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421 【カノン】 過る




――――――――

――――――――――――――



 屋敷を離れて、数十分後……

 俺はほむらと、猫になったシリウスと一緒に、皇帝がいるという小屋までの道を歩いている。



「おじさん、喜んでくれるかな~~」


 ほむらはアランから渡された和菓子の詰め合わせを手に、ほくほくと嬉しそうな顔をしていた。

 ほんと、表情豊かで見てて飽きねえなと思う。


「へへっ、それにしてもこの猫ちゃん、可愛いな~~。こんなに大人しい猫ってのも珍しいよな。可愛いな~~」

「あー、あはは……」


 シリウスはほむらの腕の中で固まっている。

 本当は正体をばらしても良かったんじゃないかと思うけど、この方がほむらに気を許してもらえるだろうって、猫のまま接することに。当のシリウスはほむらにお腹を撫でられたり背中を撫でられたり頭を撫でられたり……あちこち撫でられて完全に固まっていた。


 頑張れ、シリウス。

 もしもの時はお前が一番頼りになるからな。耐えるんだ。



「かのん、顔が怖いけど大丈夫か?」

「え?」

「緊張してるみたいだ。大丈夫大丈夫、きっとおじさんもかのんのこと気に入るよ! すぐに仲良くなれると思う。かのんは優しいし面白いし楽しいからな!」



 にこっと柔らかな笑みを向けられて、罪悪感で胸がチクリと痛んだ。



 作戦のためとは言え、俺たちはほむらを騙している。

 ルベルが『皇帝を捕らえるために考えた作戦』は、まず最初にほむらを欺くことから始まった。



『自分で弾を取り除くなんて、満足な設備もなくそんなことをすれば大変なことになりますよ。きっと今頃熱を出して苦しんでいるでしょう。ですから俺たちが薬を手配します』

『え、で、でも……』

『我々は歓迎はされないかもしれません。ですが、決してあなたの敵ではありません。俺たちはあなたを助けたいのです。もしこのまま戻って、おじさんが高熱に苦しんでいたとして、あなたはあの人を助けることはできない。苦しむおじさんを見ているしかできないなんて、辛いでしょう?』

『それは……』


 ほむらにとって、多分それが一番辛いことだったんだ。

 苦しむ人を見ていることしかできない。

 ルベルはそれがわかってて、敢えてそれを使った。


『大丈夫です。これも全ておじさんのためです。彼は警戒するかもしれませんが、命には代えられないでしょう? ああ、それに俺はついていきませんから、安心してください。代わりにカノンを同行させても? カノンなら安心できますよね? そうそう、アランの和菓子を持っていけばきっとおじさんは喜びますよ。これは絶品ですからね。――――さて、ではすぐに準備しましょうか』



 あっという間に話をまとめて、本当に準備することになった。

 ほむらがおろおろしている間に、和菓子や猫になったシリウスを使ってひたすら場を和ませた。

 いつの間にかほむらも「おじさんのためだからいいよな」て感じに気持ちが変わっていったらしい。多分フレア様だったらここまで簡単に流されることはなかったと思うんだけど……いや、どうだろな。ルベルが相手じゃ、皆いつの間にか流されちまうもんかもしれねえ。俺は絶対流される。



「るんるんってちょっと怖いけど悪い奴じゃないんだよな? かのんとるんるんはずっと友達なのか? 幼馴染み?」

「子供の頃からずっと一緒だったから、兄弟みたいなもんかな~。賢くて物知りですげえ奴でさ、まあ、ちょっと頭の固いところはあるけど……」

「そっか~。なあなあ、るんるんの面白エピソードとかない? 親近感わくと思うんだよね~」

「ああ、それだったらあいつがこーんな小さかった頃、ベッドにおも――――……」


 俺は背後からひやっとしたものを感じて思わず口を噤んだ。


「? かのん?」

「い、いや! なんだったかな~。あ~忘れちまった! また思い出したら教えるな!」


 背後からの冷たい視線……間違いねえ、ルベルだ。

 本当はルベルも俺たちの後ろからついてきてる。ルベルだけじゃない、アランやルカ、公爵に自警団団員たちまで。もしもの時のために、これでもかって戦力を集めた。


 ほむらはつけられてることに全然気づいてないけど、多分今この周辺はアカツキ王国より安全な警備態勢が敷かれてるんじゃないだろうか。




 ほむらに皇帝の場所まで案内してもらう。

 それは危険な賭けのように思えた。

 俺としては、できれば皇帝とはもう二度と関わらせたくない。



『わかってる。……だが、皇帝のことを信頼しきっているほむら様の目を覚まさせるためには、こうするしかない。頭ごなしに否定して閉じ込めれば、不信感を抱いてすぐに逃げ出すだろう。俺達は味方だと、そう思ってもらえないことには、振り出しに戻るだけだ』

『……。俺は、でも……あんな危険な奴に、近づけるのは……』

『俺たちは強引なことはできない。だがそれはあちら側とて同じだ』

『? それは、どういう……?』

『ほむら様は確かに皇帝を信頼しきっているようだが、決して洗脳されている訳じゃない。ほむら様が皇帝を信頼しているのは、皇帝が猫を被って“良い人間”の振りをしているからだ。皇帝が自分を裏切った貴族の命を奪わなかったことからも、それは明らかだろう。だがもし皇帝が自分の思っているような人間じゃないとわかれば、ほむら様はもう皇帝を庇うことはない。つまり皇帝は、ほむら様の目の前でその信頼を裏切るような残虐な真似はできない。……本当は俺がやりたいところだが、俺はほむら様にあまり信頼されていないし、信頼される時間もない。俺が渡す台本通りにすればうまくいく。お前はほむら様に一番信頼されているから大丈夫だ。皇帝を丸め込み、奴に手出しさせる隙も与えないまま皇宮に連れて行くぞ。身柄さえ確保すれば後はこちらのものだ』



 ルベルだって、本当はほむらを皇帝に近づける真似はしたくないんだろう。

 居場所を聞いて俺たちが向かう。それで済めば一番だったんだけど、多分ほむらはそれじゃ納得しない。


 フレア様が皇帝に連れて行かれた後、ルベルの落ち込みぶりは酷かった。

 俺も周りが見えなくなってたけど、ルベルの姿を見て我に返ったくらいだ。

 絶望、て言葉がぴったりな程、ルベルは追い詰められてた。


『……大丈夫だ、フレア様は絶対無事だ。そんで、俺たちで絶対見つける。あのクソ野郎を引っ捕らえる。それで全部丸く収まる』

『だが……だが、毒ガスがッ――――――!』

『大丈夫だ!! 絶対大丈夫だ!! フレア様はどんな危機も全部乗り越えてきたじゃねえか! 毒ガスなんて大したことねえ。絶対……絶対俺たちで取り戻そう、あの御方を。だからそれまで折れるんじゃねえ。俺も……お前も』



 牛頭のフレア様を見つけた時は酷く取り乱したルベルだったけど、目的がはっきりすれば驚く程冷静に振る舞っていた。さすがだなと思う反面、これで全部丸く収まった後、張り詰めていた糸がぷっつんって切れてぶっ倒れないかちょっと心配だ。



「にゃあにゃあ、可愛いにゃあ。あ~~肉球ぷにぷに~~~~、良い匂いする~~~~」

「にゃっ……にゃあぁ……」



 シリウスが肉球を弄られてる。

 ……好きな子に肉球を触られるってどんな感覚なんだ? わからねえ。多分一生わからねえ。


「あ……あ~、ほむら、俺も猫触りてえな~~」

「そうだな、俺ばっかり天国味わってもな!」


 シリウスがあまりにも泣きそうな顔になってるもんだから、俺はほむらからシリウスを受け取った。

 猫シリウスはほっとしたのか気が抜けたのか、俺の手の中でぐったりとなっている。



「……あ、かのん。綺麗なもんつけてるな」

「え?」

「ほら、赤い綺麗な……すげえ細かいな。自分で作ったの? ……あ、いや違えな。これあれだろ、好きな子から貰ったんだろ~~~」


 ほむらがにやあって悪い顔をした。

 ……やめてほしい、そんな心臓に悪い顔をするのは。すげえ可愛いから。



「いや、これは仲間から貰ったもんで……。そういうのじゃねえよ?」

「仲間? 恋人じゃなくて?」

「違う違う」


 赤いブレスレットは、ステラが俺のために編んでくれたものだ。この戦いに出る前に、無事を祈って。

 そういやかすり傷一つ負うなよ、とか言われてた気がするけどその約束は果たせなかったな……。いや、まあシリウスのおかげでもうほとんど治ったし、これなら怪我しなかったようなもんだろ。うん、そういうことにしよう。あんまりステラを怒らせたくねえ。


「でもその子はかのんのこと好きだったりして~~」


 んー……それはねえと思うんだけど。

 このブレスレットはすげえ嬉しかったけど、他の人にも渡してる訳だし。


 いつも怒らせちまうから、一度くらいステラを笑わせてみてえなとは思う。

 フレア様やシリウスやルベルに笑いかけているのは見るけど、思えば俺にあんな笑顔を向けてくれたことはないんじゃ…………?

 俺といる時のステラはいつも真っ赤な顔だ。真っ赤になって怒ってる。

 他の人といる時はいっつも冷静な彼女を、俺はどういう訳かいっつも怒らせちまう。



「……まあ、随分長いこと会えてないんで……そんな真っ赤な顔でも、見てえなとは思うけど」

「ん? かのんもその子のこと好きなの?」

「いや、俺は……」


 思わずほむらから視線を逸らした。

 頬がカーッと熱くなる。


「俺は……ずっと憧れてた人がいて…………」

「ふうん? どんな人?」

「…………俺の運命を、変えた人。綺麗で強くてカッコ良くて、優しくて。俺は、その人に人生救われて、それで…………」

「そっかぁ。凄い人なんだな」



 生まれ変わった貴方のことです、と、心の中で答えた。



「その人は今どこにいるんだ?」

「……それが、わからないんだ。どこにいるのか、……また会えるのか、全然わからなくて」









 …………………………会いたい。


 あの裁判から、もうずっとフレア様に会えていない。

 これから会えるかもわからない。記憶を取り戻したとして、それは本当に俺たちの知っているフレア様なのか。わからない。もう一度あの人に会える保証なんて、どこにもない。





「大丈夫だよ」





 ほむらはにこっと笑った。

 力強くて、明るくて元気で眩しくて――――……フレア様とは違うのに、彼女を彷彿とさせる笑顔で。



「またきっと会えるよ! 信じてれば、諦めなければきっと会える! そんな気がするんだ。不思議と。……俺も、先生たちに会えるかって不安になるけどさ、きっと大丈夫だよ。だから、な? お互い頑張ろうぜ!」




 心がふわっと軽くなった

 ――――――のも一瞬で、ふと恐ろしいことが頭が過った。




 俺たちがフレア様に再会する。

 その時、ほむらは…………





 彼女は、どうなるんだ?





 思わず立ち止まりそうになった。


「あ」


 突然、ほむらがパッと駆け出す。


「おじさ~~ん! 戻ったぞ!」

「ほむら!」


 俺は慌てて彼女の後を追った。

 ほむらが駆け出した先にあったのは、綺麗な小屋だった。赤い屋根にクリーム色の壁。

 こじんまりとしているけど、しっかり丁寧に整備されてあって、愛情みたいな温かいものを感じた。

 でも……








「………………おじさん?」


 

 小屋の中は、空っぽだった。



 皇帝はいなかった。

 あいつにとって唯一の切り札であっただろうほむらを、あいつは切り捨てたってことになる。


 テーブルの上に、一枚の紙切れを残して。


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