465 困る
「乱蔵さん! ヤバいって! 刀士郎が死んだらどうするんだよ!?」
「問題ねえ。グダグダ煩かったから静かになって丁度いい」
着物が汚れたり着崩れしたりしたらいけないからって、乱蔵さんは俺をここまで両手に抱えて運んでくれた。
ちなみに紫苑については何とビックリ置いてけぼりだ。
乱蔵さんは「あいつは一人で何とかするだろ」って言ってたけど、本当に大丈夫かな? 紫苑ってちょっとおっちょこちょいって言うか、一人にさせて大丈夫かなって心配になるところがある。例えるならちっちゃな子にお使いとか行かせて大丈夫かなって不安になるような、そわそわするあの感じ。
まあそんな不安を抱えながら、自警団?てところに入ってばーっと進んでたら、刀士郎と義勝が対峙してて。
その様子を上から見てたら、乱蔵さんが突然飛び降りたからめちゃくちゃビックリした。しかも刀士郎の上に落ちて足蹴にするんだもん。
乱蔵さんは刀士郎に対してはすごく雑なのに、俺に対しては丁寧過ぎる程丁寧だ。
ゆっくり下ろしてくれて、俺は急いで腰を屈めて刀士郎を揺さぶった。
「大丈夫か刀士郎!? 生きてるか!?」
「……て」
「て?」
「天、女………………」
刀士郎の目は涙で濡れていた。
でも、その言葉を聞いた途端、肩からほっと力が抜けていった。
よかった。刀士郎はやっぱり刀士郎だ!
「あははっ、天女って、それ久しぶりに聞いたなあ」
優しくて良い奴だけど、美的感覚がちょっとずれた変な奴。
最初は不気味で怖いって思った。隅っこの方で隠れてるから、むりやり引きずり出したら、俺を見上げて「天女」ってさ。蔑むような視線には慣れていたけれど、そういうのとはまた違ってギラギラしてて、それが違う意味で怖かった。
でも、そういう変なところもいつの間にか個性だなって好きになったんだ。
「大丈夫か? 刀士郎。怪我してない?」
「ほむ、ら……? 何で…………それにその格好…………」
「ああ、これはまあちょっとな。ほら」
手を差し出すと、刀士郎は恐る恐る俺の手を取った。
ゆっくり起こしてやって、怪我がないかざっと確認する。……うん、大丈夫そうだよかった。
でも表情の方は晴れない。
涙を拭おうともしないし、すごく辛そうで心配だ。
「何でそんな辛そうなんだ? 一体何があった?」
「………………」
刀士郎は黙りこくって、俺から視線を逸らした。
「チッ、シケた面してんじゃねえよ。折角連れてきたのにこいつを不安にさせんじゃねえ」
乱蔵さんは刀士郎を睨みながらぼそっと零した。
もしかして乱蔵さんが刀士郎に怒ってるのは、俺を心配してくれて……?
いやそんなまさかな? どうしてそこまで俺に優しくしてくれるのかわからない。きっと俺の勘違いだ。うん、それより今は弱った状態の刀士郎のことが心配だ。何があったかゆっくり聞いてやらねえと――――――と、思っていたら
「ほむら!! 何でここにいるんだ!?」
「げっ」
かのんがびっくりした顔で走ってきた。その背後から
「ほむら様! 貴方はアカツキ王国にいるはずではありませんか!?」
怒った顔のるんるん。それに……
「ああもう……当たるんだよ。私の嫌な予感ってのは大体さあ…………!!」
「れ、蓮さんも!?」
蓮さんは髪をぐしゃぐしゃしながら怒っている。
あ、周りをよく見たら刀士郎のことが好きなお姉さんや俺の信頼する兵士のねえさん…………それに、泣きそうな顔の――――――
「さくらさん…………」
胸がぎゅっと締め付けられた。
さくらさんは固まって動けないみたいで、縋るような視線を俺に向けていた。……彼女の姿が、心桜に重なって見える。どうして彼女はあんな顔をしているんだろう? 辛いことがあったのかな? 傍にいって話を聞いた方がいいのかな? でも…………
俺が言葉を失っておろおろしていると、るんるんの大声が耳に届いた。
「ほむら様!! 取りあえずこちらへ! 乱蔵、しっかり説明してもらうからな!」
「へーへー」
乱蔵さんは肩を竦めている。
俺のせいで乱蔵さんが責められるのは困る。俺は慌てた。
「と、取りあえず落ち着いて落ち着いて! 乱蔵さんはここに連れてきてくれただけだ! 俺が頼み込んでさ。いや~、何かいろんなことが重なって、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、あっはっは~。て言うかこれってどういう状況? なあ刀士郎、一体何があったんだ? あ、もしかして義勝の阿呆に虐められたのか!? よし任せろ! やい義勝!! 刀士郎が優しいからって調子に乗ってたら俺が成敗――――――」
くるりと義勝の方を振り返った俺は、絶句した。
なんなら数歩後ろに下がった。
上から見下ろしている時は、刀士郎の顔は見えても義勝に関しては後頭部しか見えなかった。
だからわからなかったけど……
うわあ…………。
「義勝、お前…………だい、じょうぶ?」
「………………………………」
いや大丈夫じゃねえよなこれは。
ぼっこぼこじゃん。怪我だらけじゃん。こっからでもたんこぶできてるのがわかるぞ。唇は切れてるし頬は腫れてるし青あざもできてるし服もヨレヨレだし所々血で汚れてるし…………
え、まさかこれ刀士郎?
刀士郎がやったの?
俺は義勝と刀士郎を交互に見た。
二人が言い争いっぽいことをしているなとは思ってたんだ。内容はよく聞こえなかったけど。
その前にここまでのことをやっちまったってこと?
刀士郎は何も言わない。否定しない。つまりそういうことだ。
これ刀士郎がやっちまったんだ。
俺は義勝に心底呆れた。
あの優しい刀士郎をここまで怒らせるって相当だ。
お前一体何をしたんだ義勝。
盗み食い? タチの悪い悪戯? 俺が考えつかねえような悪逆の限りを尽くしたのか? よくないぞそういうの。
愕然としていると、義勝の方はすげえ怖い顔で乱蔵さんを睨んだ。
「なぜほむらを連れてきた……? 皇帝との話が終わればそのまますぐアカツキに戻る約束だろう!?」
「あ~そうだったか? 悪ぃ悪ぃ忘れてたわ」
「お前……!」
「しっかし酷いもんだな。手合わせするとは聞いてたが、その状態でまだやるつもりか? お前ら何がしたいんだ? 殺し合いでもしてんのか?」
殺し合い……背筋が凍った。
義勝はこんな状態なのにまだ木剣を握ってる。……そうか、二人は手合わせをしてたんだ。なのにまだ続けるつもりなんだ。
一体、何があったんだよ?
何でお前ら二人がこんなにいがみ合ってるんだ?
お前らは、仲良くしてなきゃだめじゃん。
友達、なんだから。
「手合わせは終わり! なっ? 取りあえずうまいもん食ってたっぷり寝て仲直りだ! 義勝は取りあえず手当だな。ほんとは痛くて泣きそうなんだろ~? やせ我慢はやめとけ!」
お前らが仲良くしてなきゃ、心桜が悲しむ。
心桜が悲しむのは、俺もすっげえ嫌だし、それに…………
俺は、多分もうすぐいなくなる。
いつかはわからないけど、近い将来。
だからお前ら二人はずっと仲良くしててくれよ。
今までみたいに、これから先もずっと。
そんで心桜と先生の傍にいてあげてほしい。……俺の代わりにさ。
「刀士郎、義勝がムカつくのはすげえわかるけどちょっとやり過ぎだぞ? 何があったかは俺に――――」
「わからないんだ」
刀士郎はぽつりと零した。
「俺は……わからない。心がグチャグチャで……苦しく、て……」
「刀士郎……」
「俺は許されてはならないんだ。俺は……俺は、君の傍にいてはならない」
「ッ!? おおっとちょっと待ってえ!!」
踵を返して逃げようとした刀士郎の手を思わず掴んだ。
確か前もいつの間にかいなくなってたよな。やっぱ俺のことが嫌いなのか? もう友達でも何でもないから傍にいたくないとか?
ううーん、……ショック。
困って義勝の方を見ると、あいつもあいつで俺から視線を逸らした。
「おーい……義勝さん? お前も何とか言えよ」
「………………。ほむら、お前には関係のない話だ。首を突っ込むな」
「はあ? 何だその言い方……」
「俺と刀士郎の問題だ」
俺だけ仲間はずれってか? ふざけやがってこの石頭。
いっぱい言い返してやろうと思ったけど、義勝の顔を見て諦めた。
ありゃだめだ。
もう何も聞かねえぞって顔だ。
困った。
義勝はこうと決めたら突っ走っちまうところがあるし、刀士郎も刀士郎で意外に頑固なところがあるからな……。
どうしよう。正直、喧嘩の仲裁とかあんまりしたことがない。
大体する側だったもんな。仲裁はいっつも刀士郎に任せてた。
まさか刀士郎と義勝がこんな大喧嘩をする日が来るなんて、思いもしなかった。
説得……は無理だな。俺には学も語彙力もない。こいつら全然喧嘩の理由を教えてくれないし。
と、なると……
「よし、決めた!!!」
俺にあるのは腕力!!
こいつらの喧嘩は俺が腕力で制してやる!!!
「腕を出しな刀士郎!!! 俺と腕相撲勝負をしろ!!!!」




