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【閑話】 首無し武者と肝試しの夜 後編




「いやああああああああ憑かれてる!! めちゃくちゃ憑かれてるよ義勝!!」

「俺はこの程度で疲れてはいないぞ」

「いや、“疲れてる”じゃなくて“憑かれてる”!」

「? だから疲れてはいない」

「後ろ!! 後ろ見て後ろ!!」

「?? 後ろ?」


 義勝は刀士郎に言われるままに背後を振り返ったけど、首を傾げている。


「誰もいないぞ」

「見えてないの!? ほんとに見えてないの!? ヒッ、こ、こっちに来ないでください~~!」

「大丈夫か刀士郎」


 お前の方が大丈夫か?

 いろいろ見えてるこっちは気が気じゃない。

 よくわからん奴らに頭も肩も撫で繰り回されてるし頬に口づけみたいなことされそうになってるし……見えてないのか? 本当にこれが見えてないのか?



「うわっ、義勝、だめだそっち向くな! のっぺらぼうが待ち構えてる!」

「だから何の話だ」

「お祓い、お祓いに行かなきゃ……! 憑かれたままだと大変なことになるよ!」と刀士郎。

「俺は疲れていないぞ!!」

「その“疲れてる”じゃなくて“憑かれてる”だってば!」



 半狂乱の刀士郎と事態を全然飲み込めていない義勝。

 何もいわねえけど義勝にぞっこんの幽霊だか妖怪だかわかんない女たち。



 本当にどうしたらいいんだ、これ。



「先生、どうにかしろ。大人だろ」

「いいかいほむら、大人だからって何でも解決できると思ったら大間違いだよ。大人って言うのはこの世の大抵のことを自尊心と偏見のせいで解決できない哀れな生き物だからね。……しかし困ったな、私にも全然見えないんだけど、ほんとにいるの? 幽霊? 憑かれてる? どうしよう怖いんだけど」

「このまま坊さんのとこにでも連れてく?」

「う~ん、それがいいかな。義勝は平気でも周りの人に害が及びそうだし」

「あ、首に吸い付かれてるぞ大丈夫かあれ」

「す、吸い付かれ……!? 蚊の霊にでも襲われてるの!?」


 真っ白な顔の女の人が義勝の首辺りにまとわりついてる。

 義勝はそんな状態のまま、俺たちに平然と指示した。


「おい、疲れてるだか疲れてないだかよくわからんが、取りあえず首を探すぞ。箱の中にいろいろ詰め込んできたからな、もしかしたら頭蓋骨も混ざってるかもしれん」

「こんな暗い中でガラクタを漁るのか? 首が入ってるかもしれねえ箱を? お前正気か?」

「ね、義勝、お寺、お寺に行こう」

「寺ならそこにあるぞ」

「いやちゃんとしたお寺に行こう!? お祓いしてもらおう!?」


 刀士郎は必死だけど、義勝は「平気だ」とまともに取り合わない。

 むりやり引きずっていこうかな、と思った時だった。




「首を求めて彷徨い続けるのは苦しいだろう」




 義勝の言葉に、刀士郎は目を見開いた。



「成敗することしか頭になかったが、よくよく考えれば悲しい運命だ。ならばせめて首をつけてやって成敗するぞ」


 成敗するのは変わらねえのか。


「如何なる事情があったにせよ、怨霊は怨霊だ。手加減するつもりはない!」


 そう言いながら、義勝は月明かりに何かよくわからないガラクタをかざして、一つ一つ確かめていった。

 その様子をじっと見つめていた刀士郎は、やがて義勝の隣にちょこんと座って、それを手伝い始めた。



「俺も、首無し武者には早く成仏してもらいたいから……」



 義勝の周りを蠢く女の幽霊たちのことも怖いだろうに、て言うかそもそも首を探すこともめちゃくちゃ怖いだろうに、手を震わせながら、刀士郎は必死に首を探していた。

 俺と先生は顔を見合わせて、それから二人の横に並んで作業を手伝った。


 正直、俺は首無し武者がどうなったって構いやしないけど。

 義勝はともかく、ほんとは一番逃げ出したいだろう刀士郎がこんなに頑張ってるのに、何もしない訳にはいかない気がした。



 義勝が運んできた、汚い埃だらけの箱の中には、訳のわからないものばかりだった。

 壊れた櫛だとか、髪の長い人形だとか、着物の切れ端だとか、ぼろぼろの刀の鞘だとか……

 大丈夫か、これ。何か触っただけで呪われそうなものもあるんだが。


 そうして、随分地味な作業が続いた時のことだ。



「………………あ」



 刀士郎が、ふと声を漏らした。



「どうした?」

「蛍……」



 見れば、ふよふよと覚束ない光が浮かんでいる。

 小さな蛍は、刀士郎が持っている薄汚れたお守り……みたいなものに、ちょんと止まった。



「……可愛いね」



 刀士郎の顔がほっと緩んだ。

 俺はそれを見てちょっと安心した訳だけど……すぐに妙なことが起きた。誰が何を言った訳でもないのに、刀士郎が突然「え、これ欲しいの?」と喋り始めたんだ。


「? 刀士……」

「俺が洗っておこうか? すごく汚れてるけど……このままでいいの?」

「刀士郎、さん? 誰と喋っ――――――」

「わかった。じゃあどうぞ」


 刀士郎は自分の背後にお守りを差し出した。蛍が止まったままの。

 差し出して、それを白い手が受け取った。

 刀士郎は背後を見ないまま、また何食わぬ顔で作業を始める。


 義勝と先生は手を止めて、刀士郎をじっと凝視した。

 刀士郎はやがてその視線に気づいて「ん?な、何?どうしたの?」と二人を交互に見て慌てている。


 俺は別のところを凝視していた。

 刀士郎の背後で、お守りを受け取った、白い手の持ち主――――――――……






「首無し武者…………」





 あいつだ、間違いない。見覚えのある着物。腰には立派そうな刀を差している。

 あいつが、刀士郎の真後ろに立って、お守りを握り締めていた。





「えっ……? 首無し武者……?」

「何ッ! 首無し武者だと!? あいつが現れたのか!? クソ、どこだ!?」

「え、え、ほむら、どこ!? どこにいるの!?」



 ぽかん顔の刀士郎、きょろきょろ辺りを見渡すけど何も見えないらしい義勝、それにおろおろ動揺する先生。



「刀士郎のすぐ後ろ」

「へ?」

「さっきお守り渡した相手。……なあ、会話、してたよな?」

「え? お、俺は、義勝が、欲しがっ……あれ? そう言えば、声が違ったような…………」



 刀士郎はサーッと青ざめた。

 ガクガク震えて、やがてゆっくりと背後を振り返って、それから……





「ッ!!!!!」






 もの凄く近い距離から座って見上げる首無し武者は、多分もの凄く恐ろしかったんだろう。

 ただでさえぎりぎりのところで精神を保っていた刀士郎は、そこでとうとう限界を迎えた。






「■△※○▼×□▲※――――!!!」






 声にならない叫びを上げて、刀士郎は泡を噴きながら気絶してしまった。




「刀士郎!! 大丈夫か!?」

「ブクブクブク……」

「くッ……刀士郎がやられたのか!? おのれ首無しめ!! 許さん!! 姿を現せ!!」

「これは驚いたな……私の弟子に手を出すとは良い度胸じゃないか。いくら怨霊でもやっていいことと悪いことがある」


 いや、刀士郎が勝手に倒れただけで首無しは一応何もしてねえんだけど……。

 て言うかあのお守りも見えなくなってるのか? 幽霊が触れたから? うーん……わからん。

 義勝も先生も、首無しどころかお守りさえ見えないらしく、てんで的外れなところでわちゃわちゃしている。


 首無しはじっとお守りを見つめている……のかな? 多分。

 首がないからよくわかんねえ。



「…………もしかして、ずっとそれを探してたのか?」



 探していたのは、首じゃなくて、お守りだった?

 何となくそんな気がして尋ねると、首無しは何となく……本当に何となくだけど、頷いている、のか、肯定しているような、そんな気がした。


 汚れて、文字も擦れてボロボロになった、小さなお守りのような何か。

 自分の首より大切なものにはとても思えなかった。



「どうして――――――……」



 気になった。知りたくなった。

 この首無しの亡霊が、どうしてそんなものを探していたのか。

 そのお守りは自分で作ったものなのか、誰かから貰ったものなのか。

 亡霊は、どうして首を斬られたのか。

 どんな風に生きて、誰と出会って、何を想って、どうして命を終えたのか。



 その時、辺りが光り輝いた。

 たくさんの光が、首無し亡霊を包むようにぶわっと立ち上っていく。



 ――――――蛍だ。



「!? 急に何だ!?」

「…………これは」



 義勝と先生にもこの光は見えているらしい。

 蛍は首無し亡霊の姿を包み、亡霊の姿はだんだんと薄れていって…………消えていく、その直前。




 亡霊の他に、誰かがいた。

 美しい女性。亡霊の腕の中で幸せそうに微笑む、美しい女性が、確かにそこにいた。





「――――――――――あ」





 蛍はてんでばらばらの方へ飛んでいく。

 亡霊も女性も、もうそこには誰もいなかった。



 俺たちは顔を見合わせた。

 義勝の背後には未だに悍ましい幽霊たちがいたけど、それも見慣れると何とも思わない。



 何だか、心がほっと軽くなって、変な気分だった。




「……蛍が飛び回るには、少し早いと思ったんだけど」



 先生がぽつりと零す。

 蛍の光を受けて、先生の目はキラキラ輝いているように見えた。



「綺麗な光だね。不思議な光だ。何だか……心が洗われるってこういうことを言うのかな。二人、誰かがいたように見えたんだけど……」

「先生も見えた!? 首無し亡霊とさ、女の人がいたよな!?」

「…………つまり成仏したということか? ……首を探していたんじゃなかったのか。よくわからん怨霊だ」


 義勝はぶすくれていたが、先生はそんな義勝の頭をよしよしと撫でた。






 ――――――――――

 ――――――――――――――――



 その後、義勝はちゃんとした寺でちゃんとお祓いをしてもらった。

 見つけたたくさんのガラクタもお寺に任せた。お祓いして、その後どうなかったかは知らない。



 刀士郎はあの後すぐに目を覚ました。

 幽霊にビビって泡を噴いて倒れたことを、刀士郎はもの凄く恥ずかしがっていた。

 一つ弱みを握れたから、今度刀士郎と喧嘩とかしたらこのことを持ち出してやろうと思う。まあ、刀士郎と喧嘩することはほとんどないんだけど。




 刀士郎は、倒れた直後、不思議な夢を見たらしい。


「俺、大人になってたんだ。でも、俺自身じゃなくて、あれは……多分、首無し武者の生きていた頃なんじゃないかなって、思う」


 とても幸せで、とても辛い夢だったらしい。


「大切な家族がいて、大好きな人がいて……幸せだった。でもそんな時、突然だった。謀反を起こしたって、そんなのしてないのに無実の罪で牢屋に入れられて……首を斬られたんだ」

「………………」


 俺は刀士郎の頭をよしよしと撫でた。

 首を斬られるところまで夢で見ちまったなんて、そんなの最悪過ぎる。


「でも、最後の最後まで、あの人が案じていたのは、自分のことじゃなかった。祝言を挙げる前に死に別れることになった、許嫁のことだった」

「許嫁?」

「うん……綺麗な人だった、と思う。あんまり覚えてないけど……。幼馴染で、祝言をずっと心待ちにしていて…………なのに」


 刀士郎は辛そうに目を伏せた。


「彼女は、あの人を失って気が触れてしまった。それくらい、大好きだったんだよ。彼女は、あのお寺の地下室に閉じ込められたんだって。悪いものに憑かれたに違いないって。お祓いしてもダメで。それで……そのまま、そこで亡くなったんだ。あの小さな格子から、外の様子を眺めながら……彼から貰った、小さなお守りを握り締めて」


 シン、と静かな空気が流れた。

 先生はぽんぽんと刀士郎の肩を撫でた。


「……きっと、彼女の魂はあそこに囚われていたんだろう。だから首無し武者は彼女を迎えに行ったんだね」


 義勝は首を傾げた。


「なぜなかなか迎えに行ってやらなかったのでしょう。場所がわかっているならさっさと寺の中に入ればいいのに。俺たちが何もしなければどうするつもりだったのだ」

「さあ、君に憑いていたという亡霊たちが怖かったんじゃないかい? 和尚曰く、ほとんど妖怪の類いだったらしいし、一人で寺の中に入るのはちょっと怖いだろう。それとも会うのが怖かったのかな。彼女が自分を恨んでいるかもしれないと、怯えていたのかも」

「むう……とんだ意気地無しですね。大切な人が閉じ込められているなんて耐えられません。俺ならばすぐに助けに入りますが」

「何か事情があったのさ、きっとね。まあ、今となっては誰にもわからないことだよ」



 ……そうだ、確かに、もう誰にもわからないことだ。

 刀士郎はただ夢を見ただけだし、ほんとにあの首無し亡霊の話かはわからない。

 何もかも曖昧で、全部俺たちの想像でしかない。



 ただ、死んでもずっと想い続けられる誰かが、もし本当にいたのなら、すごいことだなって思った。

 牢屋は怖いし……首を斬られるのも、すごく怖いから絶対嫌だけど。


 うん、俺は嫌だ。そういうものとは一生疎遠でいたい。





 その夜、嫌な夢を見た。

 先生の首が、すぱっと斬れてしまうところ。

 先生が、あの首無し亡霊みたいになってしまうところ。

 そして俺は、先生を斬った大罪人として、牢屋の中に入れられてしまうんだ。






 ――――翌朝、俺は飛び起きて、いつものように稽古に励んだ。


 飯を作って、心桜を抱っこして、先生が庭を爆破させたから叱りながら後片付けして……



 夢のことを忘れるように慌ただしく動いていたら、義勝と刀士郎の会話が聞こえてきた。



「刀士郎、いつまでうじうじしている。幽霊が怖いくらいなんだ!」

「だ、だってあんな恥ずかしい姿……。義勝はどうしてあんなに堂々としていられるの?」

「俺は目に見えないものに恐怖を見いだせないだけだ。それに、誰しも苦手なものはある」

「よ、義勝にも? 義勝にもある……?」

「…………………………。猫」

「え?」

「猫は、あれは嫌だ。以前手酷く引っかかれた。そのくせ急に甘えてくる。何を考えているかわからん。犬の方がずっといい」




 ……いいことを聞いた。

 今度脅かしてやろう。

 俺はいつも通りの日常に心底ほっとした。

 そうだ、あれはただの夢だ。何の意味もない、ただの悪い夢だ。

 胸に巣くっていた黒く澱んだ不安は、そう言い聞かせるうちに、やがて溶けて消えていった。


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