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63 【???】 歓喜する


 はあ……遂に城下町に来ちゃった……

 え~と、今日はあの聖騎士会議……だよね。運命の聖騎士会議だ。お父様に無理言ってここまで来ちゃったんだから、何とかしてこれから起こる悲劇を回避しなきゃ。


 私が暮らしていた田舎町と違って首都の城下町ってやっぱり人が多い。美味しそうな物がいっぱいあるし、物珍しいものもたくさんあるし……ちゃんとした目的があって来たはずなのに、あっちもこっちも興味を引かれてふらふらしちゃう。あ、あの本屋さんすっごく大きい!

 思わず立ち止まると誰かとぶつかってしまった。「きゃっ?!」と尻餅をつくと、その誰かは慌てて私に手を差し伸べてくれた。


「大丈夫!? ごめん、俺がよそ見してたんだ」

「い、いえ……」


 顔を上げて、思わず固まった。

 さらっとした黒髪に、月のように輝く綺麗な瞳、色白で華奢で……まるで、私の想像通りの……


「本当にごめん。綺麗なドレスに土が……」

「い、いえいえいえ! 良いんです良いんです!」

「君の綺麗な指まで汚してしまった」

「えっ」

 少年はハンカチを取り出して、私の指の汚れをそっと拭った。それから片膝をついてまるで騎士様みたいに私を見上げる。

「宝石のように輝く君の瞳に、一片の陰りを与えてしまったこの俺を、どうか許してはもらえないだろうか?」

「へ? え? はい?」


 美少年にじっと見つめられて心臓がぐわんぐわんする。いや本当にぐわんぐわんする。それ以外の形容詞が思い浮かばない。頭が熱いし私このまま死ぬのかもしれない。ああ、短いけれど良い人生だったなあ……





「シリウス」





 ……シリウス?



 銀縁めがねをかけた灰色の髪の少年が、呆れた顔で彼を見下ろしていた。うわ、この子もすごい綺麗。ちょっと冷たい感じだけどそれもまた……



「道のど真ん中で何をやってるんだ。女性を口説くなら時と場所と状況を考えろ」

「別に口説いてるわけじゃ…」

「端からみればプロポーズしてるようにしか見えないぞ。お前そうやって今まで何人の女性を誑かしてきた。いい加減にしろ」

「いやだから誑かしてるわけじゃ…」

「息するように口説いといて何が誑かしてるわけじゃない、だ。恥ずかしい台詞はステラ仕込みか何か知らないが、誰にでもそういうことをしているといつか刺されるぞ」


 え、ステラ?


「怖いこと言うなよ、ルベル」


 ルベル?


「お~い2人とも~!! 美味そうな肉の塊を発見したんだけどあれ買ってぶつ切りにして今夜のシチューにぶっ込まねえ!? 絶対美味いと思うんだよな!!」


 真っ赤な髪が眩しい元気いっぱいの少年が走ってきた。またしてもあっと目を奪われそうな美少年。男の子らしい無邪気な活発さと、まだ幼さを残しながら凜々しい男性的な顔立ちが絶妙に合わさって、他の2人とはまた違った雰囲気ながらこれもこれでよし!


「値段によるぞ。どうせ高いんだろ」

「まあまあ、そうお堅いこと言うなって~。ちょっとはいいじゃん、ちょっとは。な、シリウス」

「……それで前、高すぎる肉買ってめちゃくちゃ怒られたじゃん、あいつに」

「あ、ああ~、まあ……」

「そういうことだ。なんでもかんでも買っていいわけじゃないぞ。食費はきちんと計画的に使わないとすぐ底をつく。そろそろ学習しろ、カノン」


 ……カノン?


「食費って言っても基本はアランがやってくれてるんだからいいじゃん。この食費はお小遣いみたいなもんだろ? 自分たちが好きなもの買うためのさ」

「お前が使いすぎると他の子供たちが来月まで何も買えなくなるんだと、何度言ったらわかる。自分たちで金をやりくりするのも教育の一環だから敢えてこういうことを……いや、そもそもお前がそれを使えてるのは子供たちが許してくれたからだぞ。職員のくせに子供たちの厚意に甘え、しかも自分がいつも一番高い物買うってどういう神経して――」

「わ~ごめんごめん! わかったって! あ~あ、チビどもが喜ぶと思ったんだけどな~……」

 

 そう言って、赤い髪の少年はしゅん、と肩を落とした。








 ……し、信じられない。

 シリウスにルベルにカノン……そ、それって間違いなく……!!



「ところでこのお嬢さんは?」


 赤い髪の男の子はキラキラ光る目で私を見つめた。さっきまで肩を落としていたのが嘘みたいな好奇心に溢れる顔。うっ、眩しい……!



「あ、もしかしてシリウスの彼女?」

「ち、ちち、違います!!」

 誤解なきようにぶんぶん首を横に振れば、シリウス様が綺麗に微笑みながら説明してくれた。

「このお嬢さんは先程俺が誤ってぶつかってしまった相手で――」

「あ、違うんです! 私が急に立ち止まったから……」

「でも結果的に君を転ばせてしまった。悔やんでも悔やみきれない。せめてこのハンカチをもらってはくれないか?」

「へっ?」


 渡されたのは先程私の指を拭ったハンカチだった。


「いや、でも、その……」

「このハンカチを見て俺のことを思い出してくれたら……俺も同じ時、君のことを思い出しているよ」

「ひぇっ……」



 ていうか思い出すも何も私の名前すら知りませんよねッ!? とは思うんだけどそんな突っ込みができる心の余裕はない! ちょっと危険な雰囲気の漂う美少年にじっと見つめられてまた鼓動がばっくんばっくんしている。顔が茹だって茹だって蒸発しそうになる。背はあまり高くなくて私とそんなに変わらないけれど、それがかえってよくなかった。同じ目線で至近距離で見つめられて、逃げ場がない。



「……ルベル。シリウスはなんであんなことになったんだ?」

「知るか。放っといてやれ。そういう時期なんだろ」

「俺にはそんな時期なかったけどな……」


 そんなこと話してないで助けてほしい! じゃないと私本当にこのまま蒸発……




「皆揃って何してるの?」



 柔らかな声に体が飛び跳ねそうになった。

 現れたのはまたしても超絶美少女……いや美少年だった。穏やかな優しげな顔立ちで、佇まいからして気品が溢れていて、その柔らかな目元から控えめに色づいた口元から、何もかもが天使みたいに整った少年。見ているだけで心がほわほわして、日向ぼっこの似合う子だなあ、と頭の片隅で思った。



「おおルカ! お前こそ何してんだよ、こんなとこで」



 ……………ルカ?



 それって……………



「これからほら、王宮に行くからね。孤児院に寄って一緒に行こうかと思って。早く着きそうだから市場を見ていたら面白い本を見つけたんだ」

「『嫌いな相手の人心掌握術』か……気になるな。読み終わったら貸してくれ」

 灰色の少年が身を乗り出して、赤い髪の少年が顔をしかめる。

「……お前らいつもそんな本ばっか読んでねえか?」

「まさか」


 ほわほわと微笑むルカ様。

 

 もしかして、本当に、本当に……



「公爵様……では、ないのですね……?」

「え?」


 彼は私を見て首を傾げた。



「あっ、あの、あなたは、公爵様ではないのですよね!? イグニス公爵様では……」

「……失礼ですが、どこかでお会いしたことがありますか?」

「あ、いえ、えっと……」

「では改めて。ルカ・ローズ・イグニスと申します。お嬢様は?」


 彼はまだ公爵じゃない。

 何度もお父様に確認したし、誰に聞いても間違いなかった。でも心の片隅で、もしかしたらという疑念は拭いきれなくて、この目で確認できるまではずっと不安だった。


 本当に、本当だったんだ……





 本当に、小説の運命が変わっているんだ。






「ア、アンネ。アンネ・グランドと申します。グランド男爵の末の娘でございます」






 うっかり泣いてしまわぬよう堪えた。

 小説では公爵としての務めを果たすことだけを考えて、いつも憂いを帯びて悲しい顔をしていたはずの少年。今はふんわりと、お日様みたいに優しく微笑んでいることを、何度も確かめながら。


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