463 【義勝】 ウンザリする
…………もうウンザリだ。
本当にウンザリだ。
「いや~、あんたも災難だなあ。皇子様の命令で身代わりなんてさ。しかも全然似てねえし! 皇子ってのはなんだかんだ酷い奴なんだな。なあ、ローガンとの手合わせはおいといて、俺と手合わせでもするか? 何かローガンすげえ気ぃ立ってるし、今のあいつとやり合ったら多分ボロボロにされるぞ。あいつほんと容赦ねえから。鬼だから」
「いや、俺は第一皇子のカイウスなんだが」
「はっはっは! まっさかぁ!! だって俺、皇子見たことあるけどすっげえぜ!? 何がすごいかっつーと……まあほんとすげえんだって! あんたとは全然似てないから! 何であんたみたいな色男が抜擢されちまったんだろうな? ま、手合わせはまた今度、皇子が観念した時に引きずってでも連れて来ようぜ! 何か決闘って訳じゃないけどそれに近い感じの手合わせなんだろ? だったら本人じゃないと意味ねえよな!」
だから本人なんだが!?
どうしてこう伝わらないのか……!!
それだけ俺の容姿が変わったということだろうが、もうそろそろ我慢の限界だ。
俺はカイウスだと何度も言っているのに! 刀士郎との手合わせに恐れて替わりの者をよこすなど……誰がそんな恥知らずなことをするものか!!
「まあまあ、こっち来いって! そんなピリピリした顔してないで、取りあえず力抜けよ! 俺たちはあんたの味方だって~!」
薄紅色の髪の男は、俺の肩に気安く手を回してバンバン叩いた。
周りの奴らも「皇子は腰抜けだったみたいだな」「忙しいから無理になったとは言え、そこはちゃんと自分が来なきゃな」「こんなわかりやすい嘘が通用する訳ないのにな」「案外お茶目なところもあるんだな」…………口々に好き勝手なことを言っている。いい加減にしろ。
俺は、カイウス・ファートゥム第一皇子だ。
どこから、どう、見ても、そうだろうが……!!!
「俺はカイウスだ!!! もういい、刀士郎、木剣を持て!! こいつらのことは放っておいて手合わせをするぞ!!」
薄紅色の男の手を振り払い、俺は木剣を取って中央へ進んだ。
ぽっかりと空いた広々とした空間。ここでしょっちゅう手合わせをしているのだろう、あちこちに傷や凹みはあったが、掃除は丁寧にされているようだった。
俺はそこで刀士郎が上がってくるのを待った。
――――――前世の頃、毎日のように通った道場を思い出す。
神聖な場所だ。
あの場所で、俺は何度もあいつに挑んだ。
『くっ……お、おなごのくせに!!』
『悔しいなら1本取ってみろよ』
圧倒的な才能だった。
最初に容赦なくぼこぼこにされてしばらくは手合わせをさせてもらえなかった。
先生の指示だ。ほむらは強すぎるから、強すぎて子供相手には危険だから、と。
だが俺は手合わせがしたかった。どうしてもあいつから一本を取りたかった。
自分と同い年くらいの女子に負けたということが、その時の俺にはどうしても許せないことだった。
……思えば、あまりにも浅はかだった。
無知で愚かで自尊心ばかり強くて、きっと数え切れないくらいあいつを傷つけた。
なのに…………
『ほら、義勝も竹刀置いて団子食おうぜ! 団子!』
何度、あいつの存在に救われたかわからない。
『義勝ぅ、この饅頭見て見て! すげえ伸びる! すげえ柔らかい! 最高!』
『がははははははは! 我こそはぁ、泣く子も黙る~、最強の鬼なりぃぃぃ!!!』
『よ、義勝、ごめん。お前の本…………肥だめの中に落としちまった』
『へへっ、俺の作戦は完璧だぜ! 見てな! 悪党共を一網打尽にしてやらぁ!』
『あああああやっぱムリムリ! 無理だったごめん!!』
………………。
思い返せば、あいつのおかげで大小いろんな揉め事に巻き込まれていたような……。
一緒にいるだけで大体命懸けってどういうことだ。
それでもあの頃の何もかもが輝いて思えるのはなぜだろうな。
あいつが……あいつらがいなければ、俺の子供時代は決してあんなに豊かなものじゃなかった。
こんな風に、懐かしいと、輝いていたと思えるようなものにはなっていなかった。
離れがたかったんだ。
いつからだったか。いつの間にか、か。
早く大人になりたいと、早く立派になりたいと思っていたはずなのに。
いつしか、ただゆっくりと時が過ぎてほしいと願うようになった。
あいつらといる時間が、もう少しでも、ほんの僅かでも伸びてほしい、と。
『――――――――――――義勝』
あいつに名を呼ばれるのが、好きだった。
今度はどんな揉め事を運んでくるのかと、恐ろしくもあり、楽しみでもあった。
多分……あいつがいつだって楽しそうにしているからだ。
あの笑顔を見ると、それだけで心の中の黒い澱みも綺麗に消えていった。幸せな心地になった。不思議と温かい気持ちに満たされた。
たとえこの先、何があっても。
お前だけは――――――…………守りたい、と。
明るい、優しい世界で生きていてほしいと。どんな苦痛や悲しみとも無縁であってほしいと。
そう、願っていた。
『助けて…………』
今でも聞こえてくる。
暗闇の中から、必死に助けを求めるあいつの声が。
「――――――――――おい、まだ信じていないようだぞ」
刀士郎の声が、暗い意識の中に落ちていきそうだった俺を現実に引き戻した。
顔を上げると、奴は木剣を携えて俺の前に立っていた。
「誰もお前が第一皇子とは思っていないようだ。それでもいいのか?」
「別に構わん。俺はお前と手合わせができればそれでいい」
「腰抜けだなんだとあんなことを言われてよく我慢ができるな。昔のお前なら――――」
「否定するつもりはない。俺は確かに腰抜けだ」
昔の、例えば十五の俺は、ただ真っ直ぐに己が道を信じて突き進んでいた。
父のような立派な武士になるのだと。
根拠のない自信もあった。そうなれると信じて疑わなかった。
腰抜けだなんだと馬鹿にされれば、烈火の如く怒っただろう。
……つくづく愚かなものだと思う。若さ故とは言え。
現実の俺は、そんな立派なものではなかったのだから。
「…………一つ、聞きたいことがある」
刀士郎はどこか迷いを滲ませながら、俺に問いかけた。
「もし時間を戻せるのなら。……お前は、高村あやめと祝言を挙げたか?」
思いも寄らない質問に、俺は眉を顰めた。
どういう意図だそれは。
「……挙げた。それがどうした」
「もし、家のことだとか将来のことだとかを考慮する必要がなくても……それでもお前は、あの人と結婚したのか?」
「俺はあやめと夫婦になったことを後悔していない。俺の妻は彼女だけだ。何度過去に戻ったとしても、俺が取る選択に変わりはない」
「ほむらの、ことは」
………………………。
やめろ。
あいつは関係ないだろ。
あいつは…………あいつへの想いは、俺が勝手に抱いていた、一方通行な迷惑極まりないものだった。
あいつだって望んでいなかったはずだ。勝手に口づけなんてして心底嫌だったことだろう。
「あいつは関係ない。俺とあいつの間には…………何もなかった」
もしあいつが惚れるなら、それは刀士郎のような男だろう。
優しく穏やかで誠実な…………。そういう男なら、きっとほむらは幸せになれる。
あんな時代でさえなければ、二人は結ばれていたかもしれない。
刀士郎には兄がいたから家を継ぐ必要もなく、実際、あいつは許嫁との婚約も破棄していた。あれが可能だったのだから、ほむらとの婚姻もきっと何とかなったはずだ。
もし、平和な時代だったなら。
そうしたら、俺は似合いの二人の門出を心から祝福しただろう。
それが二人にとって何よりの幸せなのだから。
「そう……か」
刀士郎は目を伏せた。
それから、もう一度顔を上げた時には――――――迷いのない、憎しみに燃えた目をしていた。




