41 忍び込む
アグニがどこにいるかなんて私は知らない。
でも、彼の飼い主がどこにいるかは知っている。城下町から王宮まではそう離れていない。屋根を飛び越えながら全速力で向かう。馬より速く走れる足がこういう時すごく役に立つ。深夜ということもあって、街も城門も静まりかえっている。
城門の前にたどり着くと、近くの詰め所の扉をバンバン叩いた。
「何事だ!!」
「ご機嫌よう。フレア・ローズ・イグニスよ。緊急事態が発生したから警備兵を出動してほしいんだけど」
「は!?」
偉そうな顔の近衛騎士は私を見て顔をしかめた。
「なんだこの子供は……」
「イグニス家のフレア・ローズ・イグニスよ。あなたの方から警備兵に指示を飛ばして。城下の孤児院。ミザール通りのとこって言えばわかる? あそこでうちの従者が襲われたの。施設の人間どもを拘束して」
「……どうも怪しい子供だな。イグニス家の方がこんな夜中にここに来る訳がないだろ。警備兵ならばここに来るより前に詰め所があったはずだ。そこに行かずにどうしてわざわざこんなところまで――」
「そんな時間はないの。さっさとして」
近衛騎士は中にいる上司に肩をすくめてみせた。
……いちいち説明するのも面倒ね。そりゃ私が同じ立場でも怪しいと思うけど。ちゃんとしたドレスを着ているならまだしも、マントに男装だもんね。でも今は一分一秒が惜しいのよ。
あまり使いたくはないんだけど、仕方ない。私は腕を突き出して開いた手のひらから火の塊を出した。
「うあっ!?」
「なんだこれは!?」
近衛騎士たちがざわついている。
「発火能力者よ。これでわかってもらえた? 私は用があるからもうここを離れるけれど、孤児院の方まで兵をよこして。王都の治安維持はあなたたちの仕事よね? 私の従者が困っているの。しっかり頼んだわよ」
手品か何かと勘違いされても困るけど、彼らの中には私の顔を知っている者もいたらしい。格好がいつもと違うから怪しんでいたところ、この力を見て確信してくれたのね。火を操る私をしっかり確認した後、わらわらと動き始めてくれた。
私は火を消して彼らからそっと離れた。本来であれば案内するまでが私の仕事だけど、今はそんな暇は無い。だからこそ、直接警備兵に任せるのではなく、ある程度の権限を持った近衛騎士を選んで指揮を執ってもらうことにしたのだから。
「……それにしても」
少しだけ気になるのは……私の火が、赤というより青っぽかったことだった。どちらかと言うと紫?そんな色の火なんて見たことがない。今までは普通に赤い火だったはずなんだけど、しばらく使わない間にどうなってるの?
「まあいいか」
色が違うだけで、火であることには変わりは無いものね。
私は近衛騎士たちから離れて、人の気配のない場所で塀を駆け上がった。一瞬で駆け上がり、向こう側へ飛び降りる。ジークのいる宮殿はまだまだ遠い。それまでに絶対に人に見つかってはならない。もし見つかったら牢にぶち込まれて処刑かもしれない。いくら公爵家とは言え、無許可で王宮へ侵入するなんて重罪ものだもの。まあ、正直見つかる気はしないけれど、最終的にはジークと話さなきゃいけないから……その時奴に「死刑」と言われたら終わりだ。でも、あのアグニが昼間市場にいたことといい、ステラの話を聞いていたことと言い、ジークが今回の孤児院のことで何か関わっていることは間違いない。
王宮は広い。いくら走っても足はそんなに疲れなかったけれど、思っていた以上に時間がかかってしまった。記憶の中にある彼の宮殿にたどり着いて、彼の部屋のバルコニーに足をかける。
鍵は……開いていた。
「開けっぱなしなんてさすがにどうかと思うけど」
「君が来ると思ったから開けといたんだが。不要だったか?」
明かりはついていなかった。真っ暗な寝室で、ジークは寝衣のまま椅子に腰掛け、月明かりで本を読んでいた。ちょうど、私の入ってきたバルコニーの方を向いて。
「神子っていうのは予知もできるの?」
「さあ? それを君に言う必要はないな」
ジークはあくまでニコニコと微笑んでいる。でも、ゾッとするような敵意を感じた。これは相当怒ってる……いや、怒りなんていう単純な感情なのかしら? そういうのでは括りきれない複雑なドロッドロしたものを感じる。
背筋に冷たいものが走るのを感じながら、私は呼吸を整えて彼の部屋に足を踏み入れた。
「失礼するわ。私のために開けといてくれたなら構わないわよね?」
「まさか君が夜這いとはね。公爵家の令嬢ともあろう者が、はしたない」
「何を想像しているのか知らないけどそれが目的じゃないから。アグニに用があるの。あいつは今どこにいるの?」
「アグニ……。あれが生きていると? なぜ?」
「目撃したって奴がいるの。あいつだけ処刑してないんでしょ? そんなのわかってるから、いちいち隠さなくてもいいわよ」
ジークは肩をすくめ、足を組み直した。
「アグニに何の用だ? まさか今からあれを殺すつもりだとか言うんじゃないだろうな?」
「殺す? 冗談言わないでよ。そんなんじゃない。前に会ったでしょ、ステラよ。あの子が持病で苦しんでるの」
「町医者は?」
「多分役に立たない。それでとある医者を探してるんだけど、アグニならすぐに探し出せるかもしれない。だからそれに賭けてるの」
「なるほど。確かにあいつならば探せない者はない、かもしれないな」
「他に良い案がある?」
「王宮医でも貸し出そうか?」
「本当にそんなことしてくれるわけ?」
「いいや? 言ってみただけだ。面倒事はご免なんでな」
ジークは私を試すように微笑んだ。
王宮医は基本的に王族を診るためだけに雇われている。珍しい症状だと知れば診てくれるかもしれないが、プライドの高い彼らを今動かすことは難しいだろう。それに後でお金を渡せば全てが丸く収まるような相手でもない。有力者がバックについているような医者は、トラブルを起こすと後がすごく面倒だ。しかもそこまでしたところで、彼らがステラを治せるかはわからない。
もしレインという名の闇医者が見つからなければ、彼らを引っ張っていくのが最善手かもしれないけれど……
「君はどうしてここまでしてあの子供を助けようとする?」
ジークは理解できないというように首を傾げた。
「あの子供がどうなろうと、君に何の関係がある? 一度関わったから気になるというのはわかるが、それにしても関わりすぎだ。危険を冒しすぎている。今、僕が部屋の外の近衛兵を呼べば、君はあっという間に牢屋行きだ」
「……そうね」
「君がそこまでする理由は何だ? 仮にその子供が助かったら、君にどんな利益があるという? それとも君の望みというのは……別にあるのか」
……私だって、ここまでするのはおかしいと思う。普通じゃないってわかってる。
ステラが亡くなったところで、私は痛くもかゆくもない。そもそもステラのこと全然知らないし、彼女たちに何の思い入れもないし。ただ偶然知ってしまって、気になっただけ。最初にあの施設に入った時に虐待があるんじゃないかって疑ったところから、気づいたら放っておけなくなっただけ。……でも、さすがにここまで関わるのはやり過ぎだ。引き際ってものがある。私はそれを完全に越えている。自分でもわかる。王宮に不法侵入なんて間違ってる。
ただ……それでも、もし助かる術があるのなら。
「病弱な人間見てると、イライラするのよ」
自分の無力さに。
「だからそのイライラを解消したいだけ。これはただの私の自己満足」
「そのためだけに重罪を犯したのか? 理解できないな」
「ええ、私も理解できないわ。ほんとどうかしてる」
「……ふーん、よくもまあそれだけでこんなことができるものだな。天晴れと言っていい。本当に君は愚かな人間だ」
ジークは呆れたようにため息を1つ吐いた。
「残念ながら、アグニはいない」
「…………」
「ここまで来た君には可哀想としか言えないが、あれは今少し遠くに出ている。今から呼びつけるのは不可能だ」
「……そう」
じゃやっぱり王宮医を見つけ出して持って行くか。むりやり引きずって行くしかない。
「だけど、その話を聞く限り、アグニでなくとも見つけられそうだな」
「え?」
「僕の力を使えば」
そう言って、ジークは不敵に笑った。




