423 挑む
「刀士郎ッ……刀士郎!!」
俺は夢中で走り出した。
さくらさんを見た時と同じような感覚だ。
あれは刀士郎だって、どこか確信めいたものに頭も心も支配されてる。……結局、さくらさんは心桜ではなかったけれど。
でもでも、今度は間違いない。絶対間違いない。
薄茶の長い髪、女性のように柔らかな綺麗な顔立ち、背格好……うん、どっからどう見ても完璧に刀士郎だ!
ただ俺の記憶とちょっと違うのは、その剣技と表情だった。
刀士郎は強い。でもあんなに強かったっけ? この前手合わせした時よりもっと激しい気がした。
それに表情も。あんなに必死な、怖い顔は見たことがない。刀士郎は誰に対しても優しくて穏やかで、怒ることなんてほとんどなかったじゃないか。
だからその表情はすげえ違和感だった。
でもでもでも……刀士郎、だよな? 絶対絶対そうだよな?
俺の記憶とはちょっと違うけど…………きっと蓮さんが刀士郎の楽しみに取って置いたお菓子を盗み食いしたんだ。
それであんなに怒ってるんだ。そうに違いない。
「刀士郎!!!」
「ッ…………ど、して……」
刀士郎は俺を見て顔を歪めた。
……ショック。
俺を見てそんな嫌そうな顔をするなんて。
酷い。酷いぞ刀士郎。
まるで汚物でも見るような顔じゃないか……。風呂にだって入ったし、今の俺はけっこう綺麗だぞ!
まあ……いっか。こうして会えたんだから何でもいいや。
「刀士郎!!! お前もこの世界に来てたのか!? あれ、何かよく見たらちょっと大人っぽくなった? まあいいや!! 俺のことわかるんだろ? まさか刀士郎そっくりさんじゃないよな!? いや~~~お前に会えてほっとした~~!!!」
俺は勢いよく刀士郎に抱きついた。
途端に周りからどよめきみたいなものが起こる。え、そんなにヤバいことした?
「ちょっとほむら様!! 手合わせしてるのに飛び込むとか危ないじゃん!!」と蓮さん。
あ、なるほど。
手合わせの最中に飛び込んじまったから皆ビックリしてるんだな? 確かにそりゃ焦る。
これは悪いことしたな……。でもすまん、許してほしい。だって刀士郎に会えたんだぞ!?
嬉しくて抱きつきたくなるのはどうしようもない。
「ごめんごめん! 嬉しくてさ! でもすげえな蓮さん! 太刀筋がいい! 何か俺とよく似てる?」
「ッ……さあね、何のことだか!」
蓮さんはぷいっと俺から顔を逸らした。
俺は腕の中の刀士郎へ視線を向けた。
「なあなあ刀士郎、刀士郎は何でここに? やっぱり先生の発明品か? 俺昼寝してたらいつの間にかこの世界に来ちゃってさ! なんでかな? 何があったんだと思う? どうやったら元の世界に戻れるかな? 俺頭悪いからさっぱりわかんなくてさ。あ、そうだ! さくらさんに会ったか? 心桜が成長したらあんな感じになるんじゃないかって、そんな感じの人でさ! あ~~心桜どうしてるかな……蓮さんを一度心桜に会わせたいんだ! もしかしたら心桜の体が健康になるかも――――……」
「ッ……は、離してくれ」
「え?」
「俺に…………触るな」
刀士郎は泣きそうな顔で俺を睨んでいた。顔色が悪い。
俺は思わず刀士郎から手を離した。刀士郎はよろよろと俺から距離を取る。
「と、刀士郎? どうしたんだ? 何で……」
「俺はッ……俺は、君に近づいていい人間じゃない!」
「はい?」
「俺なんかに触れると君が汚れる」
「……? 田んぼの中にでも突っ込んだのか?」
さっきは俺のこと汚物でも見るような顔で見てたくせに、実は自分が泥だらけだったのかよ?
刀士郎は一瞬ぽけんと間抜けな顔になった後、ふるふると首を横に振った。
「ち、違う。そういうことではなく、その……君の存在が……と言うか……精神的なもの……」
「? 精神? 存在? 何のこと喋ってんだ? よくわかんねえけどさ、別にお前がいくら汚れてようが、それくらいで俺が怒ると思ったかよ? 泥だらけなら俺が洗濯してやるからよ、ほら、脱げ」
俺は刀士郎に近づいて服を掴んだ。
刀士郎もこっちの人と似たような服着てんなあ、どうやって脱がそうかな? あれ? あんまり汚れてないぞ? と首を傾げていると……
「ッ……違う違う違う! だからそういうことじゃ……」
刀士郎は俺の手を払ってずざざ……と後ろに飛び退いた。ビックリするくらい挙動不審だな。顔も赤くなってる。どうした刀士郎。一緒に風呂にも入った仲なのに、何を今更恥ずかしがることがあるんだ?
あ、もしかして大勢見てるから恥ずかしいのか。……うん、考えればそりゃそうだ。
他の兵士さん皆目が点になっていらっしゃる。
ヤバいヤバい、刀士郎と再会できたことが嬉しすぎて、うっかり周りが見えてなかった。
「悪かった! じゃあま、取りあえずゆっくり話そうぜ! 二人でこの世界の秘密を探――――」
「俺は大罪人なんだ!! もう……もう俺には関わらないでくれ!!」
「? た、大罪人?」
聞き間違いかと思ったが、刀士郎の顔は真剣そのものだ。
大罪人? 罪人? 罪を犯した人? つまり……刀士郎は何かやらかしたってことか? それも俺の怒りそうなことを? えー、何だろう。刀士郎がここまで追い詰められるって一体…………うーんうーん………………あ
「ああ! もしかして!?」
俺は一つの可能性を思いついて、思わず口を覆った。
「お前……俺の饅頭を盗み食いした犯人か!?」
シン、と静寂が満ちた。
刀士郎の目がどんどん丸くなる。
「………………え?」
「俺の饅頭!! おやつに食べようって大切に取ってたんだよ! なのにいつの間にかなくなってて……時間帯的に、怪しいのは道場の奴らだと思ってた。まさか刀士郎が犯人だったってことか!?」
「…………ごめん。何のことかわからない」
「!? 違うのか!? でもさっき大罪がどうのって――――」
「いや、俺の罪は、そういうんじゃ……」
「それ以外にどんな恐ろしい罪があるってんだ!?」
「………………」
「何だよ、それならそんなに落ち込むことねえじゃん。俺がこの世で最も憎む害悪は盗み食いだ。それ以外は大したことねえ! 俺が保証する! だからほら、そんな顔するなって」
にかっと笑いかけて、ぽんぽん、と頭を撫でた。
俺と刀士郎はそう背丈が変わらない。まあちょっと刀士郎の方が高いかな?くらい。
刀士郎は丸い目のまま固まっていた。
いつもなら「くすぐったい」と柔らかく笑いそうなものなのに、銅像みたいにピシっ……と固まっている。瞬きすらしない。俺は試しに刀士郎の目の前でひらひら手を振ってみた。あ、ちょっと動いた。よかった生きてる。
「大丈夫か? あ、もしかして変なもん食ったか?」
「…………君、は」
「うん?」
「君は……どうして、そう…………」
「? 刀士郎?」
刀士郎は俺から顔を背け、くるっと踵を返した。
俺を拒絶するように、すたすた歩き始める。
「ん? あれ? どこに行くんだ? おい、折角再会できたのに――――……」
「俺は……俺は、再会したくなかった」
「え?」
俺は思わず立ち止まった。
刀士郎の背中は冷たくて怖くて、容易には近寄りがたい、鋭利な刃物みたいな雰囲気を漂わせていた。
「頼むから、もう、俺には構わないでくれ。忘れてくれ。やっぱり……だめなんだ。もう関わるべきじゃない。君と俺は、違う世界の人間だ。俺は罪を犯した。この手は血で汚れている。この先何をしたってそれは変わらない」
……? 血? 違う世界? 罪?
わ、わからん。一体どうしちまったんだ刀士郎?
俺の頭じゃお前の言ってることの半分も理解できない。
お前は一体何をしたんだ? 何で俺を拒絶するんだ?
関わるなって……それって、もしかして俺のことが嫌いになったからか?
だからそんなこと言うのか?
…………何だよそれ。
友達なのに。この先何があっても友達だって約束したのに。
こんなあっさり拒絶されて、「はいそうですか」って納得できるかよ。できるわけねえよ。
だって、お前は俺にとって大切な友達なんだ。
ずっとずっとずっと、大切な仲間なんだ。
お前が友達辞めるって言ってもそう簡単には認めてやらねえ。
そりゃ刀士郎は社交的で優しくて誰からも好かれるから友達多いかもしれないけど、俺は違う。友達少ない。こっちに来ておじさんとか蓮さんとかかのんとか友達ができて嬉しいけど、元の世界では道場以外に友達なんていなかった。友達少ない奴にとっての友達の重みはすげえんだからな。舐めんなよ。
俺は駆け出した。
蓮さんから木剣を貰って、それを刀士郎に突きつける。
「俺と手合わせしろ!!! 刀士郎!!!」
鍛錬場に響くような大声を上げた。
刀士郎の目が徐々に見開かれる。
俺は不敵に笑ってみせた。
「そんで、俺が勝ったら何でも一つ願いを叶えてもらおうか!!!」
さあて、剣で語り合おうぜ、刀士郎。




