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「うっ……ふう……うう……」


 ステラはまだ苦しんでいた。ベッドに横になってはいるけれど、全然休めてない。私がここを飛び出してからどれくらい経ったかしら。その間ずっとこうだったのかと思うと……


「んん~、あ~こりゃだめだ。すぐ手術した方がいいね~」


 レインはぴょこっとステラのベッド脇に移動すると、断りも無く服をはだけさせて診察を始めた。シリウスが反射的に顔を背ける。背けた拍子に私と目が合った。


「お前……」

「それが例の医者よ。ところでルベルは?」

「……警備兵に説明して、それから町医者の方へ行った。……アランさんが姉のために他の医者を向かわせてくれたけど、わからないって。お手上げだって言って帰ってった」


 シリウスは私を睨み付けた。……本物の獣みたいな目ね。


「あの医者、本当に信用できるのか!? もしあいつのせいで姉に……何かあったら……」

「知らないわよ。バーバラに聞いて」

「なっ……」

「レイン! 手術って何するわけ」

「心臓を新しくするんだよ~」

「えっ」

「ステラの心臓はもう使い物にならないから新しいのに交換するよ。ちょうど良いのができててさ~。君たちラッキーだよ~」

 シリウスが私を鬼のような目で睨む。「どういうことだよ!?」という心の声が聞こえてきた。

「……それで助かる訳よね?」

「半々かな~。確実に助かるってのはどんな手術でもあり得ないよ? 第一すでに死にかけなんだし、お腹開いた途端死んじゃったりして~」

 殴りかかりそうになったシリウスを押さえた。

「クソッ、ふざけんな!! 姉の体に何入れるつもりだ!? この藪医者!! 姉はお前の実験体じゃない!!」

「そんなこと言われてもね~。私のお手製の心臓がそんなに嫌? これ換えるだけで人生変わるよ? あ、よくも悪くもね?」

「黙れ!!!」

 シリウスはぜーぜーと肩で息をした。

「ふざけるな……もう散々だ……お前らみたいな勝手な奴ら……人の体をなんだと思って……」

「手術しないとこの子このまま死ぬよー。それでいいなら私も何もしないけど。どうするのー? フレアお嬢さん」

「ステラ」

 名前を呼ぶと、彼女が僅かに私の方に顔を向けた。血の気の無い、酷い顔色だ。レインがはだけさせた服を元通りにしてから、彼女に問いかける。

「生きたい? 死にたい?」

「……たい」

 彼女の頬を涙が濡らす。





「生き、たい……」

 



 か細い声で、確かにそう言った。

「そう」

 シリウスを見れば、呆然とステラを凝視している。

 ステラはぼろぼろと涙を零しながら、

「なんでも……いい。生きられるなら、生きたいッ……」

 ぎゅっと苦しそうに瞼を閉じた。

「……ごめ、ごめんね、シリウ――」

「生きたいと思うのは……当たり前だろ……」

 シリウスは彼女の手をぎゅっと握りしめた。苦しそうに息を吐いた後、シリウスは私たちを睨んだ。

「姉を殺したら、許さない――」

「だ~から、死ぬ可能性もあるって。そんなの神のみぞ知る、だよ~。王子様にでも聞いてきたら~?」

「王子の単語は出さないで。虫唾が走る」

「え~? フレアさんの婚約者じゃ~ん。嫌いなの?」

 婚約者、という単語を聞いてビクついたのはシリウスだった。

「王子の……婚約者?」

「あんたイグニス家も知らないの?」


 あ、そう言えば元々アケボノから逃げてきたのか。知らなくても不思議じゃない。

 シリウスの目は得体の知れない化け物を見る時のそれだった。


「お前……一体何が目的なんだ」

「は?」

「なんで俺たちに構う? なんでこんなの連れてきた? お前がそこまでする意味がわからない」

 しかも王宮に忍び込んでまでね。我ながらどうかしてるわ、ほんと。

「私が信用できないのはいいけど、結局決めるのはあなたたちよ? 生きたいならこいつを頼るしかないし、死にたいならこのまま苦しむしかない」

「だから、何が目的なんだよ!!」

 レインがうんうんと頷く。

「私も不思議なんだよね~。フレアさん、お姉さんのためにこんな額を払ってくれるってさ。君たちにそれだけの価値があるってこと? フレアさんが狂ってるってこと?」

 レインがヒラヒラと見せた額を見て、シリウスは文字通り固まった。

「な……え……」

「ま、私はお金払ってもらえるならなんでもいいんだけど」レインがにこっと笑う。

 シリウスの眉間の皺がどんどん深くなって、私への信頼度が果てしなく下がっていくのを感じる。やれやれ。こんなことであーだこーだ言ってる場合? 生きたいって決心したならさっさと手術しましょうよ。めんどくさい。


「意味わからない……お前、俺たちのこと聞いたから……何か企んでるんだろ……!?」

「実験云々の話? 正直どうでもいいわ」

 実験という単語に僅かにレインが反応する。シリウスは歯を剥き出しにしてますます語気を強めた。

「嘘吐け!! お貴族様が何考えてるのか知らないが、お前らがこういうことするって言うのは大体裏があるんだ!! 金を払って後で何倍にもして請求されるとかどっかに売り飛ばすとか」

「もちろんただでとは言わないわ」

 私は肩をすくめた。

「ステラをもらうことにする」

「なッ……」

「ちょうど侍女が欲しいと思ってたの。うちで働いてもらうわ。手術代返せるまでね。悪い条件じゃないでしょ?」

 

 ただの侍女として働かせるつもりじゃないんだろ!? というシリウスの心の声が聞こえてくる。ぎりぎり歯を食いしばりながら唸った彼は、やがてレインの方を見た。


「手術代は金じゃなくてもいいのか」

「ていうと?」

「お、俺を解剖してくれてもいい」




 ……何言ってんの、こいつ。

 レインの目がぎらっと輝く。怖ッ。身を乗り出してシリウスの顔を覗きこむ。


「君を? 体を差し出すってこと?」

「す、好きなようにしろ。解剖でも実験でもなんでも」

「死んじゃうよ? いいのそんなことして」

「構わない。助かったところで地獄が待つんじゃ意味がない。俺の命で姉が自由になるなら――」

「ダ、メ!!!!」


 悲鳴のような声を上げたのはステラだった。必死で首を横に振って拒否している。シリウスはぎゅっと唇を噛んで、ステラを見なかった。


「いいんだ。これでいいんだ。どうせ俺はこんな呪われた――」

「勝手に話進めてんじゃないわよ」


 面倒なのでシリウスを背後に突き飛ばした。「うわッ」と尻餅をついたシリウスは、私をぎろりと睨み付けた。


「何する!!!」

「あんたねえ、お金と命どっちが大切なの?」

「……は?」

「私がお金は何とかするって言ってんのよ。なのに何でわざわざ自分の命を捨てようとするの? その自己犠牲であんたの大切なお姉さんが一生罪の意識を感じながら生きていくことになるのよ? その重さわかってる?」

「……どうせ手術が失敗したら俺は生きていく気力なんてない」

「だから命を軽く扱うの? ばか。失敗した時のことじゃなくて成功した時のこと考えなさいよ。失敗した時は好きにしたらいい。でも今は成功することだけを考えて。ステラを残していなくなるの? 普通に暮らしたくないの? 私の侍女なんてそりゃ地獄みたいなもんでしょうけど、生きていたら何とでもなるでしょ。生きてさえいれば。だから、そう簡単に命を投げ出さないで。あんたの命は軽くないんだから。そんな簡単に死を選ぶことなんて誰も望んでいない」


 シリウスの顔が一瞬魂の抜けたように間抜けな顔になった。

 

「命が……重い…………?」

「当たり前でしょうが。とにかく手術やるんなら私のお金でやるわよ。レイン、残念だけどお金の方にして」

「は~い。生きたまま解剖したかったのに、ちょっと残念」

 でも、とレインは口の端を歪めた。

「かんっどうしたよおお~! フレア様ってすごく面白いねえええ。こんなに面白い人がいるなんて思わなかったよお~」

「は?」

「その冷たい眼差しもいい!」

「はあ? どうでもいいからさっさと動いて。ムカつく。今からまたあの地下に移動すれば――」

「んッ……」

 ずっと苦しんでいたステラが、またぎゅっと目をつむり体を強ばらせた。

「姉……」

「んじゃ今すぐ移動しようか。できるだけ早く行かなきゃね。フレア様におんぶしてもらったからすぐここまで来れたけど、フレア様がステラをおぶって、私は歩きだからちょっと時間差ができちゃうけど」

「歩かないで走りなさいよ」

「走ってもフレア様には遠く及ばないよ。私とステラ両方おぶれる?」

「……それはさすがに人体の構造的に……」

 グダグダ話してる暇ないんだけど……




「俺がこいつを持って行く」




 シリウスがレインを指さした。

 いや、さすがにシリウスの体じゃ無理じゃない? 背だってレインの方が高いし、シリウスがそんなに体格が良い訳でも……と思った時だった。



 彼の体が、変化した。



 まるで闇夜に溶けるように、輪郭が崩れていく。崩れて、崩れて……






 やがて、巨大な一匹の獣になった。

 全身を覆う真っ黒な毛並みにぴんと立った耳、月のような目、筋肉の盛り上がった逞しい体躯。その目の鋭さは、野生の狼のそれだったが、今の彼は狼なのかなんなのかわからない。2本足で立ってるし。

 ハッと1つの言葉が浮かんだ。




 『獣騎士シリウス』




 あ、いたなそんなの。

 久しぶりに小説の設定が頭の中を駆け巡った。


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