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48 引っ越す


 あれから数日後――


 私は孤児院への引っ越しを完了させた。

 ステラにもレインの地下室から孤児院の一室に移動してもらって、警戒心丸出しの弟と一緒に説明を聞いてもらう。


「……てことで、しばらくはこの部屋を使って。しばらくの間は定期的にレインが来る予定だから、その度診察を受けてもらう。完全に体調が回復したら働いて貰うからそのつもりで。職員は実質私とルベルしかいないわけだから、あなたの面倒はシリウスに看てもらうわ。本人も望んでるし異論はないわね」

「えっと……ちょっと待ってください?」

 ステラは可愛く小首を傾げた。

「お嬢様のお屋敷は? どうして孤児院に引っ越すことになったんですか?」

「屋敷は売ったの」

「え?」

 ステラもシリウスも目を丸くした。

「お前……ま、まさか追い出されたのか?」

 シリウスの失礼極まりない質問に、ルベルがごほんと咳払いする。


「……城下の屋敷はテラ公爵家が買い取った。これはイグニス公爵閣下が進められたことで、あの屋敷は元々売却の予定だった」


 表向きは。実際はそんなわけない。

 元々全然管理してないボロ屋敷だったんだから、あれをそのままイグニス家の名前で売りに出せばそれだけで家名に傷がつくでしょうね。


 テラ公爵家は四大公爵家の一つで、土系統の能力者を持つ故か大地に根ざした生き方を好み、豪胆かつ実直な性格の者が多い。炎系統の能力者を持ち、戦場を好み、苛烈な性格の多いイグニス家とは違う。

 正直、生まれるならテラ公爵家が良かった。貴族的でプライドが高く、策士揃いのアクア家や、芸術を愛し、自由な気風で変人揃いのヴェントゥス家よりテラ家が一番生きやすそう。まあ、一番嫌なのはイグニス家だけど。

 

 ともかくテラ家はそういうわけで、良い土のある庭というものをものすごく好む。なんなら高価な装飾品の類いよりも好む。庭と手入れの行き届いた、質素ながら大きな屋敷も彼らの好みだ。うまく話を持ち出せばすぐに食いついてくれるだろうとは思っていた。城下は人が密集していてなかなか土地が余っていないから、この場所に別邸を望む貴族は珍しくないし。

 イグニス公爵の許可をもらい、すぐに連絡を取ればあっさり買い手は見つかった。良い値で買って貰って、私の懐にはたんまりとお金が入った。


 で、住まいをなくした私たちの次の問題は、一体これからどこで暮らすのかってことだった。

 イグニス領に戻るのは嫌だって言うのもあったけれど、ちょうど良い物件が近くにあった。それがこの孤児院だったってわけ。



「この孤児院は、本来であればこのまま取り潰して子供たちの受け取り先を探す予定だった。非常に痛ましい虐待が行われていたことも明らかになり、このままここで子供たちを住まわせるのは酷だろうと。だが全員の受け取り先を探すにはかなりの時間を要する上、孤児院はどこも手一杯だ。ここ以外にも悪事に手を染めていた孤児院があって、その対応にも追われている。そこで、この孤児院自体はこのまま存続させることになった。子供たちの様子を見て、問題があると判断すれば徐々に受け入れ先を探すことも視野に入れている。……問題なのは、誰がこの孤児院を管理するか、だった」

「……本気で、お前らが?」

 ルベルの説明に、シリウスは信じられないと眉間に皺を寄せた。

「そもそもお前らだって子供みたいなもんなのに――」

「ご心配なく。あなたたちより生活能力は高いから」

 にこっと微笑むと、「はああ?」と睨み付けられる。


「いい? なんだかんだと理由をつけたけれどね……他の孤児院の方々はたとえ余裕があってもあなたたちを引き取りたくないし、どんなにお金を積まれてもここで子供たちの面倒をみたいって人もいないのよ」

「……は?」

「当然でしょう? こんな大問題ばかりあった院の子供なんて嫌に決まってる。ここで働くにしてもそう。誰もやりたがらないのよ。子供の世話なんて大変だし、この施設自体血の臭いが染みついてるし、もし何かちょっとでも問題があれば、今後は王家から直接お咎めが入るでしょう。だから私が名乗り出てあげたのよ。嫌な役を引き受けてあげたの。ま、これも貴族の責務よね。貴族が公共施設の館長を務めること自体は珍しいことじゃないわ」

「……どうせ金だろ。この施設に入る金。それが目当てなんじゃないのか」


 あら、なかなか鋭い。

 だって暮らしながらお金が入るんだもの。しかも生活費も何もかも国に賄ってもらえる。いわくつきの物件だから皆嫌な顔するけれど、これってなかなか美味しい話じゃない?


「適当に施設を管理して、国から入る金で甘い蜜を吸おうって魂胆か!?」

「そうねえ、けっこう吸えるんじゃない? 私とルベルしかいなくても「本来必要な人数分」の人件費は入るし、今回の事件をきっかけにせめて内装は変えたり備品を買い換えたりはするから……ええ、たっぷり入るわね」

「こいつ……!!」

「フレア様」


 ルベルが「わざわざ煽らないでください」とでも言うようにため息を吐いた。


「とにかく、シリウス、ステラ、これは決定事項だ。他の子供たちも納得はしている」

「納得せざるを得ない、てだけだろ」

「バーバラたちのような愚行は犯さない。それに誰が見ても誠実で真っ当な運営をする。君たちのための施設だ。それは約束するから、どうか信じて欲しい」

「…………」


 シリウスはルベルの言葉に僅かに動揺した。ルベルから視線を逸らし、少し迷った末に小さく頷く。

 私の知らない間に、彼らは彼らなりの信頼関係を築いていたらしい。


「それとも乱……じゃなかった、アランだっけ? あいつについていくの? 遠方の孤児院にでも行く予定だったんでしょ? 子供たち連れて」

「そうだよ! ……でも、アランさんが今どこにいるかわからない。俺たちのことなんて忘れて、どっか行っちゃったんだろ。もしかしたら最初から……俺たちのことなんて――」

「……あいつはそういう奴じゃないでしょ」


 シリウスは訝しげに私を見た。しまった、と思って慌てて言い直す。


「いや、ええ、そういう奴ね。あいつのことは忘れた方がいいわ、うん」

「……お前とアランさんってどういう関係だ? 顔なじみみたいだけどおかしいだろ、なんで貴族の女が……」

「うるさいわね。忘れなさい」


 ドアをノックする音が響いた。

 誰かしらと思って返事をすると……返ってきた声を聞いて、ズキズキ頭が痛くなる。


「失礼するよ。運営の方はうまくいっているのかな? 僕の愛しい婚約者」


 嘘くささ100%の笑顔で現れたのは、憎たらしい私の婚約者だった。


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