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411 安堵する




「あああの、あの……? ここで会ったが百年目、て……俺、何しました……? 親の仇……?」

「ある意味俺の心の仇ではありますよ!!」

「へ?」


 どういうこと?


「ルベル! 落ち着けって! お前言葉の使い方おかしくなってる!」


 うわっ、何かめっちゃ髪の赤い人も加わった!

 必死で灰色の髪の人を押さえつけてる。

 灰色の髪の人、目が赤いし潤んでるし鬼気迫った形相しててめちゃくちゃ怖い。


「あ、あの~? 何かよくわかんないけど、多分人違いかな~?って……」

「誰が間違えるものですか!!! そんなおかしな牛の頭を被って人混みに紛れられてると思うのは貴方くらいです!!」

「えっ」

「ル~ベ~ル~、ほんと落ち着け」

「にゃっ!」


 赤い髪の人と猫ちゃんが必死で灰色の髪の人を宥めている。

 どうやらあの灰色の髪の人は……るーべーるって言うらしい。変わった名前だなあ。


「あの、ほんと人違いだと思うんですけど……いや絶対間違いなく、ええと……」

「人違いじゃありませんよ」


 静かに否定したのは、真っ赤な髪の人だった。

 るーべーるさんを押さえつけながら、その人は俺に頭を下げた。


「すみません、騙すようなことして。でも、俺たちは本当に、貴方に危害を加えるつもりはないんです。本当に、ただずっと心配していたんです。俺のせいで…………こんなことになって、本当に申し訳ありません」

「? 何の話……」

「お怪我は……お怪我は、ありませんか?」


 真っ赤な髪の人は檻の外で跪いて、俺を見上げた。

 その目が潤んでて、泣きそうで、俺は何だかどういう顔をすればいいのかわからなかった。


「う、うん……怪我とか、うん、全然ないよ。元気だよ。さっきご飯食べたばっかりだし、お腹もいっぱい」

「…………よかった」


 真っ赤な髪の人は俺から顔を背けた。肩がちょっと震えてる。もしかして泣いてるのかな? 嘘だろ。見ず知らずの俺が怪我してないってわかっただけで、泣いちゃうなんて。

 るーべーるさんはちょっと怖いけど、この人は悪い人じゃないのかもしれない。すごく良い人なのかもしれない。そう思ってちょっと近づいた時だった。




「――――――見つかったのか!?」

「フレア!! 本当に引っかかったのか!?」



 怒鳴り声が聞こえた。どどどどど……と砂煙が上がった。

 遠くから大勢の人が雪崩れ込むようにこっちに向かってる。



「!? なななななな……」



 唖然とする俺の目の前で、雷がピカッと光った。


 なななんなんなんなん……なんじゃありゃ!? 雷は鳴ってるし爆発音みたいなのも聞こえるし何がどうなってんだ!? ものすっごい勢いでどいつもこいつもおっそろしい形相して…………この国の兵士か!? やばいやばいあの顔はかなりヤバい!! 俺一体何したんだ!?

 思い返すけどわからない。やっぱりおじさんのことかなおじさんの………………いやヤバいだろ! おじさんのこと話す訳にはいかないし……そうだそもそもおじさんが言ってたんだっけ? この国の兵士はとてもヤバいとか何とか! もしかして俺このままこここここ殺され……!?



 さあっと血の気が引いた。

 そしたら火事場の馬鹿力って言うんだろうか。俺は白い檻を掴み、思いきり捻じ曲げてた。


「あっ、フレア様!?」

「俺はほむらですやっぱ人違いですッ!!!」


 檻の外に飛び出す。あの赤い髪の人が手を伸ばしたけど「ごめんなさいごめんなさい俺まだ死にたくないんですんまっせーーーーーんッ!!」と牛の被り物を被りながら振り払った。



 そっからは地獄の鬼ごっこだ。



 自分でも一体どこをどう走ったのかまるっきり覚えてない。ひたすら走って走って「あの牛頭だ!」「追え!!」という声を聞きながら必死で逃げ続けた。相手が多い。そんなに長い時間逃げ回ってはいないような気もするけど、正直めちゃくちゃ疲れた。


 そんな時だ。

 あらかた撒けたかなってぜえぜえ息を吐いてた時に、目の前にあの団子が現れたんだ!



「うわ、美味そう……」



 俺は思わず涎を垂らしそうになって慌てて口元を拭った。

 その団子は、長~い1本脚の小さなテーブルの上にちょこんと置かれてあった。

 少し近づいて、首を伸ばして確認する。団子の上には、埃よけか、透明な籠みたいなものが被されてあった。色艶といい大きさといい、多分俺がさっき食べてた団子と同じものだ、間違いない。


 あの時本当は全部味わいたかったのに、急に檻が降ってきてそれどころじゃなかった。食いかけの団子は地面に落としちまって、本当に悪いことしたなあ……。

 正直あの団子欲しさにあの場所に戻ろうかと考えたくらいだ。それくらい恋しい。


 俺はごく、と喉を鳴らして、もっと近づいた。


 これは……大丈夫なんじゃないか? さっきの罠とは無関係じゃないか?

 だってテーブルの上に置かれてあるもん。畳はないし、ちょっと寂れた通りで、近くに人の気配もない。誰かが忘れてったのかな? だとしたら俺が勝手に食べるのはまずいよな。ううん……それにしても何てもんを忘れていくんだ? 普通こんなの忘れるか!?


「ん……? 何か書かれてる……?」


 テーブルの上にはご丁寧に、『金の髪に青い目の方であれば召し上がっていただいて構いません』と書かれてあった。


「え? え? それって俺のこと……? 俺なら食べていいってこと? 何それ何それ! 最高じゃん!!」


 俺は生まれて初めて自分の髪と目の色に感謝した。

 よくわからないけど、俺は食べてもいいらしい。嬉々として透明な籠を外した。その瞬間――――――




「フワッ!?」




 思わず変な声が出た。

 何が起きたか俺にもよくわからないんだが地面をボコオッと突き破り例の檻が出現したんだ嘘だろ!?


「なななななななななッ……!?」


 これも罠かよ!? こんな巧妙な罠を仕掛けるなんて……クッ、何て奴らだ。こんなの誰が相手だって絶対引っかかるじゃないか!


 俺は檻に手をかけた。むりやりこじ開けようと思ったけど、どうも力が入らない。さっきはうまくいったのに。やっぱりあれは火事場の馬鹿力ってやつだったのか。それとも今の俺は随分走り回った後で疲れてるせいか。さっきの檻より狭くて、身動きするのもギリギリだ。


 どうしようどうしようどうしよう。これはもう絶体絶命ってやつだろう。

 俺は捕まっておじさんの居場所を吐くまで鞭打ちされるんじゃ……!?


 鞭打ちは初めてじゃない。ちょっとくらいなら耐えられる。

 だがそれが永遠ともなると耐えられない。



 その時だった。絶望する俺の視界に、若干足下のフラついた、髪ボサボサおじさんが映ったんだ。




「あああああああああちょっとそこのおじさん助けてくれええ~~!!!」



 俺は声を張り上げた。



「頼むよお!! 俺はただちょっと、ちょっとだけ美味しいものを食べようって思っただけで……! どうにかしてくれこのままじゃ俺出荷されちまうよおおおおお!!!」

「……………………………………………………牛?」



 おじさん……いやこの呼び方だと小屋に置いてきたおじさんと被るなどうしようもうおじさん二号でいいか、うん、おじさん二号は俺を見て固まっていた。

 これは助けてくれるやつかなと思ったら、そのままふらりと立ち去ろうとする。

 目元を押さえて「まずいな……幻覚か……」とか何とかブツブツ呟いている。何か相当疲れてるっぽいけど俺も必死だ。だって追っ手が来ちまったら本当に大変なことになるんだから!



「おじさあああん!! ねえちょっと聞いてる!? 待ってってば!! 見捨てないで~~~~!! お~~~~~~い! 俺まだ死にたくな~~~~~~~い!!!」

「…………………………………………え? フレア?」



 おじさんは立ち止まった。

 よろよろと俺に近づく。良かった! 気づいてくれた!



「お願いします助けてください! 俺変な奴らに追われてて! 何とかこの檻から助け出してくださ~~い!!」

「その声……あれ? 牛? フレア? 牛の……フレ……え?」



 おじさんは何かすごく混乱しているみたいだった。

 近くで見て思ったけど、あれ? この人誰かに似てるような…………あ! 刀士郎だ! きょとん、と間抜けな顔が刀士郎にそっくりじゃん!


 俺はそれだけで何だか救われた気になった。

 だって刀士郎はどんな時も俺の味方になってくれて、優しくて穏やかで良い奴だからな。そいつに似てるってことは、このおじさん二号も多分悪い奴じゃないんだろう。



「頼む! 助けてくれ! 地面から檻が生えてきたんだ! 俺、頭悪くてどうすればいいかわかんないんだけど、外からこう、外れる仕掛けとかないかな!?」

「いや……うーん、これは確か……あれ? 牛?」

「? おじさん?」

「俺は……やはり幻覚を……? 牛……牛から、フレアの、声……?」

「…………。おじさん、酔っ払ってんのか? 飲み過ぎはよくないぞ。俺が言うのも何だけど頭がばかになるからな」

「はあ……」


 おじさんはいまいち状況を飲み込めていないらしい。やっぱ呑兵衛なのかな。

 ふと、俺自身が初めて酒を飲んだ時のことを思い出した。



「…………」



 …………チッ、クソ義勝め。

 あああ思い出すな思い出すな。あれは別にどうでもいいだろ。

 だがあいつだけは許さねえ。絶対に許さねえからなクソ。



「あ、そうか、これは夢か。夢だな。現実でこんな意味のわからない光景を見ることなんて……うん、あり得ないな」


 おじさん二号はずっと首を傾げてる。

 まあ確かに地面から檻が生えてきました、なんてあり得ないもんな。どうやって説明したらこの状況を助けてくれるかなあ、と考えていると…………



「あれ? 引っかかってる」



 声がした。

 聞き覚えのある声だった。



「ん? 牛? あ、もしかして……」



 現れた人影を見て、俺は思わず心から安堵した。




「これは驚きですね。まさかミイラ牛さんが引っかかるとは」

「ねえ、さーーーーーーーーん!!!」




 現れたのはねえさん。

 俺が唯一信頼する兵士さんだ。

 


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