40 決める
「だ、大丈夫か!?」
倒れ込んだステラをシリウスが支える。ステラは小刻みに震えながら必死で胸を押さえていた。顔が青白くて目はカッと見開かれている。
薬類を手にしたルベルが戻ってきて「彼女用の薬はないのか?」とシリウスに尋ねる。そうしながら、手はカノンの治療に取りかかっていた。明かりを灯しても暗い中で、乱蔵もルベルもなかなかの手際の良さだった。……といっても、ルベルの手はわずかに震えているけれど。
「薬……? 知らない。そんなのない」
シリウスはぶんぶんと首を横に振っている。……そうよね、彼はステラの病気を知らないんだから。薬のことなんて知る訳がない。もし常用している薬があるなら、飲んでいるところくらい見たことがあっても不思議じゃないんだけど。
私は取りあえずバーバラの髪に力を込めた。
「薬はある? ステラが飲んでいる薬とか」
「…………」
「返事しなさいよ。聞いてんでしょうが」
「あ、ありましぇん!全部使い切ったのれ…」
さっき顔面を床に叩きつけたせいかしら。歯でも飛んだ? それとも私が怖すぎて? すごく舌足らずになってるけどギャーギャー騒がれるよりはこれくらいがちょうど良いわね。
使い切ったってことは、本当はあったってことか。発作を止めるものか痛みを和らげるものかしらないけれど。
「補充はしてないわけ?」
「……高いのれ……発作を抑えるものらし……ステラが我慢しゅればいいだけらと……」
どうせそのうち亡くなるから放置してたってとこでしょう。
つくづくゲスな奴らね。
「寄付で集めたお金は?」
「…………そ、それは……」
「どうせ私腹を肥やしていたんでしょう? ま、いいわ。今はどうでもいい。ステラの薬を処方した医者はどこの誰?」
「! しょ、しょれは……」
「早く言って」
「や、やみ医者でふ」
「闇医者?」
「かしょうみんあいてに免許なしに医療行為をしている、レインという名の……」
「げっ」
乱蔵が嫌そうに顔を歪めた。
「知ってるの?」
「まあ……一応な。町医者に金を払えない貧民は闇医者に頼るしかない。闇医者ってのは大抵がやぶ医者と言われてるが、レインってのはかなり良い腕を持ってるってんで有名だ。ただどうも不気味な奴で……噂では患者を生きたまま解剖してるだとか、変な薬を処方して実験しているとか。生きてる奴より死んでる奴の方が好きなんだと」
「ふーん。気が合いそうね」
「えっ」
「……冗談よ。バーバラ、あんたはどうしてその闇医者を選んだの。ほんとに腕は確かなの?」
「他の医者はだめれ……レインらけがくしゅりを処方してくれたから……腕は間違いなきゅ……」
闇医者を信用するのもどうかと思うけど……
「乱蔵、あんたはそいつ信用できるの?」
「まあ……腕は確かだろう。腕は。なんでも昔は王宮で勤めたこともあったと聞く。問題起こしてクビになったらしいが」
問題の内容が気になる。けどそれが本当なら、医者としてはかなりできるってことは間違いない。
「その医者は今どこにいるの」
「わ、わかりましぇん。ほ、ほんろれす!捕まえるのが大変れ……」
「本当なんでしょうね?」
乱蔵を見ると肩をすくめた。
「よく知らんが確かにあいつは神出鬼没だ。今どこにいるかも知らん。俺も一度しか会ったことねえし、まあもう二度と会いたくはねえが」
「なんで」
「……不気味なんだっつったろ。何でも俺の体を解剖したいらしい」
「確かにあんたの体は解剖し甲斐があるでしょうね。私も一緒に見てみたいくらいだわ」
「やめろ気持ち悪い!」
火吹いたり糸を吐き出す体なんて普通気になるでしょ?
それにしても困ったわね。ステラは今も苦しんでいた。シリウスが何度も呼びかけているけど、それに言葉を返すこともできないみたい。前もこうなったことがあったけれど、しばらくしたら返事もしたし普通に走ることもできていた。
……心臓の音が弱々しい。これは本当にまずいかもしれない。でも今の彼女を助けることのできる医者は、恐らくレインだけ。乱蔵がカノンを抱えて立ち上がり「こいつ町医者のところに持って行くが、ステラはどうする」と私に尋ねた。町医者が正しく診断できるのかはわからない。けれどレインの居場所がわからない以上、町医者に持って行く以外に方法はない。
「ステラも連れて行きましょう。助かるかはわからないけど」
「……待って、くれ……」
ぽろぽろ涙を零しながら、シリウスが顔をあげた。
「姉は……姉は病気なのか……? 俺は、体が弱い、としか……」
「……私も詳しくは知らないわ。知りたいならバーバラに聞いて」
シリウスがキッとバーバラを睨むと、バーバラはびくっと体を強ばらせた。あれだけ暴言を吐き散らかしておきながら、立場が変わっただけでこうも弱々しくなるものなのね。
「わ、わたしも、医者の話はむじゅかしくてよくわかりましぇん!ただ、この子がしんじょうのびょうきで長くないことはたしかで……」
「長く、ない……!?」
シリウスの顔から血の気が引いていく。
「そんな……これは……実験の後遺症だって……少し痛むだけで大したことはないって……」
「実験?」
どうも物騒な言葉に聞こえるんだけど。まさか子供を使って何かやばいことでもしてたの? とバーバラを睨み付けると、彼女は必死で首を横に振った。
「ち、ちがいましゅ! 私は関係ありましぇん! このガキどもがここに来る前の話で……」
「確か親に捨てられたって聞いたけど」
「しょ、しょれは表向きの事情で……」
「は?」
「わ、わたしも最初はしょう聞いてたんれす! でもうしょちゅいてた! じっしゃいはこいちゅら、どこじょの施設から逃げ出した被検体だったんれす!」
施設……? 被検体……?
なんか……最近そんな話をどこかで聞いたことがあったような……
私はルベルに子供たちを部屋に戻すよう無言で指示した。あまり聞かない方が良い話でしょうし。バーバラがこんな状態だからか、それとも私がとても怖いのか、彼らはルベルに素直に従っていった。
バーバラを小突き、尋ねる。
「一応聞くけど、それってまさか国内の話じゃないでしょうね?」
「ア、アケボノ共和国……」
またアケボノかい……!!
アグニを作りだしたやばい国じゃないの! 一体どうなってんの、その国。もう滅ぼした方がいいんじゃない? どんだけ実験したら気が済むのよ! そういうお国柄って訳!? アグニに飽き足らずこんな子供を人体実験してたの!? アグニの実験は確かあいつ以外全員死亡。やばすぎて実験中止になったってジークが言ってたから、同じ実験ではないと思うけど……。
私はまじまじとシリウスを見下ろした。
シリウスは一見したところ普通の人間だ。アグニのようにやばい雰囲気は纏っていないし、訓練された感じも一切ない。
「ステラは実験を受けたってわけ? それでこんなことになってるの?」
「なあ! 姉は……姉は大丈夫だよな!? そんな……こんな……嘘だろ、まさか、だからあんな……」
シリウスはがっくり膝をついて、髪を掻きむしっていた。
「……落ち着け。よくわからんが、取りあえず町医者のところに連れて行くぞ」
乱蔵がシリウスに話しかけるけど、彼の動揺は収まらない。
「で、でも……でも……!!」
「シ、リウス、ちゃん……」
ステラがシリウスの腕を掴んだ。
「だ、いじょうぶ。ほら、いつも通り、だから……」
「何で……何で教えてくれないんだよ。いつも、いつも……!!」
「ま、守るって……約束、したから……」
ステラの頬を涙が伝った。
顔をくしゃくしゃにして、ステラは泣きながら笑っていた。
「ごめんね、ごめんねシリウスちゃん……。駄目な、お姉ちゃんで……」
「駄目じゃない! 駄目なんかじゃない! なあ、お、俺、どうしたらいいんだよ! どうしたら……もうどうしたらいいのか……わからないよ……」
……病気ほどどうしようもないものはない。
すすり泣く無力なシリウスを見ながら、うっかり過去の記憶が過った。
『お庭を元気いっぱい走り回れたらとても楽しいでしょうね』
その人はそう言って、悲しそうに微笑んだ。
生まれた時から疲れ知らず。化け物のような身体能力を持ち、恐ろしいほど健康な体の私には生涯、いや今も理解のできない望みだった。
けれど、病弱であるということが、自分ではどうやってもコントロールのできない体というのが、どれだけ辛く苦しいことであるかは、体感はできずとも伝わった。長く傍で看病していれば、自然と。その体が少しでも丈夫になってくれればと、いつも願っていた。元気いっぱい走り回る。そんなささやかな願いくらい、神様仏様、どうか叶えてあげてください、と。
私は無力だった。ただ祈ることしかできなかった。病魔が目に見えるものであれば、いくらでも斬ってあげたのに。代われるものなら代わってあげたかった。そうすれば、彼女は少しでも熱に怯えず過ごすことができただろうか。
彼女は剣術道場の師範の娘だった。
結局彼女は、一度も元気いっぱい庭を駆け回れることなく、生涯を終えた。
……嫌なことを思い出させないでよ。
彼女の最期の姿を振り払い、私は1つため息を吐いて乱蔵に尋ねた。
「……そのレインという医者、この街にいるというのは確かなの?」
「恐らくな。だけどどっか移動しててもおかしくない。……本当にそいつを頼るつもりか?」
「それしかないでしょ」
「俺でも今から探すのは……こういうことはあいつが一番知ってるんだろうが」
「あいつ?」
「……化け物だよ。アケボノの」
「まさかアグニのこと?」
「なんでお前知って……!! あ、もしかしてあいつの言ってた化け物って……なるほどはいはい」
「あいつに会ったの?」
「昼間に市場でばったりだ。死神にあったような心地だったぞ」
「昼間に……。あいつなら確実に探せるってことでいい?」
「まあ……確実かは知らんが、一番適任だ。でもあいつとは関わらない方がいい。……ん? 待てよ、そういやあいつ妙なことを……」
「あいつと私でレインってのを探す。外見の他詳しい情報をちょうだい。あとあんたはカノンを町医者のところへ。私の名前を出していいから」
「……おう」
レインについて知っていることを話した後、乱蔵は静かに闇に溶けていった。
戻ってきたルベルに、教会の下で拘束している奴らの回収とバーバラの監視を指示した。
「警備兵の出動要請を出しておくから、そのうち駆けつけてくれるわ。説明の方もよろしく。あくまでルベルとカノンは施設見学のためにここにいて、巻き込まれたということ、バーバラの悪事についてもしっかり説明してあげてね」
「はい、もちろんです」
バーバラが息をのむ気配がした。
ステラはまだ苦しんでいる。
「……すぐ戻るわ」
シリウスの頭にぽんと手を置く。
「医者連れてくるから、それまで待ってなさい」
彼は呆然と目を見開いて私を見上げた。私は月のようなその目を見返してから、外へ向かって駆け出した。




