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396 【ジーク】 命ずる



 ――――――

 ――――――――――




 その夜、兄さんとシド以外、集められる人間を全員西支部に集めた僕らは、満身創痍のレインからとんでもない話を聞くことになった。

 レインはフードを目深に被り、公爵たちに顔を隠しながら、何があったか話し始めた。



 皇帝を、見つけたと言う。追い詰めてフレアの居場所を吐かせようとしたと言う。そしたら空から頭に布をぐるぐる巻いた変質者が降ってきて、皇帝を両手に抱え壁を駆け上がり逃走。一切スピードを落とすことなく、屋根の上を走って消えてしまったと言う。



 レインは当然、蹴りつけられた背中の痛みを堪えながらその後を追ったが、すぐに見失ってしまった。恐ろしい程の速さだったらしい。





 ……………頭が痛い。

 そんなことができる、いや、そんなおかしな変装を自信満々でしてしまう人間なんて、僕は一人しか知らない。



「とにかく捕獲。捕獲だね。捕獲を最優先に考えよう。私もお前たちと協力するとか最悪過ぎて吐きそうだけど手段は選んでられないんだ。本気で捕獲しにかからないとまず捕まえらない」とレイン。

「おい、そこは救出って言うんじゃないのか……? フレアは野生動物じゃないぞ」


 思わず口を挟んだが、「甘いねえ王子サマは」と一蹴された。


「あんな動きするのは野生動物でもなかなかいないよ? とにかく救出なんて生ぬるい言葉使ってるうちは絶対捕まえられない。捕獲。火を噴く怪獣を捕獲するって気でいかないとダメ」


 こいつなかなか酷いこと言ってるぞ。フレアが戻ったら告げ口してやるからな。


 レインの言葉に、ディランが首を傾げる。


「でもさあ、さすがにそんなこと貴族の令嬢様がやるか? 頭に布ぐるぐる巻き? 俺が言うのも何だけどあんまり頭が良い感じには……――――」

「どう考えてもほむらだ」


 ディランの言葉を遮って断言したのはカイウスだった。額を押さえ、「間違いない」とため息を吐いている。反対側の席で、ローガンまで額を押さえ頷く。


「こいつと同意見というのは癪に障るが……いかにもほむらがやりそうなことだ」

「お前らの中でフレアはどうなっている……?」


 まあ僕も残念ながら同意見だが。


「フレアはそんなお茶目なことをする子ではないと、思うのですが……」


 イグニス公爵が怪訝な顔で口を挟む。

 彼女の八割はお茶目でできているようなものだと思うがな。可愛らしいのも可愛らしくないのも含めて。



「問題は、どうしてフレア様がレインを見て初対面のような反応を見せ、自らの意思で皇帝と逃亡したか、ですね」


 ルベルが眼鏡を押し上げ、努めて平静を装いながら口を出した。


「毒ガスの影響で記憶を失ってしまったのかもしれません。あるいは、前世の記憶だけが残った、というのも可能性としては考えられます」



 兄さんは、あの毒ガスを前世の記憶保持者が吸い込むと、体が耐えられなくなって爆発するか、記憶がグチャグチャになって廃人になると言っていた。

 フレアが元気いっぱいということは、どうやら体の方は耐えられたということだ。廃人、という訳でもないだろう。

 だが記憶の方は、確かにグチャグチャになってしまったらしい。



 フレア、ルーク、ほむら……一つの魂に三つの記憶。

 今の彼女は、一体誰なのか。

 それとも、この中の誰でもないのか……。


 ひとまず、フレアの記憶とルークの記憶、その二つは消えたと考えていいだろう。

 レインのことがわからないということはそういうことのはずだ。



 ルベルはカイウスの方へ視線を向けた。


「確か皇子殿下は、フレア様の前世の関係者でいらっしゃいますよね? 何か気になった部分はありますか?」

「そうだな。……前世の、ほむらの記憶のみがなぜか残ったとして……妙な違和感がある。ほむらは七十は超えていたはずだ。ならば皇帝を“おじさん”呼びするのはおかしい。年を取ったほむらにとって、自分より年下は皆可愛い子どもみたいな感覚だったからな」


 乱蔵も「確かに」と頷く。


「じゃあ……完全な記憶喪失……でしょうか?」


 カノンが首を傾げる。カイウスは静かに「わからない」と首を横に振った。


「もしかしたら、ほむらの記憶も全部ある訳ではなく、その一部が残ったという可能性もある」

「一部?」

「例えばほむらの若い頃、十代とか二十代の頃までの記憶が残って、後は全部消えた、とか」


 僕は顎に手を当てて考え込んだ。

 その可能性は考えていなかったが、確かにあり得るかもしれない。なんせ何でもありの毒ガスだ。


「口調が荒っぽくて、自分のことは“俺”と言っていたんだろう? 若い頃のほむらはまさにそうだった。それにあの頃のあいつは人を疑うことを知らない。皇帝の言うことを鵜呑みにして従っているのではないかと……。恐らく俺のことも相当悪く言っていることだろう」

「となると、これから僕らが何を言っても、全力で逃げられる、ということですか」




 難問だな。

 あの身体能力で逃げられたら、僕たちが束になっても捕まえられるかどうかわからない。

 どんな方法を考えても、捕まえられるイメージが湧かない。





「一つ、良い案があります」



 誰もが沈黙する中、そう声を発したのはカイウスだった。

 彼は壁に背中を預けて突っ立っている乱蔵へと、顔を向けた。



「乱蔵、と言ったな。君は確か……菓子作りが得意だっただろう」



 …………ん?



「……それがどうした」

「ほむらも君の手作りは大好物だと言っていた。特にみたらし団子は絶品だと」

「…………だからそれがどうした」

「君が最高のみたらし団子を作るんだ」

「は?」



 は?



 乱蔵も僕も他の面々も、唖然としてカイウスを凝視した。

 聞き間違いかと思ったが、カイウスの顔は真剣そのものだ。


「それを見晴らしの良い場所に置いておく。お茶を添えれば尚良し。紐と網で大きめの仕掛けを用意して、匂いに釣られたほむらが近づいて取ろうとしたらそれで捕まえ――――」

「お前はフレアを何だと思ってるんだ!!!!」


 思わず机を叩いて立ち上がった。仮にも皇子相手に乱暴な言葉が止まらない。


「フレアは猿じゃないんだぞ!? そんな阿呆みたいな作戦に誰が引っかかる!?」

「いや、ほむらならば絶対に引っかかる!! 実際これであいつを捕獲したことがあるんだ!!」

「え!?」

「ちなみに発案者はローガンだ!!」

「何!?」


 今度はローガンに視線が集中する。

 ローガンは両手の指を組んで額に当て、俯いていた。表情は見えないが耳が真っ赤になっている。


「今は……昔の……話だ……」

「お前、本当はフレアのことを何だと思ってるんだ……?」

「あの時は俺も幼かった! ……幼かったんだ。出来心で……。まさか引っかかるなんて……」


 そんな作戦を思いつくローガンもローガンだが、それにまんまと引っかかるフレアもフレアだ。

 ローガンは俯いたまま、気を取り直すように口を動かした。


「と、とにかく、ほむらの食への執着心は凄まじいと……そういう話だ。彼女は食べ物を無条件でくれる相手に対してすぐ心を開いてしまうところがある。恐らく皇帝もそれで懐柔したんだろう」

「怪獣を懐柔――――」

「黙れ義勝」

「…………爺になると言葉遊びがしたくなるんだ」

「言い訳は要らない。今度室温を下げたら斬る」


 昔の話を暴露された焦りか下らないギャグを目の前で言われた怒りか、ローガンのカイウスへの当たりが余計強くなっている気がする。




「……取りあえず、捜索に関わる全ての兵士に伝えておこう」



 僕は咳払いした。

 フレアを安心安全に救出するためには、記憶を失ったフレア…………まだ推論の段階だが、若かりし頃のほむらと信頼関係を築かねばならない。軍がまとめてかかっても、本気の彼女を捕まえることは難しい。ならば僕たちは味方であると、怖くないのだとわかってもらう必要がある。



 そのために僕らがやらねばならないことは……



「乱蔵の菓子を全員、常に携帯するように」

「待てこら」

「頼んだぞ、乱蔵。材料費は出す」

「ふざけんなてめえ!!」

「おい貴様! さっきから殿下への口の利き方が――――」とレオン。

「うるせえ!! こんだけ偉そうな奴らが揃って出た答えが“お菓子を携帯しろ”ってどうなってんだこの会議は!? お前らあいつのことになるとほんとポンコツだな!?」

「じゃあこれ以外に何か有効な作戦があると言うのか!?」

「ぐぅッ……」



 乱蔵の言うことは正しい。正直僕もどうかと思う。…………が、確かに彼女を捕まえたという実績もある以上、お菓子大作戦に賭けるしかない。




「まあ頑張れよ蜘蛛助。確かにあの人には有効な手段だ」

「誰が蜘蛛助だ!!!」

「俺も手伝うぞ! 何でも言ってくれ!」

「お前は手伝うなカノン。菓子が石になる」

「アランさん、俺、買い出し頑張るから……」

「誰か否定しろや!!! こんな作戦おかしいだろが! 大体何で俺が作らなきゃならねえんだよ! その道のプロを呼んで来い!!!」

「まあ、あれだ、お前の味で何か記憶が蘇るかもしれないだろ」

「適当言ってんじゃねえぞ王子!!!」




 乱蔵は必死で抵抗したが、結局僕の命令に従って厨房へ向かった。

 それは全く終わりの見えない、地獄のお菓子作りの始まりだった。

 


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