42 契約する
「レインという名の医者か。………………ふむ、それならば捜し出すことは難しくない」
「……本当に?」
「ああ。この場にいながら見つけ出してみせよう。それくらい簡単なことだ。だが」
ジークは薄気味悪い笑みを浮かべた。
「ただで、とはいかないけどな」
「……か弱い国民が苦しんでるのに、酷い王子様ね」
「僕もその点は心苦しい。だから君に協力しようとは思うが、君がそのために犯したことは、そう簡単に許されることじゃない。王宮への不法侵入。死刑になってもおかしくない重罪だ。何より、近衛騎士の誰にも見つからずにここまで来てしまったことは、君がいかに危険な存在であるかを物語っている」
まあ、その通りよね。
「このまま牢屋? それならあなたが責任持ってレインをステラの元に連れて行ってよ?」
「……怖くないのか?」
「別に。……初めてじゃないから。牢屋も拷問も」
そう告げた時、ジークの顔が初めて歪んだ。
「何……?」
「だから別に怖くもなんともない」
それは嘘。怖いに決まってる。痛いのも暗いのも大嫌い。だけど、それより怖いことを私は知っている。
その苦痛をシリウスに負わせたくないと思ってしまった。
前世の記憶を思い出したせいだ。
そんなものなければ、そもそも子供たちに関わることなんてしなかった。市場でばったり出くわしたとしても、スリをした子供を警備兵に突き出すことはしても「病院に連れて行く」なんて絶対に言わなかった。
つくづく……嫌な記憶。
前世なんて思い出さなければ、こんなに振り回されることはなかった。
「まさかイグニス公爵は娘を監禁し拷問を……」
「あ、それは違うから」
危うく公爵にあらぬ疑いがかかるところだった。否定してから、別にかかったらかかったで良かったかと思う。あの男は未だに大嫌いだからもし私が砂の地送りになったら道連れにしてやる。でもそうなるとルカが公爵に……爵位を継ぐにはまだちょっと幼いから可哀想。
「……意味がわからないな。君が何の話をしているのか」
「何でも良いでしょ。で、私はどうしたらいいの? 時間がないからさっさと言って」
「やれやれ。……せっかちな女だな」
ジークは立ち上がり、じっと私の目を見た後、私の首に触れた。
そして……
「僕の奴隷に墜ちるか、牢屋にぶち込まれるか、どちらにする?」
最悪な二択を選ばされた。
――――――――――――
「……本当にいるんでしょうね」
いなかったらタダじゃ置かないわよ、あの腹黒王子。
あいつに教えてもらった住所まで来ると、地下に続くその階段を見下ろした。ここで間違いないと確認して中に入る。異様に長い階段だった。じめじめしていて気持ち悪い。明かりも何も持っていないから、気配と感覚で降りるしかない。まあ私はさして苦じゃないけれど、普通の人間なら明かりなしでこの階段は降りようと思えないでしょう。
一番下まで降りると目の前に扉があった。僅かに明かりが漏れている。「ふひひ」と奇妙な笑い声が聞こえた。うわ、帰りたい。この先にいるの絶対ヤバい奴じゃない。……いや、わかっていたことなんだけどね。あの乱蔵が「やばい」って言ってたんだから。
「ウヒヒヒ、こりゃ珍しい! こんな時間にお客さんなんて!!」
もっさりした前髪が目を覆い隠している。抜けるように白い肌はところどころ汚れていて、来ている白衣も何日もろくに洗ってないんじゃないかってくらい汚れが酷かった。手足はひょろ長くて、見た目からじゃ男か女か定かじゃない。
地下にあるレインの部屋は異様に広かった。そして暗い。所々明かりは灯されているけれど、どれも小さくて全体を明るく照らす程の強さは無い。人体の骨の標本らしきものやら瓶に入れられたよくわからない何かの臓器やらがあちこちにあって、床も壁も酷く汚れている。床なんて足の踏み場もないほど散乱している。
「初めまして。あなたがレインね?」
「うん。そうだよ~」
前髪の隙間から細長い目がニィ、と歪められた。
「お嬢さん、あなたはどこの誰だい?」
「私はフレア・ローズ・イグニスよ」
「へえ~。イグニス家!! そりゃ立派なお貴族様が、どうしてこんな汚いところへ?」
「助けてほしい人がいるの。ステラという名前の髪が白い子ども。前に診たことがあるでしょう?」
「ステラ……ステラ……。ああ、うん。あるよ、でもあの子そろそろ死ぬでしょ?」
さらりとそう言われて、思わず固まっていた。レインは私の反応を楽しそうに眺めている。
「死ぬよね。今もしかして苦しんでる? なかなか長引いているなら、それ最期かもね」
「薬を処方できる? 処置でもなんでもいい」
「う~ん。薬ならあるけど~、お金は払って貰うよ?」
「それは心配ない」
私が断言すると、レインは不思議そうに首を傾げた。
「君、本当に貴族なんだよねえ?」
「それが何?」
「ステラは孤児院の職員にさえ見放された子供だよ? 手術にそれだけかかるなら死んでも仕方ないって。けっこうさらっと見放されてたよ~? 急に死なれたら困るからって薬せがまれて~、格安で提供してあげたけど~、特に私の行く先も聞かなかったし、今まで探してるってのも聞かなかったし。そんな子をどうして君が助けようとするの?」
「助けるのにいちいち理由がいる? お金は出すわ。それでいいでしょ」
「んん~、手術が必要かもよ? それでも? お金はたんまり貰うよ~? 大体これくらい」
レインは羊皮紙の切れ端にサラサラと金額を書いて私に見せた。目玉が飛び出る、という単語が現実にあるのだと実感する。私の顔がよほど面白かったらしく、レインは愉快そうにケラケラ笑った。
「すごいでしょ? この額払える? 成功しても失敗してもこの額をもらう。これだけのお金を、いくらイグニス家とは言え君みたいなご令嬢が動かせるのかな?」
「闇医者って普通の医者より安くやってくれるものって聞いてたけど」
「普通の医者ならもっとかかるよ」
医者の相場なんて知らない。騙されていたとしても確認する術はない。第一、診察しても何もできなかった町医者が手術なんて無理に決まってる。
こいつを信用できるに足る十分な証拠は何も無い。正直会ってみてもレインが本当に腕の良い医者か、私には判別できない。だけど……今はこいつに頼るしかない。
「わかった。じゃあやって」
「……本気?」
レインは笑った顔のまま固まって、穴が空くほど私を見つめた。
「本気で言ってる? 大丈夫?」
「大丈夫だからさっさと移動するわよ。まずはステラの様子を診てもらう。薬も。ほら、早くして!」
「……こりゃ面白いことになったなあ。驚いたよ。ま、お金さえ払ってくれるなら私は何も言わないけどさ」
レインの頭からはてなマークがぽんぽん飛び出てくる。
私は半ば引きずるようにしてレインを連れていった。
孤児院に着くと、警備兵がバーバラたちを連行し、犯罪の証拠を捜索しているところだった。シリウスは小さなベッドの傍らで、泣きながらステラの手を握りしめていた。




