395 手当する
「おいぼさっとしてんなよ! 大勢来る前に早く逃げようぜ!」
「……こんな変質者の手を取って逃げねばならないのか、俺は……」
「早く早く! 兵士がいっぱい集まってるぞ? 捕まりたいのか?」
「チッ」
おじさんはイライラと乱暴に俺の手を取った。
ったく、助けに来たのに何でそんなに不満げなんだ?
俺の変装、どう考えても完璧だろ?
髪が目立つとか地味にしろとか言ってたから、布をぐるぐる巻いて顔も髪も隠したし、だからって何も見えなきゃ困るから、ちゃんと見えるように目のところに隙間を開けた。これで簡易頭巾? 覆面? のできあがりだ! 俺ってほんと天才だよな。天才過ぎて困っちまう。
「ぐッ……その、声ッ……」
「わわっ、ごめんごめん、忘れてた」
足下の男が苦しそうに俺を見上げて、俺は慌てて男から足をどけた。
その時ふと視線が合って、俺はめちゃくちゃ驚いた。
青い目……? え、嘘。俺とお揃いじゃん!
夢みたいだ。まさかこの世界に、青い目の奴が俺以外にもいるなんて! それに同じ青でも、何か全然違って見える。俺よりずっと深い色。夜だからかな? 月の光に輝いて、キラキラしてるんだ。
「わあ……すげえ。空の色だ。俺の目よりずっと綺麗!」
思わず覗きこんでた。そしたらその目がまん丸に見開かれた。
「は……? 何、で――――――」
近づいてわかったけど、すごい、髪まで青いんだ。肌は白くて雪みたいで、よく見たらすっげえ綺麗な顔だった。そう、綺麗だ。俺と違ってすっごく綺麗。色は変わってるけど、こんなに綺麗な人もいるんだなってビックリする。魅入っていると、ぐいっと腕を引っ張られた。
「行くぞ」
おじさんが怖い顔になっている。そうだそうだ、早く逃げなきゃいけないんだった。
「ごめんな美人さん! 俺行かなきゃだから! 怪我してたらごめんな!」
「ちょ、待っ……何――――――」
「よおし! 楽にしててくれよおじさん!」
「は? え……――――――――ッ!?」
おじさんの体を両手に抱きかかえて、俺は壁を駆け上がった。
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――――――――――――
「……………………………………屈辱だ」
もう何度目かの恨み言が、おじさんの口から零れる。
俺は思わずため息を吐いた。第二の屋敷に来てから、おじさんはずっとこの調子。
顔を歪ませてぐったり俯いて、時折俺の方をギラギラした目で睨み付けてくる。
「こんな小娘に両手で抱っこ…………我が人生最大の恥だ」
「ま~だ言ってんのか。いいじゃん、それで無事逃げられたんだからさ。おじさん一人じゃ多分無理だったぜ? だから俺が両手に抱いて屋根まで駆け上がって――――」
「両手が塞がっているのにどうして壁を駆け上がれるんだ」
「そりゃ足があるから」
「…………」
当然のことを言ったはずなんだが、どうやら理解できなかったらしい。
おじさんは深いため息を吐いた。
そんなに変なこと言ったか? 壁の出っ張りに足を引っ掛けて一気に駆け上がるだけじゃん。ボコボコした壁なら案外簡単だし、足腰さえしっかりしてりゃあ多分誰でも出来ると思うけどな。
「……そう言えばあのお婆さんはどうしたんだ」
「ああ、途中で目を覚ましたと思ったら具合悪くなっちゃってさ。それでいい格好した兵士さんに声掛けて」
「はあ!!?」
「大丈夫大丈夫。こうやって変装してたからさ。顔は見られてないって! お婆さんのことちゃんとお医者様のところに連れてって、面倒見てくれるってさ」
「…………その兵士は、お前を見て何も言わなかったのか」
「斬新なファッションですねって褒められたぞ?」
「……ばかな兵士でよかったな」
「?」
お婆さんを兵士さんに託した後、俺はさっさと時計台に向かった。
でもその途中、何とな~く、嫌な予感って言うのか、第六感って言うのか、それでこっちに戻ってきたんだ。そしたら案の定、おじさんが追い詰められてたってわけ。
だから俺は急いで助けに飛び降りたのに、ありがとうの一つもないってのは正直どうかと思う。
「それにしてもほんとボロいなあ、ここも。なあ、ここは綺麗に掃除――――」
「しなくていい。する必要ない」
……おじさんって汚い好きなんだな。
おじさんの第二の屋敷は、幽霊でも出てきそうな程廃れてボロボロで、人が暮らすって感じではなかった。前のところよりは広い。近くには他に家と呼べるものはなくて……いや、まあ似たようなボロ屋敷ならちらほらあるかな。寂しい場所だ。
おじさんはこういう場所が好きなんだろうか?
息子さんに家に追い出されたって言ってたし、やっぱり今は誰からもそっとしてほしい……とか?
なら俺が傍にいるのも良くないんじゃないかとは思ったけど、今この訳わかんねえ状態でおじさんがいなくなったら困るのは俺だから、取りあえずできるだけそっとしておこう。
「……て、おじさん! その腕どうしたんだ!? あ、腹も!?」
「…………斬られた」
「き…………うわあ……こりゃ酷いな。あの美人さんが……!?」
「美人?」
はあ?みたいな顔でおじさんが俺をウンザリ睨み付けた。
何か、睨み付けられてばっかりだなあ、俺。
「美人だったじゃん。どことな~く、あの肌の白さかな? 儚げな雰囲気かな? 心桜に似てるものを感じたんだ。まあとにかくすっげえ美人だと思ったよ? 俺は」
「お前の美的感覚はどうなってるんだ……」
「えー?」
「ただの変態だっただろう。気色悪い、死神のような男だ」
「そんな風には見えなかったけどな」
おじさんって変わってるなあ。
まあいいや。それよりおじさんの怪我を手当してあげなきゃ。
深くはないけど、こういうのを放置してると死んじゃうこともあるからな。
「ほら、ちょっと服脱いで。手当するぞ。井戸とかある?」
「そんなのはいい」
「え?」
「お前の力を使え。もうわかっているんだ、貴様の力は発火能力じゃない。だがそれ以外の、素晴らしい力を秘めている。つまり治癒とか、何かそういうものだろう。それを使え」
「おじさん、変なこと言ってないで手当するぞ」
「………………」
やっぱり変なおじさんだなあ。発火能力? 治癒? 全然意味がわからない。
とにかく急いで水を汲んで、綺麗に洗って消毒して…………俺がせっせと動く間、おじさんは諦めたように微動だにしなかった。
おじさんの腹や背中には古傷がいっぱいあって、俺はちょっと驚いた。おじさんはもしかして兵士だったんだろうか? けっこういい体してるし、もしかしたらそうかもしれないな。
「大変だったんだな、おじさん」
「…………は?」
「こんなに怪我してるってことはそれだけ大変な目に遭ったってことだろ? うわ、この背中の傷とか超痛そう。バッサリ斬られたんだな」
「お前には関係――――」
「よし! これで大丈夫だな。他に怪我はないか?」
「………………ない」
俺は屋敷に放置されていた枕っぽいものとかカピカピの毛布とか布とか、使えそうなものを掻き集めて寝る場所を用意した。ほんとはちゃんと洗ってから使わせてやりたいけど、そんな時間もないしなあ。
あんまり良い出来とは言えないけど、まあ、この床で寝るよりはマシだよな?
「ほら、ここで寝たらいい。疲れただろ」
「何をしているのかと思ったら……。そんなものは必要ない」
「無理すんなって。怪我してるんだし、取りあえず今日はこれで寝ときな。明日はもっと良いもの用意してやるから」
「要らないと言っている。それに俺は寝ない」
「疲れた時は寝て元気を取り戻せ。俺が見張っとくから、おじさんは安心して寝なよ」
「人の話を聞け! こんなものは必要ない!!」
おじさんは俺が用意した布団もどきを蹴りつけた。毛布があちこちに散らばって台無しだ。えー……普通に酷いことするなあ。
「俺は誰も信用しない」
「そっか」
「…………。もちろんお前のことも信用などしていない。二度と、俺に気安く触れるな」
そう言って、別の部屋に行ってしまった。
すっげえツンツンしてる。気安く触れるなとか言うけど、手当の時あんなに大人しく触れさせてくれてたのに、変なの。
「ま、徐々に仲良くなれればいっか」
こうして出会えたのも何かの縁だろ。
おじさんは多分すっげえ孤独なんだ。
あんなに怪我だらけで、家族から酷い目に遭って、人が信用できないのはどうしようもない話だ。
だから厳しく当たるんだろう。
何か、ガキの頃の俺みたい。
先生に出会う前だ。俺はいつも一人ぼっちで辛くて苦しくてひもじくて、生きていくのに必死だった。
……明日は何か、おじさんの喜びそうなものを作ってやろう。
そしたら笑顔になってくれるかな? 笑顔になってくれるといいな。
さよならする時までには、俺たちもう少し仲良くなれてると嬉しいな。
――――そう思いながら、俺はボロボロの屋根の隙間から僅かに垣間見える、綺麗なお月さんを見上げた。




