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420 【ルカ】 焦る





“フレアが見つかった”



 その知らせが来たのは、僕とレオンが皇宮へ向かっている途中だった。


 ジーク殿下がいつの間にかやってくれていた自警団の情報網改革。

 そのおかげで、彼らの情報伝達スピードは素晴らしかった。どこに誰がいるのか、誰が通信兵としてどこへ情報を伝えるか。それらが全てはっきりと定まっている。

 どれだけ個々が強い集団であっても、的確に情報を集約し指示できないと烏合の衆へと成り果てる。仮にそれで制圧できたとしても、被害は恐ろしい程甚大なものになっただろう。

 自警団が一夜にしてあっという間に帝都を制圧できたのも、住民への被害が最小限に抑えられたのも、この情報伝達網が果たした役割は大きいと思う。


 殿下は自分は特に何もしていないみたいな顔をしていたけれど、あの人はやっぱりすごいなと思う。

 僕と同い年だとは思えない。いや、確か千年前の建国の神様の記憶を受け継いでいると仰っていたから、厳密には同い年とは言えないのだろうか?



 そして、フレアが見つかったことも瞬く間に僕らに伝えられることになったのだった。



「そうか、イグニス令嬢が……。よかったな」


 レオンはほっとした後すぐ「ルークの行方は? ……そうか、まだわからないか」と肩を落としていた。


 本当、彼にルークさんの正体を明かせたらどれだけ楽だろう。

 でもそれは同時にレオンとルークさんの関係性を変えることになってしまう訳で……僕が勝手にやっていいことじゃない。たとえ、レオンが今どれだけルークさんのことを心配しているか、胃をキリキリさせながら必死で捜索しているか、知っていたとしても。



 ただ、通信兵からルベルの作戦について聞かされた時は、さすがに僕も冷静でいられなかった。



「そ、それはさすがに危険じゃないかな……!?」



 確かに皇帝を確実に捕まえるためには一番かもしれない。だけど……――――



 動揺する僕に比べ、レオンは「まあ大丈夫だろう」とあっさりしたものだった。


「イグニス令嬢はあの強さだし、他に騎士や団員も控えているなら問題ない」

「で、でもフレアは前世の記憶しか持っていないんだろう? 15歳くらいの……その、完全に別人格な訳だし、報告を聞く感じ、とても元気いっぱいなのはいいことだけど皇帝のことも信頼しきってるみたいだし、いろいろ……」

「お前が心配する気持ちはわかるが、それこそ記憶のない彼女をむりやり保護しても逃げられるだけじゃないのか? 怪我もないと言うし、皇帝には今使える駒もないことだし……まあ、眼鏡を信じるんだな」

「だけど……」

「お前は妹に対して過保護が過ぎるんじゃないのか」

「じゃあクリスタが同じような作戦をすることになったらレオンはどうする?」

「絶対に許さない」

「…………」


 やっぱり、と思ってじとっと見つめると、「やめろその目」と睨まれた。


「心配ならお前も行けば良い。再会もできることだし。……お前がやらねばならない仕事の一つや二つ、私にできないことはない」

「ほんと!?」

「……チッ、その目もやめろ、鬱陶しい」


 まさかレオンがそんなことを申し出てくれるとは思わなかった。

 僕にとっても、多分アカツキの皆にとっても、最優先なのはフレアの捜索と保護だ。だけどそれ以外にも、力のある公爵家の人間だからこそできること、やらねばならないことがあった。

 ただでさえ今回の戦いには僕らアカツキが密接に関わっている。

 いくらカイウス様が帝都を掌握したと言っても、それで全てが終わる訳じゃない。混乱の収束や治安の回復、それに未だ正式な皇帝とは言い難いカイウス様の支持を確固たるものにするために、やらねばならないことはたくさんあった。


 レオンは優しいな、とじんわりしていると、「だからやめろその顔」とまた睨まれた。


「……そう言えば、前世のイグニス令嬢はルークの妹だったか……」

「え?」

「そう言っていただろう、眼鏡が。ならば昔のルークのことも知ってるんだろうな。……私も一度くらい話を聞いてみてもいいか」

「あ、あー……えーっと……あはは……」


 ああそんな設定あったなあ……。忘れてた。

 冷や汗がだらだら流れる。


 それは過去にルベルがついた大嘘だった。


 本当はシドを助けるためにルークさんは動いていた訳だけど、それを説明するにはいろいろややこしかったから、ルークさんがこの国に行きたいのは攫われたフレアのためだってことにしたんだ。

 で、じゃあなんでルークさんはフレアを助けたいのか? それは“前世の妹だから……”

 そうやって公爵たちを騙してしまった。もちろんレオンのことも。 


 どうしよう、取りあえず合流した時に、ルベルにはこの対策を講じて貰った方がいいかもしれない。

 ほむらさんに兄がいることの口裏くらい合わせてもらわなきゃ、後々面倒なことになるな。ほむらさんからしたら訳がわからないだろうけど……。




「まあ何はともあれ、僕は先にフレアの所に向かうよ。屋敷にいるはずだから。レオンはゆっくり、ゆ~っくり、来るといいよ」

「? ああ、言われなくてもそんなにすぐ仕事は終わらない」

「あ、ああ、そうだね、うん。あはは……」




「………………フレアの、所?」




 震える声が聞こえた。


 ハッと顔を向けると、そこにいたのは、ローガンだった。

 僕たちを凝視して固まっている。

 街を見回っているところだったんだろうか。彼にはまだ話が伝わっていなかったらしい。

 やがてずんずん僕の目の前まで来たんだけど、その斬りかかりそうな勢いに少し肝が冷えた。



「彼女が見つかったのか!? いつ!? どこに!? 彼女は無事か!?」

「う、うん、無事だよ。さっき見つかって、屋敷の方にいるらしい。怪我もしていない。今からそっちに向かうところだ」


 ローガンの勢いが幾分和らいだ。

 心底ほっとした顔で、その場に崩れ落ちそうになっている。


 ……それくらい、大切なんだな。フレアのことが。

 生まれる前から。



「ただ……やっぱり今世の記憶が抜け落ちてるらしい」

「…………それで?」

「前世の記憶、それも15歳くらいまでしかないんだって。皇帝のこともいたく信頼しているんだとか。……君やカイウス様の言っていた通りだったね」

「………………」


 ローガンは視線を彷徨わせ、やがて僕に背中を向けた。

 そのまま立ち去ろうとする彼に、僕は慌てて声を掛けた。


「そっちは屋敷じゃないよ? 僕は今からフレアの所に向かう。君も一緒に――――」

「会える訳がないだろ!!」


 驚く程の怒鳴り声が返ってきた。

 僕は驚いて口を噤んだ。

 ローガンの肩は僅かに震えている。激情を必死で抑えつけるように、彼は大きく息を吐いた。



「俺が……俺のせいで、彼女がどうなったと思っている。どんな思いをしたと……!」

「で、でも……」

「15の彼女は、この先自分の身に何が起きるのかを知らない。拷問にかけられる何年も前だ。何も知らない彼女が笑っているところを見て……俺はどんな顔をすればいいかわからない。俺のような汚らわしい人間が、彼女に近づいていい訳がない。あんな……あんなことが、あって…………。何度転生を繰り返しても同じだ。俺の魂は……穢れきってる」


 今にも泣き出しそうな声だった。

 しばらくの沈黙の後、幾分冷静さを取り戻した様子で、僕らに背中を向けたまま、ローガンは言葉を零した。


「……とにかく、彼女が無事でよかった。ほむらには絶対に俺のことは言うな。俺の姿を見てもショックを受けるだけだ」

「君は……本当にそれでいいの?」




 僕の問いに、ローガンは答えなかった。

 ただ、彼が立ち去る直前、ぼそりと零した言葉……



「彼女は…………また思い出さねばならないのか。あんな記憶を………………」



 苦しそうなその声が、嫌に耳に残った。


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