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炎に焦がれる小さな星は⑭




「今、なん……――――――」

「あら、聞こえなかった? いい餌が手に入ったわねえ、って言ったのよ」



 雰囲気が一変していた。いたいけな、世間を知らない普通の令嬢だったはずの子が、一気に年を取ったような。どこか妖艶な雰囲気さえ漂わせている。見た目は、変わらない。変わったのは声音と表情。あと態度。

 足を組んで、頬に手を当て、リリー様は「ふふ」と微笑んだ。


「お優しいのね。嫌いじゃないわ、あなたみたいに優しくて扱いやすい人間」

「……何を」

「相手が子どもだと疑うことを知らないのかしら? よっぽどいい生活を送ってきたのでしょうねえ。ふふっ、ねえ、ルークの言葉聞いた? 私のこと可愛いって。やっぱり私を愛してくれてるんだわ。これって運命ね」


 あの方は女の子と見れば誰にでもそう言いますけれど。

 それに恋人だっていますけれど。


 思わず言いそうになったけれど、それは言わないでおいた。この子に本当のことを言うと、間違いなくとても面倒くさいことになるから。



「この馬車、どこに向かっているんですか」

「さあ、どこだと思う?」



 リリー様はじっと私を見て、その反応を楽しんでいるようだった。「もっと取り乱すと思ったけど」と小首を傾げて、口元にじわっと歪んだ笑みが広がる。――――驚いた。こんなに全く別の人間に豹変するなんて、さすがに思わなかった。

 今までいろんな人間を見てきたつもりではあったけれど、危ない人間というのは普通を装っていても何かしらその性質の片鱗が現れるものだと思っている。けれど、ついさっきまでの彼女は、それがほんの少しも感じられなかった。全くの無害にしか見えなかった。



「……餌、というと、私は一体何を釣り上げる餌なんでしょう?」

「さあ? 餌は知らなくていいことじゃないかしらそんなこと」

「どうせ餌として食べられてしまうなら、それくらい知っておきたいところですけど」

「お前、随分肝が据わってるのねえ。うちの侍女とは大違い。死ぬのが怖くないの? 餌さん」

「怖くない訳ではございませんけど、慣れてはいますね。死にそうな体験なら何度かしましたから」

「ふうん?」



 目の前の少女が少女に見えない。十歳程度の体に、まるで大人が入り込んだような……。

 運命とか、前世とか。シノノメ帝国特有の、前世記憶保持者。その辺りの雰囲気と何か似たものを感じた。

 となるとやっぱりルーク様関連かしら。さっきもルーク様への愛を語っていらしたし。

 少しずつ冷静になる頭でそう結論づけると、いろんなことがすっきり繋がっていった。


 クリスタ様のお茶をお酒に変えたのも、カノンさんの失踪に何か関わっているのも、多分、この人。

 聞いた所で話すとは思えなかったけれど、今目の前にいるこの令嬢なら、それくらいやるのだろうなと思った。こうして白昼堂々、私を誘拐している訳だもの。この後私を始末でもした後は、被害者面をしてルーク様に助けを求めるのかしら?



「一体何が目的なのかは存じ上げませんが、あまりこういうことをするのはお勧めいたしません」

「もしかしてお前、前世の記憶でも持っているの? 中身はババアとか?」

「何のことだかわかりませんが、私はただの普通の侍女です。今からお菓子を買いに行くか王宮に戻るか、そうしていただければこのことはなかったことに差し上げてもよろしいのですが」

「ふふっ、誰がそんなことすると思う? 本当は怯えているのね? 怖くて怖くて仕方ない? これからどうなるかって」

「怯えるべきはあなたの方では? こんな大それたことをして、怖くはないのですか?」


 リリー様はすっと目を細めた。瞳の奥に、凶悪な光がゆらゆら揺れている。


「あんまり生意気なこと言うならその舌を抜いてあげてもいいのよ? うちの御者は女の子を切り刻むのが大好きなの。ゆっくり、じっくり、甚振ってあげるけど。もう殺してほしいって泣いて懇願するまで」

「それは結構です。私、痛いのは好きではありませんから」



 外の景色が寂れていく。私の知らない、あまり治安がいいとは言えないエリア。

 このまま連れて行かれた先に、カノンさんはいるのかしら。レインさんは? それなら大人しく連れて行かれた方がいいのかしら? それとも――――……



「ああ、おかしな真似は考えないでね。痛いのが嫌なら爆発も嫌いでしょ?」



 リリー様は、とんとん、と傍らに置いた小さな箱を叩いた。

 乗った時からそこにあって気にはなっていたけれど――――……爆弾。そんなものを自分の馬車に載せているなんて、本当に頭がおかしいとしか思えない。



「それ、爆発したらリリー様もタダでは済まないでしょう?」

「大丈夫よ。私に何かあったらルークが助けてくれるもの」

「……そうですか」



 即死すればルーク様にだって助けられないけれど。

 と言っても、彼女にとっては、私を脅すのに使えればそれで十分と言ったところでしょう。本当に爆発させるつもりはないのでしょうね。

 むしろ大変なのは、この馬車から降ろされた後。爆弾を巻き付けられて放置とか、体中切り刻まれるとか、何をされたっておかしくない。カノンさんたちがどこにいるのかは何としてでも突き止めたいところだけど、今私がどれだけ焦ってもこの方は決して口を割らない。連れて行かれた結果、彼らの足手まといにもなりたくない。



 外を見ると、ほとんど人のいない廃れた通りだった。



「……私には、リリー様と違って、本当に信頼できる人たちがたくさんいるんですよ」

「は?」

「では、失礼します」



 フレア様の侍女たる者、いついかなる時も丸腰はあり得ない。


 ドレスの中に隠し持っていた小さな筒を手に滑らせる。初めて怪訝な顔を見せたリリー様に、にっこり笑顔を向けてから、私はその筒の紐を引っ張った。


 バチ、と鋭い音を発した後、筒は勢いよく飛び出し馬車の天井を突き抜けた。もくもくと煙が馬車にも充満し、「何これ!? 何やってんのよ!?」とリリー様の悲鳴が聞こえる。爆弾が目の前にあるのに、私がこんなとんでもないことをするとは思わなかったらしい。そもそも発煙筒なんて持っているとは思わなかったわよね。それはつまり、こんな危険物を王宮に持ち込んでいた、ということだもの。


 ただ、これを発煙筒だと見抜ける人は少ないでしょうね。見た目はドレスに隠しておけるほどの本当に小さなただの筒。随分前だけれど、サクラさんが発明した特殊なものだった。ただ紐を引っ張るだけで勢いよく飛んでいき、赤い煙を撒き散らしながら居場所を知らせてくれる優れもの。

 サクラさん曰く、最初の勢いは屋敷の天井さえ突き抜ける程だって言っていたから、馬車の天井くらい貫いてくれるだろうとは思っていた。一体どなたの屋敷の天井を貫通させたのか、それを聞くとにっこり笑顔で答えてくれなかったけれど。


 馬車が激しく揺れる。馬が突然の爆音と衝撃と煙に驚き、御者を無視して暴れているのが伝わってくる。このままだとリリー様の爆弾が爆発する可能性もあったし、さっさと脱出したいけれど煙で扉の取っ手も見えない。私は思いきり蹴りつけて開けようとした。



「ッ……なかなか、あの御方のようにはいきませんね……!」



 扉はそう簡単には開いてくれない。足の痛みを感じながら、もう一度、と力を込めた時だった。

 突然、扉が外から開かれた。







「――――――――――ステラ!!!」







 炎のような眩しい赤。酷く懐かしさを感じる、大好きな人の声。

 その声が耳に届いた途端、膨らんでいた不安は一気に霧散した。


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