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57 【ステラ】 信頼する


 “シリウスちゃんのためなら”


 家族を知らないこの子にいろんなものを教えてあげたかった。ひとりぼっちで、唯一の成功体と言われながらずっと寂しそうにしているこの子を、体が弱くて処分間近だった私が救ってあげたかった。

 施設が何者かに襲われて爆発炎上、当然亡くなった子もたくさんいたけれど、それに乗じて逃げ出した子供たちは他にもたくさんいた。あの子はどうすることもできずただ固まっていた。だからその手を私が引っ張った。



 皆、死んじゃったから。

 誰かのためじゃなきゃ、私は生きていけそうになかった。

 私はただ、1人になりたくなかっただけなのかもしれない。



――――――



「見て! 素敵でしょう?」

 シャツがワンピースになって返ってきた。赤く汚されていてシリウスちゃんが怒っていたけれど、フレア様が汚れなんてわからないように綺麗に赤く染めて、余った布を継ぎ足したりして、可愛いワンピースにしてくれた。こんなに華やかな色はいつ振りかしら? 嬉しくてシリウスちゃんに見せると、なぜかものすごく複雑そうな顔になってしまった。あら、泣きそう。


「どうしたの? 素敵じゃない?」

「う、ううん……良いと思う……けど……」

「けど?」


 首を傾げると、シリウスちゃんは泣きそうな顔のまま私に抱きついてきた。まるでもっと小さな子供のように。


――――――


「――俺、その時酷いこと言っちゃって……それで、謝らなきゃって思うんだけど……」

「うんうん」


 シリウスちゃん、大人になったのね。誰かに謝りたい、なんて。お姉ちゃん嬉しい。


「でも、なかなかうまくいかなくて……そもそも訳わかんないんだよ、あいつ。めちゃくちゃ強いし」

「強いの? 足が速いだけじゃなくて?」

「うん……。バーバラが取引してた裏家業の奴らがいたじゃん」

「顔がとても怖い人たちね?」

「そう、そいつら相手に1人で立ち向かってさ。あんなに偉そうにしてた奴らが、もう二度と手下を向かわせないって、涙目になりながら約束してた。……まあ、ほんとにその約束守ってくれるかはわからないけど、でも確かに屈服させたんだ」


 それはとても驚きね。

 正直、フレア様が子供たちを差し出さなかったのは意外だった。あんな小さな女の子が屈強な男たちに立ち向かう所なんて想像もできない。


「尊い命を持った1人の人間だって……。俺も、人間なのかな。俺の命も、重いのかな」

「当然でしょう、シリウスちゃん」


 私は、シリウスちゃんがいたから生きたいって思ったのよ?



 シリウスちゃんの話を聞きながら、どうやらフレアお嬢様は孤児院の子供たちのことを想像以上に大切に思ってくれているらしいと驚いてしまう。そんな貴族はもうどこにもいないと思っていたのに。


 まだ完全に信頼しているわけじゃないけれど、バーバラと比べればずっとホワイトね。私の体調も過剰なくらい心配してくれているし、美味しくて栄養のあるものを食べさせてもらってるし、侍女になったからいきなりハードな生活になることはない気がする。むしろ元気になったのが嬉しくて仕事してたら加減がわからなくて1人でぶっ倒れちゃうことがあるから気をつけないと。

 勉強も教えてもらえるみたいだし、ここより扱いの良い孤児院なんてなかなかない。今のところは、ここで生活してもらうのがシリウスちゃんにとってベストかもしれないわね。


 私たちを恨んでいる子供たちもいる。私たちが逃げ出したせいでバーバラに酷い目に遭わされたのだから、この程度の嫌がらせは仕方ないと思っていた。でも、この様子なら少しずつ変わっていくかもしれない。確証はないけれど、不思議とそんな感じがした。



 脱走と言えば、孤児院を脱走するまではよかったけれど、その後はいろいろシリウスちゃんを振り回してしまったわよね。私、やることなすこと裏目に出ちゃうことがあるから気をつけないと。今までは体が弱いからこんなポンコツなんだわと言い訳できたけれど、これからはもうそんな言い訳ができないものね。



「俺、最近変なんだ」

「変?」


「なんかさ……あいつと目が合うと、すごい緊張して喉がカラカラになるんだ」


 ……ん?


「何か言わなきゃと思うし、まだ謝ってないし、話しかけたいのに、話しかけようと思ったら心臓がバクバクして、うまく息もできなくて」


 シリウスちゃん?


「なんか妙に自分の外見が気になるし、変なところないかなって不安になって……か、鏡を探したり……」


 シリウスちゃん、それ、恋ではなくて?


 目が合うと緊張して話しかけようとしたら心臓がバクバクして急に自分の見た目が気になり始めたんでしょう? それ絶対恋だと思うわ、お姉ちゃん。



 私だってちゃんとした恋をしたことはないけれど、以前読んだ本ではそういうことを恋と呼ぶのだって書かれてあった気がするから、ええ、間違いないわ。シリウスちゃん、大人の階段を上っちゃったのね。



「それに……なんか最近、あいつすごい可愛いなって……」



 あらまあ。

 そんな頬を赤らめて言われたら抱き締めたくなってしまうわね。すごく可愛いわ、シリウスちゃん。でもそこまでわかってて自分の恋心に気づいてないってどういうことなの?



「よくわかんない……。だから好きになれないんだ。あいつ」



 いやだから好きでしょ? それ。恋愛的な“好き”でしょ?

 もう、シリウスちゃんってば、どれだけ鈍いのかしら?

 気づかせてあげた方がいいかしら? でもこういうのって自分で気づいた方がいいとも言うし……。あら? でもそうなると王太子殿下とアランさんが恋敵になるのかしら? 王太子殿下はいまいち何を考えているかわからない方だったけど、フレア様を口説いているように見せてあれは脅していたわよね? 巷では婚約破棄も秒読みと聞いたことがあるし、そうなればシリウスちゃんにも可能性があるかしら? 身分差を越えた大恋愛、素敵だわ。アランさんはどう考えてもフレア様に並々ならぬ思いを抱いているみたいだったわね。でもごめんなさいね、アランさん。私はシリウスちゃんを全力で応援するわ。


 それにしても困ったわね。私も恋愛ができれば何か良いアドバイスができるのかしら? 人を誑し込む術なら教えてあげられそうだけど……そうね、取りあえず万人受けから始めましょう。シリウスちゃんはちょっと人見知りで言葉遣いが荒くなっちゃうところがあるから、そこから直していかないとね。女性に甘い言葉を囁けるようにならないと、王太子殿下やアランさんには勝てないでしょうし。



「な、何をそんなにニコニコしてるんだ……?」

 やだ、シリウスちゃんに怪しまれちゃった。

「いいえ、これからが大変だなあと思って」

「ふ、ふーん……?」


 コンコンッ。


 ドアがノックされて返事をすると、噂をすればと言うのかしら、フレア様が入ってきた。その途端、シリウスちゃんがわかりやすく顔を赤くして飛び上がった。さっきまで彼女の話をしていたせいかも。



「あ、お、え、あ……」

「ステラに話があるんだけど。外してもらっていい?」

「あ、えっと、その……」


 シリウスちゃんってばあわあわなってる。気持ちを知っている私としてはただただ微笑ましいのだけど、フレア様は訝しんでいるみたい。


「シリウスちゃん、お嬢様に話したいことがあったんじゃなかったっけ?」

「あ、えっと……」

「話? 何?」


 シリウスちゃんの顔がみるみる赤くなってしまう。私が代わりに言ってあげた方がいいのかしらと思っていると、シリウスちゃんが勢いよくまくし立てた。


「た、たた、大した事じゃないこの前はごめんお前なんて認めたわけじゃないから調子に乗るなよじゃあな!!!」


 言うだけ言って廊下に飛び出しちゃった。


 ……はあ、シリウスちゃん。

 そんなことじゃ思いは伝わらないわよ? いえ、まだ自分の思いにすら気づいていないのだった。



「……何なの、あれ」

「シリウスちゃんってば、お嬢様の前だと緊張しちゃうみたいで」

「ふーん……まあいいわ。いくつか聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「ええ」


 フレア様に促されて椅子に座った。この方を前にすると不思議な気持ちになる。最初はただの女の子と思っていたのに、シリウスちゃんからいろいろ聞いたせいかしら? 妙齢の立派な女性を前にしたような緊張感がある。


「まず最初に……バーバラの元であなたは何らかの手伝いをしていたわよね? 協力、とも言うのかしら。それは具体的にどんなこと?」

「裏で貴族の方々にお会いして、同情を得るのが主な役割でした」

「同情?」

「寄付金集めです。実際はバーバラの懐に入っていたわけですけど、儚くて可哀想な美少女を演じることでお金を集める手助けをしていました。もちろん、シリウスちゃんには内緒で。まあ、演じていたと言っても、実際病気は患っていましたけどね」

「他には?」

「体を売ってもらうと言われたこともありますけれど、それは結局せずにすみましたね。こんな得体のしれない病を患った体じゃ、客が嫌がるしやってる途中に死なれたら困るって。一体どんなことをさせようとしたのかしら」


 あら、フレア様がちょっと悲しそうな顔に……。余計なことを言っちゃったわね。


「後は、私は文字が読めるので書類の整理をしたり、スケジュールを管理したりしていました。他の職員より使えると、それなりに重宝されていましたが、直接的ではないにせよ犯罪の片棒を担いでいたことは事実です。まあ、スリに盗みに……この院の子供たちは大抵がそういったものをさせられてますから、皆同罪と言えば同罪ですけれど、私が一番バーバラと関わっていたと思います」

「……そこまで喋るなんて。少し驚きだわ」

「最初にお会いした時、いえ孤児院で再会した時、正直に助けを求めていたらもっとすんなり事が進んだのかもと思って。今は信頼しているのですわ」


 バーバラの元に戻って、ベッドに寝かされていたあの時。フレア様が孤児院を訪れるなんて思わなくて驚きはしたけれど、当然信用なんてしていなかった。体中が辛くて、自分の死期が近いことをなんとなく感じ取った私は、その前の晩にルベルさんから言われた「助ける」という言葉にすら1度は縋り付いた。でもすぐアランさんが来てくれたから、シリウスちゃんのことは彼に任せて……アランさんのこと、正直完全に信頼していた訳じゃないけれど、私はもう先が短いから……孤児院に戻った。逃げ出していた間の記憶は覚えていないなんて、我ながら酷い言い訳だったけれど、バーバラが私に構っていればその分時間稼ぎになるかもしれない。シリウスちゃんだけは安全に、良い孤児院に逃げてほしかった。まさかシリウスちゃんがこの場所に戻ってくるなんて……いえ、ちょっと考えればわかることだった。シリウスちゃんは私のことをあんなに慕ってくれているのだから。それなのに私はその可能性に気づけないくらい、焦っていたのね。



「そう。まあ侍女になるのだものね。一割くらいは信用してくれているみたいでよかったわ」

「ふふ、もう少しは信頼していますよ?」

「100%と言い切らないところ、嫌いじゃないわ」


 フレア様のはっきりしてるところ、私も嫌いじゃないですよ。


「犯罪の片棒を担いだってことだけど、あなたもまた被害者の1人であることは間違いないし、それによって報酬を得ていたわけでもなく、ただ搾取されていただけでしょう。もし間接的にせよあいつらに協力していたことで心が痛むというのなら裁判を受けさせてあげてもいいけど――」

「あ、けっこうです」

 裁判なんてしていたら働けないしシリウスちゃんとの時間まで制限されちゃうもの。

「そう言うと思ったわ。じゃあ、もし覚えている悪事があれば全て教えて。今回のことでバーバラがまだ隠していることがあるみたいだから。子供たちにも改めて聞いているけれど、まだ話しづらそうなの。些細なことでもなんでも把握しておきたい。危険なものはできるだけ取り除いておきたいから」

「わかりました」


 不思議ね。搾取ばかりされてきたのに、こんな風に手を差し伸べようとする人も……いえ、あまり心を許しすぎてはだめよ。

 

 あんなに優しかった両親が、没落した途端私と弟たちを売り払ってしまったじゃない。お金のために子供を売った。最後に見た両親の悪魔のような顔が忘れられない。



 だからそう簡単に信頼なんてしちゃだめ。

 


「あとシリウスのことだけど」

「はい?」

 フレア様はちょっと声を潜めた。

「あなたもその……変身できるの?」

 変身、と言われて一瞬何のことかわからなかった。すぐに獣になれることねと思い至って、首を横に振る。

「あ、いえ、私はできないです」

「そうなの? てっきりやばい実験を受けて病気になったのかと思ってたけど」

「これは元々なんです。施設に売られた後にわかって、確かにいくつか実験も受けましたけど、これじゃ使い物にならないってことで処分されそうになってました」

「処分……」

 あら、フレア様の眉間の皺が深くなっちゃった。

「やっぱアケボノって潰した方がいいのかしら……?」

「ふふ、お国柄なのかやばい人が多いので確かに潰れた方がいいかもしれませんね」

「やばい人……。やれやれ、じゃ、最後に」


 何かしらと思ったら、思いも掛けない言葉だった。


「あなたの体のサイズを教えて」


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