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50 誘惑に負けそう


「本当は喉から手がでる程欲しいんじゃねえか?」

「う、うう……」

「お前はこれが何よりも好きだったもんなあ? なんならこれ以外にも仕入れられるぜ? お好きな味噌に醤油に茶葉。なあに、値段の方は気にするな。格安で販売してやるよ」

「くうぅぅぅ……!」


 こんな……

 こんなの耐えられる訳がないじゃない……!!

 前世で大好物だった幻の一品。想像の中で何度食べたか知れないけれど、ここでは材料がなくて作ることもできなかった想像上の一品。

 必死で目を逸らそうとしても逸らせない。私の本能が、早くそれを食べてしまえと叫んでいる……!!


「こ、こんなの卑怯だわ!!!」

「ああ~? 何が卑怯だよ。俺は親切心で言ってやってんだぜ? ちなみにこれは仕入れたもんでわざわざ俺が作った『みたらし団子』だ……お前の好物だよなあ?」

「うぅっ……!!」


 そう……私が愛してやまなかったみたらし団子……!!

 ほどよい弾力ともちもちした身にとろりとかかった甘じょっぱいねっとりとしたタレ……!! 机の上に置かれた輝くその団子を前にして、私の心はすでに平伏しかけている。

 想像しただけでよだれが出そう……!! 生まれ変わってこのかた、一度も口にしたことのないこの最強の甘味を前に、心が激しく揺れ動く。しかも乱蔵の手作りときた……!! こいつ、この顔でお菓子作りが得意なのよね……!!


「な、にが目的なわけ……? こんなことまでして、私につけ込もうってんなら……」

「おいおい、お前ほんとに変わったな~。この団子を前にしてもすぐ食べようとしないとは」

「こんな……庶民の食べ物に私が屈するとでも……!!」

「……そんなに苦しそうに言われても説得力ねえな。ほんとは今すぐ食いたいくせに」

「は、はあ!?」

「ほうじ茶なら淹れてやれるぜ? お前好きだったよな?」

「んなっ……!!」


 懐から今度は茶葉をちらつかせてきやがった。

 みたらし団子✕ほうじ茶……私的最強のコンボだわ……。ダメ……こいつの甘言にそそのかされちゃ……そう思うけど、正直今すぐ頬張りたい……!!! とろっとろもっちもちの団子を頬張って、火傷しそうなほど熱いお茶をゆっくりゆっくり喉に流し込みたい……!!



「……なんだその菓子は?」



 呆れたように低い声をかけられて、はっと意識が引き戻される。ジークが訝しげにみたらし団子を見ていて、咄嗟にその視線から守るようにみたらし団子を手に取ってしまう。まるで「これは私の物よ! あんたにはあげない!」的な幼稚な動作に我ながらカアッと顔が熱くなる。


「こ、これは、その、あの……」

「この男は何だ? ……どうも妙だな。こいつ……」

「あんたには用はねえって言ってんだろ。入ってくんな」

「心臓に悪い話し方しないでってば!」

 思わず乱蔵の腕を取って窓際へとむりやり引っ張った。とにかくジークから離さないと。ていうか頼むから話は後にして今は帰ってほしい。


「何すんだよ! 窓から突き落とす気か!?」

「突き落としてもあんたならどうってことないでしょ!?」

「おい! みたらし団子! 俺との取引はどうすんだよ!!」

「それは……保留よ! 保留! 前向きに検討させていただきますぅ!」

「めんどくせえ! 今すぐ結論出せ! じゃねえとその団子は渡さねえぞ!?」

「なんですって!?」


 この団子を食べることなく返せって!?


「よくもまあそんな残酷なことが言えるわね!?」

「取引なんてそんなもんだろうが。タダで食えると思うなよ」

「じゃ、じゃあお金を……」

「金は要らねえ。つーかこれは金でどうこうするつもりはねえ。欲しいのはお前との関わりだけだからな」

「かかわ……?」


 ますます意味がわからない。乱蔵が言っていることがどこまで本気でどこまで冗談なのか。あれだけ私に言われたのに関わろうとするって、どう考えてもおかしい。私は会いたくもないって言ったのよ? もう私の顔なんて見たくもないでしょ?


「あんた……何企んでるのよ」

「なんだよ、全然信用してくれねえんだな? あんだけ仲良く旅してた仲だろ」

「仲良かったことなんてないわ」


「旅……」


 ぼそっとジークが呟いた。怪訝そうに私と乱蔵をじーっと見ている。

 ……まずい。何かこれ以上いろいろ話してるとジークにますます弱みを握られそう。


「いいからさっさと出て行ってよ。やっぱあんたとの取引なんてお断り」

「はあ?」

「あんたが私に良い感情持ってないのはわかってるの。何考えてるか知らないけど、これ以上関わりたくない」

「…………なんだ、それ」


 乱蔵の動きがぴたっと止まった。


 ……なんでそんな、傷ついたみたいな顔してるのよ。

 しょっちゅう人のことババアって呼んで、あんなに離れたがってたくせに。私が死んで本当は自由になったって喜んでたんじゃない? ……いや、それはさすがにひねくれすぎか。でも生まれ変わってまでわざわざ関わろうとするなんて、そんな……


「俺はお前に会えて嬉しかった」

「は……?」


 早口でぼそっと言われて、聞き間違いだと最初に思った。


「何? あんたらしくないんだけど。疲れてるんじゃない? どうでもいいからさっさと――」

「俺は!!」 


 苦しそうに顔を歪めて、心底言いたくなさそうに唇を噛んで、髪を掻きむしって、乱蔵は私を睨み付けた。





「俺はお前に会うために生まれてきたんだよ!!!」





 そうして怒鳴られた言葉はあまりにも……




「…………………………………………………………ふっ」



 

 思わず笑みが零れていた。



「ふっ、ふふっ、ふっ」

「何笑ってんだよ!!!」

「お前……そういうことは好いた女子に……言うものだろう。ふふっ、ふっ」

「笑うんじゃねえ!!」

 笑うなと言われても、一度ツボにはまるとなかなか抜け出せない。

「これが笑わずに……ふふっ、なんだ、意外に情熱的なところもあるんだな」

「はあ!? 別にお前なんぞを口説いてる訳でもなんでもねえからな!? 勘違いするんじゃねえぞ!」


 そう言いながら乱蔵の顔が赤い。憎まれ口ばかり叩いていた印象しかなかった。こんな顔もできたんだなと不思議な心地がする。もう紡がれることはなかったはずの時間が、また動き出したかのように。


「花街でもそうやって女を口説いていれば……あんなに邪険にされなかったろうに」

「うるっっせええよ!! 大昔の話持ち出してんじゃねえ!!!」


 乱蔵は「ほんとムカつく」だの「これだからクソババアは」とか言いながら、イライラと舌打ちした。そういうところは昔となんら変わらない。


「ぷっ……ふふ」

「……おい、まだ笑ってんのかよ」

「ああ、面白いから」

「………………クソババア」


 急に乱蔵の手が伸びてきた。昔は下駄を履いても私と同じくらいの身長だったはずなのに、幼い顔の乱蔵に上から見下ろされているのが、とても不思議だ。頭でも撫でられるのだろうかと暢気にしていると、私に触れるか触れないかのところで




「――――――グッ!!」



 

 彼の体が吹っ飛んで、見事に壁に激突した。シリウスが「アランさん!!」と悲鳴を上げて彼に駆け寄る。乱蔵は呻いているけれど、平気だというように手をぶんぶん振った。





「……僕のものに触れるな」




 おっとー……。

 いつの間にかジークが静かな怒りを露わにしていた。何かしら力を使ったみたい。あいつに触れただけでぶっ飛ばすなんて、一体どんな力? まさかここまで怒るなんて思わなかったけど……そうよね、ジークを置いてけぼりにして2人で喋っていたらそりゃそうなるわよね。王太子がこんな置いてけぼりなんてされたことないでしょうし。自分の知らない話を長々とさせられたらいらつきもする。うわあ、怖い。目が完全に据わってるんだけど。

 こんなことならもっと早く乱蔵を窓から突き落とすべきだった。



「はっ、婚約者ねえ。お前こいつのことわかってんのか? 何も知らねえくせに。ただの政略結婚だろうが」



 おい、煽るな乱蔵。

 あんたが喧嘩売ってる相手はめちゃくちゃヤバい奴なんだってば。


「ふん、お前もさしてわかってはいないようだがな?」


 ジークは制止しようとするエイトを振り払い、ずかずかと乱蔵の目の前まで行くと、目を合わせるように腰を屈めた。


「しのび……というのはどこの国の文化だ? 乱蔵」


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