410 引っかかる
ままままままさかこんなことになるなんて……!!
白い檻に入れられた俺は、偶然近くを通りかかった髪ぼさぼさおじさんに必死で声を掛けていた。
遡ること数十分前――――――
「そう言えばあぐにさんとおじさんの関係って何なんだ?」
「……………………」
街に降りる途中、俺はあぐにさんに話しかけた。
実はもう何度かいろいろ話しかけてるんだが、あぐにさんは終始無言で俺の話を無視している。
今回も反応がない。我慢できなくなった俺は「なあなあ」とあぐにさんの袖を引っ張った。
「ちょっとくらい返事してくれてもいいじゃん! 同じ釜の飯を食った仲間だろ~? そりゃ俺の頼みで、えっと……れい……さん?の所に案内してもらう訳だけどさ、折角だから仲良くしようぜ?」
「………………」
「もうご飯作ってやらないぞ~いいのか? あんなにおかわりしてたのに」
「………………別に、関係という程のものはない」
お、返事してくれた。
すごい進歩だ。
「でも知り合いなんだろ? 何で知り合ったんだ?」
「……別に……直接関わったことはなかった。だが俺もあちらも名が知れている。俺はあらゆる情報に通じている。それだけのことだ」
「? ふうん……何かよくわかんねえけど……へえ、おじさんもあぐにさんも有名人なんだ?」
これは新情報だ。
あ、でもそうか。おじさんは皇子様と揉めてるんだっけ? そもそも皇子様と知り合いって時点でけっこうすごい人、だよな……? あんまりちゃんと考えてなかったけど、そっか、おじさんは意外にすげえ人なんだ。
感心しながら街を歩いていると、ふと視線が気になった。
街行く人皆、俺たちの方をチラチラ見ているような……?
俺の牛の被り物、ちょっと目立つかな? それともあぐにさんの桃柄の甚平が珍しかったか?
今朝街に降りた時は牛頭でもうまく溶け込めてたと思うから、これは多分あぐにさんが原因だな。
「!! ア、アグニさん……!!!」
その時、幼い女の子の声が響き渡った。
あぐにさんがぴたりと立ち止まる。振り返ると、ちっちゃな可愛らしい子が目を潤ませてアグニさんを見つめている。その隣には男の子の姿もあった。
ちら、とあぐにさんの顔を覗きこむと…………すげえ鬼みたいな顔で固まっている。
「アグニさん! 良かった! アグニさん無事だったんだッ……!!」
「アグニさあああああん!!」
二人が駆けてくる。
あぐにさんの弟妹とかかな? でも兄ちゃんにさん付けはおかしいか、と思っていると、突然消えた。あぐにさんが。
「あれ!? アグニさん!! アグニさあああん!!」
「どこ行ったの!? アグニさ~~~ん!!」
二人が泣きながら呼びかけるけど、あぐにさんから返事はない。
こんな可愛い子二人組から逃げるって、どうなってんだ? 可哀想だなあ、と思ってると、二人はぐりん、と頭を俺に向けた。
「あの! アグニさんがどっちに行ったかわかりますか!?」
「教えて下さい牛さん!!」
「え? え~っと、うん、俺も目を離してたから、ごめん。ちょっとわかんない」
二人の顔がみるみる失望に染まる。
「だ、大丈夫大丈夫。あぐにさん、あんな派手な格好してるしさ、多分すぐ見つかるよ」
「……ほんと?」
「見つかる?」
「う、うん。多分」
二人は顔を見合わせて、頷いた。
「そうだよね……生きてるって、わかったんだもん」
「この街にいるってわかった。……ありがとう牛さん! またね!」
二人が走り去っていく。小さな幼い後ろ姿を見送りながら、あぐにさんにも特別な人がいるんだなあ、と微笑ましく思った。思った、後……ふと、思考が停止した。
あれ? 私、この後どうすればいいんだ? ……と。
あぐにさんが連れてってくれるって言うから何も考えずについてきたけど、肝心のあぐにさんがいないんじゃどこに行けばいいか全くわからない。そもそもその優秀な医師の名前も若干あやふやだ。れん、だったか……れあん……だったか……
まずいまずいまずい! もう夕方だし、日が落ちたらさすがに会うのも難しいだろうし……。優秀な医師って情報だけで聞き込みするか、それとも俺もあの子達を追ってあぐにさんを見つけた方がいいのか…………真剣に悩んでいた時のことだ。
今度は、俺の目の前を真っ黒な猫が横切った。
「!!」
思わず目で追いかける。可愛い猫ちゃんだなあ。
猫ちゃんは立ち止まり、じっと俺の方を見つめた。おお、この猫ちゃん、目の色が左右で違う。青と金だ。珍しいなあ、と思っていると、猫ちゃんはちょっと先に進んで、それからまた俺の方を振り返った。
まるで、「おいでおいで」と言われてるみたいだ。
俺は思わずついていった。
あんな可愛い猫ちゃんに「おいでおいで」されて抗うことなんて出来る訳ない。
もしかしたらなでなでさせてくれるかもしれない。抱っこ! 抱っこしたいな~~。猫って良いよなあ。はあ、もふもふしてえ。
あれ…………? 俺こんなことしてる場合だったっけ? だめだよな? 医者、捜さなきゃだよな? 医者…………まあちょっとくらい。ちょっとくらいいい、よな? もしかしたらあの猫ちゃんは幸運を呼び込む猫で、この先に医者がいるかもしれない。そうそう、そういうことあるかもしれないじゃん。うん、それにあぐにさんいなくなってけっこう困ってるからこの心の混乱を鎮めるためにも猫ちゃんもふれるとめちゃくちゃ心落ち着……あああああ猫ちゃんが今顔ぐしってした顔ぐしってかんわいいねえええええええ!!
「ああ、あの柔らかそうなお腹……猫吸いたい……猫……」
折角俺に気のある猫ちゃんなんだ。驚かさないように注意しながら、俺はゆっくり、一定間隔を保ちながら猫ちゃんの後を追った。
路地を曲がり、細い道を通り、それからしばらくぐるぐるして…………
猫ちゃんがこてんと転がった。
外なのに、そこにはなぜか畳が一枚置かれてあって、猫ちゃんはそこでのんびりお腹を見せて寛いでいる。
なぜ外に畳? 疑問がない訳じゃなかったけど、そんなことよりその愛らしい様子に俺の胸はときめきが止まらない。ゆっくり近づいて、触れるくらいの距離に来てから、畳の上に茶と団子が置かれてあるのに気づいた。
「にゃあ」
「え、何これ何これ。俺に?」
「にゃ!」
俺は靴を脱いで畳の上に座った。夢でも見ているみたいだ。猫をおいかけて、畳があって、団子と茶が現れた。
団子にはキラキラしたタレがかかっていて、お茶は淹れ立てなのか湯気が立ってる。良い匂いだな~。これ、ほうじ茶かな。この団子は何て団子だろう。俺は地面に座って、団子を手に取った。
取りあえず牛頭を取って、団子に齧り付く。
むにぃ、と程よい弾力に、甘塩っぱいタレが最高に美味い!!
「んんッ……!! うっまああ! すげえ美味しい!! 俺こんなに美味い団子初めてだ!!」
「…………にゃ」
猫ちゃんがじっと俺を見上げている。
可愛い猫ちゃんだなあ。撫でたら逃げるかな。逃げられたくないなあ。
「なあなあ猫ちゃん、俺医者捜してるんだけど、猫ちゃん知らない? 知らないかにゃあ~。知る訳ないよにゃあ。でももしかして猫ちゃんの飼い主が医者だったりして……しないかにゃあ」
良い気分で猫ちゃんに語りかけた。
猫ちゃんはきょとんとした顔で聞いている。
その時――――――……
「ッ!?」
それは突然のことだった。
空から、檻が降ってきた。
俺はちょうど二串目の団子を手に取り、片手に湯呑みを持っていたところだった。
間抜けだった。そんな状態で反応なんてできなかった。
降ってきた檻は畳に綺麗に嵌まってしまった。
これが罠だってことくらい、ばかな俺でもわかる。
「んんッ!?」
団子をもぐもぐしながら猫ちゃんの方を見ると、いつの間に逃げたのか、檻の外で俺を見つめている。
「ななななな……何で!?」
「ようやく……ようやく引っかかってくれましたね……!!!」
「ヒッ!?」
暗がりから男が現れた。
灰色の髪、眼鏡、ちょっと冷たそうな、綺麗な顔のいいとこの奴って感じがどうもきな臭くて怖い。あまりお近づきにはなりたくない類いの人間だ。何か目もすげえぎらついてるし……。俺はじりじりと後ずさり、背中がトン、と檻に触れた。
「あ、あのぅ~? 俺、貴方に何かし――――――」
「ここで会ったが百年目!! もう逃がしませんよフレア様!!」
男は意味のわからないことを叫んだ。




