460 手を取る
どうやら俺はあんまり言っちゃだめなことを言ってしまったらしい。
紫苑も乱蔵さんもおじさんまで険しい顔になって、次々にお小言が飛び出して俺は堪らず首を竦めた。
俺そんなにヤバいこと言ったかな?
口づけはできなくても子供を作るなら頑張るって言っただけだぞ?
そしたら、俺が不服そうな顔をしていることに気づいたのか、紫苑が大きくため息を吐いた。
「まだわからないか……」
「だ、だってさぁ、口づけは好きな奴とじゃなきゃ無理だけど、子供作るのは別に誰でも大丈夫かなって――――――」
「だから大丈夫な訳ないだろう何言ってるんだ!?」
紫苑は苦しそうにこめかみの辺りを押さえている。
頭が痛いのかな?
「子供作るのってやっぱり大変? 痛い?」
「いた…………君はどこからどこまでどういう知識を持っているんだ!?」
「まさかそういうこと誰にでも言ってんじゃねえだろうな?」
乱蔵さんも怖い顔になっている。怖い。
「えーっと……いや、そんな、別に……」
「目が泳いでんぞ」
「まあ、えー……た、たまに? うん、たまに言ったかもしんないけど~……」
「たまに? 誰に言った?」
「う~ん、覚えてない……」
誰に言ったかなんていちいち覚えてない。
子供が欲しいって願望はそんなに珍しいものじゃないだろ?
まあ子供を作るのって大変なことだから、そんな気軽に言っちゃだめですよってことかな? 難しい。
『言葉には気をつけた方がいい』
おじさんまで怖い顔になっている。怖い怖い。
『勘違いする馬鹿が出てくるかもしれない。いや、お前が無知なのをいいことに良からぬことを企む外道もいるかもな。いいかほむら、とにかく気をつけなさい』
「はあ……」
『……わかっていないな。とにかく子供云々は気軽に話すことじゃない』
「そうなの? じゃあ誰になら気軽に話していいの?」
『……百歩譲って女性同士なら構わない。だが間違っても野郎にだけは言うな。いいな』
「んんー……じゃあ義勝にも言っちゃだめなの?」
『義勝?』
おじさんが訝しげな顔をしたのと、
「だめだ」
「だめに決まってんだろ」
紫苑と乱蔵さんの声が重なったのは同時だった。
「だめなの?」
『……その義勝というのがどこの誰かは知らんが、それがお前の大切な相手か?』
「うッ…………うう~~~ん、うん、まあまあ……ううう~~~ん……」
『どっちだ』
「ど、どっちでもいいじゃん!」
やっぱり口にするのは恥ずかしい。
顔を背けると、おじさんが微かに笑った気配がした。
『いつかそいつと結婚でもすることになったなら、その時に考えればいい』
「け……こん…………」
『それがお前の望みならばな』
結婚、かぁ……。
まず無理だよな。でも、もしそうなったらどんな感じなんだろう。
想像もできない。
「おい皇帝。いい加減にしろ。適当なことばかり言って無責任にほむらを後押しするな」
『フラれたばかりの王子殿は心が狭くていらっしゃる』
紫苑のこめかみにピキ、と青筋が浮く。
「ほお……? よくわかってないみたいだがら教えてやるが、その義勝というのは貴様の息子のことだぞ……?」
『むす…………なんだって?』
今度はおじさんの顔が固まった。
「つまりカイウスが義勝だ。ついこの間までぷにぷにだった貴様の息子だ」
『なん、だと…………?』
乱蔵さんはショックを受けているおじさんを見てははっと笑った。
「本当に知らねえのか? お前の息子のためにこいつはこんな着飾ってるってこった、皇帝殿」
『それはだめだあいつはやめておけ』
え?
『あいつは恐ろしい奴だぞ』
「えっと……確かに恐ろしい程鍛錬馬鹿だよな!」
『何を考えているかわからないし――――』
「そうか? けっこうわかりやすいと思うけど」
『嘘ばかり吐く』
「あははっ、あいつは嘘が下手くそだぞ?」
『それに俺と同じで家庭など顧みなさそうだ!』
俺は首を傾げた。
おじさん、何でこんなに必死なんだろう?
『とにかくあいつはやめておいた方がいい。もっと誠実な男でなければだめだ』
「どうしたんだおじさん」
「誠実と言うなら僕ほど誠実な男は――――」
『王太子、お前もだめだ』
「は?」
『まともな家庭を築けなさそうな顔をしている』
「どういう顔だそれは!」
『鏡を見てみろ』
「貴様……!!」
紫苑はぷりぷりしながら「もういい」と例の奇妙な石に近づいた。
おじさんはそれを見て動揺している。
『おい、何をしている』
「面会は終わりだ。随分喋ったし十分だろう。ここをこうして……と」
『待て、まだ話は終わっていない!』
「煩いぞ皇帝。父親面の勘違い男は要らん。さらばだ」
『待っ――――』
プツッと音がして、おじさんが消えた。
「え、あれ!? おじさんは!?」
「面会終了だ」
「ちゃんとお別れもしてないよ!? おじさん怒ってるって!」
「構わん気にするな。あいつが悪い」
紫苑は怒らせちゃだめなやつだ。
まあいっぱい喋れたし、おじさんは元気そうだったし、本当によかったなって思う。
「さてほむら、望み通りおじさんとも会えたし、もうアカツキ王国に帰っても――――」
「アカ……そこに義勝がいるの?」
「…………。いや……」
紫苑は困ったように視線を逸らした。
「…………………………会いてえのか?」
黙ってしまった紫苑の代わりに、乱蔵さんが俺に問いかける。
俺はコクンと頷いた。
我が儘かなぁ。我が儘、だよなぁ。
こんなにいろいろしてもらったのに、まだ望みがあるなんて。
でもこれも俺の本当の気持ちだから仕方がない。
「会いたい。……伝えたいことが、あるから」
そう返すと、乱蔵さんもじっと黙りこくってしまった。
しばらく沈黙が流れて、俺はどうしていいかわからず視線をきょろきょろさせた。紫苑を見たり、乱蔵さんを見たり。
あんまり誰も喋らないから、怒らせちゃったかなって不安になった時…………
「…………………………………………このまま攫っちまおうか」
「へ?」
聞き間違いかと思った。
驚いて顔を上げると、乱蔵さんは苦しそうな顔で笑っていた。
口の端は上がっているけど、全然楽しそうじゃない。俺の心までぎゅっと痛くなりそうな、変な笑みだった。
「乱蔵さん……?」
「このままあんたを、アカツキもシノノメも関係ねえ、義勝もいねえ場所に攫っちまうか」
「え? えっと……」
「あんたがこの先あいつに何を言うかって考えただけで、こっちは気が狂いそうなんだ。その手助けなんざ死んでもしたくねえよ。伝えたいことなんて一生伝わんなきゃいい。あんたの記憶を全部奪って――――――――俺のことを忘れても構わねえ、あんたがあいつと結ばれるくらいなら」
乱蔵さんは俺にそっと手を伸ばした。
大切に大切に、壊れ物にでも触れるように、そっと優しく髪を撫でる。
その表情は何だか切なげで優しくて……まるで、愛しいものを見つめているような……そんな感じがして。俺は視線を逸らせなかった。
「………………変、なの」
「ん?」
「だ、だって、それじゃまるで、乱蔵さんは…………――――――」
俺のこと、好き、みたいじゃん。
そんな訳ないのにさ。
だって知り合って全然経ってないし、乱蔵さんが俺のこと好きになる要素ないし。
なのに、本当にそうなんじゃないかって思えるような、優しい顔をしてるから…………かああっと顔が熱くなる。
「お、おおお俺ってがさつだし鬼子だし非常識だし人の話聞かないし可愛くないじゃん? 良いところなんて全然――――――」
「誰がお前のこと可愛くないって?」
乱蔵さんは俺にずいっと顔を近づけた。
ぎらついた三白眼が、じっと俺に向けられる。
「可愛いだろ。……どっからどう見ても。誰よりも」
「ッ……な、なななななな……――――――」
熱を帯びた表情に頭がクラクラする。何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、俺は堪らずズザザザ……と乱蔵さんから後ずさった。
心臓がバクバクする。口から飛んでって戻ってこなさそう。
そしたら……
「ふっ……安心しろ。取って食いやしねえよ。怖がらせて悪かったな」
乱蔵さんは俺の挙動不審を見て小さく噴き出した。
……よかった、そうやって笑う乱蔵さんは、いつもの乱蔵さんだ。
さっきの乱蔵さんは多分気のせいだ。
「…………髪。結ってやろうか?」
「え、いいの?」
「ああ」
あっち行ったりこっち行ったりしたせいか、俺の髪はいつの間にかボサボサになっていた。
俺は乱蔵さんに背中を向けて、髪を結い上げてもらうことにした。
乱蔵さんってお菓子作りだけじゃなくて髪結いもできるなんて、本当に器用なんだな。
髪を結ってもらいながら、俺もだんだん心が落ち着いていった。
でも落ち着いてくると今度は、結局義勝の所に行けるのかどうなのかとか、不安が頭をもたげた。やっぱり会えないのかな、会わせてもらえないのかなどうしよう。でもそれならそれで諦めるのも仕方ねえのかな。それに俺の心の準備もあるし……とかいろいろぐちゃぐちゃぐだぐだ考えていたら……
「あいつの居場所ならわかってる」
俺の不安を見透かしたように、耳元で乱蔵さんの声がした。
「それって……」
「よし、こんなもんか。もう動いていいぞ」
振り返ると、乱蔵さんが俺に手を差し出していた。
優しいけれど悲しい……どこか覚悟を決めたような、力強い表情だった。
「来いよ、お姫様。俺が連れてってやる。――――――あんたが、本当に望む場所に」
“攫っちまおうか”って……さっきの乱蔵さんの言葉が頭を掠める。
もしかしてこのまま攫われちゃうのかな。――――そう、思ったけど。
それならそれでも良いやって。
その時の俺は、なぜだかそう思ってしまって。
俺はその手を……
躊躇いなく、取った。




