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469 【ジーク】 取り乱す






 夢ならどうか醒めてくれ。





 乱蔵がほむらを連れていなくなり、置き去りにされた僕は慌てて自警団東支部へ向かった。


『俺が運べるのは一人だけだ。王子サマは自分の足で来い』

『んなッ……!?』


 乱蔵を呪いながら、僕は必死で足を動かした。


 乱蔵曰く、義勝カイウス刀士郎ローガンはそこで約束の手合わせとやらをするらしい。

 どれだけ頑張ったか、ぜえぜえ息を切らしてようやく辿り着くと、義勝もほむらも見当たらず、刀士郎が守る扉の前に人が殺到するという謎の状況が広がっていた。



「これは一体……」

「で、殿下!!! 今までどちらに!!?」

「エイト!?」


 半泣きのエイトが僕を見つけて駆け寄ってきた。

 ステラやサピエンティア侯爵、それに途中で合流したらしいルカやレオンの姿もある。もちろん、ヴェントゥス公爵の姿も。僕らが急に消えた後、必死で捜してくれていたんだろう。


 だが今はそのことについて話すよりもまず…………――――



「これは一体どういう騒ぎだ? 何が起きてるんだ?」

「あ、ええとそれは……」


 エイトは気まずそうに僕から視線を逸らした。


「……何だ? どうした? なぜ僕を見ない?」

「いえその! 自分も先程到着したばかりで、聞いただけで見た訳ではないので何とも……なのですが……あの……」


 エイトは口ごもり、その近くにいたステラを見れば口元がこれ以上ない程緩んでいる。


「…………。ステラ、何をにやにやしている」

「え? 私そんなににやにやしています? ふふ、よかったですねと思っているだけです」

「よかったですねって、何が……」

「私も直接見た訳ではありませんから、詳しいことはサクラさんやシリウスちゃんからどうぞ」


 と言われてもサクラの姿はここからだと見つからないし、シリウスはシリウスで魂が抜けたみたいな顔で、白い灰になっている。これでまともに話ができるとは思えない。

 ステラもその事に気づいたらしく、眉をしかめてトントンとシリウスの肩を叩いた。


「大丈夫? シリウスちゃん。ほむら様はほむら様で、フレア様とは違うからね?」

「う、うん……わ、わかってる。だ、だだ、だいじょ……ぶ……」


 どうやらシリウスは心に深い傷を負ったらしい。


 ここに到着した時から感じている嫌な予感が加速した。

 だが知らない訳にはいかない。


「何だ? 一体……何があった?」


 シリウスに話しかけたが、案の定というか何と言うか、泣きそうに目を潤ませて顔を逸らされてしまった。



「――――――ま、現実を見るんだな、王子サマ」


 隅の方で乱蔵が肩を竦めている。

 視線は窓の外にあるが、その表情はどこまでも暗い。

 今にも暴れ出しそうなのを必死で堪えているのか、ぎゅっと握り締めた拳は僅かに震えていた。


「こうなるこたぁわかってた。わかっててあいつを連れてきた。……そうだろ」

「いやわからん。どういうことだ。何が起きている。ほむらはどこだ。僕がいない間に一体何があった!?」

「何が起きてるかって~? ヒヒッ、君のようなお子ちゃまは寝る時間だよ王子サマおやすみなさいさようならそしてしばらく黙っててくれないかなこっちはさっき起こったことを記憶から削除するのに忙しいからさぁ……!!」


 レインはレインで不機嫌が最高潮だ。

 僕でもわかるくらい真っ黒な殺気を漂わせ、前髪の隙間から垣間見える青い瞳は怒りのためか血走っている。これはつまり相当大変なことが……ほむら関連でとんでもないことが起きたということに他ならない。



 僕はがやがやと騒がしい方へ視線を向けた。

 何の部屋か知らないが、扉の前で仁王立ちした刀士郎に、大勢が詰め掛けている。

 よくよく見ると、詰め掛けているのはほとんどアカツキの人間だった。ルベル、カノン、アカツキの騎士たちや……よくよく見るとイグニス公爵の姿まである。その隣にはサピエンティア侯爵……? この二人があんなに近くにいて喧嘩しないなんて奇跡だぞどうなっている。




「ローガン、さっさとそこをどけ!!!」



 どす黒い覇気を漂わせながら、ルベルが刀士郎に迫る。

 眼鏡の奥の目は殺気立ち、腰に差した剣の柄に手をかけている。


 こんな時ルベルを止めそうなカノンはというと……


「ルベルの言う通りだ。さすがに見過ごせない。頼むから開けてくれ」


 同じように殺気立っている。


 イグニス公爵も怒鳴っているし、あのサピエンティア侯爵さえ、「ローガン、パパの言う通りにしなさい!ね?」……あんな喋り方だったか? あの人。て言うかあんな幼児にするような喋り方じゃローガンはますます意固地になるんじゃないのか?



「しばらくそっとしておいてくれ。ようやくできた時間なんだ」と刀士郎。

「だが――――――……!!」

「いいから開けるんだ!! 早く!!」



 僕は冷や汗がだらだら流れるのを感じた。


 怖い。現実から目を逸らせたらどれだけいいだろう。

 彼らをここまで揺さぶる程の一体何が起こったのか。

 いっそレインの言う通りしばらく寝て現実逃避しようかと思ったが――――――……




 自然と、団員たちの話が耳に届いた。

 自警団員たちは事態をあまり重く見ていないのだろう、のんびりと話している。



「いや~、若いっていいなあ」

「そうだな、見たかあの二人の顔。真っ赤になってよ」

「がはは、初々しいねえ」

「見てるこっちが気恥ずかしくなるわ。ま、あのローガンがあんな優しい顔してた方が驚きだけどな」

「人間らしいところもあるんだな。だが、あいつはあれでいいのかねえ……」




「殿下」




 ビクッと肩を震わせて振り返ると、ルカが不安げな顔で僕を見ていた。

 その背後ではレオンが「一体何をこんなに騒いでいるのやら」とウンザリしている。



「ルカ……お、お前たちは知っているのか? その……」

「いえ、それがわからないんです。僕たちはステラたちに遅れて、殿下とほとんど同じタイミングで来たので……。ヴェントゥス公爵に尋ねてもよくわからないですし、シリウスやアランは口にもしたくないみたいで……」


 そう聞いてヴェントゥス公爵の方を見ると全力で顔を逸らされた。

 ……おい、シリウスといい貴方といい不敬じゃないのか? それ。


「公爵……なぜ僕から視線を逸らす……?」

「い、いえ、その、私も先程到着して……ええ、伝え聞いた話なので、ええと……」

「何を聞いたか教えろ。それにあの部屋の中で一体何が起きている? 刀士郎はなぜあの部屋を守っているんだ?」

「それはその……私も見た訳ではなくてですね……」

「公爵の瞬間移動で中の様子を確認してくるといい。お安い御用だろう」

「えッ……! いえ、ですが……その、邪魔するのは……私も詳しい事情は知りませんが……ええと、望んでのことなら……少しくらいはまあ…………」

「邪魔? どういうことだ?」

「いえ、ですから、ええと…………」


 いつも理路整然と喋ることに定評のあるヴェントゥス公爵が、とんでもなく要領を得ない。


「もういい。ルカ、……ローガン本人に聞くぞ」

「は、はい」

「で、殿下、心の準備は大丈夫ですか……!?」


 エイトがおろおろと纏わり付いてきてこの時ばかりは鬱陶しかった。

 やめろ、僕は今ちっぽけな勇気を掻き集めてこの事態を整理しようとしているんだ。

 不安になるようなことを言うな。



 僕を見て、アカツキの騎士たちや公爵たちは道を空けてくれた。

 僕は心を落ち着かせて小さく息を吐き、過去何度も僕に挫折を味わわせてくれた男を睨み付けた。



「ローガン、どういうことだ。何が起きている。その部屋の中には誰がいる」

「……義勝とほむらが」

「ッ……」



 …………いや、大丈夫だ。想定内、想定内。


 そんな気はしていた。

 二人で話があって部屋に入ったというだけだ。


 それをルベルや公爵たちは「年頃の令嬢が男と二人きりで部屋なんて」と騒いでいるんだ。

 だが実際はただちょっと話をしているだけ。聞かれたら困るような……まあ、前世の話だろう。大したことはないない。そんなに大げさに騒ぐことじゃない。全く、過保護な連中だ。僕はこれくらいで取り乱したりはしないぞ。よし、ここは一番年長の僕が丸く収めよう。



「ローガン、じゃあ中にいるほむらたちに声を掛けてくれ。何の話か知らないが、こんなに皆を不安にさせるのはよくないだろう。ほむらは……貴族の令嬢だ。むやみやたらに男性と二人きりというのはよくない。それも相手は帝国の皇子だ。よからぬ噂が立ってしまう」



 ちょっと声が震えたが、余裕の表情を向けられたと思う。

 ローガンは僕から視線を逸らした。



「……ようやく、結ばれようとしてるんだ」

「ん?」

「少しの間だけ、頼む。今は二人の邪魔をしないでほしい」



 …………?

 ん?

 む、むす……ばれ…………?





 …………………………………………は?





「そうですよ、皆さん! あとちょっとだけ待ちましょう? ほむら様があんなに……幸せそうだったんです。素敵なことだと思います」



 サクラがうっとりと頬を赤らめて微笑んだ。



 は?




「幸せ、そう……? それは、どういう……」



 答えを叫んだのは、ディランだった。



「お嬢様が色男にキスしたんだよ! な~んか画になる二人だったな! 美男美女でさ!」







 キ…………………………………………?






「そういう訳だ。ほむらはあいつに想いを打ち明けた。後はあいつが…………。とにかく、今は二人だけで静かに話を――――――」

「させられるかあぁあああああああああああああああああああああ!!!」



 自分でもビックリの大声が喉から飛び出た。

 周りの連中が耳を押さえているが気にしている暇はない。



「つまりなんだ!? 今部屋の中には狼と化した義勝とその義勝に惚れてしまったほむらがいるということか!? 密室に!? 二人きり!? お前は馬鹿なのかローーガン!!!」



 僕は衝動のままにローガンに掴みかかったが、あいつはビクともしなかった。

 クソ……僕に神子の力が残っていれば……!!!

 お前なんて吹き飛ばしてやるのに!!



「大丈夫だ。義勝は狼じゃない」

「狼に決まってるだろ!? 何馬鹿なことを言っているんだこの馬鹿!! ほむらの貞操が危ない!! さっさと扉を開けろこの馬鹿!! 大体今はほむらと言っても本当はフレアなのにッ……とにかく開けるんだ!! 早くしろ!!!!」

「落ち着け。義勝の理性を信じろ」

「信じられるかッ!!! 早く開けろ!!! 無理だと言うなら力尽くで――――――」

「殿下」



 冷え冷えとした声が、背後から掛けられた。



「…………ルカ?」



 ルカの背後からおどろおどろしい覇気が燃え上がっている。


 ……そう言えば、いつだったか。

 起爆の能力者は、イグニス家の中でも最も苛烈な者が選ばれる…………と。どこかで聞いたことがあったような、なかったような。


 その瞳は、かつて見たことがない程煮えたぎった怒りで溢れていた。

 いつも優しい穏やかな青年だと思っていたのにこんな目をすることもあるのかと、驚いた直後……



「扉だけ破壊します」

「え――――……」





 ドンッ!! バキッ!!!! バーーーーンッ!!!!!





 ちょっと待て、何をするつもりだと静止する前に、扉が派手な音を立てて破壊された。

 けれど中にいる人間にも僕らにも害が及ばないようにか、本当に扉だけがガラガラとその場に音を立てて崩れる。……一体どうやったのかと驚いたが、それよりその先に見えた光景に、頭が真っ白になった。




「ッ…………!?」






 キス、されていた。

 ほむらは、義勝に押し倒され、キスされていた。







「はッ……離れろこの狼ッ!!!!!! ふふふ不純異性交遊ダメ!!! 絶対ッ!!!!!」







 泣きそうな声で叫んだ。

 いや……多分、ほとんど、泣いていたと思う。


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