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398 逃げる




 大勢の子どもたちを前に、おじさんは鬼みたいに顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


「出て行け!! 見ず知らずの子どもを連れ込んで良いと誰が言った!?」

「でも遊んで遊んで~って言うから……」

「よそ者を連れてくるな!! 誰とも関わるなと言ったのに……ッお前耳がついてないのか!?」


 おじさんはプリプリしている。

 だって皆遊びたいって言うし、俺のこと気に入ってくれたみたいだしどうせ暇だし、いいかなあって思ったんだけどな。

 屋敷に案内するには、もう少し仲良くなってからにしなきゃだめだったかな?


 何とか機嫌を直してもらおうと、俺は貰ってきたパンをそっとおじさんに差し出した。


「……どうやって調達した。こんなもの」

「この子たちに教えて貰ったんだけど、何か無料で配られててさ。けっこう美味しかったぜ?」

「無料で配られていた……だと?」

「うん。えっと……かいうす? なんだっけ?」


 俺が子ども達の方を見ると、おじさんに怯えながらも、子ども達は口を開いた。



「新しい皇子様が、配ってくれてるんだって」

「すごく良い皇子サマなんだって」

「これから毎日パンを貰えるって。学校って言うのも行かせてもらえるって」

「この国は変わるんでしょ? 皆凄い凄いって喜んでるよ」

「前の王様とは全然違――――――」

「黙れ!!!!!」


 話の途中で、おじさんは今までで一番大きな怒鳴り声を上げた。


「消えろ!!! 醜いガキどもめ。二度とここに顔を出すな!!!」

「う……」

「うえええええん!!」

「泣くな殺すぞ!!!」

「わわわ、おじさん落ち着けって。俺が悪かったよ。子ども達を広場に連れて行くから、もうこれで終い。な?」


 おじさんが本当に子どもたちを蹴りつけそうな勢いだったから、俺は慌てて子ども達を戸外に出した。

 おじさんの方を見ると、俺たちに背中を向けて、奥の部屋へ足音荒く向かっているところだった。

 俺はその背中に声を掛けた。


「……おじさんは皇子様に酷い目に遭わされたんだっけ?」

「………………」

「ごめんな。何か美味いもの貰ってくるからさ! ちょっと待っててくれ」

「そんなガキどものことは放って――――」

「すぐ戻るからな!」


 この辺り、あんまり治安良くなさそうな感じがあるし、子どもたちをこのままにする訳にもいかないからな。

 そう思いながら子どもたちの方を向いた俺は、ちょっとビックリした。




 子ども達が、一人もいなくなっていたんだ。




「あれ?」



 俺がさっきまで見てたの、幻? もしかして座敷童的な?

 首を傾げると、パタパタ……と微かに足音が聞こえた。どこか慌てて走り去っていく音だ。よかった、人間だった。

 急に逃げ出すなんてどうしたのかな? 何か面白いものでもあったのか?


 俺は取りあえず足音のした方へ向かった。


 子どもたちはすぐに見つかった。

 青い顔を見合わせてコソコソと話している。



「やっぱり……あの人だよ」

「うん、絶対そうだよ。怖かったもん」

「誰に言ったらいいのかな?」

「もし違ったら?」

「怒られるのかな? でもお金もらえるんだよね?」


「何話してるんだ?」


 ひょこ、と顔を出すと、皆一斉にビックリして言葉にならない悲鳴を上げた。

 俺の方がその叫び声にビックリしたくらいだ。そしたら、散り散りになって駆け出した。


「お、おい? 取って食ったりしないぞ? 急にどうしたんだ?」


 声を掛けてみたけど、返事はない。

 さっきすごく怖い思いをしたから、俺にも怯えちゃったのかな? それは悪いことをしたな。

 う~ん、まあ、自分の家がわかっているなら俺がわざわざ追いかけなくても大丈夫かな、と思って放っとこうとした、その直後、悲鳴のような声が聞こえた。



「おい、どうした!?」



 慌てて声のした方に駆け出す。子どもたちが集まっていたのは、屋敷の裏手に広がる、濁った泥沼だった。

 逃げる途中に転んだのか沼があると思わなかったのか、小さな男の子が溺れてる。必死で手を伸ばしてるけど、他の子どもたちがいくら頑張ってもそれに届かない。



「うわ……足がつかないのか? あのままじゃ……」


 子どもたちは今度は俺を見ても逃げようとしなかった。

 「ごめんなさい」「助けて! あの子を助けて!」とびゃんびゃん泣いている。


 俺は靴を脱ぎ捨てて泥の中に足を突っ込んだ。

 意外に深い。ずぼずぼ足が飲まれて、太股くらいまで泥に浸かった。

 俺ならこの程度で済むけど、男の子の方はそうはいかない。今にも頭から泥に飲まれそうで、ぴょんぴょんしながら必死で逃れようとしている。



「待ってろ!! すぐに行くからな!!」



 泥があっちこっち跳ねて気持ち悪い。頭に巻いた布が緩んで、視界の邪魔をする。面倒だから布を剥ぎ取って、男の子の元へ向かった。


「おい、落ち着け! もう大丈夫だぞ!」

「うう……うぐッ……ぐす……」


 泥に塗れた顔に、それを洗い流すみたいに止めどなく涙が流れている。

 キラキラ輝く目に、俺が映る。



「う……え……? 女神、様…………?」

「よし、意識はあるな! 脱出するぞ!」



 俺は彼の脇に手を差し込んで勢いよく引き上げた。


「ひやぁッ!?」

「うお!?」


 多分パニックになってたんだろう。俺が急に引き上げたのに驚いたのか、男の子がちょっと暴れた。その拍子に、俺はバランスを崩して泥の中に突っ込んだ。


「うえッ……」


 うっかり口を開けて泥が入ってくる。急いで泥から頭を出して、「げほげほ」吐き出した。

 うえ~……目にも入った。気持ち悪い。全身泥だらけで体重くて、とにかく気持ち悪くて仕方ない。


「あ、大丈夫、か!?」


 急いで男の子の方を見ると、俺が咄嗟に男の子を高く掲げていたおかげで彼は無事だった。さすが俺! まあ男の子の方ももうすでに泥だらけっちゃ泥だらけだから、今更泥沼に突っ込んでも大して変わらないだろうけど…………取りあえずこのまま泥沼から脱出しなきゃな。

 男の子を掲げたまま立ち上がって地面まで辿り着いて、彼を下ろした。


 子ども達がわらわらと俺たちに駆け寄る。


「大丈夫!? 生きてる!?」

「よ、よかった……! よかったああ!」

「怪我はないか? どっか怪我してたら大変だからな。まずは体を洗うか」


 俺もこの泥洗い流したいし、と声を掛けると、皆ビクッとして一斉に俺に頭を下げた。


「ご、ごめんなさいごめんなさい! 誰にも言わないから許して!」

「え?」

「も、もしかしたらあの人、皆が探している人かと思って……」

「言わないから見逃して!」


 皆びえんびえん泣いている。

 何をそんなに謝っているのか俺にはよくわからなかった。

 多分子どもたちが逃げ出したのはおじさんが怖かったからだろうし、そうなると元はと言えば俺が悪い訳で。



「大丈夫だって。もう泣かないでくれ。俺は怒ったりしな――――」

「何をしているッ!?」



 ビーン、と体が震えるような怒鳴り声だった。


 焦った様子の大人が数名、俺たちの方へ駆け寄ってくる。わあ、鬼みたいな顔してんなあ。あ、これはまずいな、と思ったけど、思った時にはいろいろ遅かった。

 泥だらけの男の子と、俺と、泣きじゃくる子どもたちを見て、そいつらの顔がみるみる赤くなっていく。ますます鬼っぽい。



「お前ッ……この子たちに何を――――――」

「すみませんでしたあああああ!!!」



 “事情を話す”“弁明する”

 そういう面倒くさいことの一切を捨てて、俺が取ったのは土下座一択だった。





――――――――

――――――――――――




「ふう……なかなか大変な目に遭ったな」


 俺は人気のない寂れた通りに身を隠して小さく息を吐いた。


 怒鳴られ怒られ何とか許して貰ってその場を後にした。だけど泥だらけだったせいで「何あれ」「汚い……」と街の人たちには遠巻きにされるし、何も知らない子ども達に石を投げられ笑われるしで取りあえず人のいないところへ行こうって歩き歩いて……――――――今に至る。



 思えば、俺が速攻で謝ったのもまずかったよな。

 助けた子どもたちはずっと泣きながら庇ってくれてた訳で、大人たちはちゃんと耳を傾けなかったけど、俺が冷静にしっかり対処してたら、お礼くらい言われて今頃この泥も綺麗に洗い流して、着替えとかも貰えてたかも。


 でも俺が安易に子どもたちを連れ回しちまったのも、怖がらせた結果ああいう事故に繋がったのも事実だし…………うん、まあ仕方ない仕方ない。次から気をつけよう。



 取りあえず泥だらけの体をどうにかしなきゃな。

 そう言えば昨日汲んどいた水が屋敷にあったっけ? 俺は記憶を頼りに屋敷に戻った。



「あっ、おじさ――――」



 おじさんは屋敷の前で座り込んでいた。

 ギロっと俺を見上げて立ち上がる。



 ずいずいと勢いよく迫られて、俺は思わず後ずさった。

 今朝のことまだ怒ってんのかな、と思ったら――――……




「なぜ――――――」

「え?」

「なぜあんなことをした……!?」




 おじさんは今までで一番怖い顔になっていた。


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