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炎に焦がれる小さな星は⑬





「恋、…………え?」

「だってそうじゃないの。誰にも言わずに出かけてるんでしょ。あ、もしかしてフレア・ロー……あの女と付き合ってるとか?」

「違う違う」

「そうなの? じゃ誰かしら。心当たりはある? もしかしてあのティーパーティーにいたのかしら?」

「えー……いや、えー……?」


 私の事を気にしてか、ルーク様は「ないと思うけどなあ」と言いながらちらちら私を見てくる。


 やめて。こっち見ないでください。私は関係ありません。

 大体、あの人に恋人がいないことはわかりきっていることでしょう。あの人が好きなのはずっとフレア様だけで、他の女性に目が行くことなんてあり得ないし、もちろん可愛げの欠片もない私が恋人になることもない。そんなのわかっているのだから私の事を気に掛ける必要はどこにもない。


 カノンさんへの恋心をフレア様にバレてしまったのは、本当に一生の不覚だった。

 事あるごとに私とカノンさんをひっつけようとするのも本当にやめてほしい。彼が私を好きになってくれることなんて万に一つもないのだから。



「ま、別にどうだっていいけどね、ほんとどーだって! あんな赤毛が誰とどうなったって私には関係ないもの!」とアレクシア殿下。

「そう言う割にはすげえ気にしてるけど、王女様もしかしてカノンのこと……」

「何!?」

「あー、何でもない」


 ルーク様はこりゃまずいと誤魔化すようにお茶を飲んだ。

 アレクシア殿下は意地悪な笑みを浮かべた。


「もしかしてあの赤髪、駆け落ちでもするつもりなんじゃないの」

「ぶふッ!?」

「ちょっと! 何噴き出してんのよ! 汚い!」

「げほッ……悪い悪い。てかそっちこそ何言ってんだよ!? カノンが駆け落ちとかないだろ!」

「わかんないでしょ! 好きな人見つけて、このままず~っと帰って来なかったりして~~。あんたたちと貧乏旅行続けてるより、そっちの方がずっと楽しいでしょうし!」

「カノンはそんな奴じゃないぞ!」

「そんなのあんたにはわかんないでしょ~?」


 アレクシア殿下の言葉に、ルーク様は本気で噛みついていた。必死になるルーク様に、アレクシア殿下は心底楽しそうにしている。

 彼女がルーク様を弄んでいるだけってことはわかっている。適当な言葉。ただ言ってみただけの言葉。その発言のどこにも、信憑性はない。カノンさんがフレア様を置いて駆け落ちとか、そんなことするわけがない。あり得ない。そういう人じゃないことを、私もルベルさんもルーク様もよく知って…………






『カノン様ってほら、格好良いじゃないですか。昔から本当に、そこらの子息よりずっと格好良くて、明るくて優しくて溌剌として、剣術も馬術も本当に素晴らしい御方で、同世代の子は皆カノンさんに夢中でしたよ』







 ………………………………知ってる、けど。


 知らないことだって、たくさんある。


 思えば、カノンさんだってもう十九歳。あれだけモテる人が、ずっと恋人も作らずにこんな大所帯で旅をしているなんて、普通に考えてあり得ないのでは? むしろ恋人を作って出て行く方が、そっちの方が健全なのでは? あれ? もしかして…………本当に、恋人? 恋人なの? 恋人ができて、こっそり出て行った? 私たちに言うのが気まずかったから、だから何も言わず、こっそり………………




 パン!!!




「うわッ!?」

「ど、どうしたステラ!?」

「何でもございません! ご歓談をお邪魔してしまい申し訳ありませんどうぞ続けてください」



 両頬を叩いて、滲んだ涙ごと雑念を吹き飛ばした。

 何を考えているのでしょう私は。カノンさんが私たちに黙って出て行くなんてあり得ない。


 もし仮に恋人ができたのだとしても、彼なら絶対ちゃんと伝えてくれる。恋人ができたことも、二人で生きていきたいってことも、ちゃんと言葉にするはず。急に黙って消えてしまうなんて、あの人は絶対しない。私はカノンさんの事を全部知っている訳じゃないけれど、彼がそれだけ義理堅い人だってことはよく知ってる。何より、カノンさんは本当にフレア様の事を慕っているのだから。彼女や、それに幼い頃からずっと友達だったというルベルさん。彼らを蔑ろにするなんて、絶対しない。あり得ない。


 頬がひりひり赤いのを我慢しながらニコニコしていると、アレクシア様は「怖い侍女ね……」と顔を青ざめながらお茶を飲んだ。

 その時……



「王女様! 珍しいお菓子が手に入ったのですが……あ、あら、申し訳ありません! ご来客があったなんて……!」

「あらリリー。いいのよ、おいで」



 真っ黒な髪の幼い令嬢が、たった一人でひょこっと現れた。

 確かティーパーティーの時にもいた。まさか王宮を自由に出入りして、こうしてアレクシア殿下に会いに来られる程の関係とは思わなかった。


 人懐こい、可愛い笑顔を浮かべながら、彼女はルーク様に綺麗なお辞儀を披露した。


「初めまして、リリー・ハントと申します! ティーパーティーの時はご一緒させていただいたんですけど、挨拶ができなかったから……」

「ルーク・フィリアだ、初めまして。可愛い子だね」

「えッ! あ、そんな……すごく嬉しいです。こんな素敵な殿方に、そんなこと言われるなんて……」


 リリー様は頬を真っ赤にして、照れたように笑った。

 それから私とルベルさんの方を見て「あれ?」と首を傾げる。


「赤毛の方はいらっしゃらないのですね? ティーパーティーの時にいらした……」

「あいつなら恋人を作って出て行ったらしいわよ」

「え!? そうなんですか!?」

「違う違う! ちょっと出かけてるだけだって! おいアレクシア、勝手なこと言うなよ!」とルーク様。

「ふん! 私はほんとのこと言っただけよ!」

「どこがほんとのことだよ!」


 お二人のやり取りを、リリー様は目を丸くして見守っていた。それが落ち着いた頃を見計らって、「あの、私珍しいお菓子をお持ちしたんです! 良ければいかがですか?」と大きな箱を取りだした。


「あッ……」


 慌てて取りだしたせいだろう、つるっと手が滑って、箱が地面に落下する。ルーク様が咄嗟に手を伸ばしたけれど間に合わず、箱は地面に叩きつけられて、中から美味しそうなお菓子がぶちまけられた。


「きゃあ!?」

「あー……ごめん。間に合わなかった」

「いえ! ごめんなさい! お召し物が汚れませんでしたか!?」

「俺は大丈夫。君こそ汚れてない?」


 ルーク様はリリー様を気遣いながら、ぶちまけられたお菓子を箱に戻していった。土だらけになってぼろぼろに崩れて、食べるには難しそう。ルーク様は「俺ならこのままでも食べれるけどな-」と物欲しそうにお菓子を見つめているけれど。

 リリー様は真っ赤になって涙を浮かべて、「私、今から買ってきます!」と言い出した。


「え!? いや、でも――――……」

「王女殿下にも召し上がって頂きたいと思っていたので……もちろん、ルーク様にも。本当に美味しいお菓子なんです。今すぐ買ってまいりますから、少々お時間をいただいてもよろしいですか?」

「一人で買ってくるのか? それなら俺が行くけど」

「ルーク様にそんなことお頼みできません! 大丈夫です、馬車もありますし。すぐに買ってまいりますから!」


 馬車があるなら従者も一人くらい待っているのでしょうけれど、必死な様子のリリー様を見ていると少し不安になった。今にもぽろぽろ泣き出しそうな幼い令嬢に、台無しになったお菓子をまた買いに行かせるというのも……。

 ルーク様も困った様子だった。私はルベルさんとちらっと視線を交わしてから、そっとリリー様に近寄った。


「良ければ、私も一緒に参りましょうか?」

「え?」

「お一人では不安でしょう。一緒に選びませんか? この美味しそうなお菓子を売ってあるお店も気になりますから」


 微笑みかけると、リリー様は徐々に表情を和らげた。


「あ、ありがとうございます……」

「いえ、荷物持ちくらいしかできないかもしれませんけれど」

「荷物持ちはうちの従者がやります! あ、でも、気難しい御者なので、持ってくれるかな……。今一人しかいないんです。侍女は忙しいからって、誰も私の外出に付き添ってくれなくて…………だから、本当に有り難いです。それにこんな綺麗なお姉様……あ、ごめんなさい。気安くお姉様なんて」


 リリー様は恥ずかしそうに頬を真っ赤にして、涙目を拭った。

 優しい、可愛らしい令嬢だった。私はリリー様と一緒に、王宮の前に停まっていた馬車に乗った。話に聞いていた通り、あまり大きな馬車ではなく、気難しそうな御者が一人いるだけだった。ゴトン、ゴトンと、馬車が静かに揺れる。

 リリー様は、始終嬉しそうにお喋りしていた。心を許せる侍女がいないこと、アレクシア様が大好きなこと、ルーク様は本当に素敵な御方だと思ったこと。――……この様子、もしかしてルーク様に一目惚れしてしまったのかしら? ルーク様は息するように令嬢を口説く癖がある。こんないたいけな令嬢があの人の虜になってしまったのかもしれないと思うと、何だか可哀想だった。悪い相手を好きになってしまった、としか……。



 随分遠くまで進むわねと、私は窓からたまに外を眺めながら、彼女の話を聞いていた。

 馬車はいくら経っても止まることなく、どんどん王宮から離れていく。



「…………ああ、本当に嬉しいです」



 リリー様が、柔らかな笑みを浮かべる。



「こんなに簡単に、餌が手に入って」



 急に低くなった声音に、私は耳を疑った。


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