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炎に焦がれる小さな星は⑱

時は少し前に遡る。




 朝からずっと違和感は感じていた。

 カノンの姿が見えない。ルベルとステラはあんなに深刻そうな顔をしていたのに、私が現れた途端話を逸らした。朝食が気になる、なんてあんな下手な嘘で、私が騙されると本気で思ったのかしら?


 カノンがちょっと出かけてるって言うなら、別にその程度の事は今までもなかった訳じゃないし、自由な時間は誰にだって必要だし、知られたくないことなら問い詰めようとは思わない。

 レインなんていなくなるのもしょっちゅうだから、珍しいことじゃないし。



 でも、今回は多分違う。

 カノンもレインも失踪したんだって――――……つまり、誘拐でもされたんじゃないか、って、一度その考えが頭を過ると、もうそれしか考えられなくなった。ルベルたちは話してくれないけれど。

 心配かけさせないためだろう、ってことはわかってる。彼らの優しさだって。

 だからその嘘に気づかないフリをして、私は私でちょこっと動いてみることにした。



 アレクシア様とお茶を飲むことにしたのも、その一環。

 直感で彼女じゃないだろうなとは思っていたけれど、一応、念のため……もしかしたら、彼女自身把握していないことで何か関係があるかもしれない。そう思っての事だった。



『初めまして、リリー・ハントと申します!』



 元気ないたいけなお嬢様。ティーパーティーでも顔は見ていたけれど、改めて対面すると、何か……胡散臭い、て言うのかしら?

 これはもう勘というしかない。私の第六感が、「この子何か危険」と警鐘を鳴らしていた。

 お菓子をぶちまけた時もおかしかった。他の人には自然に見えたかもしれないけれど、私にはそうは見えなかった。あれは、わざとそうしたように見えた。


 でもね……さすがに、十歳程度の可愛いお嬢様相手に、わざとやったんでしょなんて責められる訳ないし。そんな子を疑うのもどうかと思って、もしかしたら本当に緊張して強張ってああなったのかもしれない、と納得させようとした。


 ステラが同行する事になった時も、見送った後も、酷い胸騒ぎがした。

 やっぱり私が行けばよかったんじゃないかと後悔していた時、――――――彼が、怒鳴り込む勢いでやってきた。



「アレクシア殿下!! 失礼します!!!」

「ゲッ、レオン!? ちょっと、勝手に私の宮殿に入るなんて無礼よ!?」

「失礼致します!! こちらにハント男爵令嬢は来ていませんか!? 先程目撃情報が寄せられたのですが!!」

「何言ってんのあんた!? リリーなら出かけて――――……て、どうしてあんたがリリーを探してるのよ!? まさかあんた、あんなちっちゃい子に恋――――」

「する訳ないでしょう!! 殿下、何であんな怪しい家柄の者を王宮に引き入れたのですか!! 参加者の家柄くらいきちんと調べてから――――」

「あ、怪しいって何よ怪しいって!! リリーは私のお気に入りなんだけど!? あんたがつべこべ言わないでよね! 私は次期女王なんだけど!?」

「最近のあなたはすぐそういう――――」


「おい、二人ともちょっと落ち着けよ。話が進まないぞ? リリーが何だって?」


 レオンとアレクシア様の言い合いが終わりそうになかったから口を挟むと、レオンはぐるんっと顔をこっちに向けた。


「リリー・ハントを見たか!?」

「見たって言うか、そうだな、さっきまでこっちにいた。街に出かけていったけど……あの子がどうした?」

「ハント男爵家は裏家業の人間を束ねている。証拠ならば集めた。ティーパーティーの参加者を全員調べ上げてみれば、まさかあんな家の人間が紛れていたとはな。何やら王宮の者じゃない侍女まで紛れ込んでいたという話だし、それが男爵令嬢の手先の者ならクリスタの事件に関与していると見て間違いない! 屋敷を訪ねてみれば夜逃げでもしたように人がいないしハント男爵は行方知れずだし、恐らく発覚を恐れてとんずら――――」

「ちょっと! リリーの家がそんなことしてる訳ないでしょ!? 何か犯罪にでも巻き込まれたんじゃないの!?」

「犯罪に巻き込まれたのだとしても自業自得。元々巻き込まれるのではなく巻き込む側の人間なんですから。それに身を隠して名を変えまた王室に近づこうと準備しているのかもしれない。一刻も早く身柄を拘束するべきです!! 近衛騎士にも連絡を――――」

「ちょっと待ってってば! 勝手に進めないで!! あの子の事は私が一番よくわかって――」



 ガタッ!!



 自分でも驚く程大きな音を立てて、椅子から立ち上がっていた。アレクシア様もレオンも言葉を止めて、私を見つめる。

 レオンの調査が間違っているとは思えない。さっき感じた違和感が正しかったのだとしたら、――――間違いだった。ステラを行かせてしまったのは。


「……ルベル」

「ステラが同行することになってすぐ、アランに追跡するよう連絡してあります。もし彼女の言葉通り菓子を買いに行ったなら、すぐに見つけられるはずです……が、もしそうでないなら」

「ありがとう。俺も捜しに行く。じゃあな王女様。美味い茶だった、礼を言う」


 上着を羽織って急いで王宮を出た。アレクシア様は怒っていたけれど、彼女を説得する時間は惜しい。

 レオンとルベルが一緒なのはちょっと心配だったけど、さすがにいつもみたいに喧嘩することはなかった。馬車を走らせてあの子が言っていた店にまず向かったけれど、そこに二人の姿はない。見たという話もなかった。



 最悪を考えると、手が震えた。

 その時、誰かが私の手を掴んだ。



「ルーク」



 顔を向けて、驚いた。

 優しい濃紫色が、私を見つめていた。



「ジー、ク……?」

「大丈夫か?」

「俺は……うん」

「ルベルからの連絡でアランが捜索に回っている。あいつにはゼファの翼がある。問題ない」

「ジークまで、どうしてここに……」

「僕はアランとしばらく行動していたから。見当たらないのはおかしいと、あいつは空から捜すと飛んでいったが、僕とシリウスは何か痕跡が残っていないか調べている」


 ジークの足下には、真っ黒な大きな犬がいた。黄金と紺碧の瞳。シリウスだと、すぐにわかった。

 手の温もりと、落ち着いた声と濃紫色の瞳に、少しずつ心が落ち着いていく。ああ大丈夫、きっと大丈夫って、根拠のない安心が、そっと心を包む。


 ジークが傍にいてくれるってだけで、どうしてこんなに安心するのかしら。

 ありがとう、と微笑みかけると、彼も少しほっとしたように表情を和らげた。


「一緒に行動しているという令嬢、何か後ろ暗いところがあるのか?」

「うん、怪しい。すごく」

「殿下、怪しいどころではありません。真っ黒です」


 レオンが簡単にいきさつを説明すれば、ジークの表情もみるみる険しくなった。「そんな素性の者がなぜ王宮に……」眉間の皺を険しくさせた後、レオンやシリウスにぽんぽん指示を出す。その時……


「!! ジーク!! あれ!」


 乱蔵の姿は見えるかしらと、空を見上げた時だった。赤い煙が僅かに空に立ち上っているのに気づいた。空を指差しながらジークを見ると、彼は驚きに目を瞠った後、深く頷く。

 間違いない。サクラの発明品によるものだと気づいて、私たちは馬車に飛び乗った。





 ――――――――――そうして現場に辿りついて、真っ先に駆け出したのはレオンだった。



「探したぞ、リリー・ハント……!!」



 炎上していた馬車が一気に氷漬けになる。消火に当たっていたらしい乱蔵が空の上で「何やってんだあいつ!」と驚愕し、伝書鳩を手にしたカノンはぽけんと固まり、ベンチに腰を下ろしているステラはほっと安心したように微笑み、レインは私を見て「はあああああ……」長いため息を漏らしている。何で人の顔見てため息吐くのよあいつは。


 取りあえずほっとした。ステラもカノンもレインも、皆無事みたいだったから。


 リリー・ハント男爵令嬢、は………………何かものすっごく濡れてるし汚れてるし、パッと見は貴族の令嬢にはとても見えない。あの爆発に巻き込まれた、とか? だったら怪我を手当してやるのが先だとは思うんだけど、ここまで全力で向かっているうちに怒りが倍増でもしたのか、レオンは殺気立った目で彼女に詰め寄った。


「貴様がやったことはわかっている!! 今すぐ洗いざらい白状――――」

「やだっ、怖いっ! な、何ですか!? 私はただ馬車に乗っていただけだす! そしたらこの人たちが突然……突然爆弾を……!!」


 レオンの形相に、リリーは顔を覆って泣き始めた。

 この人、て言うのはステラとカノンのこと? ステラはやれやれと目を細め、カノンはぎょっとしたように目を丸くしている。殺気が凄いと思ったらレイン。今にも襲いかかりそうな勢いだけど、あれ大丈夫かしら……。


 リリーはぽろぽろ泣くだけ泣くと、突然私に抱きついた。


「ルーク様!! この人たち怖いです! 助けてくだ――――」

「ルークは君とは何の関係もないだろう。取りあえず話は近衛騎士が聞こうか」


 ジークがすかさず引き離す。笑顔の彼に、リリーの顔が強張った。「あんた……いや、違う……」動揺したようにぶつぶつ言った後、「ル、ルーク様!!」と私に手を伸ばし、必死で助けを求めた。


 何で私に助けを求めるのか、それもよくわからない。会ったのは昨日が初めてで、会話したのも今日が初めて。なのに何か……すっごい重いものを感じるような……? 可愛い子に好かれるのは悪い気はしないけど、今回ばかりは絶対勘違いされたくない。


「俺はあんたを助けるつもりはない。大人しくレオンについていくんだな」

「え……?」

「後ろめたいことがないなら問題ないだろ。俺はステラやカノンを信じてるけどな。二人があんたに酷いことしたんじゃなくて、あんたが二人に酷いことしたんじゃねえのか?」


 リリーの目にありありと失望が浮かぶ。

 どす黒い感情がごった煮されたようなその目に、思わず後ずさりした。









「…………………………愛してるのに」



 ……愛してる? 私を? 何で?

 疑問が噴出したけど、追求するのは躊躇われた。ぽつりと零された声からは、殺意さえ感じられたから。

 この子、本当に十歳? たった十年でこんなどす黒い殺意を抱けるようになるもの? とてもそうは思えない。


「愛してるのよ!! 本当に愛してるの! そのために私、ずっとずっと――――」

「じゃあやめてくれるか。愛されても困る。君みたいなちっちゃい子に興味ないし」


 ばっさりそう言いきると、リリーは口をあんぐり開けて固まった。


「で、でも、ちょっと経てばすぐ大人に――――」

「他に好きな人もいるから」

「嘘吐かないで! まさかアクアのあの女のこと!? あんな人形みたいなののどこがいいの。私にはわかってるわ、あなたが一方的に好かれて困ってるってこと。あなたに相応しいのは――――」

「俺、男が好きだから」

「は?」

「男。だから君が大人になっても無理だ、絶対。悪いけど。つーわけでさよなら~」

「う、嘘よ! 嘘……そんな……ッ……嘘……」


 呆然とするリリー・ハント男爵令嬢が、屈強な騎士に抱えられてあっという間に連行されていく。レオンも凄まじい冷気を漂わせながらついていった。クリスタの事を「人形みたい」と吐き捨てた事で、レオンの怒りが頂点に達したらしく、こっちまで凍えそうな空気。


 まだ彼女がどこまで何をしたのかはよくわからないけど、取りあえず離れられて安心した。


「やるじゃんルーク様。あの人の凹まし方わかってるね」

「レイン、あの子と知り合い? ……て、怪我してるのか!?早く言えよ!!」

「別にしてないよ。私は平気の平気だから。それよりそこのお嬢さんの方――――」

「私は大した怪我ではありませんから、レインさんとカノンさんの方を先にどうぞ」

「いやステラとレインを――――」


 皆まとめて治療した。それからゆっくり事情を聞いた。


 クリスタの件にリリー・ハント男爵令嬢が関わっていたこと、それを令嬢本人が遂に認めたと、レオンから知らせがあったのは、それから数日後の事だった。


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