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「なになになに!? 何だよおじさん!? 絵師って何!? 何か変なことするつもりなら今すぐこの着物脱い――――」
「待て待て待て!!! フレア、君のその美しさは国の宝だ!! 国宝だ!! 絵師を呼んで今すぐ画に描いて後世まで広く遺しておかなければならない!!! それが私に託された使命だ!! と言うわけでちょっと椅子に座ってじっとしていくれ!!」
何言ってんだこのおっさんは。
あと俺はふれあって名前じゃなくてほむらだ。
「あらあら、サピエンティア侯爵、まだほむら様は完成に至ってませんよ? これから髪を結い上げなくてはなりませんから」
「なら途中経過と完成形と全て描かせよう。髪を下ろしたフレアも結い上げたフレアもどちらも後世に遺すに値するそうだろう! 一枚しか描かないなんて勿体ないからな」
「成る程。それは素晴らしいアイディアですね」
織姫様とすげえ盛り上がってるところ悪いんだけど、一体何の話?
何か次から次へとどんどん人が入ってくるし。
おじさん二号は涙ぐみながら「君はここから」「君はあの角度から描いてくれ」とか指示してるし。え、ちょっと待って、ほんとに今からお絵かき始めるのか? 全員お帰りいただいてよろしい?
「ところでサピエンティア侯爵、こちらには何の用事で?」
動揺している俺の代わりに、織姫様が本題に入ってくれた。
「ああ、フレアに手紙だ。そのためにヴェントゥス公爵にここに送ってもらったんだが、瞬間移動というのは本当にすごい能力だな。あれが私にあれば、いつでもこっそり国を行き来できるのか。ううむ、考えただけで最高――――」
「ほむら様に手紙、ですか」
「うん、そうだほむらだほむら。ヒューゴからな。手紙を届けてほしい、と」
……ヒューゴ。
ヒューゴおじさん!!
「おじさんからの手紙!? 俺に!?」
「ああ」
「なあなあ、おじさん元気にしてる!? 俺おじさんに早く会いたいんだけど、今どうしてる!? ちゃんと食ってる!?」
「あいつの話になった途端この食いつきよう……」
「? だって気になるんだもん。おじさん二号はおじさんと仲良しなんだよな? よかった、おじさん二号が傍にいてくれて」
「私のことはやっぱりおじさん二号……酷い差だ。普通に嫉妬する」
嫉妬? 何で?
俺は首を傾げた。
おじさん二号の言動はいまいちよくわからない。
俺はドキドキしながら手紙を受け取った。
手紙なんて貰うのも初めてみたいなもんだし……しかもおじさんから! 以前読んじまった酷い書き置きのことをちょっと思い出したけど、あれはきっとおじさんが拗ねてただけだと頭から振り払った。
一体何が書かれてあるんだろう? 俺、ちゃんと読めるかな?
開けてすぐ、几帳面で綺麗な字が目に入った。
『ほむら』
わあ、変な感じ。俺の名前が最初に書かれてある。まあ手紙なんだからそりゃそうなんだけど。
元の世界とは全然違う形の文字を読めるのもやっぱり変な感じだし、以前見た書き置きと違ってすっごく優しい、丁寧な感じがたったこれだけの文字で伝わってくるのも変な感じだ。
でも続きを読んだ俺は思わず固まった。
『甘いお菓子ばかり食べずに、栄養バランスを考えて食事を摂るように。お菓子を貰えるからと知らない人間についていかないように。パンをくれる人間は善良だという思い込みはそろそろ捨てなさい。道端に落ちている物も食べないように。素手でゴミに触れないように。沼に入るなどもってのほか。道に転がっている人間を見かけた時は、自分で何とかしようとせずまず兵士に連絡するように。人の善意を利用して貶めようとする者がいることを忘れないように』
……………何だこれは。
「な、何これ……? え、手紙ってこういう感じなの……?」
手紙って、何かもっとふわふわしてあったかいもんなんじゃないの?
自分の近況を話したりとかさ、思い出話を語ったりとかさ。知らんけど。
俺めっちゃ説教されてる……?
「あいつはあいつなりに君のことが心配なんだろう」とおじさん二号。
心配、か……。
変なの。俺なんて、どこに放り出されても何とかやっていけるくらい図太いし頑丈なのにさ。
でも、まあ……心配されるのは悪い気がしないな。
大切にされてるみたいで、ちょっと嬉しくなる。
ずらずらと長ったらしい注意事項のようなお説教の後、おじさんの口調がちょっと柔らかくなる。
『俺は、もう随分元気になった。礼を言う』
……ほんとかな?
あんなことがあってもう元気って、あんまり信じられないんだけど?
『君の底抜けの間抜けな明るさに、救われる人間も確かにいる』
これは褒めているのか、貶しているのか。
『俺は、ようやく進むべき道を見つけた。それでも君は心配だと言うかもしれないが、俺にはおじさん二号がいる。間抜けな明るさという点では君によく似た男だ。だから、俺のことはもう心配しなくていい。君は元の世界に戻る方法とやらを探しなさい。大切な人が、待っているんだろう?』
……おじさん、無理してない? 俺のために平気なフリしてるんじゃない?
『返事は不要だ。面会も断る。忙しくて会っている暇がない。つまりはそれだけ元気ということだ。昔から君ほどではないが体だけは頑丈だった。怪我も大したことはない。だから、君は君がやるべきことをやりなさい』
……………………。
『君の未来が、この先もずっと、温かく幸せなものであることを、祈っている』
俺の、幸せ…………。
手紙はそう締め括られていた。
おじさんってやっぱり優しいな。
何だか心がほかほかする。あったかい。嬉しい。
おじさんは手紙も面会もお断りだって言うけど、俺はこの気持ちをおじさんに伝えたい。
こんなあったかい言葉を貰って、何も伝えられないなんて寂しすぎる。
「……おじさんに会いたい」
自然に、願望が口をついて出た。
だめって言われるかなって思ったけど、おじさん二号は大きく頷いてくれた。
「そうだな。その姿、見せてやるといい。きっとあいつも喜ぶだろう」
「よ、喜ぶ、かなあ。忙しいって書いてあるよ? 会いに行ったら怒られるかも」
「こんな愛くるしい姿を見て喜ばないものがいるか? よし、画を終えたらあいつに会いに行こう!」
「いいの!?」
織姫様やるかさんに頼んでも全然了承を貰えなかったのに、本当に?
俺が食いつくと、織姫様が困った顔で「侯爵」と口を挟んだ。
「さすがに、それは……」
「なあに、バレねば良いのだ、バレねば」
「バレ……るでしょう」
「大丈夫大丈夫。たった数時間、ちょこっとあいつの所に顔を出すだけだ。間違ってもあいつがこの子に危害を及ぼすことなんてない。フレ……ほむらだってこんなに会いたがっているのだから、こうも会わせずじまいはあんまりだと思わないか? 可哀想じゃないか?」
「それは…………」
俺は「お願い!」と織姫様に手を合わせた。
「顔だけでも! ちらっとだけでも!」
「……そんなこと言って、貴方のことですから長々と話し込むのでは?」
「うッ……そうならないとは言えない……」
「やれやれ…………」
織姫様はしばらく悩んだ後、「……一つだけ条件があります」と口を開いた。
「ある方にご助力いただきましょう。やはりこういうことは権力者を味方につけておくべきです。万が一女王陛下やイグニス公爵にバレると少々厄介ですし、その時のためにも」
「権力者……?」
「ええ、この国で実質一番の権力者です」
誰だろう……?
ピンと来ない俺と違って、おじさん二号は「なるほど」と手を打った。
「だがあの人がそうすんなりと許可を出すかな? 正直何を考えているかわからないところがあるんだが……」
「ああ、それは大丈夫です」
織姫様は俺を見て、にっこり微笑んだ。
あ、すげえ怖い顔。
「こんな可愛いほむら様を前にして、そのお願いを拒絶するなんてあの人にはぜっっっっっっったい無理ですから」
数時間後――――――……
その“権力者様”は、部屋に入った途端動揺して尻餅をついた。
「なッ……!? のッ……!? えッ…………!?」
俺を見て口をパクパクしながら真っ赤になっている。
濃紫色の髪に、濃紫色の瞳。
綺麗な顔のその人は、俺と結婚したいとか何とか言ってた人だった。




