表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
422/660

404 決める





 ガキの頃から、強い孤独と劣等感を抱えていた。



 俺には家族がいない。

 俺のこと特別に大切に想ってくれる人なんていない。

 俺は醜い。頭も悪い。

 この先もそれは変わらないんだろう。



 先生や心桜たちと出会って、そういう気持ちは少しずつ大人しくなっていった。

 家族がいないのはどうしようもないけど、皆と笑っている時はそれも忘れていられた。

 心桜が俺の容姿を褒めてくれる度に、俺の金の髪も青い目も、なかなか悪くないような気がしていた。



 でも、ふと頭をもたげる瞬間がある。



 俺はやっぱり、どうしようもなくダメな奴なんだって。





――――――――

――――――――――――――



 そこは街外れの山の中のボロ小屋だった。

 鬱蒼と生い茂った木々に隠れるように、小屋が建っている。案内されなきゃこんなところに小屋があるなんて、誰も思わないんじゃないだろうか。

 小屋はいつ崩れるかわからないくらい古びてて壁も柱もボロボロで、人が住むにはちょっと難しそうだ。


 おじさんは座り込み、コートの中から包帯やら薬やらなんやらかんやらを取り出した。

 それを見て、俺はようやくハッとした。


「そうだおじさん怪我がッ――――!!」

「黙っていろ」


 おじさんは服を脱いだ。肩とか腕とかも酷いけど、腹が特に酷い。血がダラダラ流れて、さっきまで普通に走ってたのが嘘みたいだ。痛がる素振りも見せないけど、こんなのもの凄く痛いに決まってる。

 どうしよう、こんな酷い怪我は初めてだってあわあわしてたら、おじさんはナイフやら針やら、何か痛そうな物をどんどん取り出した。


 ものすっごく嫌な予感がする。


「お、おじさん、あの、な、何を始め……」

「弾を取る」

「と……え!? 取ッ……!?」

「向こうを向いていろ。見て楽しいものじゃない」

「え、腹の……え……は……? て――――――」


 グチュ、と嫌な音がした。


 俺は思わず顔を背けて耳を塞いでそのまま動けなくなった。



「~~~~~~~……ッ!!」



 どんなに一生懸命耳を塞いでもどうしたって聞こえてくる。

 おじさんが呻く声とかそれに…………ああだめだ。言葉にするのも嫌な音が聞こえる。

 異物は取り除かなきゃならない。その原理はわかるけど痛みを想像するととても耐えられない。


 一番辛いのはおじさんだってわかってる。でも直視するのは無理だった。

 俺は背中を向けたまま、ぎゅっと目を瞑って耳を塞いで、固まっていることしかできなかった。






 おじさんが“手術”を終えたのはそれからしばらく経った頃のことだった。

 内臓には届いてなかったから大丈夫だとか言ってた。

 詳しいことは知らないしちょっと聞きたくもないけど……壮絶なことをしてしまったってことは、床に広がった血の痕で明らかだった。


 泣きそうになっておじさんを見ると、「鬱陶しい。そんな顔をするな」と怒られた。


「ごめん……」

「謝るな。……問題ないと言っている。この程度のこと」

「この程度って……。あ、何か力のつきそうなもん探してこようか!? 何だろ、何が良いんだろ。取りあえず肉、とか!?」

「肉ならある」

「へ?」


 おじさんはコートを掴んで、中から干し肉を取りだした。

 だからどうなってんだよ、そのコート。


「四次元でも繋がってんの……?」

「は?」


 だって次から次へと物が出てくるんだぞ。

 おじさんはため息を吐いて、俺に向かって干し肉を放り投げた。慌てて受け取ったけど、何で俺?


「腹が減ったなら食え」

「いや減ってないけど!? これはおじさんが食えよ! 今一番ちゃんと飯食わなきゃいけないのはおじさんなんだから」


 干し肉を返すと、おじさんはそれを半分に千切ってまた俺に突き出した。


「食え」

「いやだから俺は――――」

「いいから食え。何か物を食ったらそのシケた面もマシになるだろう」

「シケた面って……。つーか俺、そんな単純じゃねえから。こんな状況なのに何か食ったら元気になるとか思ってる?」

「思ってる」

「………………」

「腹に物を入れれば大抵のことは忘れる馬鹿面だ」

「言い過ぎだろ……!」

「否定するか?」

「……あんまし否定できない……」


 つーかおじさん、どんだけ俺のこと元気づけたいんだよ……。やっぱ、悪い人には思えないんだよな。普通、大切な食料を、腹なんて減ってないっつってるのに元気づけるためだけに渡すか?


 受け取ろうとして、俺は手を止めた。


「じゃあ……その前に掃除道具持ってる?」

「は?」


 だって血で汚れた場所で肉を囓るのはちょっと……。

 おじさんはコートから雑巾やら霧吹きやらを取り出した。ほんとすげえな、そのコート。





 ごしごし床を擦る。

 おじさんはいつの間にか替えのシャツを着て干し肉も食べ終えて、目を閉じていた。

 眠っちまったのかな、と思ったけど、じーっと見てたら「何だ」と目を閉じたまま聞かれて焦った。



「み、見えてんの?」

「……何となく視線を感じただけだ」

「すげえな」

「すごい? どこがだ。お前の方がずっとわかるだろう。目が見えなくても見えているように動くなど、俺では到底無理だ」

「? いや、それは俺もできねえけど……」


 目を閉じたら何も見えない。それが普通だろ。

 なのにおじさんは俺の言葉を無視して続けた。



「お前の力は特別だ。誰よりも、何者もよりも特別な力を持っている」



 “特別”……。特別、か。



 見えないものを見るなんて力はないけど、俺は思わず手を止めた。



「先生も…………同じようなこと言ってた」

「先生?」

「うん、俺の……剣術の先生」



 何か、すげえ懐かしい。ちょっと会ってないだけなのに。なんでだろ。

 いろんなことが立て続けに起きたからかな。早く先生に会いたい。あの情けない顔で笑いかけてほしい。



「先生が言ってたんだ。俺の力は……大切な者を守るために、神様が授けてくれた特別な力なんだって。だから、特別だから、決して人の命を奪っちゃだめだって。俺ならきっとそういうことができるって、先生は言ってた。……殺さなくても、奪わなくても、守ることのできる力なんだよって。正直、俺には何度聞いてもよくわからなかったけど…………それが、俺の……守るための、剣なんだって」

「……何だそれは。とんだ綺麗事だな。戦場で手加減しろと?」

「あはは。そうだよなあ。俺もそう思う」


 さっきみたいな本気の殺し合いで、手加減なんて絶対無理だ。

 先生の言っているようなものを実現する力なんて、俺にはない。

 俺は、特別なんかじゃ全然ない。




「だがそれがお前の…………ほむらの剣、か」

「え?」




 おじさんはぽつりと零し、目を開けた。

 義勝とよく似た、真っ黒な瞳が、じっと俺を見つめている。



「お前の剣であり……それがお前の在り方か。殺さず、守り抜くために、お前は力を磨いたのか」



 おじさんはふっと遠い目になった。



「お前は強い。お前は……やはり俺とは違う」

「おじさん……?」

「何でもない」


 おじさんは俺のことを話しているようで、全然違う誰かのことを話しているような気がした。

 それが誰かはわからない。わからないけど……


 むくむくと、真っ黒な気持ちが込み上げてくる。

 俺は思わず俯いて、胸を押さえながら……



「俺……俺は、酷い奴だよ」



 ずっと考えていたことを、口にした。



「だって、だってあいつらボコボコにしても心は痛まない。後悔なんてしてない。ぶっ殺しても多分同じだ。欠けてんだよ、何か。先生の言うことだって、無理だなって思う。大切な人が傷つけられたら、俺は絶対手加減なんかできない」

「………………」

「俺は、欠陥品なんだ。すげえ酷い奴なんだ。こういうことをしちまう度にそう思う。俺は、人の心なんてない、最低な…………正真正銘の鬼の子なんだ」



 吐き出すと楽になるかと思ったけど、そんなことはなかった。

 言うだけ言っても、全然楽にならない。情けないし、言わなきゃよかったとか思ったし、ずっと目を逸らし続けていたかったって思う。



 おじさんはしばらく何も喋らなかった。

 もう寝ちまったのかな、と思って顔を上げると、おじさんと目が合った。







「…………昔、お前によく似た女性がいた」

「え?」




 おじさんは、ゆっくりと、ぽつぽつ、言葉を零していった。




「彼女は……我が儘で気性が荒くて偉そうで苛烈で気分屋で面倒くさくて文句ばかりで――――」

「おい」


 誰のことしか知らないけど悪口しかないじゃん、と思ったら……





「誰よりも、美しかった」





 おじさんは、静かにそう断言した。

 


「凜とした気品も芯の強さも、何者にも動じずに立ち向かう姿勢も燃えるような熱情も…………身内にだけ見せる、優しさも」

「…………」

「美しかった。明るい、強い日差しの中で元気に笑っているのが、誰よりもよく似合う、女性だった」





 ……好きだったんだなあ。

 特別だったんだな。

 どんな関係の人か知らないけど、多分、いや絶対、おじさんにとってその人は特別だったんだ。


 それが言葉の端々から伝わる。

 短い言葉の中に、どんだけその人のことを大切に想ってるかって、痛い程伝わる。

 おじさんがこんなに熱心に誰かのことを喋るのって、そう言えば初めてのことじゃないかな。





「彼女は……美しかった。だから…………」




 その眼差しの強さに、俺は思わずドキッとした。




「お前も、胸を張れ。自分を卑下するな。彼女が、あれほどに強く目映い、美しい存在だったのだから…………彼女によく似たお前もまた、美しい」

「ッ…………そんな……俺は……」

「俺の言葉を否定するのか。……いい度胸だな」




 泣きそうになりながら、首を横に振った。


 違う、違う。否定したい訳じゃない。ただただ、嬉しかったんだ。本当にそんな言葉を貰っていいのかって、信じられなかったんだ。


 だって、そんな特別な人に似てるなんて、最上級の褒め言葉じゃないか。

 まるで俺のことも特別だって言って貰えたみたいだった。

 ちっぽけで孤独で醜い俺が、本当に心から認めてもらえたみたいだった。


 あったかい気持ちが心を満たしていく。どんどん力が漲ってくる。今なら何でもできそうな気がする。


 やっぱり単純なのかな、俺は。

 でも仕方ない。これが俺なんだから。



「あのさ、おじさん……!」

「何だ」

「俺、絶対おじさんの力になるから……!! 絶対絶対、おじさんのこと裏切ったりしないからな!!」

「………………。好きにしろ」



 おじさんはそっぽを向いたけど、その顔は今までで一番柔らかい気がした。


 翌朝、俺は早速自分にできることをすることにした。

 おじさんが寝ている間に街に降りて諸々の道具を調達し、小屋の壁や床を必死で修復、ベッドやテーブルも作って内装を整え、屋根には赤いペンキ、壁にはクリーム色のペンキを塗って派手にオシャレに、辺りをすっかり覆っていた雑草は全部引っこ抜いて、小屋の裏手をよ~しこのまま畑にするぞと気合いを入れていると……




「ここまで好きにしていいと誰が言った」




 昼過ぎに起きたおじさんにしこたま怒られることになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ