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389 【ルベル】 絶望する



――――――

――――――――――



「……サクラ、怪我はないか?」

「はい! 大丈夫ですッ……!」



 鍛錬場で鍛錬していたところにガスを投げ込まれ、他の団員たちを優先して逃がしていたサクラを見つけたのは、フレア様とカノンを逃がしてすぐのことだった。


 サクラと一緒に建物を無事脱出した後、俺たちを待っていたのは皇帝が遣わせたと思われる刺客たち。自警団員たちと協力して制圧し、中には軽傷を負った者もいたが、こちらに死者はいない。


 俺は剣を収め、深く息を吐いた。


 紫色のガスは、結果的に毒ガスではなかった。

 ただの無害なガスだ。それで俺たちを支部から追い出し、慌てて出てきたところを叩くという作戦だったのだろう。それにしても、考えれば考える程首を傾げたくなるような、子ども騙しの作戦だ。……何か怪しい。


 皇帝側は使える駒も限られている。もうほとんどカイウス殿に寝返ったはずだ。


 そんな状況で、どうしてこんな手ぬるい作戦を実行できるのか。

 結局刺客を無駄遣いしただけじゃないか? 彼らが得たものなんて…………



「…………」

「ルベルさん? どうされましたか?」

「いや…………」



 とても嫌な予感がする。

 フレア様と、カノンの顔が浮かんだ。……もし、こいつらが俺たちを足止めするためだけに遣わされたのだとしたら? もし、落ち合う場所を向こうが知っていたのだとしたら?

 だとしたら――――――……



「早く行こう。フレア様とカノンを迎えに」

「は、はい!!」



 団員たちを何人か連れ、落ち合う予定だった避難場所に向かった。

 そこで、俺が見たのは――――――……






「はー……はー……」





 大勢の兵士の屍の上に立つ、カノンだった。





「あの野郎ッ……どこに消えやがった……!!!」

「カノン!! どうした!? 何があった!?」 



 カノンはかつて見たことがない程怒り狂っていた。

 血の滴る剣を手に、体中あちこち怪我しながら殺気立った目を周囲に向け、誰かを捜している。

 俺の声さえ聞こえていないようだった。

 正直……ここまでブチ切れたこいつを見たことがない。



「カ、カノン……?」

「あいつ……クソ、一体どこに……俺が……畜生ッ!!」

「カノン、落ち着――――――」

「カノンさん!!!」


 サクラが、カノンの目の前に立ってその頬をパチン、と両手で挟む。

 その時、初めて俺たちの存在に気づいたように、カノンは目を見開いた。


「サク、ラ……?」

「落ち着いて下さい!! 何があったんですか!? フレア様は!? この人たちは……」

「フレア、様は……フレア様は…………」



 カノンの顔が、くしゃっと歪む。

 その顔を見て――――――全てを、察した。



「フレア様は……連れて行かれた。ヒューゴ……皇帝に。俺がッ……俺がいたのに……なのに……!!」

「連れて行かれた……!? 皇帝、に……?」


 カノンが頷く。

 それから急に力が抜けたように、不自然な程ボコボコな地面の上に、崩れ落ちた。


「カノンさん! ……大変。血が……!」

「お前、この人数を一人で相手したのか……? 普通の剣で……!?」



 信じられない。


 レオンの氷ならまだしも、ルカの起爆は町中で使用するにはあまりに危険だ。聖騎士本人であるルカならうまく調整もできるかもしれないが、カノンはルカが力を込めた槍を扱えるとは言え、まだそこまで細かい調整はできない。思うがまま力を暴発させて、酷い被害が出るかもしれない。


 だから、こいつが今日持っていたのはただの剣だけだった。

 それで数十人を相手にするなんて自殺行為だ。なのに、こんなボロボロになりながらも、こいつはたった一人で――――……



「クソッ!! 連れて行かれた。あいつ……あの野郎、べらべら訳わかんねえこと言って……!! そうだ、ガスが……ルベル、ガスが……ガスが、変なガスをフレア様が吸っちまって……毒で……記憶持ってる奴しか効かないとか何とか……そしたらフレア様が、倒れて――――……俺……守れなかった。絶対守るって…………誓ったのに」



 頭が……痛い。カノンの言葉が、うまく理解出来ない。



 フレア様が連れて行かれた。



 思えば、俺が違和感に気づくべきだったんだ。

 急に瓶のようなものを投げ入れられて、丁度ヴェントゥス公爵がいない時で。

 ……そうだ、屋敷の方が兵士にまた襲われたという連絡があったのも、あれもヴェントゥス公爵を動かすための作戦だったんじゃないか?

 全部、全部仕組まれたことだったんだ。

 気づけなかった。俺は一刻も早くフレア様を逃がすことしか頭になかった。




 俺の、せいだ。俺が判断を誤った。

 あの時、フレア様を逃がさなければ。

 あの時、ヴェントゥス公爵が来るまで西支部に待機してもらっていたら。

 あの時、ずっと一緒に行動していれば。

 せめてカノンの他にも団員をもっとつけておけば。



 こんな、ことには……――――――




「…………お二人とも、しっかりなさってください」




 静かなサクラの声に、顔を上げた。

 声は僅かに震えていたのに、その表情は驚く程力強かった。



「落ち着いて。状況を整理しましょう。フレア様は皇帝に連れて行かれた。方角はわかりますか? いつ頃、どちらに」

「……わからない。気づいたら……。ずっと守りながら戦ってたはずなのに……」

「わかりました。手分けして探しましょう。暗いですが、何か痕跡が、足跡が残っているかもしれません。それにここには、皇帝の配下の者も――――――」

「サクラ!!!」


 その時、空から巨大な馬が降りてきた。

 翼をバタバタさせながら。


「……殿、下?」

「フレアはどこだ!? 彼女は!? 皇帝は!?」



 翼を生やした巨大な馬は、殿下と、少年を二人乗せていた。

 馬の右目は青、左目が金。……やはり、シリウスか。

 シドがおっかなびっくり、「本当に変身した……」と零しながら、シリウスの首にしっかり抱きついている。



「フレアは? フレアはどこにいる!? 一体何があった!?」



 殿下は蒼白な顔で、俺たちを見下ろした。

 俺は、その顔を見上げながら、むりやり口を動かした。



「フレア様は…………つ、連れて、行かれました」

「皇帝、に……?」


 頷くと、殿下は額を手で押さえ、苦しそうに顔を歪めた。


「クソ……遅かったか……」

「毒は……ガスのようなものは吸わされてない、よね!? あれは、あれは僕の、て言うかノアの失敗作で……前世の記憶保持者にしか効かないんだけど……ええと、何て言えばいいのか……」


 殿下にそっくりな少年がしどろもどろに説明を始める。

 頭がぐわぐわして理解が追いつかない。え、あまりにも似すぎじゃないか? 殿下の……隠し子? 違う違う違う……兄弟? いや、今はそんなことはどうでもいい。殿下と一緒にいるということは味方で間違いないだろう。そんなことより……



 毒ガス……それは、さっき、カノンが…………



 思わずあいつの顔を見ると……カノンは、真っ青な顔でガクガク震えていた。



「カノン――――」

「記憶保持者にしか効かないって……それ……あいつも言ってた。あいつも……――――どんな、どんな毒なんすか!? フレア様は――――……」

「わ、わからない。失敗作、だから……」



 眠らせる。しばらく体が痺れる。

 その程度の物であればと、願った。




「体が耐えられなくて……爆発、か、記憶がぐちゃぐちゃになって、廃人になるか……だと…………」






 ――――――――目の前が、真っ暗になった。



 どうか俺のこの役立たずの首を斬ってほしい。

 本気で、そう思った。



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