424 懺悔する
「異議あり」
「へ?」
振り返ると、ねえさんがむすっとした顔つきで静かに手を挙げていた。
「最初に手合わせをしましょうと言ったのは俺です!」
「ネ、ネイサンッ!!!!!」ひりゅう先輩が叫ぶ。
「納得できません! なぜこいつが先なんですか!」
「今話しかけていい雰囲気じゃないだろう!? 頼むから空気を読め!!!」
「空気は読むものではなく吸うものと先輩が――――もご」
先輩がねえさんの口を背後から手で塞いだ。うわ、苦しそう。
「でふが……もごもご」
「ほむら様! お気になさらず……!」
ねえさんはむうっと納得のいかない顔でもごもごしている。
いや、確かにそりゃそうだ。ねえさんの言う通りじゃねえか。
俺は元々ねえさんやひりゅう先輩たちと手合わせをするためにこの鍛錬場に来たんだ。
なのにそれをすっ飛ばして刀士郎から手合わせってのはおかしな話だな。
「そうだったそうだった。すまん刀士郎、ねえさんが最初だ。ねえさん、ろいど先輩、さくらさん、そんでひりゅう先輩と手合わせして……刀士郎はその後でいいか? ごめんな」
「俺はやらない。君と剣を交えるのは――――」
「おう、じゃ、悪いけど一番最後な。よ~しねえさん! 俺がお相手だ!!」
「いやだから俺は――――」
「覚悟してろ刀士郎! 後で俺の必殺技でひいひい言わせてやるからな!」
「ひ、必殺技……?」
「ああ! その名も“爆裂回転超飛翔炸裂剣”!! どうだ、カッコイイだろ! くるくる回転してとおって跳んでずばっと振り下ろすんだ! まだ人間相手には試したことねえけど、刀士郎なら大丈夫だよな! ……あ、やべ、言っちまった。内緒にしてビックリさせてやろうと思ったのに……」
折角考え出した必殺技を手合わせの前に言っちまうなんて……俺としたことが痛恨の失敗だ。
「ま、とにかく手合わせ楽しみにしてな! 俺の超カッコイイ技でけちょんけちょんに――――――刀士郎?」
刀士郎はすごく泣きそうな顔になっていた。
そんなに俺の必殺技が怖いのか? え、そりゃ悪いことしたな。
別に刀士郎を泣かせたい訳じゃない。笑って「すごいな」って褒めてもらいたいだけだ。
「だ、大丈夫大丈夫。確かにカカシはボロボロになったけど、そんなに怖くねえって。あ、なんなら今見せてやろうか? いや~人前でお披露目するのは初めてだから緊張する――――」
「手合わせはできない!!! 俺は君に剣を向けることはできない二度と!!!」
俺はぱちくりと瞬いた。
ビックリするくらいの大声だった。
物静かな刀士郎がこんな大声出せるんだなって、俺は変なところで感心して、しばらく呆然としていた。
刀士郎は苦しそうに視線を惑わせた後、黙って俺の横を通り過ぎようとした。
俺は思わずその手を掴んだ。
「待て待て待て」
「………………」
「手合わせもしたくないって……俺のこと、そんなに嫌いになったのか……?」
「………………」
刀士郎は答えない。
まさか手合わせすらしてくれないなんて考えてなかった。
悲しみと怒りが湧いてくる。
でも同時に、あの刀士郎にここまで嫌われるって……これはちょっと自分の行いを振り返った方がいいんじゃねえかとも思った。
「……あれか? ビックリさせてやろうと俺が物陰から飛び出た拍子に、刀士郎が尻餅ついてケツ泥だらけにさせちまったこと、怒ってんのか?」
「…………」
……これは違うか。
刀士郎の顔色は変わらない。
「風呂から出た後刀士郎の着物間違えて着ちまってそのまま帰ったことか?」
「………………」
…………これも違うか。
あれはほんと悪いことした。先に道場に戻って心桜に指摘されて初めて気づいたんだっけ。
「刀士郎の誕生日に作った天ぷらに、大量のワサビ入りを紛れ込ませてたことか……?」
「………………」
面白いと思ったんだ。まさか一発目で刀士郎に当たるとは思わなかった。
だがどうやらこれも違う。
おいおい一体何だ? 一体何がこんなに刀士郎を怒らせちまったんだ?
刀士郎もはっきり言ってくれたらいいのに。黙ってたんじゃわからねえよ。
「あ! まさかあれか!? 刀士郎が描いた団子の画、便所で使っちまったってやつか!?」
「ぶッ」
刀士郎がバッと顔を背けた。
口元を押さえて俺から顔を背けている。
今までで一番デカい反応だ。
おおっとこれか。これが刀士郎をここまで怒らせてるってことか!?
まさか当たっているとは思わず、俺はしばし呆然とした。
取りあえず口には出してみたものの、あれはもう随分前の話だ。そんなことで今更怒るって……刀士郎おまえ……実はすっげえ根に持つ奴なんだな? あの時の怒りを耐えて耐えて今この瞬間爆発しちまったのか!?
うーん……なかなか面倒臭い奴だな。
だがそういうところも刀士郎っぽいっちゃ刀士郎っぽいかもしれねえ。
「だ、だんご……?」
「便所って言ったか……? 聞き間違いか?」
「……聞き間違いであってほしい」
周りがざわついてるが、そんなことより今は目の前の刀士郎だ。
俺はガシっと刀士郎の肩に手を置いてむりやりこっちを向かせようとした。
だが刀士郎は俺から必死で顔を背けている。肩が僅かに震えている。
泣いてんのか笑ってんのかわかんねえ。多分怒りで震えてんだな。
だったら俺は真正面から向き合う。
お前があのことでそんなに怒ってるってんなら……俺のことが許せないって言うなら……
もう誤魔化さねえ。
俺はちゃんと伝えなきゃならない。
本当のことを。真実を。
自分の罪の重さから目を背けてきたのは俺の方だ。
「刀士郎……これを聞いても、お前の気持ちを慰めることはできねえかもしれねえ。それでも本当のことを伝えて、俺はその上でお前に謝りたい」
「………………」
「聞いてくれ。あの時お前が描いてくれた団子の画……俺はあれを、便所で使っちゃいなかった」
「……」
肩に置いた手に、ぎゅっと力を込めた。
「俺はあれを……食っちまったんだ……!!」
「……く……?」
「食っちまった。お前の描いた団子が本物みたいに美味そうで堪らなくて、ちょうど腹が減ってる時で、我慢できず食っちまったんだ。バリバリと」
「………………」
「だが食った後で、俺は罪悪感に苛まれた。これは酷いことをしちまった。食ったなんてさすがに言えない。だからお前に聞かれた時、俺は嘘を吐いたんだ。……便所で使ったって」
「………………」
「誤って使ったのと自分の意志で食ったのじゃ、罪の重さが違うだろ? 俺は卑怯にも、お前を騙す方を選んじまった。結果、お前は俺に騙されたことを知らないまま、『気にしないで。ただの落書きだから』って俺を許してくれたな」
「よく許したな」
「便所は酷い」
「だんだん可哀想になってきたよ、あいつ……」
周りから何か聞こえるが、取りあえずそっちは無視だ。
俺はキッと刀士郎を見つめた。刀士郎はやっぱりこっちを向かない。
「なあ刀士郎、お前に嘘吐いたこと、すげえ後悔してる。まさかあのことがお前をここまで追い詰めて蝕むとは思ってなかったんだ。いや……思ってなかった、なんて都合が良い言葉だよな。本当に悪かった。お前の優しさに甘えてたんだ。……頼む、俺に機会をくれないか? 仲直りの機会だ。俺は絶対お前と友達辞めたくねえ。お前が辞めたくてもそんなの認めたくもねえ。だからお前と手合わせさせてくれ。俺たちにとってはそれが一番手っ取り早いだろ? 手合わせは俺たちにとって、えっと……対話、みたいな。そういうやつじゃん?」
「………………」
「なあ、頼むよ。俺お前のこと好きなんだ。大切な友達だ。お前ほど良い奴はなかなかいねえよ。剣は最高だし強えし画も美味いし頭も良いし、顔も綺麗で髪もサラサラで俺より女物の着物が似合ってカッコ良くて優しくて穏やかでほんと良い奴――――――むぐ?」
言葉の途中で、突然口を塞がれた。
刀士郎に。
……顔を真っ赤にした、刀士郎に。
「ッ……もう、いい……!! 一旦、何も、喋らないで、くれ……!!」
「むぐむぐもご?」
刀士郎は俺の口を手で塞いだまま、俯いて固まっていた。
ぷしゅ~……と心なしか湯気のようなものが出ている。表情はほとんど見えないけど、耳も頬も真っ赤っかだ。
何だ? 俺はまた怒らせたのか? それとも照れてんのか?
あ、刀士郎はけっこう照れ屋だから、照れてんのかな? 良いところいっぱい言ったから照れてるのかもしれねえ。愛い奴め。
手合わせしないなんて言ったけど、案外俺のことそこまで嫌いじゃないのかな?
だとしたらすげえ安心だ。
「もごもごもぐもご? もぐもっもっ」(じゃあ取りあえず手合わせしようぜ? 刀士郎は最後だけど)
もごもご言いながら伝えてた時だ。
「…………何、してるんだ?」
その声に、頭が真っ白になった。
視界の端に、あいつの姿が映る。
俺はギギギ……と首を動かした。……まさか、んな訳ねえだろって、そうでなけりゃいいって思いながら…………。
それで、見てしまった。そこにいたのは……
「なん、で…………」
俺が、この世で最も憎んでいるはずの男だったんだ。




