405 【義勝】 思いつく
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「……酷いな」
報告を受けて現場に来てみると、激しい銃撃戦があったのか、そこら中の壁にヒビが入り石畳が破壊されていた。
……いや、銃だけじゃない。
人を壁に叩きつけてできた痕もある。大の男を持ち上げて……恐ろしい怪力だ。こんなことができる人間は…………まあ、早々いないな。
「皇帝に反撃され、それにフレアがなぜか加勢して……殺されかけた、と」
ジーク殿下は現場を見て小さくため息を吐いた。
「レインの言った通り、フレアが皇帝側についたのは間違いないようだ。記憶を失い何か吹き込まれているのでしょう」
「そうですね。ですが……」
それだけじゃない。
恐らく皇帝にとっても思いも寄らなかったことが起きている。つまり……
ほむらは、皇帝を慕っている。
皇帝のことをまあまあ良い奴、良いおっちゃん、とでも考えているのだろう。
でなければあいつがここまでのことをする訳がない。あいつが怒りを爆発させるのは、いつだって自分にとって大切な誰かを傷つけられたと感じた時だ。
もし皇帝がそこまでの人間に値しないなら――――仮に15のあいつなら、得体の知れない銃を持った大人に立ち向かうなんて、恐ろしくてできなかっただろう。
「ほむらは、ひとたび感情を爆発させれば相手を完膚なきまで叩きのめすところがあります。今回のことも恐らく感情を抑制できなかった。それほどに皇帝に思い入れしてしまっている、ということだと思います」
「思い入れ……」
「食べ物を貰って心を許しただけではない、ということでしょう。……厄介だな。あいつを説得するのがますます困難になりそうだ」
まさかここまで心を通わせることになるとは。
いくら何でもあの皇帝と意気投合まではいかないだろうと思っていた。甘かった。
ため息を吐いたら、ジーク殿下の顔がみるみる青くなっていった。
「ま、まさかフレアは、あの皇帝に恋――――!?」
何を言っているんだこの人は。
「それはないと思います」
「だ、だが、そういう可能性も全くなくはないとは言えなくもなくなくなく――――」
「落ち着いて下さいジーク殿下。相手は俺の父親です。10代20代のほむらより相当年上ですよ。そんな相手に恋なんてする訳がないでしょう」
「…………やはり彼女は年上は嫌いなのか?」
「いや、まあ、さあ、それは知りませんが……あの、ジーク殿下は何を心配してるんですか?」
「…………何でもないです」
殿下は俺から視線を逸らし、シュン、と肩を落としてしまった。
本当に何を心配してるんだこの人は。よくわからん。
「……とにかく、お菓子大作戦は続行しましょう。今のところほむらと接触した騎士、兵士がいないので効果の程はわかりませんが、接触さえすればかなり有効なはずです」
お菓子大作戦……
何ともまあ間抜けな作戦名だな。
ほむらにぴったりと言えばぴったりだが。
「この荒れた現場を見ても明らかですが、もしこれが老ほむらであったなら建物を破壊しながら暴れたりはしない。これは間違いなく若ほむらの仕業です」
「まあ確かにルークらしくは…………ない」
「記憶が一部分しか残らなかったとみていいでしょう。あるいは全く残らなかったのか……それはまだわかりませんが」
殿下は頷き、荒れた通りをジッと見つめた。
「ところで……あの一族はどうするおつもりで?」
「ああ、皇帝と長らく癒着していた一族ですね。当主が重傷を負ってしばらく使い物にならないでしょうから、その間に潰しますよ」
ほむらがボコボコにした奴らは、今までなかなか隙を見せなかった厄介な連中だった。
当主が動けず混乱に陥っている今が好機だろう。
「影に生きる一族を全て潰すつもりはありません。彼らも彼らとて、この国で必死で生きていたに過ぎない。ただあの当主に関しては潰します。彼はあまりにも力を持ちすぎた。一族の他の者は名を変え別の形でこの国のために尽くしてもらいますが、当主を逃がす訳にはいかない」
「……それを僕に言って大丈夫ですか」
「今更でしょう。我らは運命共同体では?」
ジーク殿下は「そうですね」と苦笑いし、「では僕は少々気になることがあるので」と従者を連れて去っていった。
……俺も戻るか。
やることは山積みだ。あの一夜からほとんど眠れていない。
帝国のこと、アカツキのこと、周辺諸国のことシドのことほむらのこと…………
本当は、ほむらが皇帝と二人でいるなど考えるだけでゾッとする。
だがこうも恐ろしく冷静でいられるのは、山積みの問題事のおかげか睡眠不足のおかげか……。
早く見つかってほしいと思う反面、正直、再会するのが末恐ろしくもある。
俺の仮定が合っていたとして……若い頃のほむらの記憶だけが残ってしまったのだとして……それは一体、幾つの時のあいつなのか。
もし万が一、あの拷問を受けた直後か、それとも直前か……あの時代のあいつにとって、俺は誰よりも酷い男に違いなかった。
いや頭に布をぐるぐる巻いておかしなことをするような余裕があるのなら、そうではなくもう少し前の、もっと若かった頃の、例えば15くらいのあいつだと思いたいが……いずれにせよ、あの頃のほむらを直視して冷静でいられる気はしない。無邪気な笑顔で笑いかけられれば、それはそれで感情が爆発する気がして怖い。
「はあ……」
こんな複雑な感情を抱いているなんて、我ながらどうかと思う。
ため息を吐いて踵を返し、角を曲がったところであいつに出くわした。
「……刀士郎」
あいつの方は俺が来ることがわかっていたのか、壁に背中をつけて腕組みし、じろっとこちらを睨んでいる。
「相変わらず陰気な顔だな、義勝」
「……お前に言われたくない」
「黙れ、お前よりはマシだ」
そうか?
確かに昔はこいつの方が穏やかで柔和で誰からも好かれるような、陰気という言葉とは全く無縁な奴であったことは間違いないが……今のこいつと俺は陰気レベルにおいて大差ない気がする。
「俺に何か用か」
「……うちの団長も、毎日あちこちを駆けずり回っている」
「……つまり文句を言いに来たのか」
自警団団長ライリー・グランス殿の働きで、街は平穏を取り戻しつつある。
彼らを、当初の約束通り帝国の正規警備団として迎え入れた後、荒れた街の修復や住民への対応にも当たってもらった。
元々の兵士より自警団の方がずっと市民にとっては安心できる相手らしく、彼らの功績は計り知れない。
俺の正当性を主張する噂についても、充分に流してくれた。
「助かっている。あらかた片付いた時には休息と褒美を――――」
「当然だ。……違う、そんなことを話しに来た訳じゃない」
俺の言葉を遮り、刀士郎はイライラした様子で視線を逸らした。
妙に煮え切らない態度だった。
「……何だ。何が言いたい。さっさと――――」
「もうすぐ」
刀士郎は俺から視線を逸らしたまま、口を開いた。
「……もうすぐ約束の一週間だ。自警団の……あの場であの時、俺に言っただろう。手合わせするとか何とか」
「…………ああ」
「忘れたとは言わせないぞ。……そんな隈のできたやつれた顔に、少々マシにはなったがまだまだ弛んだ体で俺を叩きのめせるつもりか?」
「……まあな」
「……その前に倒れるのが関の山だ。フン、その馬鹿馬鹿しい自信はどこから来るのやら」
…………まさか、とは思うが。
「本調子じゃない奴に勝っても意味がない。その状態で手合わせに臨むというなら、今ここでお前の意識を奪ってやってもいい」
……まさか
「大体この状況で、どうして従者の一人も連れて歩かない? バカなのか? 死にたいのか? 俺が周囲を見張っていなければお前のような愚図、さっさと襲われて死――――――おい、何ニヤニヤしている」
「いや……」
こいつ………………俺のことを心配しているのか?
口元を押さえて視線を逸らした。
何て不器用な。こんなに不器用な奴ではなかったはずだが。
「……その阿呆面、斬ってやろうか」
「ま、待て! 思い出し笑いだ! 深い意味はない!」
殺気が膨らんで思わず真顔に戻った。
その時――――……
「にゃあ」
とてとてと、黒猫がのんびりした様子で俺たちの目の前を横切った。
じっと猫を見下ろし、それから顔を上げ、自然と刀士郎と目が合った。
「……作戦を、一部変更しよう」
「そう、だな」
そうだ、どうして忘れていた。
あいつを誘き出すのに、これほど良いものはないじゃないか。




