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379 願う




 令嬢、令嬢、令嬢……。

 私は気品溢れる令嬢だ……。



 胸の中で何度も言い聞かせながら、緊張して彼らを迎えた。

 初めて会うサピエンティア侯爵ならまだしも、イグニス公爵にはもしかして中身が別人だとバレてしまうかもしれない。その懸念も多少はあった。

 まあサクラにだってバレていないし、公爵は娘のことを長らくよく思っていない。


 フレアの様子がいつもと多少違ったところで、気づくはずもないか……。



「ご機嫌よう、お父様、サピエンティア侯爵」



 部屋に入ったところで、私は至って普通に、優雅に微笑みかけた。



「ッ!? なッ、の、な――――――ッ!?」






 ……………………ん?



「フ、フレア……!? いや、ああ、フレア、か……フレア、だな……どこから、どう…………うん」



 普通に挨拶…………しただけ、だと思うのですが。

 公爵は酷く噛みながら途端に挙動不審になってしまわれた。動揺が酷い。


 もしかしてお父様と呼んだのが間違いだったか? えっと……フレアは何と呼んでいたっけ?

 いや、確かにお父様と呼んでいたような…………だってお父様はお父様であって……。あ、そう言えば公爵様と呼ぶことも多かった……ような? あれ? やはり間違えたのか? えー……とても難しい。



「あ! ま、まさか酒でも飲んだのか!? 体調を崩している時に酒など……お前は何を考えているんだ!?」

「飲んでいる訳がないだろう!! このバカ!」


 サピエンティア侯爵がイグニス公爵の頭を叩く。

 ぽかっと良い音がした。


「何をする! お前はわからないだろうがいつもと様子が違うのだからそこを疑うのは当然だろう!」

「だからって酒はないだろ! まあ……確かに映像で見た時とはまた雰囲気が違うような気はするが……」

「え」


 サピエンティア侯爵まで私を怪訝な顔つきで見ている?

 ああ、そう言えば映像石とか何とかで私のことを見ていたのだっけ?

 いやちょっと待ってちょっと待って、それにしたって挨拶の時点でこうなるのはおかしくないか?

 もうやっぱりやめた方がいいか? これ以上ボロが出る前に。



「……あの、フレア様の顔色が悪いので、面談はおやめになった方が――――」


 サクラの言葉に公爵たちはハッと慌て始めた。


「すまない、そうだな、疲れている時に嫌な思いを……」

「そ、そうだ、見舞いの品が…………! ヴェントゥス公爵と言ったか、私を邸宅に戻してくれないか!? ありったけの金銀財宝を――――」

「侯爵、落ち着いて」



 見舞いに金銀財宝はおかしいだろう。


 しかし……本当に刀士郎とよく似た顔立ちだなあ。もちろん父親なのだから当然と言えば当然のことだが。

 前世の記憶保持者は顔立ちから能力から、何から何まで前世と同じだ。それがどんな道理よりも優先されることならば、今世では親と全く似ていない、なんてこともありそうなものだが、私も刀士郎も、それぞれ親によく似た子どもとして生まれた。


 本当に不思議なものだなと思う。

 数え切れない多くの奇跡が重なって、私も彼らも、今ここにいるのだろう。



「サクラ、ありがとう。少しの間なら、私は大丈夫、です」


 公爵たちの方へ顔を向けると、彼らは私を気遣いながら椅子に腰掛けた。

 最初に話し始めたのは公爵だった。


「フレア、今すぐアカツキ王国に戻るべきだ。体調が悪いなら無理をするべきじゃない。こんな事態になっていろいろ心配なのはわかるが……お前は国に戻るべきだ。安全な場所で体調を整え、それから裁判のやり直しを求めるんだ。イグニス邸の放火には皇帝が関わっているんだろう? お前の方から真実を話すんだ。これまでの裁判での虚偽については咎められるだろうが、それでも砂の地送り程酷いことにはならない。相応の理由が認められれば罪にも問われないだろう」

「も、もちろんそれについては……。ただ、もうほんの数日だけ、ここにいさせてください。まだ、私は…………」



 これは、私が別れを告げるための旅。

 過去への未練を捨て、フレアがフレアとして生きていく為に、必要なこと。

 彼女はそう言っていた。


 だからこそ、最後まで全てを見届けたい。

 そうしなければ、きっとフレアに体を戻すことさえできない。



「…………今まで、ろくに父親らしいことをしてこなかった」



 公爵が、ぽつりと零した。

 その言葉に、その沈んだ調子に、サピエンティア侯爵が僅かに目を瞠る。



「お前が俺の言うことを信じられないのも仕方ない。後悔……している。俺はお前の話をまともに聞いたことがなかった。叱ってばかりで、親らしいことをしてやれなかった。すまない。本当に…………」

「お父様…………」

「お前が望むならいつでもイグニス家に戻してやれる。誰が何と言おうと押し通す。除名処分など……本当はしたくはなかった。お前の出生についても。お前は、イグニス家を守るためにあんなことを望んだんだろう? だがな、一人で無茶をするな。イグニス家はお前を決して見捨てない。見捨てさせないでくれ。もう二度と…………」

「ちょっと待て」


 サピエンティア侯爵の顔が青ざめている。


「出生、とはどういうことだ? 何の話をしている? 除名……お前、まさか……」

「侯爵、私が望んだことです。その……私はイグニス家を追放され、今はただのフレア、ということに……」

「は?」


 侯爵は一気に殺気立ち、隣のイグニス公爵に今にも襲いかからん形相を向けた。


「どういうことだ? 説明しろ、公爵――――」

「フレアは、私の娘ではない」

「なッ…………貴様!! 何を言って――――――」

「相手はわからん。恐らくイグニス家の者であることは確かだ」

「ふ、ふざけるな!!! そんな馬鹿なことがあって堪るか!!!」


 侯爵はとうとう立ち上がった。

 カノンとルベルが動き、公爵を守るように二人を引き離す。


「…………俺は、彼女には指一本触れなかった。誓って本当だ」

「お、お前は…………お前は…………」



 侯爵の顔が憎しみに歪み、その目は僅かに潤んでいた。



「お前は、イザベラが……あの子がどれだけお前のことを慕っていたと……!!! 不貞に……走らせたと言うのか!? そこまで彼女を追い詰めて――――――」

「侯爵閣下」


 侯爵はハッとしたように私を見て、それから俯いた。


「すまない。取り乱して……。私は、ただ…………」

「サピエンティア侯爵は、私を…………」



 言葉を切って言い淀んだ。

 侯爵が顔を上げ、私を泣きそうな顔で見つめている。





「私、を…………」





 “フレア”を……愛してくれていたのか?



 幼い頃、ずっと孤独だったあの子にも、ちゃんと心配してくれる人がいたのか。

 生まれたことを手放しで喜び、祝福してくれる人がいたのか。

 …………それが、聞きたかった。




「大切な妹の…………大切な、娘だ」



 侯爵の顔がくしゃりと歪んだ。



「当然だろう!? 私が君の誕生をどれだけ喜んだと思う!? イザベラはああ見えて病弱だった。子どもの頃から長くは生きられないだろうと言われていたんだ。それにしてもあまりにも若く………………だが、娘を産んだ。待望の我が子だ! イザベラの夢だったんだ! 長くは生きられないからこそ、命を繋ぎたいのだと。想いを託すのだと。君の父親がたとえこの男で、なかったとしても…………それでも…………それでも、あまりにも可愛い娘だ。イザベラの宝だ。君は、望まれて生まれてきたんだ。当然だろう……!!」



 イザベラ・サピエンティアは病弱だった。……イグニス公爵も初耳だったのだろう。

 驚いてサピエンティア侯爵を凝視している。



「できることなら、引き取りたかった。君が聖騎士とやらでなければ……ローガンと一緒に育てていたものを。そして絵師を毎月呼んで詳細な成長記録をつけたと言うのに……!!」



 泣きながら悔しがるサピエンティア侯爵を見ていると、胸に温かいものが広がった。


 そうか、いたんだな、ちゃんと。

 フレアも聞いているだろうか。この記憶はちゃんと引き継がれるだろうか。


 君は生まれてきた時からちゃんと愛されていたのだと、伝わるだろうか。




「…………よかった」




 私は手を伸ばし、父と伯父の手を取った。




「今は、私をちゃんと心配して愛してくれる父がいる。生まれた時から愛してくれた伯父もいる。この奇跡がどれだけ尊いものか、私はよくわかっています」



 だからこそ…… 



「協力してください。これから先は。二人がいがみ合わないでいてくれたら、私は嬉しい。歩み寄って下さい。憎しみは、どうかここで終わりにしてください」

「…………」

「…………」



 二人を顔を見合わせ、長い沈黙の後に……小さく、頷いた。



「…………お前が言うならば、仕方あるまい」

「全く情けない」

「……何?」


 イグニス公爵に睨まれたサピエンティア侯爵が、小さく肩をすくめる。


「フレアの兄君とも約束したことだった。……忘れてしまうとは、我ながら情けない」

「…………ルカが、お前と?」

「ああそうだ、イグニス公爵。若い者がここまで歩み寄り、願ってくれている。平和を。……お前への憎しみを忘れることは到底できない。後で、たっぷり、聞きたいこともある。だが…………いがみ合うのは終わりにしよう。それを望んでくれているのだから」



 侯爵は私の手をぎゅっと握り返してくれた。



「待っていなさい。シノノメ帝国は生まれ変わる。今夜が終わった後も、緩やかな平和が長く続くように…………私も、できるだけのことをしよう」



 決意を秘めた目だった。

 それからそっと手を離し、踵を返して出て行った。



 公爵は私をアカツキ王国に戻したくて仕方ないようだったが、やがて「とにかく安静にしているんだぞ」と言い、部屋を出て行った。



 ……親の愛情、というものを、こんなに感じることになるなんて。不思議な心地だ。


 私は胸の前で手を握った。

 大丈夫、きっと大丈夫だ。

 この先何があろうと、きっと何もかもうまくいくだろう、と。



 でも、この時の私は、想像もしていなかったんだ。



 まさか私自身が、あんなことになるなんて。



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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは! どんどんポンコツ化してく伯父様とお父様… でもフレアへの愛が伝わって…良かった…泣けました( ;∀;) そして前話の、レインが可愛かった、と言いたかったですぅ。 めちゃ信頼…
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