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422 落ち込む




 おじさんは、いなくなっていた。



『もううんざりだ。お前のようなお荷物は必要ない。元の世界なりなんなり、勝手に消えるといい』



 くしゃくしゃの紙切れには、ただそれだけが書かれてあった。

 何かタチの悪い冗談かと思った。だって急にこんなの、あんまりだ。

 最後に見た時、確かにおじさんはちょっと元気がなかったかもしれない。食欲がない感じだった。

 でもそれは手術をしたからで……。あんなことをした後だし、いつもとちょっと違うのは当然じゃないか。


「おじさん……何で……」


 正直、ショックだった。

 空っぽの小屋の中が凄く寂しい。



 小屋で待っていれば、もしかしたらおじさんが戻ってくるかもしれない。やっぱり一人じゃやっていけそうにないって、ちょっとドジなおじさんのことだから戻ってくる可能性はゼロじゃない。


 そう思ったけど、一人で待ち続けるのはやっぱり何だか寂しくて、俺はかのんに提案されるまま、蓮さんの屋敷に身を寄せることになった。

 おじさんが戻って来てくれた時のために、人も置いてくれるって。

 おじさんはもの凄く警戒するかもしれないけど、かのんが信頼している人なら大丈夫かなって、思った。





「ほむら様、大丈夫ですか?」

「うん……俺は大丈夫。大丈夫だよ。……おじさんのことが、ちょっと心配なだけ」


 こんな時でも俺の食欲は旺盛だ。

 屋敷で提供された晩ご飯をもぐもぐしながら、俺は肩を落とした。

 さくらさんもつられて悲しそうな顔になってしまう。彼女にそんな顔をさせるのは嫌だけど、今俺がむりやり笑っても空元気ってやつで、余計心配かけちまうんじゃないかと思う。



「あ、ねえさん」



 顔を上げると、ねえさんが食堂に入ってきたところだった。

 聞けばねえさんもこの屋敷に滞在していて、蓮さんやかのんとも知り合いらしい。



「ねえさ~~ん。やっほ~~~」

「……………………わあ」



 ねえさんは笑顔のまま固まっていた。

 どうしたんだろう? いつもと様子が違うぞ。

 あ、そう言えば素顔でねえさんと会うの初めてだな。もしかして俺がわからないのかな?



「俺だよ俺~、ほむらだよ~。ミイラ牛ミイラ牛」

「………………」

「どったの? 大丈夫? 何か悪いもんでも食べた?」

「…………。いや~、こりゃやっべえなあと思っただけです。あはは」

「?」

「正直、皆何言ってるんだろうなって思ってたんですよ。ですがいざこの目で確かめてみると……いや~、これはどこからどう見てもフレア様ですね!」


 ほんとにどうしたんだろう?

 様子が変だぞ。


「ふれあ? ほむらだってば! なあ、一緒にご飯食べようぜ! こっち席空いてるから」


 俺がそう言いながら自分の隣の席をぽんぽんと叩いた時だった。

 慌てた様子の兵士が二人、こっちに駆けてきたんだ。



「フレ――――ほむら様!! うちのネイサンが誠に申し訳ございません!!!」

「ご無礼をお許し下さい!!! こいつ悪気はないんです!! ただちょっと……ちょっと正直者なだけで……」


 二人は必死の形相だけど、何をそんなに焦っているのかわからなくて、俺はその勢いにちょっと引いてしまった。

 無礼? 悪気? わからねえ。

 ねえさんには助けられた記憶しかないし、こんな丁寧な人の何が悪いんだ?

 そもそもこの二人は、ぱっと見た感じそれなりに高い身分の人っぽいけど、なんで俺なんかに頭を下げて跪いてるんだ?


「え~っと……どうしたん、ですか?」

「貴方のことをおかしなあだ名で呼んだり、その他にもいろいろ……とにかく、誠に申し訳ございませんでした!」

「はあ……」

「訳がわからないかと思いますが、どうか謝らせてください。ネイサンの無礼は我々に非があります」


 変な人たちだなあ。

 俺はパンをもぐもぐしながら、「まあまあ、お二人ともご飯はまだ?」と聞くと、二人は顔を見合わせて、小さく頷いた。


「じゃあ一緒に食べようぜ! お腹いっぱいになったら落ち着くって」


 俺の言葉に、ねえさんもにっこりと同意する。


「そうですよ、ヒリュウ先輩、ロイド先輩。終わったことは仕方ないんですから、取りあえず食事を摂りましょう」

「お前が言うかネイサン……!」

「ま、まあまあヒリュウ、フレ……ほむら様も言ってることだし、飯にしようぜ。な?」



 ねえさんの先輩だというひりゅう先輩もろいど先輩も、良い人だった。正直自信はないけど、名前を忘れないように頑張ろうと思う。

 二人は優しいし俺なんかにも礼儀正しい。かのんとも仲良しらしい。


 ひりゅう先輩はねえさんがやったこと?をずっと怒ってたけど、「ねえさんは良い人だし俺はずっと助けられてたから、怒らないでほしい」って伝えたらわかってくれた。

 多分真面目な人なんだろうな。

 でもそんなにいろいろ考えすぎると、ちょっと生きづらそうだなとも思うけど。



「あ、そうだほむら様。折角だから手合わせしません?」

「ブッ」


 ご飯をほとんど食べ終えた頃のことだ。

 ねえさんの提案に、ひりゅう先輩が大変なことになって苦しそうにむせていた。


「ぐ……ごほごほッ、し、失礼しました…………何言ってるんだネイサン!!」

「え、だめですか?」


 けろっとしたねえさんに、ひりゅう先輩の顔が赤くなる。


「さすがにだめに決まっ――――――」

「いいですよ~。俺もちょうど体を動かしたいって思ってたところだし」

「ですが……」

「あ、それなら俺もいいですか!?」


 ウキウキした顔のろいど先輩が加わる。


「私も!」


 さくらさんも元気に手を挙げる。

 ひりゅう先輩は口をパクパクした後、最後には頬を赤らめて


「で、では俺も……」


 と恥ずかしそうに手を挙げていた。


 その後、手合わせのために、皆で自警団の東支部ってところに向かうことになった。

 西支部は団長たちがけっこうてんやわんやしてて、東支部の方がまだ落ち着いているだろうってことだった。鍛錬場はけっこうデカくて、手合わせに最適らしい。


 体を動かすと心が落ち着く。

 おじさんがどうしていなくなったのかとか、今頃腹を空かせて倒れてないかとか、怖い思いをしていないかとか、いろいろ考え出すとキリがない。それに……



「…………元の世界、か」



 俺は夜空を見上げた。

 星は綺麗に輝いている。

 俺が元いた世界とおんなじだ。心桜も先生も、今頃同じ空を見上げてるのかな?


 俺がいなくなって……寂しがってくれてるかな?



「ッ…………」



 俺はぶんぶんと頭を振った。

 余計なこと考えるな。とにかく鍛錬! 鍛錬だ! 汗を流して邪念も流そう!




 俺は足早に東支部へ向かった。




 ――――――――

 ――――――――――――――



 そこは大きな建物だった。俺は「お~」と感心して建物の中を案内してもらった。

 団員たちがこっちを見て何か喋っている。



「ヒリュウさん! ロイドさん! ど、どうしてここに……!?」



 焦った様子のかのんが奥から出てきた。隣には、るかさんの姿もある。


 るかさんは優しくて穏やかで、どこか刀士郎っぽい雰囲気の人だ。

 屋敷に戻った後ちょっと話したんだけど、この人と喋るのは全然緊張しない。いいところの坊ちゃんって感じなのに全然偉ぶったところがないんだ。優しい人は好きだ。


「ほむら! どうしたの? 東支部に何か用……?」


 二人ともなぜか焦っているみたいだった。


 ひりゅう先輩が事情を説明すると、「あー……すんません! 伝えてなかったですね……」とかのんが額に手を当てる。

 るかさんは申し訳なさそうに頭を下げた。


「僕のミスです、すみません」

「あ、頭を上げてください! どうしたんですか? 東支部に来られると困ることが……?」


 るかとかのんは顔を見合わせた。


「まあでも……これでよかったのかな?」

「ああ、すっげえ怒られそうだけどな。だけど、ほむらにとっても一番安心できるはずだしさ」

「そうだね。本人に会ってみれば何か変わるかもしれないし……」


 俺たちは首を傾げた。

 結局何がどうだめなのかわからないまま、俺たちは鍛錬場へ案内してもらうことになった。





 しばらく進んだ頃――――……



「い、こ、じ~~~~!! ほんとつまんない男だよねえ!! 何をそんなにビビってるわけぇ!? 意地張ってないでさっさと会えば!? あんたの言葉なら一番届くだろうって言ってやってんだからさぁ!!」

「ッ……うる、さい!!」

「せめて皇帝のこととかさぁ! 変な世界に飛ばされて不安がってるんだから、それくらいやってやれっての!!!」



 蓮さんが、手合わせをしていた。手合わせ…………いや、まるで喧嘩みたいだ。

 怒鳴り合って、ひたすら剣を振るって……想いをぶつけあっている。




「うるさい!!! 俺は大罪人だ!! 俺は……俺はッ……!!!」




 蓮さんがやり合っている相手、それは…………




「…………刀士郎?」




 俺の友達だった。


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