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遠い昔の別の世界に、鬼子と呼ばれた女の子がおりました。


――――――――――


『近寄るな! この化け物!』

『気持ち悪い。鬼子が出たぞ!』

『あの髪と目の色を見てみろよ。あんな変な色見たことがない』



 生まれつき、金色の髪に、青い目に、白い肌を持っていた。

 顔かたちだって皆とあまりにも違う。

 母は俺を鬼子と言った。こんな気持ち悪い鬼子を産んでしまってもう生きていけない、と川に身を投げた。俺を抱いて。愛情じゃなくて責任感から、俺という化け物を殺そうとしたんだ。母は亡くなったが、結局俺だけ生き延びてしまった。



 生き延びなければよかった。

 そしたらこんな風に石を投げられることも、蔑まれることも、空腹に苦しむこともなかったのに。




 何も知らないまま、楽になれたのに。



 どこで生まれたかももうわからない。投げられる石から逃れるように、あちこちを渡り歩いてきた。ある日流れ着いた町は今までで一番栄えていて、自分だけが浮いていた。この世界には要らない、と言われているようで。

 みすぼらしい俺が面白かったのか、ガラの悪い大人に絡まれた。



「気持ち悪い髪だな!」

「鬼子め!成敗してやる!」



 ……痛い。

 あちこち殴られて体中が痛い。

 ああうるせえなあ。人のこと鬼子鬼子鬼子って……どこに行っても同じようなことを言われる。俺が何した? 俺がお前らに何したってんだよ。



 あ、そうだ。


 このまま死ぬならせめて一矢報いてやりたい。

 俺をバカにしてるこいつらに、消えない傷を一個くらい作ってやりたい。



「……してやる」



 そうだ、むちゃくちゃに暴れれば俺だってもしかしたら……



「殺してやる」



 生まれて初めて殺意を抱いた。

 虐めてきた奴らに初めて反抗し、俺は自分が人と違うことを初めて知った。


 餓死寸前みたいなガリガリの体なのに、殴れば人が吹っ飛んだ。恐れずしっかり見てみれば、相手の攻撃を躱すことも容易かった。目も、耳も、何もかも冴え冴えとしてまるで自分の体じゃないみたいだった。気づいたら皆倒れていた。顔も手も、こいつらの血で濡れている。



 爽快だった。

 ああこんな簡単なことだったんだって思ったら、気が軽くなった。


 蔑まれれば殴ればいい。

 気に入らなければ殺せばいい。



 こんな簡単なことだったと、なぜ俺は気づかなかったのだろう。






「どうも初めまして」



 間の抜けた声が、俺に掛けられた。

 はっと身構えると、遠くから恐ろしそうにこちらを見る大人たちとは対照的に、酷く近くまで来ている人間がいた。こんなに近づいてたことに気づけないほど、その人間には殺意の欠片もなかった。

 だらりと垂らした髪は癖が強くてぴょんぴょん跳ねている。色白で綺麗な顔をしているが、この状況でニコニコ笑ってるのが常軌を逸しているように見えて、怖かった。




「お腹が減っているようだね?」




 そんなことを聞かれるとは思わなかった。

 お腹、と言われてぐう、と腹が鳴る。



「腹は……減った」

「そうか。じゃあご飯でもどうだい?」

「でも……俺、銭なんて……」

「ははっ、大丈夫だよ。お金なんて取らないさ。さ、おいで。もし町奉行の人間が来てしまうと何かと面倒だろう。君がやったとは誰も思わないとは思うけれど。君は傍目から見れば小さな可愛い女の子だから」

「…………」





 怪しい。めちゃくちゃ怪しい。

 それはわかるけど、俺はそいつの手を掴んでいた。


 負ける気がしなかったから。






 それが、「先生」との出会いだった。



 



 並べられた食事を見て息をのんだ。

 ご飯でもと言われてもどうせ芋の根っこを投げてよこされるんじゃないかくらいに思っていたし別にそれでも十分だったのに、茶碗に盛られた白米に野菜と沢庵と味噌汁。こんな豪華な食事を見たのは初めてだった。そもそも器に盛られた食事というのが初めてだ。しかも、白米。こんな真っ白な米、本当にあるんだ。

 箸の使い方がわからない。まごついていると匙を渡された。


「美味しいかい?」


 俺の頭の中で、目の前の優男は生まれて初めて出会った“良い奴”に分類された。飯をくれたんだ。しかもこんな豪華な食事。良い奴じゃないわけがない。

 夢中で頬張った。うまい、柔らかい、土も混じってないし味がついてる。めちゃくちゃうまくて、食べながら涙が溢れてきたけどそんなの拭う時間も惜しくて口の中に詰めまくった。


「そんなに焦って食べなくてもご飯は逃げていかないよ」


 優男はそう言ったが、ゆっくり食べるなんてしたことがないから逆にわからない。詰め込むだけ詰め込んで噛んで飲み込んで、あっという間に皿は空になった。




 なんで俺を助けてくれたのかと問うと、男は「助けるのに理由がいるのかい?」と首を傾げた。

 元々偶然近くを通っただけらしい。俺が周りの奴らをボコボコにしていてどうしようかと思ったものの、腹が減ってそうだし可哀想だから連れてきたのだと。多勢に無勢で虐めていたのはあちらであるし、死んではいないから後のことは他の大人に任せたと。

 もしかしたらこの後捕まるかなと思ったけれど、ガリガリの子供にやられたとは誰も言いたくなかったのか、町の人間も元々俺がやられていたことを知っているから黙っててくれたのか、町奉行の人間は屋敷には来なかった。




「私にも娘がいてね。まだ生まれたばかりだけど、可愛くて仕方ない。だから子供が苦しんでいるところは見たくないな」



 よくわからないけれど、親は子供が可愛いらしい。

 可愛いというだけで愛してくれるものらしい。



「それに君は、一人にするには少々おっかない。君の面倒を見られるのは、この辺りだと私くらいなものだろう」



 その意味はよくわからなかったけれど、彼は俺を家に置いてくれることになった。

 ちゃんと家の中で寝ることすら、記憶にはないくらい久しぶりのことだったから、抵抗はなかった。家の中で眠られるならなんでもいい。



 彼は俺にいろんなことを教えてくれた。

 箸の持ち方。布団の敷き方。洗濯の仕方。包丁の持ち方。火のおこし方。髪の洗い方。……赤ん坊の抱き方。この国には春と夏と秋と冬があること。美しい花や木を愛でること。働いて汗を流して食事を取ること。




 俺は彼のことを「先生」と呼んだ。皆そう呼んでいたから、自然と。

 先生はいろんなことを知っていたし、何でも教えてくれたし、いつだって優しかった。武家の出で、代々殿様に剣術指南を任される家系だと聞いたが、それがどれくらい凄いかはいまいちぴんと来なかった。先生も昔はお城に行って剣の先生をやってたらしいけど、今はしていないらしい。

 食べていくために武家の子息向けに剣術道場を開いて、自家菜園もしている。

 皆先生のことを敬っていたけれど、先生には困った趣味があった。



「先生! あんたまた何作ったんだよ!?」

「はっはっは、すまない。ちょっと爆発してしまった」

 笑い事じゃねえんだけどな。



 発明家って言うんだろうか。

 庭で変な物ばっかり作っては爆発音を轟かせている。まともな物も作るけれど、この間はもくもくと煙が出る煙玉やら、投げつけるとピカッと光る恐ろしい玉なんかを作っていた。病弱な先生の娘が眠っている間でよかった。じゃなきゃ目が潰れていたかもしれないと本気で思う。



「先生はなんでこんなにからくりが好きなんだ?」

 俺には理解できない。

「楽しいからなあ。自分の手で何か作り出すのは面白い。人を喜ばせられたら嬉しいしね。この光る玉ももうちょっと光を調節できたら面白いと思うんだが。あ、君にも教えてあげようか」

「いいよ。俺興味ないもん」

「見てごらん、これは折りたたみができる携帯式の鎌。面白いだろ」

「……面白いけどちょっと危険だぞ。ほらすぐ刃の部分が飛び出すようになってる。改良の余地あり」

「本当だ」


 先生は一応剣の先生だけど、発明してる時の方がずっと楽しそうだ。

 俺はその顔を見るのが好きだった。




 剣術道場には良いところのお坊ちゃんたちが通っていた。

 俺とは生まれも何もかも全然違う。将来この国を背負っていく恵まれた人間たちだ。俺はこんな見た目だし口調も荒々しいし、けっこう嫌われた。でも今更虫けらを見るような目で見られても何とも思わない。


 それに、誰よりも俺が強かったし。


「くっ……お、おなごのくせに!!」

「悔しいなら1本取ってみろよ」


 正々堂々の剣術の試合であれば、俺が叩いても怒られない。相手の気の済むまでボコボコにしてやったが、それ以降先生に子供との試合を禁じられた。

 何でも、俺はやり過ぎるんだと。それに強すぎる。

 子供相手は危険らしい。


 ボコボコにした奴はそれでも俺に試合を挑んできたけれど、俺は断り続けて逃げ回った。諦めの悪い面倒な奴だった。頭に毛虫を落としたり馬の糞を投げつけたりいろいろしてみたけれど、それでも俺を追いかけてきたから根性だけはあった。やたら真面目で戒律に厳しく、頭の固い強情者だった。


 他にも奇妙な奴がいた。無口でおとなしくて、女のような顔の色白の少年。せっかく道場に来たのに物陰に隠れて出てこないから引きずり出したら、俺を見て「天女……」と呟き固まっていた。熱っぽいあの目は虫けらを見る目とはどこか違って違う意味で怖かった。俺はすぐ逃げ出した。




 変な奴がいっぱいいた。最初は最悪な印象ばっかり抱いていたけれど、だんだん俺と変わらない人間なんだなって思えるようになっていった。そのうちあんなにツンツンしてた奴とも普通に喋れるようになったし、一緒に飯を食うようにもなった。



 ……そうだ、俺は鬼子じゃない。

 人間になっていったんだ。


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