406 【ヒューゴ】 堪える
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「こんな派手にしろと誰が言った!? これじゃ見つけて下さいと言っているようなものだろう!!」
「でも良い感じだろ? 気に入らなかった?」
「気に入ッ……とか気に入らないとかそういう問題じゃない! 皇子に見つかる訳にはいかないと何度言ったらわかるんだ!?」
「ちょっと考えたんだけどさ、コソコソ隠れるんじゃなくて、いっそ普通に暮らした方がバレないんじゃない? それにおじさんとしてもさ、いつまでも居心地の悪い場所で隠れるより、居心地の良い場所で隠れる方がずっと楽しいだろ?」
だから逃亡は楽しむものではないと何度言ったら……!?
目を覚ましたらこれだ。
好きにしろ、なんて言うんじゃなかった。
俺はどうしてあんな余計なことをペラペラ喋ってしまったのか。
あのボロ小屋はすっかり生まれ変わってしまった。
赤い屋根にクリーム色の壁、修復され内装まで綺麗に整えられ……新築、とまではいかないまでも、なかなか小綺麗な驚きの仕上がりだった。おまけに小屋を覆っていた草も綺麗さっぱり刈られてしまった。あの伸び放題の雑草が小屋を隠してくれていたようなものなのにどうしてくれる。
「大体その道具類はどうしたんだ!? ペンキやら鍬やらどうやって手に入れた!?」
「おじさんが寝てる間に街に行って調達したんだよ」
「は!?」
「あ、大丈夫大丈夫。盗んだとかじゃないから。お手伝いしてお礼にってんで物を貰ったって感じだから」
「お、お手伝い……!?」
「何か皇帝と皇子? が喧嘩して街のあちこちがちょっとボロついてるみたいじゃん? それでその修復を手伝ってたんだ! あ、“ねえさん”って名前の兵士さんにまた会ってさ、それで手伝ったら、な~んと、物だけじゃなくお金まで貰っちゃったんだな~~」
ほむらはニヤリと小銭をチラつかせた。
褒めてもらうのを期待しているようなその顔に、心底苛ついた。
「なんでこう……想像の斜め上のことをしでかしてくれるんだお前は……!!」
「え、褒めてくれないの?」
「褒めたらまたやるつもりだろう!! 俺は怒ってるんだまずはそのことを理解しろ!!」
「ごめん……」
ほむらは、シュンと肩を落とした。
さっきまでパタパタ尻尾を振っていたような奴が、途端に背中を丸くして落ち込んでいる。
……おかしい。俺は咄嗟に胸を押さえた。
こいつが落ち込んでいる姿を見て、どうして俺は「少しくらい褒めてやってもいいか」と一瞬気持ちが揺らいだんだ? そうだ、今確かに揺らいでしまった。あり得ない。こんなクソどうでもいいことでどうしてこんな……ッああ苛つく。何なんだこれはッ……。俺は絶対に褒めない! そんな態度を取っても絶対に褒めないからな!!
こいつと行動を共にするようになってから、おかしなことばかり続いている。
「ところでお前、まさかその顔を晒して出かけたんじゃないだろうな!? それともまた布をぐるぐる巻きにして出かけたのか!?」
「ああ、それは大丈夫。これ被ったからさ」
「これ? ッ……!!」
ほむらが懐から取り出し、勢いよく被ったのは………………牛。
頭をすっぽり覆い隠す、牛の頭の被り物だった。
本物ではない。かなりよく出来ているが、作り物だろう。
ほむらはそれを被って、嬉々とした様子で胸を張った。
「モーモー。どう? 似合ってる?」
「ど、どこで拾ったそんなもの!?」
「おじさんのコートから出てきてたぞ」
「!?」
「コートからビロ~ンって出てて、これならうまく変装できるなと思って借りたんだよ。ちょっと息苦しいけど、誰にも怪しまれなかったぜ?」
「あ、怪しまれなかっただと……!? どうなってるんだこの国の人間は!!」
こんな見るからに怪しい奴を怪しまないのか?
そこまで危機意識が薄れているのか、それともこんなバカに構っている暇がないのか。
「あ、今俺のことバカって思っただろ」
「……なぜわかった」
「何となくピーンと来たんだよ! 酷いな~、ナイスアイディアじゃん!! 大体持ってたのはおじさんだぞ? おじさんはこれを何に使うつもりだったんだよ! 被る以外に使い道ないだろ!?」
「ぐッ……」
ぐうの音も出ない。
だがこんなおかしなものを持ってきた記憶もない!!
どうして俺のコートからこんな間抜けなものが……!? 何かに紛れて誤って入ったとしか思えない。しかしこんなデカイものが紛れるものなのか……。一体何に使うつもりだったんだ数時間前の俺!? 皆目見当もつかないぞ!?
「モ~モ~。これで大道芸したらお金稼げるかな? 逃亡資金にしてさ……あ、でもでも、ここの土けっこう良い感じでさ~、俺の予想だけど、ちゃんと耕して整備して種蒔いたら、良い野菜を育てられると思うんだ!」
「貴様、収穫までこんなところにいるつもりか!?」
「じゃあほったらかしにしてもできるのとかがいいかな?」
「無駄だ。大道芸も種蒔きもしなくていい! いや余計なことばかりするな大人しくしていろ!」
「モ~。それじゃ面白くないモ~。おじさんはモ~モ~文句ばっか言って楽しいこと全然考えてくれないモ~」
ほむらは牛の被り物をしたまま、俺にずいっと顔を近づけた。
やめろ近づくな。
「おじさんに足りないものを教えてあげるモ~」
「……は?」
「笑顔だモ~! 笑顔、えっがっお! いつもそんな仏頂面じゃ、人生楽しくないモ~!」
「チッ、ああもう鬱陶しい! その妙な喋り方やめろ気色悪い!」
「なあなあ、おじさんは何が好きなんだモ~? 好きな色は? 好きな食い物は? ……あ、もしかして牛!? 牛食うの!? だからこんな被り物を――――!?」
「何ばかなこと言っ――――」
「まあ気持ちはわかるぜ! 俺も可愛い菓子の置物とかあったら欲しくなっちまうかも! でも危険だよな~。だって本物そっくりだと、間違って食っちまうかもしれないだろ? それともそれがわかった上で、空腹に耐えられなくて食っちまうかも」
「そんなバカがどこにいる!」
「実はこれ経験談でさ~」
「は?」
「いや、恥ずかしい話なんだけどさ、おじさんにだけ教えてやるよ。昔さあ、俺がまだけっこうガキだった頃の話な、刀士郎って奴が描いた団子の絵がさ、すっっっっっげえ美味そうでさ! ただの絵なのに、な~んか良い匂いまで漂ってきてるみたいでさ、どうしても欲しくなっちまって……どうしたと思う?」
「……まさか」
「そう、腹減った時にパクリだよ! あの時は焦ったなあ~。ぜんっぜんうまくねえのに、むしゃむしゃしてたら腹が膨れる感じがしてさ。でも困ったのはその後だ。友達が折角描いてくれた絵を食っちまったなんて言えなくてさぁ、どうしようどうしようって焦って、その絵の話になった時にさ、“そう言えば俺の描いた絵は?”って聞かれて、咄嗟にこう言っちまったんだよ。“あの絵なら間違って便所で使っちまった!”って」
「ぶッ」
慌てて口を押さえたが若干間に合わなかった。
「あれ? もしかしておじさん笑った?」
「わ、笑ってない! 何なんだ貴様は!! 何て下品なんだ!!」
「そうだよなあ、俺もそう思う。我ながらこりゃ恥ずかしいなって。育ちの悪さが出ちまったんだな。まさか食っちまうなんてさ。いや~、さすがに俺も言えなかったね……耐えられなくて食べちゃいました、なんて。正直に言ったら刀士郎が傷つくんじゃないかと思って、嘘吐いちまったんだよなあ……。食っちまった挙げ句嘘を吐くなんてさ……俺は自分の罪の重さに震えたね」
違うそうじゃないこのバカ!! 神妙な顔をしているが嘘の内容の方がよほど酷いからな!? それなら正直に食ったと伝えた方がまだ良くないか!? トイレで利用されたという方がよっぽど傷つくんじゃないか!? どうなんだ!? 俺は絵など描かんからよくわからんがもしそんなことに使われたと知ったらその場で友達を辞める自信があるぞ!!
「おじさん、震えてる? どうした?」
「う、うるさい!!」
まさかこんな不意打ちを受けるとは……。くッ……堪えろ、堪えるんだ。こんなアホらしい話で笑って堪るか。俺のプライドが許さない。絶対に絶対に絶対に笑うなどあってはならな――――
「うッ……」
「お!? おじさん!?」
は、腹の傷が…………!?
笑うまいと力を入れた結果傷が開いたか!? そんな間抜けなッ……
「大丈夫か!? おじさん!」
「も……問題、ない……」
「ごめん……おじさん、酷い怪我を負ってるのに、ペラペラ話しすぎたよな。ほんとごめん」
謝るのは結構だが問題は会話の量じゃなく質だ。
「あ、食材もあるからさ。俺、何か作るよ。できるだけあったかくて柔らかいもんがいいよな。スープとか? 鍋とかも手に入れたからさ、それですぐ作るから待ってて」
「よくもまあそこまで揃えたな……」
「おじさんはゆっくりしててくれ! じゃ、俺は火を興すところから始めますか――――」
ほむらは勢いよく扉を開けた。
「へ?」
「…………」
扉を開けてすぐのところに、男が突っ立っていた。男はまさに扉を開けようとしたところだったのか、不自然に伸ばされた手は宙で止まっている。
「えっと……誰?」
ほむらが首を傾げる。
男は牛の頭を被ったほむらを見下ろし、訝しげに眉を寄せ、説明を求めるように俺の方を睨んだ。
ため息が止まらない。
勘弁してくれ。次から次へと……
間違いない。目の前でじっと俺たちを見下ろす赤目の男、あれは……
アグニ。
アケボノ共和国が生んだ化け物だ。




