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412 再会する




「いや~すみません。ここ、僕の管轄なんですよ。すぐ出しますね」

「え? 管轄?」

「はい。実はこれ美味しいお菓子で引っ掛けよう大作戦ってやつでして…………あはは、幼稚ですよね~。何でも、僕が捜している御方が、記憶をなくしているとか騙されているとかで、今逃げ回っていらっしゃるみたいなんです。それでこういう作戦を思いついたようですが……あんな高貴で賢い御方がこんな作戦に引っかかる訳ないのに、上の方々が考えることは僕にはいまいちわかりません」


 ほほお、つまり俺向けの罠じゃなかったってことか。なんだ~。


「一般の方が引っかからないように見張ってたんですけど、すみません、ちょっと目を離しちゃって。よくわからない命令が来ちゃったんですよ、何でも牛頭を探せとか何とか……はっはっは、まさかミイラ牛さん以外に牛の被り物をしている人がいるなんて、ビックリですよね」


 ねえさんはにこにこしながら「あったあった」と鍵を取り出した。


「ミイラ牛さんはどうしてお菓子を食べようと? お腹減ってるんですか?」


 ねえさんは俺のことをミイラ牛と呼んでいる。

 最初に会った時は頭に布ぐるぐるで、次に会った時は牛の被り物をしていたから、らしい。


「いや~そうなんすよ~、すっごい美味そうな団子だったからつい……」

「金髪しかだめって書いといたんですけど、ミイラ牛さんってもしかして金髪碧眼です?」

「はい! そこはちゃんと従いました!」

「へえ、僕が捜している御方も金髪碧眼なんですよ。ミイラ牛さんと同じです。すごい偶然ですね」


 ねえさんはそう言いながら檻を開けようとしてくれた、その時――――……



「ちょっと待ってくれ」



 おじさん二号が、ねえさんの腕を掴んだ。


「? 何でしょう?」

「ど、どうしたの? おじさん」


 ねえさんも俺も目を丸くする。

 俺としては一刻も早くこの狭苦しい檻から出してほしいんですけど。



「君は……イグニスの騎士か」

「はい、僕はネイサン・キニス。第一騎士団七番隊隊長を務めています! あなたは?」

「……私はレイモン・サピエンティアだ。聞いたことくらいあるだろう」

「? いえ! ありません!」

「なッ……これだからイグニスは……」


 おじさん二号は心外だ、と言うようにぷりぷりしている。

 それからごほんと咳払いした。


「まあいい。一つ確認しておきたいことがある。君はフレアの声を聞いたことは?」

「フレア・ローズ・イグニス様の?」

「ああ」

「ありますよ。昔何度か手合わせをしていただいたこともありますし」

「だッ……だったらピンと来ないのか? この牛……さん、声がよく似ているだろう!?」

「? そうですか?」


 ねえさんは俺を見て首を傾げた。


「ミイラ牛さん、何か喋ってみてください」

「え? えーっと……おはようございます?」

「……うーん……似てますか? 気にしすぎじゃないですか?」

「ものすごくよく似ているじゃないか! 君は本当にフレアを捜す気があるのか!?」


 おじさん二号は訝しげな視線をねえさんに向けている。

 ねえさんはそれに対して「もちろん!」と胸を張った。



「あんなに素晴らしい御方は他にいませんからね! 誰よりも強く美しく優しく気高く尊い御方です! イグニス家の騎士の一人として、僕はあの御方を心から尊敬しています! そもそもイグニス家率いる第一騎士団に入ったのも、フレア様に憧れ、あの御方のように強くなりたいと思ったからですよ。僕はたとえ火の中水の中だろうと、この命投げ捨ててもフレア様をお助けする覚悟です!」



 おお…………すごい熱意だ。

 そのふれあって人はよっぽどすごい人なんだなあ。強く美しく優しく気高く……うーん、俺とは正反対にいるような女性らしい。


 感心しながらふとおじさんの方を見ると、おじさんの肩が僅かに震えている。

 どうしたんだろう、と思ったら、おじさん二号はねえさんの手をガシッと掴んで……



「合格」

「は?」



 目がうるうる潤んでいる。なんで泣きそうなんだおじさん二号。いよいよ大丈夫かおじさん二号。


「えっと……酔った時は水を飲むといいらしいぞ?」

「わ、私は酔っているわけではない! ただ少しばかり感動しただけだ。ほんの少しばかり…………イグニス家の騎士にも、また一人まともな者がいたのかと……」


 おじさんはねえさんから手を離し目元を擦ると、俺をビシッと指さした。


「と、とにかくだ! 檻を開けるのはいいがその前に、だ。ミ、ミイラ牛、と言ったかな? その被り物を取ってみてはくれないか」

「え」

「別に構わないだろう? 念のためだ。顔が見えないことには……その、いろいろこちらも混乱しているんだ。頼むから協力してくれないか」

「え、えーっと……」


 俺は困ってしまった。

 ねえさんに助けてもらおうと思ったけど、「そう言えばミイラ牛さんの素顔は知りませんね」と俺の素顔に興味を抱いてしまわれた。



「そもそもどうして顔を隠しているんですか?」

「え?」

「純粋にどうしてかなと思いまして。もし傷跡を隠したいとか、見られたくないとかだったら無理に見ようとは思いませんので、ご安心ください。ね、……えーと、レモンさん?」

「レイモンだ!! 合格とは言ったが何でも許した訳ではない。私のことはサピエンティア侯爵と呼んでくれ!!」

「うーん……長い名前ですね。レモン侯爵と呼んでも?」とねえさん。俺と同じで名前覚えるのが苦手ならしい。

「…………。好きにしなさい」


 おじさんは諦めたように承諾した。


 それにしても……顔を隠す理由、か。…………あれ? そう言えばなんでだっけ?

 おじさんに言われたからだっけ? 確か、俺の髪や目の色は目立つから、目立たないように、みたいなことは言われた気がする。でもよく考えたらこの国の人は派手な髪の人もけっこう多い。なら別に俺がこんなに必死で隠す必要はない気がする。


 そうだな、俺、おじさんには迷惑かけまくってるけど、今のところ、多分、一応、俺自身が、この国の兵士に目をつけられてる、てことはない、んだよな……? ない、よな……? 


 おじさんは多分捕まっちゃまずいんだろうけど、俺は別に何かしたって訳じゃない。

 おじさんのことを聞かれても何も知らないって貫き通せば、それで大丈夫、だよな……?

 るーるー……だっけ? あの灰色の髪の人は何かよくわかんないこと言ってたし、もの凄い形相で走ってきた人たちも怖いからもう会いたくないけど、あの人たちは多分何かしら大きな勘違いをしている……てことだよな?




『お怪我は……お怪我は、ありませんか?』



 多分……あの真っ赤な髪の人も何か勘違いしているんだろう。あの時は俺のこと心配して泣いてくれたのかって感動したけど、よくよく考えればんな訳ないってわかる。やっぱり人違いだろう。


 ただ、口調も眼差しも優しかったし、多分あの人は悪い人じゃない。

 人違いだったとわかっても、それで俺を虐めたりするような人じゃないと思う。


 おじさんは、この国の兵士に捕まったら拷問の末殺される、みたいなおっそろしいことを言っていたけれど、ねえさんやあの赤髪の人がそういうことをするとは俺は思えない。 


 じゃあ見せちゃえばいっか。


 それでこのおじさん二号も「な~んだ知らない娘だ、はっはっは」てなれば檻からも出して貰えるよな、うん。

 万が一おじさんのこと聞かれたら「ワタシナニモシリマセン」て言えばいい。


 よし、そうと決まればさっさと顔を見せよう。この牛の被り物も蒸れて辛くなってたところだし。

 そこで被り物に手をかけた、その時――――……





「ッ!? あれ、は……」





 俺は言葉を失った。

 空から降ってきた檻や地面から生えてきた檻より、俺はずっとずっと驚いた。見間違いかと疑った。でも、俺の頭が、多分心が、あれは間違いないって叫んでる。


 俺は檻に手をかけて、牛頭がひしゃげるくらい押しつけた。

 俺の視線の先で、彼女が息を切らして走ってくる。……そう、一生懸命走ってるんだ。

 俺は瞬きするのも忘れて見入っていた。



 そしたら、彼女が何かに躓いて、ぐら、と揺れた。転びそうになった。



 それを見た途端、俺の体からまた力が溢れた。

 檻を力任せに押し広げて、飛び出す。ねえさんやおじさん二号が「あ」っと驚く声がするけど、今はそれに応えてる余裕はない。

 俺はあっという間に彼女の傍まで駆けて、倒れそうになったところをそっと抱き留めた。

 彼女は、俺を見て目を丸くしていた。



「あなた、は――――――……」

「ッ……聞いてねえぞ、こんなの」

「え?」



 俺は無我夢中で、自分が牛頭だってことも忘れて、彼女を力一杯抱き締めた。



「あんなにいっぱい走れるようになったなんて知らなかったぞ! あんなに一生懸命、たくさん走れるなんてッ……! 良かったなあほんとにほんとによかったなぁ! すげえよ心桜!! ほんとにすげえ!! やっぱ心桜は日の本一すげえよ!!」



 我ながら情けない涙声だった。

 彼女は…………心桜は、ぎゅっと抱き締め返してくれた。

 優しく、力強く、俺を落ち着かせるように。


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