!!」
「安心しろ、クリスタは用事があって来られないが、私がしっかり案内してやる!!」
「何でお前と式場見学しなきゃいけねんだよ!!? ふざけんなほんと!! おいッ!!!」
頑張っていたけれど抵抗虚しく、ルーク様はレオン様にずるずる引きずられていった。ルベルさんは「待てこの誘拐犯!!!」と必死の形相でその後を追う。
嵐が去った後は、不気味な程の静けさだった。
「あー……ほんと……」
カノンさんも皆を追うと思ったのに、彼は諦めたようにその場に立ち尽くしていた。
「……追わなくていいのですか?」
「うん、まあ、ルベルがいるし、アランとシリウスも追っかけてくれるだろうし、レオン様は悪いことはしねえからな。ただルーク様が好きすぎるだけで」
「まあ、そう、ですね」
「……………………」
「……………………」
気まずい沈黙が流れる。
感情が爆発するままに告白したあの日から、まだ返事は貰えていない。……答えは、わかっている。玉砕して、それで終わり。
「……ステラ」
カノンさんが、苦しそうに私の名を呼ぶ。
私は真っ直ぐに彼を見つめた。彼の瞳に、私が映る。
……たくさん、考えてくれたんだろうなと思う。それだけで十分、本当に。
ほんの僅かの間でも、この人の心を、私が独占することができたのなら。
それはなんて幸せなことでしょう。
「俺は…………俺に、とって…………」
何を言おうとしているかはわかっていた。わかっているのに、またしばらく沈黙が流れる。彼は言い淀んでいる。私の気持ちを慮って。
優しい人。本当に優しい人なんだと、この先がわかっているのに心が温かくなる。
こんな優しい人を、好きになれてよかった。
やがて彼は、意を決したように言葉の先を紡いだ。
「ずっと、特別なんだ。…………フレア様は」




