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462 【刀士郎】 思い出す



――――――――

――――――――――――――




 あの日




『……本当に、これでいいの?』




 義勝は俺に背中を向けて、じっと桜の花を見上げていた。

 明日にはいよいよ祝言を挙げる。

 そうすれば、もう……。


 その先の言葉を俺は飲み込んだ。





『…………いいも何も、最初から決まっていたことだ』



 ようやく返ってきた答えは、どこか歯切れの悪いものだった。

 いつもきっぱりとして堂々とした物言いの義勝らしくはない。



『迷いがあるんだろ? 本当は――――――』

『ない』

『……あるんだろ? だって義勝はほむらのこと――――』

『結婚は家と家がするものだ。そこに個人の気持ちを入れるのは間違っている』

『…………』



 否定、しなかった。

 そんなのほむらが好きだって言ってるのと同じだ。……いや、俺は知っていた。

 多分、本人が自覚するより前から、俺はわかっていた。


 義勝とほむらが、互いに想い合っていること。


 二人ともなかなか自分の気持ちに気づかないから、もどかしく感じることもあったけれど……正直、心のどこかで、安心もしていた。


 だって気づきさえしなければ、俺たちはこのままずっと友達でいられる。


 一緒に鍛錬をしてご飯を食べて、馬鹿なことをやって子供のように笑っていられる。俺はその時間が何よりも好きだった。いつまでも続いてほしいと願った。静かな屋敷で家族と過ごすより、俺はほむらや義勝と一緒にいられる時間の方が、ずっと大切で、楽しくて、自分らしくいられる時間だった。



 二人が結ばれたら、俺は弾き出されるだろう。

 三人一緒に仲良く……は、いられないんだろうなって。



 …………だから、自分の気持ちにもずっと蓋をしてきたんだ。

 この関係を、俺の手で壊したくなかった。

 大切な関係を壊してしまうかもしれない気持ちは、心の奥底にしまい込んで鍵をした。




 ほむらの事が好きだ。




 初恋だった。

 一目見た途端に心を鷲掴みにされた。




 と言っても、出会いは酷く間抜けなものだ。

 俺は豪胆な兄たちと違い、優柔不断で軟弱な性格をしていた。

 女々しいと怒鳴られても言い返すことすらできない。

 ある日とうとう父がキレた。末の子だからと甘やかすのはよくないと、剣術道場に行って鍛えてこいと、送り出されたはいいが、いざ道場の前に来ると臆病風に吹かれた。活発な子たちの中に入っていく勇気がなかった。


 俺は物陰に隠れて、小さくなった。

 ある程度経ったらこっそり家に戻ろう。だが、両親になんと言えばいいかはわからない。

 また怒られるだろうか。

 考えただけで泣きそうになった。その時――――――




 ズザザザザアアアアア!!!




 突然、足を引っ張られた。

 背中を地面に打ち付けながら、引きずられる。驚きすぎて悲鳴も出なかった。

 暗かった視界が途端に明るくなって、まるでお天道様のような、輝くばかりの金が目の前に広がった。




『いつまで隠れてんだよ! 剣振り回しに来たんじゃねえのっ!?』




 高くて大きい声だけれど、不思議と耳障りじゃない。

 澄んだ、可愛い声だと思った。

 空と同じ青い目が、じっと俺を見つめている。




『て……』

『て?』

『天女……』



 本当に、そう思ったんだ。

 視線をそらせなくてじっと見つめていたら、彼女は不気味なものでも見たように顔をしかめ、俺の足から手を離して消えてしまった。

 本当に見事に、どこに行ったのかもわからないほどあっという間にいなくなってしまったから、もしかして俺は白昼夢でも見ていたんじゃないかと思った。


 あんな美しい子が、この世界に存在するなんて。

 見たこともない髪の色。見たこともない目の色をしていた。

 でも、もし本当に存在するのなら……?

 それを確かめたくて、俺は今度こそ道場の扉を叩いた。






 ――――――ほむらは、いつ見ても美しかった。

 木刀を振っている時も、走っている時も、畑を耕している時も、ご飯を食べている時も、先生の発明品を回収している時も、悪いことを企んでいる時も。


 何をしていても可愛い。それに格好良い。

 力強い生命力に溢れて、いつだって何にだって全力でぶつかる。

 くるくる変わる表情に、誰よりも力強くて美しい剣技に、俺はいつだって目が離せなかった。



 だからすぐに気づいた。

 ほむらが一番輝くのは…………








 義勝の隣にいる時だって。








 ずっとずっとずっと、俺にとって大切な二人が幸せになってくれるならそれでいいって、自分に言い聞かせながら、それを願いながら、でも寂しくて仕方なくて苦しくて切なくて――――――……どうしたらこの気持ちに折り合いがつくんだろうって、わからなくて。時が経ったら薄れていくだろうかって期待したのに、薄まるどころかまるでその逆で。



 ほむらへの想いはどんどん強くなった。

 同時に、俺じゃだめなんだって、その想いも強くなっていった。





『…………祝言、ちょっと早いんじゃない?』





 義勝の背中に、俺は今更言っても仕方のないことを投げつけていた。



『もう少し後にしたら? せめて二十になってからとか。いくら家のためって言っても、早くすればいいってものでも……』

『早いも遅いも大した違いはない。刀士郎、お前もそのうち祝言を挙げるだろう?』

『それは…………。わからない』


 許嫁とは数える程しか会ったことがない。

 お淑やかで礼儀作法も完璧で、優しそうな子だった。



 けれど…………それだけだった。



『親の決めた許嫁だよ? それが当然だ、普通だと言われても、俺は心のない結婚なんてできそうにない』



 だってあんなに輝くものを知ってしまった。

 こんなにもほむらのことが好きなのに、他の人を好きになれるとは思えない。



『義勝は、本当にそれでいいの? あやめ殿ともそんなに会ったことはないだろう? なのに……』

『俺は家を継がなければならない。お家のための婚姻だ。それは俺も彼女もわかっている』

『理解してても、君は――――』

『俺はあやめ殿を妻として大切にする。彼女を不安にさせるようなことは決してしない。それが妻を迎える者として当然の務めだ』



 お家だとか、務めだとか……。

 義勝の言っていることはわかる。わかるけれど……



 俺には、ほむらへの気持ちから必死に逃げているようにしか見えない。



 堪らず俯いていると、足音が近づいてきて、義勝が俺の隣に座った。

 そうしてしばらく、沈黙が流れた。

 桜の花びらが散っていく。……今頃、ほむらは心桜殿の看病だろうか。

 



『………………ほむらは、ああ見えて寂しがり屋だ』



 随分経って、義勝がぽつりと零した。


 寂しがり屋なのは、君の方じゃないのか?

 その声は酷く辛そうだった。



『刀士郎が傍にいれば…………大丈夫だろう』



 大丈夫なんかじゃない。

 俺じゃだめなんだ。君じゃなきゃ。

 君が、傍にいてあげなきゃだめなんだ。



 そう伝えようとしたけれど、うまく言葉が出てこなかった。






 隣を見ると、義勝はじっと前を見つめていた。

 その目には、もう迷いはないようだった。

 ただ前だけを見つめる。“私”よりも“公”を優先する。婚姻だけじゃない。この先何があっても、彼はきっと迷わないんだろう。大義のためなら、彼はどんな苦しみにも耐えるんだろう。



 だって君は、日の本一の武士になるのだから。



 俺はそんな君を尊敬していた。

 真っ直ぐで、誰よりも強い意志を持った、努力家の君のことを。

 どんな時でも泣き言一つ言わず、どんな恐ろしい相手にも堂々と立ち向かう君のことを。



 俺は、君のようになりたかった。

 だから

 俺たち三人の関係が終わるその時は…………












 君たち二人が、結ばれていてほしかった。












 ――――――――――

 ――――――――――――――――





「…………義勝」




 鍛錬場にあいつが入ってきた途端、場は騒然となった。

 団長は噴き出し、医者はあんぐりと口を開け、赤髪の騎士は首を傾げ、ディランは……





「手合わせが怖いからって影武者使うなんてあり得ねえだろ!! つーかせめてもっと似てる奴を使えよ!! これのどこがあの豚皇子なんだよ!! 似てるの髪色くらいじゃねえか!!!」





 本物相手に、盛大な勘違いをぶつけていた。


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