51 頬張る
「しのび……というのはどこの国の文化だ? 乱蔵」
「…………あ? 何者だお前」
乱蔵はようやく相手のやばさに気づいたらしい。
やっぱりジークの力は底が知れない。乱蔵の記憶でも覗いてるの? そうなると自然と私の前世まで見られちゃってるってこと? それは勘弁したい! 別にジークに知られてどうのって訳じゃないし、もしかしたらこれを機に婚約破棄に一歩駒を進められるかもしれないけど、普通に昔のことは知られたくない。
「も、もういいでしょ、ほら、乱蔵さっさと出て行って」
「何だ? 面白い場所で生まれたな。子供が大勢集められて……訓練か? 何をさせられている?」
「……お前」
殺気を飛ばすな、乱蔵。
なんかおかしい。いつもの乱蔵なら強者とわかればすぐに逃げる。……まあ、私がそう躾たんだけど。なのに全然動こうとしない。自分の過去をのぞき見られてるっていうのに、むしろにらみ返してる節さえある。
「友人同士で殺し合うのか。恐ろしい経験をしたな、だがお前は逃げ出した。いざ殺すとなって怖くなかったか。なるほど、うまく逃げ出せたが……そう簡単に逃がしてはもらえない」
「アランさん……」
シリウスがぎゅっと乱蔵の腕を掴んだ。……よく考えれば、過去の乱蔵の生い立ちとシリウスの生い立ちはよく似ている。シリウスがこいつを信頼しているのは、もしかしたらそういうところを本能か何かで感じ取ったからなのかしら。
大人の都合で集められた子供たちが、訓練されて、実験されて、……だからその地獄から逃げ出した。
「殺されかけた時お前が出会ったのは……………………老婆か」
ぎくっ。
思わず肩が上下して、私はジークの肩を掴んで引き離した。
「もうそいつのことはいいでしょ? ジーク。そんなことよりその~、今日って最高に天気が良いわよね~」
「話題の逸らし方が致命的に下手くそだな」
「……悪かったわね」
ジークの目は不思議な光を帯びていた。目の中に華でも咲いているみたい。……この目を、私は昔どこか別の場所で見たことがあったような……
「知ってるか? 王子様。俺の生まれた場所では俺とこいつは運命で結ばれているらしい」
「はあ? 何言ってんのよあんた。そんなの聞いたことないんだけど?」
大体、そういう話は乱蔵の方が嫌がりそうなものだけど。
でもジークはなぜか納得したように口元を緩めた。
「やはりお前……妙だと思ったらシノノメの出身か」
「シノノメ……?」
シノノメと言えば……私の母親の出身国だ。シノノメ帝国。嫌がる公爵に圧力をかけて、母親との結婚を後押しした遠い異国。イグニス家では半ばタブーみたいになっている国のことだから、私は母親の出身国だというのにその国のことをあまり知らない。興味がないから自分で調べたこともなかったし、小説の設定を思い出すこともなかった。
なんでそれが今出てくるの? 乱蔵の今世の出身地ってことでしょうけど、それ今関係あること?
首を傾げる私の顔を見て、乱蔵がぶはっと噴き出した。
「どうもババアは妙なタイプらしいな」
「意味がわからないんだけど? ……まあもうどうでもいいから、私のことは放っておいてさっさと出て行ってよ。これ以上かき乱さないで」
「お、お前……! アランさんは怪我したんだぞ!!」シリウスが反射的に怒鳴った後ジークを見てハッと固まっている。……私にもこれくらい固まってくれないかしらね? 一応公爵令嬢なんだけど?
乱蔵は立ち上がり、ジークを見下ろした。
「ババアはお前の手に負える相手じゃねえよ。記憶を覗いたならわかるだろ。ここは早々に手を引くことをおすすめする」
「……何?」
「こいつは正真正銘の化け物だ。武勇伝には事欠かねえぜ? 数百人の武装集団相手に棒切れ一本で大立ち回りを演じたり船を一太刀で破壊したり――」
「わあああああ!!!」
何話してくれてんのよこのばか!!
それ私の黒歴史だから!!!
「あんたほんともう出て行って! ジーク、こんな奴の言葉に耳貸さなくていいから!!」
「おいおい、まだ俺の話は終わってねえぞ」
「もういいから! ほら、出てって」
ぐいぐい背中を押しながら窓へ歩かせる。
「おい」
「何よ!」
「団子は受け取ったってことでいいんだな」
思わずぴた、と体が止まった。乱蔵は首だけ動かして私を見下ろす。不敵な笑みがムカつくけれど、
「こいつで美味い茶でも飲むんだな」
茶葉の袋を差し出されて思わず受け取っていた。
「じゃあな、ババア」
ひらりと窓から外へ飛び出す。シリウスがばっと窓の外を見たけれど、すでにいなくなったらしい。
「面倒な奴に絡まれたものだな」
「…………」
あんたも十分面倒くさいけどね。心の中でため息を吐きながら、結局ジークが乱蔵を捕らえようとしなかったことを不思議に思った。私の視線で察っしたのだろう、ジークは気怠げに肩をすくめた。
「気になるなら自分でシノノメ帝国について調べるんだな。それでも僕に何か聞きたいと言うならまた来るがいい。……やれやれ、今日は特に不愉快だ。帰る」
ジークはさっさと部屋を出て行った。その後をエイトが慌てて駆け寄る。私を気にするように見ていたのは……多分気のせいだろう。まさかね、まさか……私の黒歴史の話を聞きたいとかじゃないよね? エイトってカノンに似て鍛錬ばかだからな……不安……
ぐったりと肩を落とした。
「はあ……次から次へと大変だったわね」
「フレア様。あの男は……その……」とルベル。なんか久しぶりに声を聞いたような不思議な感じがする。あーだこーだ言い合ってた中、ずっと静かに待っていてもらったのかと思うとさすがに可哀想になってきた。
「ごめんね。変なことばっか言ってたけど気にしないで。できれば忘れて。あいつとは昔ちょっと関わってたことがあっただけで……」
「アランさんとお前がなんで関わるんだ? それに乱蔵って……」シリウスが急に元気になって私に詰め寄る。ジークがいなくなってのびのびしてるように見えるけど……だから私は公爵令嬢なんだってば! 私に対してももう少し敬意みたいなものを……
「忘れてってば! 聞きたいならあいつに直接聞けばいいでしょ! 私は思い出したくもないの!!」
「……ふーん」
「ええと、とにかくステラはしばらくこの部屋で! 私の侍女として働くのは体調が完全に回復してからよ。で、シリウスはそれまでステラの面倒を見ること。……はあ、質問があったらルベルまでお願い。なんかすごく疲れ……」
ふと、俯いた目線の先にみたらし団子が映った。
自然と顔が綻びそうになる。
「……お茶淹れましょうか」
ルベルの声にカアッと耳が熱くなった。
――――――
「んんんんん~~っ……」
ちょっと前までここはバーバラの部屋だった。今は私の自室だ。殺風景過ぎるし血の臭いが残っているし、正直あまり好きじゃないけれど、まあさっさと好きなように変えていけばいい。
タレを零さないように大きく口を開けてはくっと頬張る。じ~んと体が染みるようなおいしさに身もだえしそう。体中で甘みを噛みしめながら熱々のお茶を啜った。はあ……たまらん。
「ふあああああ~~~……」
「……そんなに美味しいんですか」
「もちろん! ルベルも1本食べていいわよ!」
疲れがどっと押し寄せてきた分、団子の美味しさが身に染みる。こんなに心を解放したのはいつ振りかしら? 部屋にはお茶を淹れてくれたルベルしかいないし、まあいいや。ご機嫌で1本差し出すと、ルベルはびくっと肩を震わせた。
「いえ、俺は……」
「甘いものは苦手?」
「そういうわけではないのですが……その……」
「じゃあ一個だけお試しで食べてる? ほら、あ~ん」
「!?」
そう言うとルベルがあからさまに動揺した。
昔乱蔵に初めて団子を食べさせた時もこんな顔をしていたかしら。ふふ、良い気味だわ。ちょっとは子供らしい顔もできるんじゃない。
「ほらほら。美味しいわよ」
「……………………で、では1本いただきます」
「え、あ~んってしないの?」
「…………行儀が悪いですよ。一個いただくなら1本いただきます」
なんだ、可愛くないわね。
串の部分を手渡そうとて、指が少しだけ触れる。びくっとルベルが震えたのを見て、どうやら私に触れるのも嫌いらしいと判断する。……うん、別にいいけどね。私が嫌われてるのはわかってることだし?
ルベルは慎重に串を手に取ると、ゆっくり団子を口に含んだ。
「………………甘いです」
「美味しい?」
「…………まあ、はい。まずくはないです」
まずまずの反応ね。でも頬が赤くなっているところを見ると、案外気に入ったんじゃないかしら。
「1本ずつステラとシリウスにも持って行ってあげて」
「よろしいのですか?」
「2人にあげてもあと1本あるからね」
ルベルは僅かに目を見開いた後、そっと包みを持って部屋を出て行った。
「……はあ。美味しい」
これから始まる怒濤の日々の、束の間の休息だった。




