407 投入する
俺は目の前に突然現れた大男を見上げた。
背がとにかくすげえたっかい。
何食ったらこんなにデカくなるんだろう。体もしっかりしてんな~。筋肉が強そう。
服はボロボロで、肌はちょっと日焼け? してんのかな。真っ赤な目はウサギさんみたいだ。
男は黙ったまま、じーっと俺を見下ろしていた。
怖ッ。何かすげえ怖いし気まずい。
何だろう、会うのは初めてのはずなのに、どうも既視感があると言うか……昔も、こんなことがあったっけ? こんな風に見下ろされたことが…………いや、んなはずない。こんな奴が村にいたらどうしたって忘れられないはずだ。
「えーっ……と、おじさんの知り合い?」
「………………その声」
「ん? 俺の声がどうかした?」
「貴様……まさか……」
男はすうっと目を細め、唐突に俺の牛の被り物を掴んで取っちまった。
「ちょッ、おい! 急に何するんだよ!」
「やはり……!」
男は牛の被り物を手にしたまましばらく呆然としている。
なんだよ、俺の髪がぼさぼさなのは今あんたがむりやり俺の被り物を取ったせいだぞ。
俺は髪を撫でつけながら、「返せよ!」と男から被り物を取り返した。
男はこんな失礼なことをしておいて謝罪の一つもない。
「なあおじさん! この人誰だ? おじさんの知り合いか?」
おじさんの方を見ると、深々とため息を吐いて額に手を当てている。心底疲れたみたいに。顔色がさっきより酷い気がするのは、多分気のせいじゃない。
「おじさん大丈夫? あ、まさか怪我が――――」
「問題ない! それより貴様……アグニ。どうしてお前がここに」
やっぱりおじさんの知り合いではあったんだ。
俺は、あぐにと呼ばれたお兄さんの方に顔を向けた。ぎろっとした目は、今はおじさんの方へ向けられている。
おじさんの知り合いってつくづく変なのばっかりだなぁ。こいつは昨夜の気味の悪い男とは違った意味で怖い。まあ、変にニヤついてないだけまだいいか。
あぐに。……うーん、覚えられるかな。
「………………」
あぐにさんは答えなかった。無言モードに突入している。
黙った顔が迫力あるなあ、て暢気に思っていたら、あぐにさんはやがて無言モードのまま踵を返した。
「あれ? 帰るの?」
「…………ままごとに付き合うつもりはない」
「?」
ままごとって何の話だ?
追わなくていいのかっておじさんを見たら、「もう俺は知らん」とばかりにそっぽを向いてしまった。
おいおい、このまま放っとくのは良くないんじゃねえの? またヤバいことになっちまったらどうするんだ? 俺が言うのも何だけど、おじさんには危機感ってのがねえんだな。俺がちゃんと見てやらねえと、おじさん一人じゃ生きていけないんじゃないか。
俺は牛の被り物を抱えたまま、一応あぐにさんの後を追った。
取りあえずここのことは兵士に言わないでほしいって伝えたらいいのかな?
「なあなあ、あの家のこととかおじさんのこと、街の人には黙っててほしいんだ」
「…………」
「俺たち訳ありってやつでさ。頼む! この通り!」
「…………」
「……ところであぐにさん? どうしてそんなボロボロなんだ? 見たところデカイ怪我を負ってるって感じはないけど……何かあった?」
あぐにさんは全然答えない。
何だろう、もしかして俺の声が届いていないのかな? さっきまでは普通に会話できてたはずだけど、耳が急に詰まった、とか?
俺は背伸びしてあぐにさんの耳に口を近づけた。
「あ、ぐ、に、さーーーーーーーーん!」
「うるさい!!!」
あ、聞こえてない訳じゃなかった。
想像以上の反応にちょっとビックリ。あぐにさんは俺を睨み付けて、「頭がおかしくなったか!」と失礼なことを言ってきた。
「何だよ、そっちが無視するのがいけないんだろ。大体その言い方は酷いぞ。俺たち初対面なのに」
「………………あの石にでも頭をぶつければ元に戻るか?」
「え、やだよ。俺痛いの嫌いだもん。て言うか元に戻るって、何? 俺は元から俺だけど?」
悪いけどあぐにさんとは本当に初対面だ。
なのに、どうもあぐにさんは俺のことを知り合いだと勘違いして喋っているような節がある。
「あぐにさんさぁ、もしかして俺にそっくりな誰かと勘違いしてるんじゃない? あ、知り合いに金髪がいるとか? その人と俺を見間違えてない? きっとそれだよ、それ! まあ髪の色が似てると間違えちまうよな~。いやビックリしたぜ、この世界にはいろんな髪の奴がいるんだから! あ、あぐにさんの目はすげえよなあ、真っ赤っかで良い色だ! 俺、赤は好きだぜ。いつも来てる着物も赤だからな! それに俺の名前はほむらって言って、これはどういうことかって言うと真っ赤な炎――――――」
「黙れ」
「ぶー、何だよ、あぐにさんっておじさんみたいだな。お喋りは嫌いか?」
「嫌いだ」
まあ類は友を呼ぶって言うしな。
おじさんの知り合いがお喋り大好きな訳が……いや、別にそんなことはないよな。現におじさんの友達である俺は喋るのけっこう好きだぞ。
「貴様といい……あのガキどもといい……クソ鬱陶しい」
「ガキ?」
それからあぐにさんは何かぶつぶつ不機嫌そうに呟いていたけど、聞き取れなかった。
あぐにさんは山道をずんずん歩いて行く。振り返ったら、小屋はもう随分遠くに離れていた。この辺り急斜面とか崖とか多くて危ないんだぞ、てあぐにさんに言おうとして顔を向けて、俺はあることに気づいた。
「あ、待ってあぐにさん! そっちは――――」
「黙れ!」
「いやだからそこ危な――――」
あぐにさんの姿がひゅっと消える。ああもう言わんこっちゃない! 木々に隠れてわかりづらいけど、あぐにさんが消えたところは急な崖になってたんだ。今朝俺も落ちたところだから記憶に新しい。
咄嗟に伸ばした手はぎりぎりあぐにさんの手を掴んだ。
「ふんぬううううううう!」
力を入れてあぐにさんを引っ張り上げる。
あぐにさんは重かった。まあそりゃこんだけ背も筋肉もありゃ重いよな。
取りあえず引っ張り上げて地面に下ろすと、あぐにさんは今度は何が起きたかわからないのか、呆然としているみたいだった。お~いあぐにさ~ん。ひらひらと顔の前で手を振ってみたけど、全然反応しない。どうした? 魂を崖の下に落としちまったか?
「……………………」
「お~~い。あぐにさ~~ん。なあ、ほんと大丈夫か? 怪我したか?」
「…………俺は…………弱くない」
「?? う、うん。そう、だな? うん、知らんけど」
質問に答えてねえぞ。
取りあえず怪我はしてないってことでいいのか?
あぐにさんはどうも落ち込んでいるみたいだった。崖から落ちそうになったのがショックだったのかもしれない。
俺はぽんぽん、とあぐにさんの肩を叩いた。
「何かわかんないけどさ、あんた疲れてんだよ。服ぼろぼろだし顔色もあんまり……うーん、よくない気がするしさ。何があったか知らないけど、ちょっと休んだら? そうだ、俺に何があったか俺に話してみ? 口にしたらちょっとは気が楽になるかもしれねえぞ」
あぐにさんはぎろっと俺を睨み、しばらく微動だにしなかった。
でも辛抱強く待ってると、やがてのろのろと口を開けた。
「……マグマに落とされた」
ちょっと理解できなかった。
「? マ、マグ……?」
「燃え滾る地獄の業火に焼かれてきたところだ」
「え? 業火?」
何言ってんだ? この人。
思わず凝視したけど、あぐにさんは真剣そのものだ。
焼かれたにしては全然怪我してるように見えないし、服だってボロボロではあるけどちゃんと原型は留めてる。さすがの俺でもこれは嘘だってわかる。じゃあどうしてあぐにさんがわざわざそんな嘘を吐くのかって考えると…………
はっは~~ん、つまりこれはジョークか。
あぐにさんのジョーク、すげえつまんないな。
でもそんなこと言ったら落ち込むだろうから、ここはしっかり乗ってやろう。
「あっはっはっは! 何だよそれ~~面白えなあ!」
「…………………………」
「ま、不運だったってことだよな? それなら余計休んでけよ。おじさんの知り合いなのにまともに話もしてねえしさ。着る物も食い物も俺が何とかしてやるから」
俺はぽんぽんとあぐにさんの背中を叩いた。
何かこの人、おじさんに似て可哀想だから放っておけねえ。
「そうだ、熱い湯も用意してやるよ! 五右衛門風呂作ったからよ、ちょっと入ってみてくれ」
「? ご、ごえ……?」
「大丈~夫大丈夫! 地獄の業火じゃねえからさ! 実は俺も作るの初めてでさ~、うまくできたかわかんねえけど、まあなかなかのもんだと思うぜ? 期待してな!」
困惑するあぐにさんの手を引き、俺は小屋に戻った。
俺が小屋の裏手にそっと作ったお手製の五右衛門風呂に水を入れて火をつけて、あぐにさんをすっぽんぽんにして投入するところを見ながら、おじさんが何度か「俺はもう知らん」とか不機嫌そうに言っているのが聞こえたが、あれは一体どういうことだったんだろう。
一番風呂がよかったってことかな? 仕方ない、明日はおじさんに一番最初を譲ってやるか。
俺はそう思いながら、すっかり後回しになってしまったスープ作りに取りかかった。




