474 【義勝】 願う
――――――――
――――――――――――
命日には、必ず墓参りに行った。
あいつはきっと嫌がるだろうが。
『……義勝』
ほむらは静かに茶を飲んでいた。
刀士郎の墓の前にも、茶と、小さな饅頭。
『なぜ来た? 男児が生まれたのだろう。もうしばらく家族の傍にいてやれ。薄情な』
『……墓参りくらいさせろ。この日だけは』
俺の言葉に、ほむらはやれやれと言った調子で肩を竦めた。
長い金の髪に、銀が交じるようになった。
いつも黒い着物を着ているのは変わらない。このせいで死神のように呼ばれているのに、ほむらは黒以外の着物を着ようとはしなかった。
『何だ、じろじろ見て。また装いを変えろと言い始める気か?』
『……言っても聞かないだろう』
『死神なり政府の犬なり、言いたい奴には好きに言わせておけばいい。気にするだけ無駄だ。……そんなことより……名は何とつけるんだ。待望の第一子だろう』
『まだ決めていない』
『そうか。よく考えるといい』
正直、四十で子を持つことになるとは思わなかった。
心底嬉しかった。――――だが、その反面、その幸せが怖かった。
俺だけがこんな幸せを享受していいはずがない。素直に喜ぶことなんて許されない。
無念の内に死んだ大勢の……かつての、仲間たち。彼らの怨念をいつも感じていた。
ほむらだって、そうだ。自分を苦しめることしかできなくなっている。ずっと自分を責めて、責め続けて、たった一人で。…………全部、俺のせいで。
『…………刀士郎は、どうして人斬りになってしまったのか』
ほむらは、ぽつりと零した。
『優しい奴だった。俺よりよほど。そんな優しい子が、どうして……。考えても考えてもわからない』
ほむらがこんなに弱々しく喋っているのを聞くのは、久しぶりだった。
俺は彼女から視線を逸らした。
今でも覚えている。刀士郎が、俺を憎みながら死んだ時のこと。
わざわざ毒団子なんて食って、苦しみながら死んでしまった。
『本当は、人を斬るなんてしたくなかったはずだ。苦しかっただろう。辛かっただろう。本当は、もっと別の生き方が…………。だが、こうしてあいつを想うことすら、本来は許されぬのだろう。刀士郎は、皆から憎まれている。今も尚』
時代のせいだ、と、その言葉だけでまとめることはできない。
あいつは自分で考えて自分で行動した。
その結果が、あれだった。
過去を変えることはできない。
こんなにほむらを苦しめることになるとわかっていれば……優しいあいつのことだ、きっと別の道を選んだだろう。
『…………ほむら』
『ああ、わかっている。仕事が待っているな』
ほむらは立ち上がった。
片方だけになった目を、俺に向ける。殺気立った雰囲気に、思わず背筋が震えた。
『いくらでも働こう。それが世のため、人のためならば』
政府の下で働くようになってから――――いや、それより以前からか。心桜殿も刀士郎も失ってから、あいつが笑顔を見せることはなかった。
これ以上、辛い道を歩んでほしくはないのに。
笑顔一つ見せず、ただ黙々と剣を振るい続けた。
どんな優しい相手にも距離を取っていた。心を閉ざして、深くは関わらないようにしていた。
あれから何十年も経った。
六十だか、七十を過ぎた辺りだったか……ほむらは少しずつ笑えるようになった。
性格も次第に丸くなっていった。
けれどその笑顔は、昔のあいつのものとはあまりにも違った。
いつも寂しそうにしている。
ずっと気がかりだった。
あやめや息子たちは、俺がいなくなっても大丈夫だろう。大勢の家族がいる。友人も。
だが、ほむらは?
俺が死んだ後、あいつはとうとう一人になるんじゃないのか。
あいつの本当の笑顔を、子供の頃を知る人間が、一人もいなくなってしまうんじゃないか。
そしてたった一人で、孤独に――――――――……
その姿を想像しただけで、胸が酷く締め付けられた。
…………誰でもいい。
誰でもいいから、誰か、あいつの傍にいてやってくれ。
少しくらい、普通の、穏やかな時間を、あいつに与えてやってくれ。
本当は寂しがり屋なんだ。
騒がしいのが好きな、陽気な奴なんだ。
鬼子じゃない。死神でもない。優しい奴なんだ。
誰かが傍にいてやってほしい。
俺にはできなかった。俺はあいつを苦しめてばかりだった。だから……
誰か、もう一度あいつに心からの笑顔を――――――――……。
「ふっ、ふふっ、義勝、これは酷い。これは」
昔のような無邪気な笑顔を、ほむらは俺に向けた。
それだけで泣きそうに…………いや、泣くな。ここで泣いたらほむらのこの笑顔が陰ってしまう。
今は、どんな理由であれお前が笑っていると嬉しい。
たとえ俺の料理下手が炸裂し奇跡を起こした結果笑わせたのだとしても。
俺は涙を堪えながらいつものように言い返した。
「……お前に言われた通りにやったぞ」
「でも、でもさぁ、何この天ぷら。天才じゃん。サツマイモに穴が空いて……ぶふっ、人の顔だよ、これ。笑顔みたい。蓮根なんて……何これ、お星様みたいな形になってない? 何で素材の形がこんなに変わってんだよ。油の中で何があった!?」
「わからん。俺はお前に言われた通りにやった。おかしな真似は一切してない」
「ぶ、ぶくく……見てみて、この茄子、猫の耳みたいなの生えてる」
「生えてない」
「生えてるって! ほら」
……そう言ってほむらが突き出した茄子は、確かに耳っぽいものが生えていた。
だが俺だってわからない。
本当にただ普通に揚げただけだし、奇をてらってこんなことができる程俺は器用じゃない。
「お兄ちゃん下手くそなの?」
「それとも天才なの?」
「猫の耳可愛い! 私にも作って!!」
「悪いが作れん。あれは奇跡の産物だ」
子供たちは「え~」とぶすくれた。
皆と一緒に天麩羅を揚げるのだ、蕎麦を打つのだと、楽しそうに買い物を済ませたほむらは、できる限りの人間に声を掛けて一緒に料理を始めた。
場所はジーク殿下の所有していた屋敷。
正式な福祉施設の一つとして申請が進んでいるところで、身寄りのない子供や老人、女性が大勢暮らしている。
「この茄子は君にあげよう。この蓮根は君。食べていいよ」
ほむらはにこにこしながら分け与えていた。
昔から子供が好きだし、扱いもうまい。俺と違って子供に好かれるタイプだ。
「……せめて、僕も原型が留まっていれば……」
「……………………」
ジーク殿下は俺の隣で意気消沈している。
彼が作ったものは……何だ? グチャグチャの紫色は光り輝いているようにも見えるが、およそ食べられるものには思えない。て言うかほんとに……何だこれは?
「すごいですね殿下! 毒々しい色ですが、どうやって作ったんですか?」
「サ、サクラさん、そっとしておいてください。殿下はとても落ち込まれています……!」
心桜殿――――いや、サクラ殿は元気に何かを踏んでいる。
うどん……だろうか? 踏みすぎじゃないかと不安になるが、まあ、元気なのは良いことだな。
「おっ……なあルベル! このソーメン?歯ごたえばっちりじゃね?」
「バッ……バカノン!! 硬すぎだ!!」
「あ、姉貴の歯が折れる……」
「ふはははは! 勝負だイグニスの馬鹿! 私の方が料理上手だと存分に見せつけてやろう!!」
「の、望むところだ……!」
「……イグニス公爵って料理したことあるんですか?」
「さあ……」
本当に、賑やかなものだった。
思い思いに好き勝手わちゃわちゃしている中で、真面目に黙々と蕎麦を切っている奴がいた。
…………刀士郎。
ピンク色のエプロンをつけて蕎麦を切っている。頭にはやはりピンク色のバンダナ。
……もう少し、他の色はなかったのか。
昔のお前なら笑顔で着こなしたであろうその衣装、殺気立ったその仏頂面で着られると普通に怖いんだが。
ほむらに「似合うと思う!」って渡されたからって無理して着る必要はないぞ。
あいつがそういうところ適当なのはお前もよくわかってるだろ。
「すげえ、あいつが黒以外の服着てんの初めて見た……」
「にしても何であんな可愛い色なんだ」
「罰ゲームか?」
「これ……笑ったら殺されるか?」
「我慢しろ。多分殺される」
「おい、今こっち睨んだぞ!」
自警団の連中は入れ替わり立ち替わり、ローガンの珍しい姿が見れると覗いていった。
中には、あのローガンの肩を気安く叩きながら一緒に料理を始める猛者もいた。
「うっし!! さあ、俺は何をしたらいいんだ!? 教えてくれローガン!!」
「消えろディラン」
「てめっ……! んだよ、ちょっとは丸くなったんじゃなかったか? で、これなんだっけ? ソーバ? 食っていい?」
「触るな。殴るぞ」
「ひっでぇ」
そこに、ほむらが「刀士郎! 団子もできたぞ。食う?」とにこにこ笑顔で団子を持っていった。
その笑顔を間近に見た途端、それまで仏頂面だった刀士郎の顔に昔のような柔らかな笑みが、静かに浮かぶ。
「……ああ、食べる」
ほむらがあいつの口元に団子を差し出す。
団子。
刀士郎が、団子を……
それを見た途端、俺は咄嗟に――――――――
「…………え?」
「……………………」
「よ、義勝…………?」
ほむらの手から、団子を奪ってしまっていた。




