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49 バレる


 小さな個室は、急な王子様の登場で変な空気になった。ジークにはやはりエイトが傍についているが、扉の外にも数名近衛騎士がついているらしい。そもそも孤児院に来たなら呼び鈴でも何でも鳴らせばいいのに、鍵が開いているならいいやと無断で入ってくるなんて。マントを被っているから一応顔は隠してきたんだろうけど、こんな集団がここに来たら怪しいことこの上ない。ほんとすごい迷惑なんだけど。

 ルベルは片眉を上げて頭を下げた。


「王太子殿下……なぜこちらへ?」

「愛しい婚約者の就職祝いにな。あんなに必死でいかに自分がこの孤児院の運営者に相応しいか演説してくれたものだから、どんなものか様子を見に来た。やあフレア、調子はどうだ?」


「まあ」

「お……」

 ステラは口元に手を当てて驚き、シリウスは青ざめて完全に固まっている。そりゃ王子なんていきなり現れてどうしたら良いかわからないだろう。シリウスに至っては「お前本当に婚約者だったのか、これが? これが?」という心の中の声が聞こえてくるみたい。


「わざわざ来なくてもいいのに」

「相変わらずつれないな。久しぶりじゃないか。会いたかった」


 私に近づいて、首につけたチョーカーにそっと触れる。


 この野郎……遊んでやがるわね。

 な~にが「久しぶり」よ、な~にが「会いたかった」よ! 最近めちゃくちゃ会ってるしなんならしょっちゅうチョーカー越しに話してるじゃない! 昔は数ヶ月会わないのが普通だったのに! 最近こいつおかしいのよ! 新しい玩具を手に入れた子供みたいに人のこと弄んで! 頼むからさっさと主人公に会って永遠にイチャついてろ!!


 おっとっと、つい気が荒ぶってしまった。落ち着いて落ち着いて。ここでこいつに噛みついても何の意味もないじゃない。


 チョーカーに触れていたジークは、そのまま指で私の髪を払い、耳元に顔を近づけた。

「何……」







「僕が贈ったドレスはどこだ?」




 



 囁かれた言葉を理解して、サア~っと血の気が引いていく。

 え? えっと、何のことかしら~……? と思わず視線を彷徨わせれば、追い打ちをかけるように顎を捕まれてむりやり顔を向けられる。端から見ればキスする一歩手前みたいに見えるかもしれないけど、当事者からすればただの尋問だ。


「僕が贈ったドレス、まさか売った訳じゃないよな……?」

「ま、まっさか~……」

「ほお、じゃあなぜ君に贈ったはずのドレスを異国の行商人が持っていたんだ?」

「え?」


 笑顔が怖い。低めた声にジークの隠しきれない怒りが滲んでいる。嘘、わざわざ足取りを掴めないような相手を狙って高値で売り払ったってのに、なんでバレたの……!? クソ、売るべき相手を見誤ったってこと!? それとももう少し後に売り払うべきだった!? いや、でも今すぐお金が必要だったんだから仕方な……



「宝石や装飾品もどんどん売りさばいているらしいじゃないか。どうしたんだ? そんなに金に困っているのか?」

「さ、さああ~、何のことかしら……」

「違うと言うのか? じゃあ明日、僕が贈ったドレスを着て王宮まで着て貰うか」

「施設の運営が忙しいからちょっと……」

「じゃあ僕が来るか。楽しみだな、あのドレスを着た君をようやく見られるとは」

「えっ、いや、その、それはちょっとねえ~。ほら、私まだ侍女の1人もいないし~、わざわざドレスを着せてもらう余裕もないって言うか~」

「強情だな。なかなか不敬を認めようとしないらしい」


 ここで認めたら処刑になりそうで怖いんですけど? 私としたことがダラダラと冷や汗まで流れる始末。こう尋問されると昔拷問された時の記憶がざっと蘇りそうになる。人から貰ったものを売り飛ばしまくったという罪悪感があるから余計居心地が悪い。

 でも仕方ないじゃない……どうしてもお金が必要なんだから!!


 ステラの手術費用にその後の診察費、カノンの手術とリハビリと……

 自分が決めたこととは言え、最早天文学的数字のお金を急に払わなきゃいけなくなってしまった。だから売れるものは売りまくったし、孤児院に目をつけたのもできるだけ生活費を削りたかったからだし、それを許してもらうためにイグニス公爵にも頭を下げたし、なんならそれでもまだちょっと足りなかったから公爵にお金まで借りた。

 ここまでの努力を誰か褒めてほしい。

 私だって……本当はあのドレス、手元に置いておきたかったわよ。

 

 それにしてもジークには気取られないように細心の注意を払ったつもりだったけど、やっぱり彼の目をごまかすことはできなかったらしい。でもだからって意地でも認める訳にはいかない。そんなことしたらこの首輪がパンッと弾けて私の首がポンっと飛ぶことになるかもしれないんだから。


「……そんなに僕には話せないか」

「え?」

「いや――」



 コンコン、と窓を叩く音がした。

 ここは3階なんだけど今度は何? と思いながらゆっくり窓の方を見た。おかげでジークからの追求を免れたと思えば、少しは感謝するべきなんでしょうけど……





「邪魔するぞ」





 猫みたいにするりと入ってきたのは……やっぱり乱蔵だった。

 私とジークの距離感を見て顔をしかめ


「お前何若い男に口説かれて赤くなってんだよ」


 ものすごく見当違いなことを言ってくれた。


「はあ? これが口説かれてるように見えるわけ? 遂に視力まで落ちたの? ていうか二度と来ないでって言ったわよね?」

「ああ? 忘れたなあ、そんなことは」


 突然の乱入に殺気だったのはエイトだ。ジークを庇うように傍に寄り、剣の柄に手を置いて構えている。シリウスはびくっと肩を揺らし、不安そうに乱蔵と王太子たちを交互に見ている。でも乱蔵が現れただけで目がさっきより生き生きしてるのは明らかで、一体どうしてこんなにこいつのことが好きなんだろうとすごく不思議。……この人相のせいで子供にもよく怯えられていたように思うけど。


「この男は……なんだ?」


 ジークの目がすうっと細まる。乱蔵は彼に睨まれても顔色一つ変えない。相手が誰だかわかっていないからだと思うけど、早々に彼から視線を逸らして私の方を見た。


「俺が用があるのはこいつなんでな。おい、話がある」

「そちらにいらっしゃるのは王太子殿下よ? 私の婚約者。不敬で罰せられても仕方ないわよ」

「どうでもいい」

「いやどうでもよくないでしょ」


 こいつほんと何考えてんの? そりゃ昔っから貴族だとか政府のお偉い様とか嫌いまくってたけど、時代が時代ならその態度は斬られてもおかしくないわよ? ていうか今にもエイトが斬りかかりそうで怖いんだけど。

 私の心配もお構いなしに、乱蔵は話を続けた。


「お前、これからこの孤児院を運営するんだろ? 大量に食いもんや備品を仕入れるなら俺に任せろ」

「はい?」

「良い取引先を知ってる。自分で探すよりずっと楽だぜ? 元々ここと取引してたところは信用するな。調べてみたがありゃだめだ。無駄に高え上に、物としても三流品。俺が知ってるとこからなら経費をだいぶ抑えられる。何より食べ盛りのガキどもには良いもんをたらふく食わせてやらねえとな。なんならお前にでもわかるようにわかりやす~く比較してやろうか?」

「何? あんた私の運営に関わるつもり? そんなの――」

「運営にもらう金も決して多くはねえだろ? 少しでも安く良いもん仕入れられるならそれにこしたことはねえと思うけどな」


 ……確かに、乱蔵に任せられれば楽なことこの上ない。昔からこいつは口芸が得意だったように口も達者なところがあって、特に商売人相手に値切るのも物を見極めるのもなかなかうまかった。最初に教えたのは私だったはずなのに、いつの間にか私よりうまくなってたのよね。


「……ヤバいところから仕入れてるんじゃないでしょうね」

「どことつるむかはお前にもあらかじめ伝えてやる。どこも真っ白だから安心しろ」

「あんたが真っ白って言うとますます怪しいんだけど」

「信用がねえな。いろいろツテがあるんだよ。なんなら異国から仕入れたもんを持ってくることもできるぞ?」

「は? 別に異国のものなんて――」


 要らないわ、と続けようとした言葉は、乱蔵が机の上に無造作に置いた「それ」を見た途端に喉の奥から出てこなくなった。


「そ、それは……!!」


 目が「それ」に釘付けになる。顔を見なくても、乱蔵が愉快そうににやっと笑ったのがわかった。


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