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461 【刀士郎】 向かう





――――――――

――――――――――――――




「…………すっっっごい嫌な予感がする」



 医者はぽつりと呟き、イライラと髪を掻きむしった。

 ただでさえぼさぼさだった髪が余計鳥の巣みたいになって、顔をほとんど覆い隠す。

 髪の隙間から僅かに垣間見える青い目は、殺気立っていた。



「……嫌な予感?」

「そ。第六感てやつぅ? クソ最悪なことに私の勘って大体当たるんだよねぇ。お前を初めて見た時もそう。何かものすご~くヤ~なことが起こりそうな予感がするんだよ」

「…………ただの予感だろう」

「それで済めばいいんだけどねぇ~~?」


 じとっと睨み付けられても困る。俺は何もしてないだろう。



「ねえねえ何の話~? あたしにも聞かせてよぉ!」



 長いクリーム色の髪の女が、格子の向こうから唇を尖らせた。

 その背中についていたはずの硬い羽のようなものは、綺麗になくなっている。

 皮膚はまだ人間にしては硬く分厚く、顔にも生気はないが、少しずつ元の人間らしい状態に、戻っているようだった。



「ねえお医者様ぁ! ここにずっといるの退屈なんだけど? 一度くらい出してよ!」

「……この前出したよねえ?」

「でもすぐに戻されちゃったじゃない! もうっ、退屈で死にそう~~。あ、そうだ! お医者様の大事な人の話をしてよ。ずうっと叶わない恋をしてるんでしょう? お姉さんがアドバイスしてあげようか?」

「は?」

「全然見向きもされないんでしょ? 可哀想~。お医者様って折角良い顔してるのに万人受けしなさそうな性格よね。あたしくらいじゃない? 貴方の良さをわかってあげられるのは!」

「黙れその口縫い付けるぞ」

「きゃああああ! 冷たいところも素敵! 抱いて!!」

「チッ……本当に喋れなくしてやろうか……!」


 医者の目は完全に据わっている。

 本当に凶行に及ぶんじゃないかと俺は一瞬身構えた。

 


「だから言ったんだよ私は。こんな鳥女を助けるなんてどうかしてるって!」

「あたしは鳥女じゃなくてリサですぅ~。そろそろちゃあんと覚えてよ! 貴方の未来のお、く、さ、ま! なんだから!」

「寝言は寝て言え。――――ちょっとおチビちゃん、この子は君が引き取ってよ? 君が言い始めたことなんだから当然だよねぇ?」

「わか――――」

「嫌よあんな顔がいいだけの無口で面白みのない男! 私はお医者様がいいの! ねえお医者様、私って元はもっと美人だしスタイルも抜群よ! 叶わない恋なんて諦めて私にしたら?」

「は~い鎮静剤が欲しい人は手を挙げてね~。効き過ぎて人格変わるくらい最高のブツだよぉ~」


 医者が笑顔で注射器をチラつかせると、彼女は「ぶ~」と頬を膨らませて奥へ引っ込んだ。



 …………“顔がいいだけの無口で面白みのない男”、か。





 その時、コンコン、とドアを叩く音がして、イグニスの騎士たちが部屋に入ってきた。


「だ、大丈夫? 何かあった?」


 黒髪の青年は俺を見るなり僅かに後ずさった。


「ああ、平気平気~。おチビちゃんは心ない一言に落ち込んでるだけだから気にしなくてオッケ~」

「別に落ち込んではいない」

「はいはい。じゃあシリウスはあっちの鎧男君の方からお願いね~。騎士サマたちはご飯の準備をお願い」

「ああ、わかった!」


 赤髪と灰髪の騎士が、手慣れた様子で食事を運んでいく。

 檻の中で思い思いに過ごす被験者たちの元へ。




 彼らは皇帝による人体実験で酷い有様となった被験者たちだった。

 街の墓場で出会い、この医者とともにここまで運んだ。

 あれから医者と、それにシリウスという名の青年の治療を経て、彼らの姿は徐々に人間らしいものに戻っていった。――――と言っても、まだ完治とはほど遠い。時折発作のようなものを起こして酷く暴れることもある。もう従わなくていい命令を思い出し、取り憑かれたように突然襲いかかったり、逃げだそうとする者もいる。

 だからこうして、檻の中にベッドを置いて隔離するという……気の進まないどころではない処置をするしかなかった。



「ほ~んとウンザリだよ。さっさと全部放り出せたらラクなのにねえ」



 医者は苛立ちを紛らわせるように、運ばれてきたパンを手に取って噛みついた。



 こいつがこんなに苛立っているのは、嫌な予感と彼らの治療だけが原因じゃない。


 あの火災の夜。


 何か嫌なものでも感じ取ったのか、被験者たちが一斉に苦しそうに暴れ始めた。

 医者たちはその対応に追われていた。



 “ほむらが燃え盛る屋敷に飛び込んだ”



 そのことを後で知った時の彼らの狼狽振りは酷かった。

 俺が心配になる程に。



「はい、じゃあこれとこれとこれ。よろしくね~。サピエンティア家の財力なら余裕でしょ」

「……ああ」



 医者からメモを渡され、薬の種類をざっと確認して俺は頷いた。

 この場で俺が最も役立てること。

 それは高価な薬や器具を調達することだった。



「……渡すのは明日以降になる」

「え~、今から行ってきてよ。街の薬屋にあると思うけど。それとも何? デート? デートなの? 君は街の子とか自警団の子とか選り取り見取りだもんねえ。私たちをこんなに馬車馬みたいに働かせといて自分はデートなんだ? 良いご身分ですことぉ~!」

「約束の一週間だ」

「はい?」

「……今日は、義勝との手合わせの日だ」



 医者の目がすうっと細くなる。

 「へえ~~……?」と薄く息を吐き、にやりと歪んだ笑みを浮かべた。



「なあにそれ。すっごい面白そうじゃん」

「……ただの手合わせだ」

「嫌いな奴と嫌いな奴が潰し合うんでしょ。最高じゃん。どっちも再起不能になってくれたら超嬉しいんだけど」

「………………」


 こいつ……何て神経してるんだ。

 医者はニヤニヤ笑いながら、「決めた!」と椅子から飛び降りた。



「私も見に行こ~っと」

「は?」

「そんな楽しそうな催し物、見ない方がどうかしてるでしょ。それって今から?」

「見世物じゃない」

「見世物みたいなもんじゃん。うわ~たっのしみだな~~。あのムカつくぷにぷに君がぶっ飛ばされてるところ早く見たぁい! もちろん君がぶん殴られてるところも見たいけど。ねえ騎士サマ~! 私留守にするからさぁ、ここ任せていい? いいよね~?」


 医者が騎士たちの方へ声を掛けると、向こうからは焦った声が返ってきた。


「手合わせがあるって聞こえたんだけど本当か!? 俺も見たい!!」と赤髪。

「待て! 俺も行くぞ!」と灰髪。

「え、……じゃあ、俺も?」とシリウス。


「何なに~? デート? デートなら私を連れて行きなさいよ!」と元鳥女のリサに加え……

「僕も!」

「なんだぁ何か面白いことすんのかぁ?」


 他の被験者たちまで騒ぎ始めた。

 どうやって収拾するつもりだと医者の方を見ると、もう知らないとばかりに口笛を吹きながら一人廊下に出ている。こいつ、このまま騎士たちに丸投げするつもりか。



「キヒヒッ、楽しみだねえ~~。どうせならぷにぷに君が惨めったらしく泣いちゃうくらいボッコボコにしてよねぇ~~」

「……性格悪いな、あんた」

「とか言ってそのつもりのくせに~~」

「…………」



 俺は顔を背けた。

 前世の記憶もあいつへの憎しみも、まだ何一つ整理はついていない。


 約束の手合わせが――――吉と出るか、凶と出るか。

 それは、俺にもまだわからなかった。


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