393 理解する
パンをすっかり平らげて、俺はふう、とお腹を擦った。
結局一個じゃ全然足りなくて、おじさんが要らないからってくれたパンと明日の朝のパン、全部で四個も貰っちまった。
「いいか、お前は俺の物だ」
おじさんは俺を睨み付けて、よくわからないことを言い始めた。
「記憶がなくなったのか頭がおかしくなったのか知らないが、これからは俺の言うことに従え。俺の言う通りに、俺に言われるがままにその力を使うんだ。わかったな」
あ、なるほど。おじさんの目的がちょっとわかったぞ。
「おじさんには美味いパンを貰ったからな! じゃ、まずはこの屋敷をどうにかするか!」
「は?」
俺は立ち上がり、階段を上った。実はずっと上ってみたかったんだよな~。この奇妙な部屋……多分地下室だと思うんだけど、殺風景で全然物がないし、上はどうなってるんだろうって気になってた。
「ちょっと待て! 別に上に行く必要は――――」
「うわ、掃除道具もねえのかよ!? 窓もボロッボロだな。床も酷え。長い間ほったらかしだったんだなあ」
床を力任せに開けて屋敷の中を見た俺は、こりゃ酷えなと驚いた。
「仕事忙しい? 掃除する暇もなかったのか?」
「だから……誰が掃除をしろと言った! いいか、俺はその力を俺のために使えと――――」
「ははっ、俺の力は凄いぜ? まあ見てろよ、このボロ屋敷を綺麗まっさら新築同然の住み心地にしてやるからさ!」
「新築同様など絶対やめろ目立つことをしてどうす――――――おい待て!!!」
俺はふんふ~んと鼻歌を歌いながら玄関に向かった。
外に出ようとして、肩を掴まれた。
「待てと言っている!! 貴様まさか近隣住民の皆さんにご挨拶でもするつもりか!?」
「なんでわかったの?」
「そういう気配だったからだ! 勝手な行動をするな!! 大体こんな真夜中に挨拶回りなどする奴があるか!!」
「あー、確かに! おじさんあったまいい! じゃ明日だな!」
「はあ!? 明日もしなくていい!! いやするな!!」
「えー、掃除道具とか貸して貰わなきゃ。調理器具もないし、このままじゃ何も出来ないぞ?」
「しなくていいと言っている!! 何クッキングしようとしてるんだ!!」
「え? 俺の料理が食いたいんじゃねえの?」
「違う!!!!」
俺の力が必要だ、みたいなことを言っていたくせに、急にどうしたんだ?
もしかして照れ臭くなったのか? 変なおじさんだなあ。
「あ」
「……何だ」
「怒った顔を見てピンと来たぞ。あんた、義勝によく似てるな!」
「……? よしかつ? 誰だそれは」
「ありゃ? 親族かと思ったんだがな。父親……ではないな。前に見たことあるけどこんな感じじゃなかったもん。知らない? 碓氷義勝。碓氷家って言ったらそこそこ有名っぽいぞ?」
「知らん」
おじさんはぷりぷり怒って吐き捨てた。
短気なおじさんだなあ。
「そんなにピリピリしてたら幸せが逃げてくぞ?」
「黙れ」
「こうして出会ったのも何かの縁だし、仲良くしようぜ?」
「ふざけるな」
「……最近すごく嫌なことでもあったのか?」
「知りたいか」
「うーん…………うん」
「実の息子に家を追い出された」
「………………………………ごめん」
「謝るなら聞くな」
いやだって想像以上に可哀想な答えだったからさ。
そっか……子どもに嫌われちゃったのか。
何があったか知らないけど可哀想だ。そりゃピリピリするのも仕方ない。
これはおじさんに優しくしなきゃいけないな、と思ったし、その話を聞くとおじさんの後ろ姿がとてもしょぼくれて見えた。
そんな訳で結局、俺は何もない地下室で時間を持て余すことになった。
やることもないし暗いし、俺は手を縛ってた縄であやとりをしながら、ぼんやり自分の記憶を整理した。
俺の名前はほむら。年は……多分10代。
正確な年齢は俺自身わからないけど、義勝が確か15くらいのはずだから、俺も似たようなもんだと思う。
俺がしばらくいなくても先生は大丈夫だろうけど、心配なのは心桜。先生の一人娘だ。
まだ七つの心桜は、すごく体が弱くて、しょっちゅう体調を崩している。もちろん先生だって看病のいろはくらいわかっているし、親戚の人とかに来て貰えば大丈夫だろうけど……やっぱり、ちょっと心配だ。
一人で苦しい思いをしてないかな?
熱は出してないかな?
咳は?
早く傍にいって、粥を食べさせてやりたい。
……でも、多分すぐには帰れないんだろうなあ。
こういうことって、嫌でもわかってしまうものなんだな。肌で感じるって言うか、明らかにおかしいって言うか。
ここは、俺の知っている世界じゃない。
おじさんなんて、名前がひゅーご・ふぁーとぅむだぞ。名前が前、苗字が後ろだ。
聞いたことねえよ、そんな名前。
しかも俺のこと「ふれあ」って呼ぶし、いやいや俺は「ほむら」だって何度言ったことか。
根負けしたのかようやく「ほむら」って呼んでくれるようになったけど、人の名前を間違え続けてごめんの一つもないのはどうかと思う。
俺が知らないはずの言語を喋れる理由はわからないけど……まあなんだろう、多分俺の適応能力がすごい、とか? それともこの世界に飛ばされちまった時、何か凄まじいことが起きてここの言葉が喋れるようになった、とか?
先生は一体何を発明しちまったんだろう? やれやれ……帰ったら問い詰めなきゃな。
「…………動くぞ」
「え?」
おじさんが突然そう言ったのは、俺が目を覚ましてから何時間か経った頃のことだ。
「え、動くって……どこ行くんだ? 一階?」
「別の屋敷に移動する」
「移動? 何で?」
「……もう少しまともなところに移動するんだ。お前は寝ないしすぐうろちょろしそうだし監視するのも面倒だ」
「だってすっげえ寝たんだもん。て言うか、おじさん他にも家持ってんの? 意外に金持ち?」
「…………」
おじさんって謎だなあ。何してる人なんだろ。
背は高い。体力はありそう。見れば見る程義勝に似てる。偉そうな雰囲気もそっくりだ。……うーん、でも身なりが汚えよな。としたら役人ではないかあ。意外に農民とか? でもあの服じゃ土を耕すには向いてない。
俺はうんうん考えながら、おじさんの後について外に出た。
そして馴染みのないその町並みに驚いた。
暗くてよく見えないけど、やっぱり全然違うみたいだ。分厚い石の家に石の道。ぎゅって詰められたみたいに家がたくさんあって、通りは細くて、漂ってくる臭いも違う。それがどう違うのかは説明が難しいけど、ちょっと脂っこいような、湿っぽいような、変わった臭いだった。
「いいか、この国の兵士には絶対に声を掛けるな」
兵士……ああ、侍ってことかな? 耳馴染みのない言葉も、教えてもらった訳でもないのにすんなり理解できる。俺って実は天才なのか?
「見るな。関わるな。無視しろ。住民もだ。あいつらは金のためなら何でもする。特にお前はその派手な髪が目につくからな。充分気をつけろ。身なりの良い奴に捕まったら死ぬと思え。わかったか」
「うん、わかったわかった。俺もお役所の人間と関わるのは御免だ」
お偉い人間と関わったところで、良い記憶なんてこれっぽっちもない。
「この国はカイウスという人間が乗っ取った。凶悪で薄汚い悪魔のような男だ」
「ふんふん」
「奴は俺を探している。そのためなら手段を選ばないだろう。あいつはお前にも容赦しない。女だろうと拷問にかけ、お前のことを甚振り殺すだろう」
「うげえ。それは怖いな」
とんでもない奴がこの国を仕切っているらしい。
東雲帝国の頭が変わって、暁王国ってところも関わってて…………うーん、何かよくわかんないけど、取りあえず誰とも関わっちゃだめってことはわかったぞ。
「それから…………おい、ちょっと待て」
「ん?」
「……お前、何を背負っている」
こっちを振り返ったおじさんは、俺の肩辺りを見てすっげえ顔になっていた。
「お前ッ……誰だそのお婆さんは!?」
「道で寝てたんだ。調子悪そうだったからさ。すっげえ痩せてるし。何か食わせてやろうと思って!」
俺は背中に背負ったお婆さんをちょっと揺らした。
おじさんの顔がみるみる赤く染まる。……ヤバい、怒らせちまった。
「ふざけるな返してきなさい!!!」
「でもさぁ、返すっつっても道で気を失ってたんだぞ? あんなところで寝てたら死んじゃうよ」
「だとしても……! 見知らぬお婆さんを拾ってくるな!!!」
「見殺しにはできねえよ。いいだろ?」
「よくない!! 大体住民とも関わるなと……!!」
「え、言ったっけ?」
「言った!! つい、さっきだ!!」
あれ~? 関わっちゃだめなのはお偉い人じゃなかったっけ? 住民もだめって言われたっけ? 言われたような言われてないような……。
首を傾げていると舌打ちされた。その時、おじさんの顔がもっと歪んだ。
「……まずい」
バタバタバタ……と足音がする。
どうやらおじさんの声が大きすぎて兵士に勘づかれたらしい。
全く、何やってんだよ、おじさん。




