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475 【義勝】 警告される





「なんだよ義勝~、お前も団子ほしかったの? ほしいなら言えよな~。まだまだあるんだから。ほら、いくらでも食べていいぞ!」



 違う。

 俺は人の団子を奪うなんて下劣な真似は…………今、したけれども。



 俺は団子を手にしたまま、恐る恐る刀士郎の方を見た。

 あいつはぽけんと目を丸くしている。

 てっきり鬼のような顔で睨まれていると思ったから若干拍子抜けした。



「その、これは、ええと……」



 何か言わなければ。……だが、何を?

 毒が入っているかもしれないと思った、などと? 言える訳がない。

 いや、そもそもそんなことを考えた訳じゃないだろう。

 ほむらの作った団子に毒が混ざっているなんて誰が思う。


 本当に咄嗟のことだった。咄嗟に手が出てしまったんだ。


 “刀士郎”“団子”


 この二つが揃うと嫌でもあの時のことを思い出す。

 刀士郎は毒団子を食って、酷く苦しみながら死んでいった。

 檻の中でどうやって手に入れたのかはわからない。かつての仲間にでも頼んだのかもしれない。変わり果てた刀士郎の遺体を見た時――――心が、音を立てて潰れた。

 


 俺は視線を迷わせた。

 そして、苦し紛れの言葉を吐いた。


「いや、その……刀士郎に、団子は、まだ、その、ちょっと早いんじゃないか、と……」

「団子って年齢制限あるのか?」とほむら。

「その……詰まらせたら……危ない」

「義勝……刀士郎はまだお爺ちゃんじゃないぞ。そんな言い訳いいから、ほら、好きなだけ団子食べろよ。な?」


 憐れむようなほむらの言葉に俺は項垂れた。

 食い意地を誤魔化したと思われた。恥ずかしい。



「影武者さんって変な奴だな~。俺は気に入ったぞ! なかなか根性すげえし、ローガンとどういう関係かはよくわかないんけど、ま、これからよろしくな! 俺はディランだ! 皇子の影武者なんて辞めて自警団に入ったらどうだ?」


 ディランはにこにこ笑いながら俺の肩を叩いた。

 俺は未だに影武者だと思われているらしい。もう諦めた。好きに呼んでくれ。



「あ、乱蔵さん! 乱蔵さんの秘伝のタレの作り方教えて! あの甘塩っぱいやつ!」


 ほむらはぱあっと顔を輝かせてぱたぱたと走って行った。

 青い髪紐が揺れる。豊かな金の髪に、鮮やかな青がよく映えていた。






 …………綺麗だ。

 思わず泣きそうになる程。




「義勝」



 じっと見つめていると、刀士郎に名を呼ばれた。



「……心配は、無用だ」


 あいつは俺の方を見ずに、手を突き出した。


「返せ。団子」

「あ、ああ」

「早く」

「わかってる」


 恐る恐る団子を渡すと、刀士郎はもっもっと美味しそうにそれを頬張った。

 その横顔は、子供の頃を彷彿とさせた。


 そうだ、毒なんてある訳がない。

 わかっていたのに、刀士郎がただ普通に美味しそうに食べているところを見るだけで、どういう訳か泣きそうになる。



 だってこれは奇跡じゃないのか。



 ほむらがあんなに無邪気に笑って、刀士郎がほむらの作った物を美味そうに食べて、心桜殿が元気に動き笑っている。



 本当は全部俺の都合の良い夢だと言われても納得しそうになる。

 この光景を、奇跡と呼ばずして何と言う?



 もしこの場に先生がいれば……あの人は、何と言っただろう?





「…………あやめ殿、とは」



 刀士郎が、団子を全部平らげた後に、ぽつりと零した。

 こいつの口から彼女の名前が出てくるとは思わず、俺は少し身構えた。



「あやめ殿とは…………仲良く、暮らしたか」

「あ、ああ」

「……子供は」

「一人、息子が」

「…………そう、か」



 刀士郎の横顔からは、何を考えているかさっぱりわからなかった。

 どんな罵倒を浴びせられるかと体が強張った。

 何を言われても、それは全部当然のことだ。こいつの怒りも憎しみも尤もだ。だから受け止めると決めた。

 あんなことをしておきながら、潔く死ぬこともできず一人のうのうと生き延び、子供まで授かった。そんなこと許される訳がない。俺の死に場所は、もっと早く、もっと残酷に訪れるべきだった。誰よりも優しく高潔だったお前が、あんな場所であんな死を迎えるべきじゃなかった。あの場所で死ぬべきは、俺だった。

 なのに、俺は――――――……










「よかったな」





 





 咄嗟には理解ができなかった。

 何を言われたかわからず固まっていると、刀士郎は俺の顔を見て眉を寄せた。



「何だその顔は」

「……いや、その、今…………」

「…………。よかったなと言ったんだ。聞こえなかったか?」

「いや……だから、それが…………」


 どうして。

 刀士郎は俺の問いに、肩を竦めた。


「子供の誕生を憎む馬鹿がどこにいる。ずっと欲しがっていたじゃないか。できてよかったな」

「それはそうだが…………」

「なかなかできないと、あやめ殿が落ち込んでいたのも知っている。いっそ他に女を作ったらどうだとか、親戚連中に勧められたこともあっただろう。お前はきっぱり断っていたが」

「……ああ、今思い出しても腹が立つな」

「そうだ、俺も腹が立った。俺の知っている男は、そんなことはしない」


 困惑する俺に、刀士郎は真っ直ぐな目を向けた。


「……まだわからないか?」


 わからない。

 どうしてお前が、俺を肯定するようなことを言うのか。


「お前は、俺を憎んでいるだろう? 恨んでいるだろう? 俺が幸せを享受したなど、お前からすれば――――」

「俺に憎しみを捨てろと言ったのはお前だ。ならばお前も捨てろ。いつまでも自分を責めるな。それに俺は、あやめ殿のことは嫌っていない。彼女が幸せになったのなら、それはそれで良いことだ。むしろ自責の念で彼女まで不幸にしたならその方が許せない」

「それ、は…………」

「幸せを享受して何が悪い。わかったら堂々としていろ。胸を張れ。……昔のお前がしょっちゅう言っていたことだろう」


 刀士郎はほんの僅かに口角を上げた。

 俺は目を疑った。

 目の前のことが信じられず呆然としていると、刀士郎は「それにしても……」とじとっとした目で俺を睨んだ。


「幸せになってごめんなさい、ってどういうことだ。よく考えればムカつくな」

「え」

「そういうことだろう。傲慢だ。傲慢過ぎる。さすが傲慢不遜の大天狗と言われていただけのことはある」

「お、俺はそんな風に呼ばれていたのか!?」

「主にほむらが」

「ほむらか」



 俺は汗を拭った。

 当のほむらは、嬉々として乱蔵と一緒に団子のタレ作りをしている。

 刀士郎の方へ視線を戻すと、昔のような優しい眼差しを彼女に向けていた。



「…………ほむらは、俺たちが憎み合うことを望んでいない」

「………………ああ」

「俺はもう二度と彼女を苦しませたくない」



 刀士郎は何かを堪えるように視線を落とした。



「…………わかっている。またふとした時に過去を思い出す。自分への憎しみで押し潰されそうになる。……だが、それを抱えても前へ進むと決めた。すぐには…………無理でも、少しずつ」



 そうして、あいつは――――――……



「俺は、お前とほむらが結ばれる、その未来が見たかった」



 昔のような顔を、俺に向けた。



「礼を言う。ほむらはお前と結ばれて幸せだった。この先何があっても、俺はあの光景を忘れない」

「…………それは、少々、その……」



 刀士郎は清々しい様子だが、あれを見られたと思えば気恥ずかしいどころではない。

 口づけやら何やらかんやら…………

 だがあのほむらを前にすれば当然のことだとも思う。

 無理だ、さすがに。俺の理性が保たない。



 すると突然、刀士郎は物騒な顔で俺を睨んだ。



「一つ言っておく」

「な、何だ?」

「いいか、今のお前はカイウス・ファートゥムでもなく義勝お爺ちゃんでも義勝おじさんでもなく、15のピチピチ義勝だ。その心持ちでいろ。鬱陶しい自責の念でほむらの折角の笑顔を曇らせたら許さん。まさかとは思うが、あやめ殿のことを持ち出して実は妻子ある身などと余計なことも口走るな。ほむらは15、お前も15。いいな? ほむらに口づけした時や市場でのデートの時のように――――」

「やめろ恥ずかしい」



 時間が経って冷静になれば、本当に俺でいいのか、という暗い疑念も頭をもたげた。

 ほむらには刀士郎のような男が良いんじゃないのか。

 あやめとのことは伝えるべきじゃないのか。

 あんな無邪気で清らかなものに、俺のような人間が触れていいのか。


 ほむらへの気持ちに嘘偽りはない。

 だが、ほむらと結ばれるなど、こんな幸せなことを俺が――――――……



「いいか義勝、傲慢不遜に、自分の気持ちに正直でいるんだ。迷うな。あやめ殿とは死に別れてしまったんだし、別の恋に正直に生きることは悪いことじゃない。こうなったら誰よりも貪欲に幸せになれ。わかっ――――――」




「え、義勝、死に別れた奥さんと子供がいるの?」




 …………気づかなかった。

 きらきらと美味そうに光り輝く団子を手に、さっきまで遠くにいたほむらがいつの間にか真後ろに立っていた、など。



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