425 躊躇する
『くっ……お、おなごのくせに!!』
『ほむら!! 手合わせしろ!! 今度こそお前に勝つ!!』
『この怠け者ッ……!! 鍛錬を疎かにして遊ぶな!!』
真面目で頭が固くて諦めが悪い。
努力家で、真っ直ぐで、曲がったことが大嫌い。
俺は初めて会った時、お前のこと大嫌いだった。
俺のこと見下してるんだろって思い込んでた。偉そうなお前のことを、俺はずっと嫌な奴だと思ってた。
いつからか、いつの間にか。
良い奴だと思うようになった。友達だって思えるようになった。
俺のこと、一人の人間として見てくれてるって、安心できるようになった。
『……お前は天女より美しい』
一緒に酒を飲んだ夜、こいつは、俺に…………
あの時のことを思い出しそうになって、俺は慌てて頭をぶんぶん振った。
思い出すな思い出すな思い出すな……!
あれは事故だ。どっからどう考えてもただの事故だ!!
そんなことより…………あいつ、あいつは……
「義、勝? お、お前…………」
いつの間にか刀士郎の手は俺の口から外されていた。
俺はあいつの姿に目が釘付けになりながら、よろよろと近づいた。
碓氷義勝。
俺が最も憎む男…………は
「ど……どうした、その体」
ちょっとぽっちゃりしていた。
嘘だろ。
お前までこの世界に入り込んでたのかよとか、お前は一体ここで何してるんだとかいろいろ思うところはあるけど、いやそれより何よりも。
その大福みたいな柔らかそうな見た目に、思考の全部が奪われている。
めちゃくちゃ肥ってるって訳じゃないけど、ぽっちゃり、もっちり、柔らかそう。
白い肌のせいで大福感が余計際立つ。
幸せそうな柔らかそうな、菩薩のようなフォルムだ。
なのに表情は険しくていかにも義勝って顔をしているのが、またアンバラスで…………
「ぶッ」
俺は耐えきれず吹き出した。
ゲラゲラ腹を抱えて笑っていると、義勝が「……何を笑っている」と不機嫌そうな声。
笑いすぎて涙が滲んで、俺は慌ててそれを拭った。
「ククッ……だ、だってすっげえ変わってんだもん! 何だよその……ちょっとぽっちゃりな体! そういうの、だらしねえって言うんだろ? いいか、お前がいーっつも言ってることだぞ? 俺はぽっちゃりを否定してる訳じゃねえが、お前はいっつもそうだ。夜中にもぐもぐするな、だらだら縁側で寝そべるな、鍛錬に励め、いっつもいっつもそんなことば~っかり。なのに何でお前がそんな体に……ぶふッ」
義勝の顔は強張っていた。
あ、怒ってるなこれ。相当怒ってる。
「……ここにお前がいるとは聞いてない」
「申し訳ありませんが僕も把握していませんでした」
義勝の背後からるんるんが現れた。
あれ、姿が見えないと思ったら義勝に会いに行ってたのか?
そっかぁ、二人は知り合いだったんだ!
俺がおじさんと出会って友達になったみたいに、義勝もこっちに来て友達作ってたんだな。
……て言うか、改めて考えるとすげえ狭い世界。
知り合いばっかりじゃねえか。
「まあいいか。やい義勝! 俺だってお前がここにいるなんて聞いてねえ! お前がそんな……ぶふッぐふふふッ……」
「帰る」
「おい、ちょっと待て! 笑っちまうのは仕方ねえだろ!? この前まであんな鍛えまくってバキバキだった奴が急に……ふわふわ大福みたいな美味そうな体になるなんて…………おい!」
踵を返して立ち去ろうとした義勝に駆け寄って、俺はその手を掴んだ。
うわあ、やっわらけえ!
「う、うぉお……すげえ、ふにふに……に、二の腕揉んでいい?」
「………………」
「い、いいよな? 二の腕……うわああすっげえええぇ……やらけえええぇ……」
「……離せ」
「別にいいだろこれくらい。減るもんでもなし」
「………………」
怒られるかと思ったが、義勝は抵抗しなかった。
無抵抗でされるがままになっている。あれ? おかしいな。
俺としては好きなだけ腕ぷにぷにさせてもらうのは嬉しいことこの上ないが、こいつのことだから叩かれるくらいされるかなって思ってた。
不機嫌な顔ではあるが、義勝は全然動かない。
「おいどうした? 刀士郎に続いてお前まで様子が変だな」
「…………」
「……言っとくが、刀士郎に嫌われるのは嫌だがお前に嫌われるのなんか何とも思わねえぞ俺は。大体俺はお前のことは憎んでるって言ってもいいくらい大嫌いなんだ」
「ッ…………人の腕を揉みながら言うことか」
「お前が俺にしたこと、俺は絶対に許さないからな」
義勝の顔がもっと強張った。
何かを恐れてるようなその反応に、俺はちょっとビックリした。
俺が嫌いとか許さないとか言っても、義勝は平気な顔で流すと思ったのに。
「……俺は、お前、に…………」
「言い逃れはなしだ。……その体が証明してるだろ」
「………………俺の、体?」
「ああ、お前、俺の俺の饅頭食っただろ」
「は?」
義勝は強張った顔のまま俺を睨み
「…………………………は?」
どうやら図星で言葉にならないらしい。「は?」しか言えなくなってら。
俺は仕方なく完璧な推理を披露することにした。
「誰かが俺の饅頭を勝手に食いやがったんだよ。いいか、道場の誰かだって目星はつけてたんだ。刀士郎は違う。さっき確認した。他の奴らには聞いてないけど、一番怪しいのはやっぱお前だ、義勝。甘いもの好きだし」
「………………」
「で、その体。盗み食いの罰が当たったな! 盗んで夜中にでももぐもぐしたのかぁ~? ケケッ、あの碓氷義勝様がだらしねえこった! おい義勝、体ぶくぶくは天罰として、俺にお詫びの品をよこせ。饅頭一週間分と一生二の腕揉み揉み券だ!!」
「………………………………」
俺はビシッと言ってやった。
元々、多分こいつだと、問い詰めてやろうと思ってた矢先、この世界に来ちまったんだ。
だからこいつは俺にとって最も憎むべき人間な訳だが……確たる証拠はなく……だがまあこの体が証拠みたいなもんだな。
俺の名推理に恐れ入るか、自分じゃないと辿々しく嘘を吐くか、それとも本当に違ってて『ふざけるのも大概にしろ!』と怒るか……どれかだと思ってたのに、義勝はやっぱり無反応。
「………………」
「………………」
「………………………………」
「………………………………?」
しばらく反応を待ってみたが、やっぱり反応がない。
……大丈夫か? これ。生きてる?
「おい、義勝さん? ほんとどうしたお前まで。そりゃお前がおかしいのは元からだが、それにしても本当に……――――」
「帰る」
義勝は強張った顔のままカチコチ変な動きで歩き始めた。
どうしたどうした? 操り人形みたいだぞ。
「おい、ほんと何が――――」
「帰る!!!」
悲鳴のような叫びだった。
俺の方を全然見ずに、ずんずん歩き始める。俺は思わず手を離して、置いて行かれた。
追いかけよう、かとは思ったんだが、どうもその背中は完全に俺を拒絶していて……声を掛けるのも躊躇われた。しちゃいけないことみたいに思えた。こいつに対してそんな風に感じたこと、なかったのに。
「な、何なんだよ、ほんと…………」
お互い訳のわからねえ状況なんだから、ここは協力するべきなんじゃねえの?
何であいつはあんなにツンツンしてるんだ? 何で言い訳の一つくらいしねえんだ?
調子の狂う……と思いながら振り返ったら、刀士郎の姿がどこにもなかった。
「え……あれ!? 刀士郎!? 便所か!?」
「引き止めたんだど……あいつ……」
かのんが小さくため息を吐いて、「俺、ちょっと話してくる」と駆け出した。
なんだなんだ何なんだ……。
刀士郎も義勝も一体どうしちまったんだ!?
二人とも同時に俺のこと嫌いになったのか!? 俺はそこまで酷いこと……いやそりゃ刀士郎にはしちまったけど義勝に関してはあいつ加害者だろ!? あんの饅頭泥棒……!!
何だ? 何か、すげえ胸がもやもやする。
胸を押さえてみたけど、もやもやは全然消えてくれない。
俺だけが一人、取り残されたみたいだ。
…………この感覚、俺は知っている。
かつてどこかで味わった。
俺一人、何も知らなくて何もわからなくて、何も、できなかった…………
「ッ…………」
あークソ、もういい。
考えてもわからねえことをうだうだ考えてても仕方ねえ。
取りあえず元の世界に戻れることになっても、義勝、てめえは連れて行ってやらねえからな。
「ねえさん!!! 手合わせしよう!!! 手合わせ!!!」
「待ってました!!」
ねえさんがぱあっと顔を輝かせて鍛錬場に上がった。
俺も木剣を手に駆け出す。
心の中のもやもやを振り払うために、俺は木剣を振るった。




