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炎に焦がれる小さな星は⑯




 引っ張り上げて抱き締めて、馬車から飛び降りる。ステラはぎゅっと目を瞑って俺にしがみついていた。馬車から十分距離を取ったところまで離れて、腕の中の彼女の顔を覗きこむ。顔色が酷く悪くて、心配になった。



「大丈夫か!? 怪我はないか!?」

「……カノン、さん……」



 ステラは呆然とした様子で手を伸ばした。いっつも冷静沈着なステラに珍しく、めちゃくちゃ動揺してるのが伝わって、そりゃあんなことがありゃそうなるのも仕方ねえしそれだけ怖かったんだなって、何て声掛ければいいのか迷っていると……


「カノンさん、こそ……」

「え?」

「カノンさんこそ、怪我は? 一体何があったんですか!? どうしてッ……どうしていなくなっちゃうんですか!? やっぱり襲われたんですか今までどこで何してたんですかご飯はちゃんと食べてますか何で一人で行動しちゃうんですかッ!!!」

「わ、悪い。心配させて……」


 すげえ勢いで問い詰められて、ステラはやっぱりステラだなってちょっと安心した、直後――――……


 キッと力強いステラの目つきが、緩んだ。

 赤い瞳がうるうる潤んで、零れた涙が彼女の頬を濡らす。…………驚いた。そんで後悔した。俺は、いつも冷静なステラをこれだけ心配させてたのかって、思ったら…………


「えっと、ほんとごめん! でも無事だ。俺もレインも――――……ああっとレインは結構怪我してるからすぐちゃんとした治療が必要なんだけど、でも命には別状がなくてそれも全部俺のせいなんだけどとにかくいろんなことがあって……取りあえず宿に戻ってえーっと……」


 しどろもどろで情けねえ。それが怒りを煽っちまったのか、ステラは徐々に真っ赤になって、俺からさっと顔を逸らした。


「あああ悪い! ほんとその、反省してる。心配させちまって本当に――――……」

「違います!!」

「!? 違うの、か?」

「心配していたのはまさにその通りです! が!! 私は、こんな、責めるようなことを言いたかった訳では、なくて、私は、ただ……私は……」


 ステラは言葉に詰まった後、「ああもう!!」と自分の頬を叩いた。びっくりした。


「ス、ステラ……?」

「あなたを前にすると、本当に、自分が自分でなくなるようです」

「??? ステラはステラじゃねえのか?」

「そういうことではなく。私は――――……」


 その時、激しい音とともにとうとう馬車が倒れ、同時に派手に爆発した。


「ッ!!」

「カノンさ――――……」


 ステラを抱えたまま、咄嗟に背を向けた。彼女が怪我しないように。飛んできた火の粉も衝撃も、随分離れていたおかげで大したことはない。なのに、ステラは血相を変えた。


「カノンさん! 大丈夫ですか!? 怪我は――――」

「してない。全然平気だ。あっちは大丈夫そうじゃねえけど……」


 馬車は炎上していた。火達磨になった御者が叫び声を上げながら走り出し、やがて近くの川に勢いよく落ちていった。助けた方がいいかと思ったが、あの川は浅いから大丈夫か。体に纏わり付いてた火は無事鎮火したみたいだし。




「……やり過ぎてしまいました」


 ステラはぽつりと零した直後、「まあ、当然の結果だとは思いますが」と冷静に言い切った。


「そもそも誘拐なんてされなければ私もこんなことしませんでしたし」

「よく発煙筒なんて馬車で使えたよな……? 怖くなかったか?」


 何で爆発したのかはよくわからねえけど、多分あのお嬢様がまた爆弾的なもの持ってたんだろうなってことは大体想像がつく。誘拐されてあんな狭い馬車の中で脅されたって考えると、普通怖くて身動きすらできねえんじゃねえかと思うけど……。


 ステラは表情を崩さずに、首を横に振った。


「ちっとも。あんな女の子にちょっと脅されるくらい、大したことではございません」


 断言した。すげえ格好いい。そういうところはフレア様に似てるし、肝が据わってるなって思うし、尊敬する。……そうだよな、ステラは孤児院でもそこに行くまでにも、いろんなこと経験しながら、強くなっていったんだよな。ちっこい子どもの頃から、ずっと。シリウスを守るために。



「それより……それよりずっと怖かったのは…………」



 真っ白な手が俺の胸倉を掴み、真っ赤な目が俺を睨み上げる。

 一体何言われるんだってどぎまぎしてると、やがて震える声が紡がれた。




「カノンさんが、死んでたらどうしようって……………」




 最後は涙声だった。本気で心配してくれてたんだってのが、痛い程伝わった。心臓が鷲掴みにされたみたいに痛くなって、その声と表情が、じんわり心に響いて泣きそうになる。


 やっぱ、優しいんだなって思う。俺はステラを怒らせてばっかりだけど、ステラはそれでも俺のことこんなに心配してくれてたんだ。こんなに心配して怒って気遣ってくれるって、それはまるで……まるで、何か、家族みたいだなって。ちょっと気恥ずかしいけど、そう思う。


 きゅっと眉間に皺を寄せたまま、ステラは俺から視線を逸らし、自分を落ち着かせるみたいに大きく深呼吸した。


「無事で、よかったです、本当に」

「ああ……ごめん。ほんと、ありがとな」

「本当に、心配しました。本当に……。もしかしたら、恋人でも作って駆け落ちしたんじゃないかって……」

「!? 俺そんなこと言われてたのか!?」

「言っていたのは王女様です! ですが、私も……ちらっと、考えました。ごめんなさい」

「俺が皆を置いて駆け落ちかー……それはないな」

「ですよね。恋人ができたらできたって大きな声で宣言しますよね、カノンさんは」

「そう、か……? まあ、多分、そうだろう、な……?」


 恋人なんて考えたことなかったな。俺はフレア様の騎士だし、そのために生きてるって感じだし、今の生活に満足してるから、恋人とか……そもそもこの生活についてきてくれる人がいるとも思えないけど。


「ティーパーティーのご令嬢方の誰かと付き合ってみるのはいかがです?」

「え?」


 突然何言い出すんだってびっくりした。ステラは俺の方を見ずに、早口で捲し立てた。


「素敵な方々ですし、カノンさんにぴったりではないですか。幼い頃は大層人気があったとか。あんなに慕われているとは存じ上げませんでしたが、良いことではないですか。おめでとうございます」

「? 何か、ステラ怒ってるか……?」

「おこッ……怒っては、いません。ムカついてます」

「それは怒ってんだろ!?」

「ムカついているだけです!」

「やっぱ怒ってんじゃねえか」


 ステラの耳も頬も真っ赤に染まっていく。これはやべえ。多分雷が落ちるぞ。

 だが何でこんなに怒られてんのかがわからねえ。頼むから説明してほしいがこんだけ心配かけた後だしここは俺が率先して何か喋るべき……か?


「あの、違うんだステラ。俺別に人気があるとかそんなんないし、ティーパーティーだってありゃあルーク様のおまけみたいな感じでだ、ほんとああいう人たちと付き合うとかそういうことはまずあり得ねえ訳で、だから俺が調子に乗ってるみたいでムカつくとかならそれはちょっと違――――」

「ええ違います…………私がただ嫉妬してるだけですもの」

「? 嫉妬?」

「好きな人があんなにちやほやされていたら普通嫉妬します」

「す……? ん? 誰……?」

「……カノンさん以外、誰がいるんですか」





 …………聞き間違い、か?




 何か、まるで俺のことが好き、みたいに聞こえたんだけど。

 ん? いや、違う、よな? そうじゃない、よな?

 多分、俺何か勘違いしてる、よな?




「あ、そうか! ステラも皆ともっと話したかったとか? えーと、そういうことなら――――……」

「何でそうなるんですか!!」

「うおッ! ごめん!」



 真っ赤な顔で怒鳴られて思わず謝ると、ステラはやけくそみたいな感じで捲し立てた。



「あなたが好きだって言ってるんです……!! ええそうですとも!! もう随分前からお慕い申し上げております!!」



 …………………………?


 おした……お慕、い…………?

 した…………

 それってつまり、…………………………え?




「あなたがほんっっっとうに無茶ばっかりするからもう言っといた方がいいと判断したまでです!! それに私だっていつまでもいつまでも見込みのない恋心を引きずっていたくないですしいつかフレア様が定住の地を見つけたらそこの大富豪と結婚するつもりですからそういう時にすっぱり気持ちよく結婚するためにもこの気持ちはほんっっとうに邪魔なんです!! はっきりフラれてすっきり忘れられたら、もう二度とフレア様ににやにやされることもないですしね!!」

「フ、フレア様? にやにや?」

「バレたんですよあなたのことが好きだって!!」

「す、すき……? え、本当、に……?」


 ステラは「はああ!?」とブチ切れそうな顔を俺に向けた。


「これだけ言ってるのに何で伝わらないんですか!? フレア様並みに恋愛に疎いですね!? 鍛錬ばっかりしてるからそんなことになるんじゃないですか!?」

「ご、ごめん……」

「謝らないでください!! 私が一人でぎゃあぎゃあ言ってるだけですから!!!」

「すまん……」


 ステラの瞳にまた涙が浮かんでる。破裂すんじゃねえかってくらい真っ赤になって、俺の腕の中で小さくなっていく。俺は俺で謝罪しか出てこねえし混乱してるし何て言うべきかわかんねえし言われたことも………………ああああああだめだわかんねえ!!



 ただ、何か、正直……………………多分、こんな一面、初めて知ったからかもしれねえ、けど…………………………すげえ…………可愛いな、て思った。ステラが。こんなに一生懸命、俺のこと、ただ真っ直ぐに、好きだって言ってくれる、彼女が。



 そう思ったってことを自覚した途端、カーッと顔が熱くなっていく。

 旅の仲間にこんなこと思っていいのか? 好いてくれてるならいいのか? わかんねえ。わかんねえけど、ちょっと一回離れた方がいいんじゃねえかってくらい、そんなことばっか思っちまう。



「さあ、さっさと振ってくださいこっぴどく!!」

「へ? あ、いや、その、ええと…………あれ? でもじゃあ、馬車で何も喋らなかったのは? ずっと怒ってたんじゃねえのか?」


 頭がぐるぐる回る。ふと昨日の馬車でのことを思い出した。綺麗に着飾ったステラと馬車に乗って、でもその時ステラはなんかすげえ怒ってたはずなんだけど……


「あ、あれは……その……あなたに、綺麗だって、言って貰えたから……」

「え?」

「うう、嬉しかったからに決まってるでしょう!? 言わせないでください!! もうわかってるくせに!! 意地悪ですね!?」

「へ? いや、え? ご、ごめ……ええ? えっと……ええ……」


 やべえ、舌が回らねえ。熱い。顔も体も火照ってくる。心臓がどくどく言ってる。

 嬉しかったからって……じゃあ本当に、ステラは、ずっと俺のこと……? え、なんで? どこが? わからん。いや、だって、その…………ええ?



「お、れ……俺、でも、フレア様の事が、好きだって…………」



 知ってる、はずだ。

 なのに、どうして俺のことなんて好きになってくれたのか、ほんとにわかんねえ。知ってて、どうして何年も…………。



「私は……フレア様が好きな、あなたのことを好きになったんです」

「え……?」

「あなたが、言ったのではありませんか。いつか、二人でダンスを踊った時に。……“好きな人が楽しそうにしてると嬉しい、好きな人が本当に好きな人と幸せになってくれると、もの凄く嬉しい”と。私も、あなたと同じ。同じように思っただけです。叶わぬ恋も、悪くはない、と」



 そう言って微笑んだステラは、今までで一番綺麗だと思った。



 心がじんわり震えた。うっかり泣きそうになった。

 何か言おうとした。言わなきゃいけないと思ったんだ、何か――――……その時、背後から声が掛けられた。



「ねえ、お取り込み中のところ悪いけど、リリー・ハントはどこ?」

「あ」

「あ」



 そういやすっかり忘れてた。


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