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454 【ジーク】 もやもやする




「ほむら、取りあえず窓から離れなさい」とカイウス。

「やだね! どうして俺が義勝の言うことに従わなきゃならないんだよ! なあ紫の人、さっさと行こうぜ!」


 “紫の人”……。

 僕はもうその呼び方で諦めなくてはならないのだろうか。


「行こうぜって、場所がわからないだろう。窓から離れろ。いいか、窓から飛び降りるのは非常識だ」

「だ、誰もそんなこと言ってないだろ!?」


 ほむらの声が上ずる。明らかに痛いところを突かれたらしい。

 カイウスは「やはりな」と目を細めた。


「誤魔化しても無駄だ。そこから飛び降りるつもりだったな? 全く……。お前は早くアカツキ王国に戻って大人しくしてるんだ」

「暁……? よくわかんねえけど、俺はとにかくおじさんに会いに行くから邪魔するな!」

「おじさんおじさんおじさん…………いいか、あいつはお前が思っている以上に危険な男だ。大体どうしてそんな格好で……………まさかお前、あいつに会うためにそんな格好を…………?」

「え」


 ほむらの顔が固まる。


 そう言えば僕もほむらがお洒落をしている理由は知らない。

 聞くのを忘れていた。正直、着飾ったほむらを見た一瞬、可愛すぎて意識が飛んでいた。


 会いたい理由ならば理解はしている。

 皇帝から手紙を受け取ってそれで会いたくなったとか何とか……そういう感じの理由を聞いて、成る程ほむらが皇帝に懐いているのは知っていたから仕方ないかとも思った。

 あの火事の時にも、皇帝はほむらを庇ったと聞いていたし、あの手紙を読んでも特に問題があるとは思えない。

 僕とて皇帝を信頼している訳では決してないが、まあ一目くらいなら仕方ないかと、それで満足して大人しくなってくれるならいいか、と思った。



 だが確かに……なぜこんな着飾っているんだ?

 女性が綺麗な格好をしている理由なんていちいち尋ねるのは無粋な行為だと思っていたが、フレアはともかく、そういうことに興味のなさそうなほむらがわざわざこんな格好をしているんだ。まず最初に怪しいと思うべきだった。



「そ、それは、その……これは、えっと…………お、織姫様が…………」

「織姫? 何の話だ?」

「だ、だからこれは……えっと…………」



 ほむらの顔がみるみる赤くなる。

 しばらく視線を迷わせたかと思うと、カイウスを見てバッと目を逸らし、俯いて、ますます赤くなる。






 …………すごく可愛い。

 可愛いが苛つく。

 つまりこれは――――――ほむらがこんなに着飾っているのは……

 そういうことかステラ…………!!!





 カイウスは大きくため息を吐いた。


「やれやれ。あの皇帝に会うのにわざわざそんな格好をする必要は――――――」

「お、俺は!! 俺はお前のことなんて何とも思ってないからな!?」

「は?」

「こここ、これは織姫様たちが勝手にやっただけだし……! 似合わないってわかってるし……!! 笑いたきゃ笑えばいいだろ!! 別に俺が何やったってお前には関係ねえからな!!!」

「別に俺は笑っては……」

「ニヤニヤしてんじゃねえか!!」

「ニッ……ニヤニヤはしていない!」

「バカにしやがって! お前、俺が前に女物の着物着た時も似合ってないって笑ってただろ!!」

「なッ……俺は似合ってないなんて一言も言っていない!!」

「めちゃくちゃ笑って震えてたじゃねえか!!」

「あれは別に……そういうことでは……」

「じゃあどういうことだったんだよ!!」

「そ、それは、その……お前が…………」

「お前が?」

「き、きき…………ッ……何でもない!! どうでもいいだろう!!」

「よくねえよ!! お前に笑われるの……ほんと腹立つんだよ!!」

「待て、俺より他の連中の方が笑っていただろ。俺だけが酷いみたいな言い方だが――――」

「他の奴らなんてどうでもいい!! 俺はお前に聞いてんの!!」

「ッ……わ、笑ったのは悪かった!! ……もう笑わない」

「やっぱりバカにしてたんだな」

「違う! あれはバカにしたとかでは…………」

「バカにする以外に笑う理由があるかよ!」




 ……話のスピードが速い。

 だが大体のことはわかった。


 なるほどな、ほむらは以前にも着飾ったことがあって義勝はそれをニヤニヤと嬉しそうに見ていたのか。彼女があまりにも可愛すぎて。なのにほむらは嫌な意味で笑われたと勘違いしている、と…………。義勝は正直に言えばいいだけなのに素直になれず、意味のない言い合いを繰り広げている訳だ。



 …………僕は一体何を聞かされているんだ?

 こいつらただの両思いじゃないか。

 聞きようによっては惚気を聞かされているようなものでは?



 ああクソ、イライラする。

 ステラめ、この二人をくっつけよう大作戦でもしているんだな。全く余計なことを……。

 別にそんなことしなくてもいいだろう! そのうちほむらはほむら残り分の人生とルークとフレアの記憶を思い出す……はずだ! まだ何も手掛かりはないが、きっと思い出す。きっと……。

 そうしたら、別にこいつのことなど何とも――――――…………。




 …………………………。




 いや、わからない。

 どうなんだ? ルークはこいつのことが忘れられなかったのだろうか?

 だがあいつが愛したのはローズで…………

 ローズ、のはずだが…………

 前世に好いた相手を忘れられなかったとて、あいつを責めることはできない。



 ……フレアは?

 彼女は………………誰を……………………





「とにかく話は終いだ!! わざわざ着飾って皇帝を喜ばせる必要はない!! 大体お前のことだ、そんな格好をしてもすぐに汚すだけだろ。さっさと国に戻って着替えていつもの格好をしているんだな。汚した後で後悔しても知らないぞ!!」



 バカ!!

 何もわかっていないバカイウスめ……!!


 皇帝を喜ばせるためにこんな格好をしている訳がないだろ!?

 ほむらは、どう考えても、お前のためにその格好をしているんだ!!!!

 ステラが何を言ったのかはわからないが、今のほむらがこいつを想っているのは紛れもない事実だ、顔を見ていればその程度わかる。

 ほむらは、お前に、誰でもないお前に喜んでもらいたいんだ!!!

 一言くらい「綺麗だ」と言ってやれ!!!! このッ……バカ!!!



「わ、わかってるよ! 俺だって別に……好きでこんなことしてる訳じゃ…………」


 ほむらは恥ずかしそうに顔を逸らして、ぐいっと口紅を拭った。

 手が赤く汚れる。まるで血のようでゾッとした。


 僕は思わずほむらに駆け寄った。


「ほむら! そんなことしちゃ……」

「あっかんべぇ~~だ!! 義勝なんてばーかばーか!! 食いしん坊!! 俺の饅頭を盗み食いしたこと、俺は絶対に許さねえからな!!! 行こうぜ紫の人!!」


 ほむらは僕の手を取り、ガラっと窓を開けた。

 ……もの凄く、嫌な予感がする。


「待て待て待て! ほむら、落ち着――――」

「どっかにおじさんがいるんだよな!? 義勝なんて放っといて俺たちで探そうぜ! あ、そうだ! 美味いお菓子とか一緒に食べねえ? 義勝にはぜ~ったい分けてやんねえもんね!! どうだ羨ましいだろ!」

「ほむら、待て、窓から手を離すんだ」


 焦る義勝に、ほむらがべえっと舌を突き出す。



「やだね!! お前なんて大嫌いだ!!!」



 義勝の顔が僅かに歪んだ。

 ほむらを見ると、彼女まであいつと同じような、苦しそうな顔をしている。…………何なんだ、本当に。お前たちはどうしてこう…………素直になれないんだ?


 本当は互いを深く想い合っているくせに。

 他の誰よりも特別に想っているくせに。


 ……もどかしい。

 簡単なことじゃないか。

 ただ少し、ほんの少しだけ…………本当の気持ちを伝えればいいだけだろう。



 ピリ、と胸が痛んだ。

 


 そう言えばルークもなかなかローズに素直になれなかったか。

 そう思えば本当に…………変わらないんだな、お前は。




「あ」



 ほむらの体が傾く。

 突然のことに、僕は何の反応もできなかった。



「やばッ……」



 バランスを崩した彼女が、窓の外に吸い込まれていく。

 手を繋いでいた僕も一緒に。



 焦った義勝が窓が駆け寄ってくるのが見えた直後――――――……





 緑色の光に、また包まれた。


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