炎に焦がれる小さな星は⑮
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あの夜、俺は宿を抜け出して、指定された場所へ向かった。
『よくもやってくれたわねぇゴミの分際で』
その声が聞こえた直後、レインに体を引っ張られてた。
頭が割れそうな轟音が響いて、それから――――……
爆発が起きたんだってのはわかった。ガラガラ何かが崩れる音がして土埃が舞って、夜だからただでさえ視界が悪かったのに、辺りが本当に何も見えなくなって……。
俺はレインを止めようとした。あいつが女の子を殺そうとするのを見て。
いくら前世記憶保持者だから中身は大人だっつっても、見た目はちっこい女の子だ。そんな子の首搔ききって殺しちまうなんて、いくらなんでもだめだろって思った。ルーク様だって絶対悲しむ。それにレインは、何だかルーク様のためにあの子を殺そうとしているように見えて…………でも、もしルーク様がそれを知ったら――――――……やっぱり、だめだと思ったんだ。
いくらあの人のためだって言っても、そうやって自分の手を汚すのは、逆にあの人を悲しませると思う。レインを止めたことを後悔はしてない。けど…………ほんと油断した。
あの子を殺すのは反対だけど、だからってレインを危険な目に遭わせるのは違う。俺が油断しなけりゃ……まさか、爆弾を持ってるなんて思わなかった。
レインは俺のことを庇ってくれた。爆発のせいで怪我したみたいで、触れたら手にべったり血がついた。俺はレインを背負ってその場を逃げ出した。
辺りはまだよく見えなかったけど、それは相手も同じで、ただ闇雲に駆け出した。
俺があの子を怒らせたのもまずかったんだよな、きっと。リリーは俺のことを「忌々しい赤毛」とか「気持ち悪い」とか言ってた。
俺ってそんなヤバい目でルーク様のこと見てたのか……? うわ、時間巻き戻して確認してぇ。そんでほんとにそんなヤバい目だったなら一発殴ってなかったことに…………できねえか。
すげえ遠くまで走って、人も全然いないエリアに来て、ようやく安心してレインを下ろしたらやっぱり酷い怪我だった。
背中をやられてた。血がだらだら流れて、何か突き刺さってて、深くはなかったけどとにかく出血がヤバかった。もっと早く手当するべきだったって後悔しながら、必死で手を動かした。
手当に必要なもんはいつもある程度は持ち歩いてたが、これだけじゃ足りない。ちゃんとした医者にちゃんと手当してもらって、ゆっくり休ませてやらねえと。こんな路上じゃなくて、雨風凌げる家ん中で、しっかりしたベッドとあったかい毛布で…………
「……はあ、何て顔してんの面倒くさい」
「レイン!! 気がついたか!! よかっっった……! すぐ宿に戻るからな! フレア様のとこに行けば、そんな怪我もすぐ治る」
「今夜はあまり動かない方がいいよ。……ここ、宿からは離れてるでしょ」
「えっ……そ、そうなのか? 暗くてよくわかんねえけど……」
「ヒヒッ、どうやら騎士サマより私の方が王都に詳しいみたいだねえ。宿に向かうにはあのお墓とかリリー様のお屋敷近くを通らなきゃだよ。それに、あの人は絶対、ものすっごい面倒な追っ手を増やしてくる。私たちを生かしたままルーク様のところに行かせてなるものかってね。今夜は気配を消して静かに逃げるしかない。日が昇ったらあっちもそう派手なことはできないはずだから……それから動いた方が確実」
「成る程……」
レインは「やれやれ」と肩を竦めて、壁にもたれかかった。同時に「いった!」と顔を顰める。背中に激痛が走ったらしい。
「だ、大丈夫か!? ほんと悪かった……俺の所為で」
「はあ? 私が勝手に怪我しただけだから。何辛気くさい顔してんの騎士サマ。似合わないよ。君はいつも馬鹿っぽく笑ってるのがお似合い」
「ほんと、悪かった……。でも、俺、あんな子どもを殺すのは……」
「…………殺すよ、私は。君に何言われてもね」
それは譲れないって断言するレインは、前世でよっぽど辛い目に遭ったんだろうなって思った。……手は、汚してほしくない。でも……ここまで邪魔しといて何言ってんだって話だけど、俺に口を挟む権利なんてあるのか? 俺は、こいつの前世も何も知らねえのに。
「君だってもうわかってるでしょ。あの人がどれだけ危険かってことは」
「それは……」
無邪気な邪悪。そんな風に感じた。
「……あの子、ティーパーティーでもずっと殺気飛ばしてるみたいに見えた」
「へえ。すごいね。わかるんだ? 私でも記憶がなければ騙されてたよ、あれは」
確証はなかった。ただ、ずっと気にはなってたから、クリスタ様の件もまず真っ先にあの子を疑った。だから、一人の時あの子から話しかけられて、心底驚いた。
「ルーク様とクリスタ様がいなくなった後、『誰がやったか、実は知ってるんです』って囁かれて……怖いからこの場では言えないけど、誰もいない時に聞いてもらいたい、父親が関わってるかもしれないから昼間は無理、誰にも言わないでほしいって」
「それで呼び出されたの? 変だと思わなかった?」
「思った。俺はあの子から殺気を感じてたし、あの子が犯人じゃねえかと思ってたから……だから、敢えて行った。反省して改心してくれねえかなって思った」
自首した方が、罪は軽く済む。アクア家にあんなことしたなんて、最悪砂の地に幽閉されたっておかしくない。もしかしたら本当に父親の方が関わってるのかもしれないし…………俺は、両親が道を踏み外したから。同じような道を辿ってほしくなかった。あの子の事は、何も知らなかったけれど。
「お優しいことだね、騎士サマは」
「そういうんじゃ……」
「そのままでいなよ、君は」
レインは静かに目を閉じた。
「君は、ルーク様を守る騎士なんだから。……君が傷つくとあの人が悲しむ。命は大切にしなよ。君はいっつも、危険な真似し過ぎ」
それはお前もなんじゃねえかって、お前が傷ついたらルーク様悲しむだろって、そう返したけど返事はなかった。
レインが眠っている間、俺はずっと周囲を見張っていた。――――で、すぐ追っ手が来た。レインは「自分で動ける」っつったけど、俺はあいつを背負って逃げた。不服そうだったが、そのうち静かになった。傷が相当痛むんだろう。レインには、少しでも寝ててほしい。
気づいたら朝になってた。追っ手を躱しながらこそこそ逃げ回って、少しずつ宿に近づいてってんじゃねえかなって時になって、目の前の通りを馬車ががたごと走ってきた。
あまり人のいない廃れた通りで、その馬車は異様な程豪華に見えた。
「あの馬車……」
ずっと黙っていたレインが、耳元で久しぶりに口を開いた。
「どうかしたか?」
「ハント男爵家の紋章が刻まれてる」
「ハント…………て、誰だっけ?」
「ハント男爵家。リリー様のお家だよ騎士サマ。あの人か、あの人の父親辺りが乗ってるんじゃないの。絶対近寄らない方がいい」
「あ、ああ、わかった」
気配を消して物陰に隠れたまま、やり過ごそうとした。その時、窓の向こうがチラッと見えて、見覚えのある真っ白な髪が目に映った。
「…………ステラ?」
「え? 何言って……」
「今、ステラが……」
見間違いかもしれない。でも、確かにステラがいたような気がした。
咄嗟に追いかけようとした時、爆音が響いて馬車の天井を何かが貫いた。赤い煙が辺りを覆う。あの煙の色……サクラが作った発明品だ。てことはやっぱりあの中には――――……!!
「何ぼーっとしてんの」
「ッ!?」
突然突き飛ばされて前によろめく。その拍子にレインが俺の背中から離れて、地面に尻餅をついた。レインはふらつく馬車の方へ視線を向ける。
「ほら、早く助けに行きなよ、王子様」
「わ、悪い!! すぐ助けてくる!!」
呼ばれ方に違和感があったけど、そんなのどうでもよかった。馬車は今にも横転しそうだった。必死で食らいついてやっとこさ扉を開ければ――――……やっぱりそこには、彼女がいた。
「ステラッ!!!」
宝石みたいな赤い瞳が、俺を捉えた。




