392 目を覚ます
…………
………………?
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる…………
頭の中が、ぐるぐる回る。
体が熱くて寒くて、苦しい。これが夢なら早く覚めてほしい。
おかしい。なんだ、これ。俺、どうなってるんだ?
いろんな景色が浮かんでは消えて、それから真っ暗になって……
「ヒッ」
暗闇の中で突然浮かんだ人影に、思わず息をのんだ。
人が、死んでたんだ。その真っ暗な世界の中で、短い金の髪の……男? 男が、首に短剣を突き刺して……よく見たら、辺りは真っ赤な血で染まってる。
『…………死にたく、ない』
確かに、そんな声が聞こえた。死んでると思ったがどうやら生きているらしい。啜り泣きのような声も聞こえる。
俺は思わず男の体を揺り動かした。
「泣くなよ。なあ、もう泣くなって。俺が助けてやるから。良い医者に連れてってやるから。そりゃ痛いってこんなことしたら。ばかだなあほんと。どうして自分で自分を痛めつけるのさ。そんなに辛い事があったのか? よくわかんないけどさ、美味いものでも食って元気出そうぜ。な? だから――――」
その時――――――……
ぐらぁ、と視界が揺れて……………………閉じた。
「…………ん」
ゆっくり瞼を開けると、知らない場所にいた。
さっき、何かすげえ泣いてる人がいたような……気がしたん、だけど……。
思い出そうとしても、全然思い出せない。
そんなことより殴られたみたいに頭が痛くて、ぼんやりする。
あー……変なの。つーか、ここどこさ? 本当に。
俺は上体を起こした。
真っ暗な部屋だ。手、縛られてる。あれ? どうなってんの? これ。何で俺の手が縛られてんの? つーかこの服、何? 黒い羽織りに……白いヒラッヒラした、変な着物。履き物も……なんじゃこりゃ。草履でもねえし下駄でもねえ。こんなもの履いたことねえぞ。
俺はぐるっと頭を動かした。そんで、見知らぬおじさんとバッチリ目が合った。
「………………………………おじさん、誰?」
おじさんは僅かに身じろぎした。
薄暗くてよくわからないけど、何か怖い顔をしたおじさんだった。
どことなく誰かに似ている。……誰だっけ?
「誰? おじさん。あれ? 俺、昼寝してたはず……あれ? 違ったっけ?」
確か縁側で日向ぼっこしてたはずなんだ。
温かい日差しを浴びて、うとうとして……。今日は何を作ろうかな、と思ってるうちに、多分寝ちまったんだ。
なのに、どうしてこんなところにいるんだ?
「ええっと……おじさん、ほんと誰?」
「…………本気でわからないのか?」
「え、うん」
おじさんの顔が徐々に歪んでいく。……俺、何か変なこと言った?
一生懸命記憶を思い出そうとするけれど、全然わからない。
こんなおじさんのことは知らないし、間違いなく初対面だし……もしかして先生の知り合い? いやいや、見たことねえよ。にしても変わった格好の人だな。着物……には見えないけど、全身真っ黒で、まるで葬儀の帰りみたいだ。あんまり綺麗な格好とは思えない。
「……記憶が、消えたのか? 本当に俺がわからないと?」
「うん……」
俺は「うう~ん」と眉間に皺を寄せた。
知らない部屋。知らないおじさん。縛られた俺。
ここから導き出される回答は…………
「!」
「? 何か思い出し――――」
「ああああああああああああああああああああ!!!」
俺の叫び声に、おじさんがビクッとした。
そうかそういうことか!!
俺……見知らぬおじさんの屋敷で勝手に寝てたんだな!?
だから盗人と疑われて手ぇ縛られて転がされてたんだな!? 何てこった!!!
「ちちち、違うんだよおじさん! 俺、なんでこんなとこにいるのかほんとに全然まるっきりわからねえんだけどさ、盗人じゃねえんだよ! ほんとに! 怪しい者じゃございません!!」
「……………………は?」
ああもう信じてねえな!? ぽけんとした顔しやがって!
「いやだからぁ、確かに俺の髪とか目は変わってるかもしれねえけど、怪しい者じゃないんだって! 盗人じゃねえよ? ほんっっっっっっとにどうしてこんなところにいるのかわからねえんだよ! 多分誰かがふざけて俺をおじさんの屋敷の放り投げたんじゃねえかなあ。なあ信じてくれ! 頼む! あ、頼みます!!」
俺は手を縛られたまま、おじさんに向き直って正座になって頭を下げた。
ここまで頑張ってるってのに、おじさんはますます俺のことを怪しんでるみたいだ。
まずいぞまずいぞ。このまま盗人として奉行所に突き出されたらどうすりゃいいんだ!? 先生助けて!!
「………………どうなっている? お前、誰だ」
「俺? 俺はほむらだよ! 神野藤ってわかる? 神野藤勇心先生! ここら辺じゃ一番の剣術道場だろ? そこの居候! 俺は先生の一番弟子!! 一番優秀だから!!」
「…………。意味がわからん」
「!? 何でわからん!? とにかく俺を突き出すのだけは勘弁してくれよ頼むよぉ! 俺はただ縁側で居眠りしてただけなんだって! あ、あれかなあ、先生の発明品がまた何かやらかして寝てる間に俺をぶっ飛ばしたのかもしれねえ! それでおじさんの屋敷に突っ込んじまったんだよ多分! うん、考えてみりゃあそれが一番あり得るな!」
「………………だから何の話をしている」
「いやそりゃあわかるよ!? あんたの気持ちも! 俺が嘘吐いてるって思ってんだろ!? そりゃ俄には信じられねえよな、そんなヤベえ発明ばっかしちまう剣の先生なんて、想像もつかないよな!? でもいるんだよ本当に! 俺は確かに先生から生活のいろはを教えてもらったけどさ、あの人ってほんと生活能力があるのかないのかあるのかないのか……発明になったらも~そこにのめり込んじまうの! んで訳わかんねえもんばっか作るの! そうだ! 先生に会いに行こうぜ! そしたらあんたも俺の言うこと理解できるから!」
早口で捲し立てたが、おじさんはなおも理解できないって顔で若干引いてる。
なんでだ。なんでここまで言ってんのに理解出来ないんだ?
やっぱ俺が金髪で青目だから怖がってんのか?
…………て
そこまで考えてから、思わずハッとした。
俺……何を、喋ってんだ……?
「何だ……? この言葉」
あれあれ? おかしいぞ。当然みたいにペラペラ喋ったり考えたりしてるけど……
これって、普段使ってる言葉じゃ、ない……よな?
俺は必死で頭を動かして、普段使ってる言葉を思い出した。
『……おは、よう』
「…………?」
おじさんは首を傾げた。
言葉が通じてないみたいだ。
『俺は……ほむら、です。よろしくお願い……申す……?』
「………………?」
やっぱりおじさんには伝わっていない。
でも……うん、そうだ。これが普段の言葉だ。俺の国の言葉だ。
なのにどうも舌がうまく回らない。喋れなくなった訳じゃないし理解もできるけど、さっき喋ってた言葉の方が使いやすくて慣れた感じがする。考えれば考える程おかしな感覚だった。
「どうなってんだ、これ……」
「……さっきの言葉は何だ。どこの国の古語だ」
「古語? いやわけわかんねえんだけど……俺の国の言葉だよ! だけどなんか……何か変なんだ! この言葉、何!? 俺の口に何が起こってんの!? いや頭か!? わッかんねえ!!」
そう叫んだ直後――――――……
ぐきゅるるるるるるるるるrrr…………
腹が悍ましい音を立てた。
獣の唸り声かよ、みたいな。
「あー……クソ、腹減った。もう訳わからんし腹減るし……」
「…………なるほど、あの毒ガスは人の頭をおかしくする類いのものだったか」
「? 毒ガス? 何の話だ?」
おじさんは袋から何か取り出して、ぽい、と俺の目の前に投げてよこした。
コロンコロン、と音を立てて転がってきたのは、見たこともない丸い、茶色い、まあまあ大きい、何か、だ。
「……何? これ」
「パンだ。それでも食え」
「パン……? 食える物?」
「床に放り捨てた物など食えないか? そうだな、食える訳もないだろう。ククッ、さすがのお前もこれほどの屈辱を受けたことは――――……」
俺は手を縛られたまま、首を動かしてパク、と食いついた。
「はむはむはむ……」
表面はちょっと硬え。でも中は割と柔らかい。噛み千切って口を動かしてゴックン。うん! うめえ!!
「すげえ美味い!! おじさんありがとう!」
「………………」
「食い物をくれる人は良い人だ! おじさんは良い人だな!!」
「は?」
目を丸くするおじさんのことは置いといて、俺は床に落ちた残りのパンに食らいつこうと首を伸ばした。
「ちょ、ちょっと待て。縄を外して普通に食え! お前恥ずかしくないのか!?」
おじさんが何か言っている。
残りのパンも一口じゃ食べきれなくて、噛み千切った残りがぼとっと床に落ちる。
「はふ? はひは?」
「食ったまま喋るな! クソ……何なんだこいつ」
おじさんはイライラしながら俺の縄を外し、床のパンを拾い上げて埃を払い、「手で持って食え!」と突き出した。何か、ちょっと怖いけど悪い人じゃないんだろうな。
俺は暢気に思いながら、勢いよくパンに齧りついた。




