414 連れて行かれる
「…………れんこん?」
「うん……はい……多分、れんこんさん……みたいな名前の人……」
ああ、蓮根ってうまいよな~……炒めたり煮たり……切り方で食感が変わるのもすげえよな。今の気分的には天ぷらがいい。厚く輪切りにしてほくほくしたやつで……あ~、ヤバい、腹が減ってきた。
団子食べちゃおうかな?
すぐ傍にあるのに食べられないって辛すぎる。
いやだがこの状況じゃ無理だな。被り物の中血だらけだし。
……笑顔に興奮して鼻血ってつくづくやべえぞ、俺。取りあえず鼻血拭きたいんだけどどうやって拭けば……? ハンカチを被り物の中に突っ込んだとして、血だらけになったハンカチを取り出したら皆ビビるか……。うーん、やめとこう。ちょっと倒れただけでめっちゃ心配されたし。
「えーっと、とにかくすごい蓮根さんなんだよ。そう、すげえ有能な腕を持ってて……」
「それだけじゃ何とも……。てっきり皇帝のことかと思ったら……蓮根……ですか」
るるーさんは眉を寄せて怖い顔になった。
「そもそも蓮根って何ですか?」
さくらさんが首を傾げる。
「食べ物だよ! すっげえ美味いの! いろんな食べ方ができるし俺は好き」
「食べ物……。お腹が減ったのですか?」
「あ、いや違うんだ! その人の名前が多分その~……れんこん、みたいな名前だったなあって……ちょっと違うような気はするんだけど……」
「もう少し詳しくお願いできますか? 何か特徴とか」
俺は頭を捻った。
そして一つ思い出した。
「そうだ! 確かえっと……すげえ変態らしい!」
「レインか」
「レインだな」
「レインさんでしょうか」
満場一致。
変態って情報だけでどうしてこんなに迷いがないんだ?
俺はもしかしてものすごくヤバい人を捜しているのか?
「えーっと……その変態の蓮根さんは、今どちらに?」
「……その呼び方はくれぐれも本人にしないでください」
「え? 何で?」
「普通に考えて怒るでしょう。大体、あいつは貴女のことを非常に大切に想ってるんですよ。誰が見ても明らかな程。なのに自分の名前を蓮根と間違えられたとあっては、きっとねちねちねちねちほむら様を責めるに決まって……」
「私が何だって?」
空から声が降ってきた。
顔を上げると、屋根の上で足をぶらつかせている人がいた。
「レイン!? いつの間に……!」
「ヒヒッ、灰色の騎士サマってば酷~い。そんなに焦ってどうしたのぉ? 私に来られると何か都合の悪いことでもあるのかなあ?」
その人はひらっと屋根から飛び降りて、俺の目の前に軽やかに着地した。
背は高い。でもあぐにさんと違って細い。手足が長くてすらっとしてて、肌は雪のように白くて、髪は青くて目も…………
「あーーーーーー!! 美人さん!?」
「は?」
美人さんだ! おじさんを軽く切り刻んだあの美人さんじゃん!!
この人が蓮根さん!? 俺が捜してた人!? ウッソこんな奇跡みたいなことってあるんだな!?
「変態で美人なお医者さんかぁ。俺が関わったことのある医者って大体爺さんとかいかついおっさんとかばっかりだったから、何か変な感じだな」
「何の話? てかどうしたのその牛。ふざけてんの?」
「あ、でも待てよ。おじさんを襲ってたってことは、もしかして悪い人……?」
俺は檻からそろそろと出て、ゆっくりと後ずさった。
美人な蓮根さんはすうっと目を細めた。
「……へえ、私の背中を後ろから跳び蹴りしといて、私を悪者扱いするんだ……?」
「うっ、そ、それは……」
「酷~い。あの時の不意打ち、ほんとに痛かったな~。おかげでまだ腰がジンジンするんだよね~」
「え、それはごめん!」
「で? 私を探してたって? 何で? 君のだ~い好きな“おじさん”に何かあったのかなあ?」
「いや、おじさんじゃなくて……いやおじさんもなんだけど!」
「?」
おじさんは嫌がりそうだけど、俺としてはおじさんのことも診てほしいなとは思ってる。だってあんな手術を終えたばかりだ。食事もちょっと喉を通らない感じだったし、やっぱりちゃんと医者に診てもらった方がいいと思う。
ただ、まあ一番は……
「心桜が! 俺のすげえ大切な女の子がいるんだけど、その子のこと診てほしいんだ! 生まれつき体が弱くてすぐ倒れちまって……蓮根さんはすげえ医者だって聞いた! だから――――」
「ちょっと待った。聞いたってのは誰から?」
「え? あぐにさんから……」
「ふうん、そう。あいつ生きてたんだ」
あ。
ペラペラ喋っちまったけど、大丈夫だったかな?
いや、あぐにさんは別に隠れてるって訳でもない、よな…………? そういやマグマに落とされたとか言ってた気がするけど……え、あれはさすがに冗談だよな? まさか蓮根さんがそんなことを……? いやいやいや、こんな綺麗で儚そうな人があんな強そうなあぐにさんをどうこうするとか……………ない、よな?
「まあアグニのことはいいや。で、何? …………心桜?」
「う、うん! 俺さ、実はこの世界の人間じゃないんだ! 何か間違ってここに来ちゃったみたいで……信じられないと思うけど本当の話なんだ! で、どうしてここに来ちまったんだろうって考えたらさ、もしかしたら蓮根さんに会うためだったのかもしれないって思って!」
「…………一応確認するけど蓮根って私のことで合ってる?」
「ああ! 優秀な医者だって聞いたんだ! 俺は心桜を元気にするためにこの世界に来たのかもしれない! 今のところどうやって元の世界に戻ればいいかわからないんだけどさ、戻れる算段がついたら一緒に俺の世界に来てくれないか!? あ、もし嫌だったら心桜を連れてまたここに……いや、心桜が長い間外をうろちょろするのは難しいから、やっぱり来てくれると助かるな。お礼はする! 俺にできることなら何でも……あ、美味いもん作ったりとか――――」
「その子」
「え?」
「その心桜って子……いくつ?」
蓮根さんの言葉に、俺は「七つ!」と即答した。
「じゃあ貴方は……十五くらいか」
「? うん……え、何でわかるの?」
「……別に。昔貴方に散々聞かされたから覚えただけだよ。心桜と義勝は大体八つくらい年が離れていたはずだ。で、貴方は恐らく義勝と同い年だった。そうでしょ」
「義勝のことも知ってるのか!? 何で!?」
俺から聞いたみたいに言ってるけど、俺と蓮根さんはほとんど初対面みたいなものだ。やっぱり誰かと勘違いしてるのかな? それにしてはどうして義勝のことを知っているのかわからない。
蓮根さんは俺から視線を逸らし、肩を竦めた。
「別にどうでもいいでしょ。大した意味はないよ。……チッ、それにしても本当にあいつの言ったことが当たってたなんてさ。貴方はほむらで、ずっと若い頃の、不幸を知らない貴方なんだ」
「? それはどういう――――」
「ところでさぁ、どうしたの?」
「え?」
「…………怪我してる?」
心配そうな顔にドキッとした。その時――――……
「フレア!! その牛はフレアで間違いないか!?」
「うわっ……」
大勢の人がまたこっちに向かってきてる。
叫んだのは濃紫色の髪の人だった。あの髪と目の色、先生がよく来てた着物の色に似てるなあ。藤の色だ。心を落ち着かせてくれる色だけど、今それを見てもどうにも落ち着いていられない。
これは逃げた方がいいかな、と思った直後――――――……
俺は抱えられていた。
蓮根さんに。
「うわッ!?」
「おいレイン!? お前何をしている!?」
「ヒヒッ、ほむらサマに話があるんでね。君たちみたいなのが押し寄せたら逃げられるでしょ。じゃあまたねぇ、騎士サマたち」
蓮根さんはそのままぴょんぴょん、と軽やかに壁を駆け上がってしまった。
るるーさんや赤い髪の人が何か言ってるけど、突然風が強くなって聞き取れない。おじさん二号は焦ってるみたいだけど、ねえさんは暢気に手を振ってる。なぜかさくらさんはほっとしたような顔をしていた。
蓮根さんは俺を抱えたまま、屋根の上をひた走った。
意外にめちゃくちゃ力持ちらしい。抱えられることなんて普段ないから、すげえ変な感じ。怖くはなかった。急に落とされても俺なら何とかなるだろって自信があったってのもあるけど、この人は何となく、身を任せてもいいような、信じてもいいような気がしたんだ。
「なあ蓮根さん、話って――――……」
「まずはそのマスク取ってもらおうか」
「へ?」
「血の臭いがするんだけど。殴られた? 蹴られた? 誰にやられた? 取りあえずきっちり説明してもらおうか」
蓮根さんは、すげえ怖い顔で笑っていた。




